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楽しく食べる子どもを育てるための「食育」の基礎知識
名古屋短期大学保育科
教授 小川 雄二

1.食育とは

食育基本法はその前文で「子どもたちが豊かな人間性をはぐくみ、生きる力を身に付けていくためには、何よりも『食』が重要である。」としたうえで、食育を「生きる上での基本であって、知育、徳育及び体育の基礎となるべきもの」と定義している。さらに様々な経験を通じて『食』に関する知識と『食』を選択する力を習得し、健全な食生活を実践することができる人間を育てる食育を推進することが求められている。(中略)子どもたちに対する食育は、心身の成長及び人格の形成に大きな影響を及ぼし、生涯にわたって健全な心と身体を培い豊かな人間性をはぐくんでいく基礎となるものである。」として、食育を人間の育ちのいちばん基礎にあるものと位置づけている。
 保育・教育・子育ての目的は、知育(知的教育)、徳育(道徳教育)、体育(身体教育)といわれるが、食育はその基礎になるものと考えることができる。

2.五感で楽しむ食で脳を育てる

食べものには五大栄養素や様々な成分が含まれるとともに、「五感の情報」を全て持ち合わせているという大切な要素がある。食べものには色や形があり、一緒に食べる人がいたら「おいしい」という声や「あなたのために心を込めて作ったよ」という作った人の思いが言葉になって耳から入ってくる。さらに、匂いが鼻から入ってくる。食べものを口にすると、固さ・柔らかさ・温度などを触覚で感じ、最後に舌で味を感じる。このように、子どもの生活の中で、五感全てが同時に入ってくる唯一の行為が「食」なのである。
 脳に入ってきた五感情報を感じ、考え、考えたことを言葉に出すなどを繰り返して、子どもの脳の中に様々な機能を担うプログラムが作られていく。子どもの脳の機能を発達させるためには、脳の神経ネットワークをたくさん作ることが大切だと考えられるが、そのためには、人との楽しい食の時間、親子での楽しい食の体験によって、子どもの脳に良質の五感情報を届けたいものである。

3.食のプロセスと食の場が脳を育てる

栽培、収穫、クッキングなどの様々な食のプロセスへの関わりを通して、子どもたちは脳に膨大な五感情報を取り込んでいる。脳の中にある食に関するプログラムには、食べものの名前や料理名、調理の技術、マナーといった「知識とスキルのプログラム」、人と関わったり食べものを分かち合ったり、作ってくれた人へ感謝するといった「心のプログラム」、味を味わい分けたり、食べものの好み、摂食機能、脳の中の体内時計が正確な時を刻むようになるといった「身体の機能のプログラム」があると考えられる。豊かな食とその体験からもたらされる五感情報が、脳に“知・身・体”のプログラムを組み立てていく。
 子どもが育っていく場では、歌を歌ったり、お散歩に行ったり、粘土遊びをしたりといった様々な働きかけが行われているが、食はそれらと比べてもより多くの情報を脳にもたらす働きかけだと考えられる。これが食の持つもう一つの大切な役割であり、それを子どもたちに対して有効に発揮させていこうという取組みが「食育」といえよう。

4.楽しく食べる子どもを育てるために

食育でもっとも大切なことは、「楽しく食べる子ども」を育てることである。楽しく食べる子どもを育てるために、幼児期、学童期、思春期それぞれの時期ごとの目標(めざす子ども像)を以下にまとめた。

 1)幼児期の食育の目標

楽しく食べる子どもになるためには、幼児期に次の7つの姿を目標にするとよい。
  ①食べたいもの、好きなものが徐々に増えている子ども【嗜好】
  ②食事の時お腹がすくリズムになっている子ども【食欲】
  ③上手に噛むことができる子ども【咀嚼】
  ④親やまわりの大人と一緒に食べたいと思える子ども
  ⑤食事づくり、準備にかかわる子ども
  ⑥食べものを話題にする子ども
  ⑦年齢相応の食具が使え、食事のマナーが身についている子ども
  7つの目標のうち、①~③は体のしくみの発達に関わるものである。これらの力を育てるために、大人として、嗜好のしくみとその発達、食欲のリズムの確立、咀嚼の発達のみちすじを学び、子どもたちが楽しく食べられるような支援をしていきたい。なお、この7つの目標は「保育所における食育に関する指針」を参考に筆者が加筆したものである。

 2)学童期の食育の目標

学童期には、学校でのさまざまな学習を通して、栄養バランスや食料の生産・流通から食卓までのプロセスなど、食に関する幅広い知識を習得し、食の世界を広げていく。さらに、「健康」「環境問題」「国際理解」などの食につながる幅広い知識についても学んでいく。体験学習や食に関わる活動を通して、食べてみたい、作ってみたい、もっと知りたいなどの興味や関心が深まり、自分が理解したことを積極的に試してみようとする力も育っていく。これらを、食を通じた家族や仲間、地域の人々やその暮らしとのつながりのなかで楽しく学び、食を楽しむ心が育っていく。そこで、学童期には次の5つの姿を目標にするとよいであろう。

 ①1日3回の食事や間食のリズムがもてる子ども
 ②食事のバランスや適量がわかる子ども
 ③家族や仲間と一緒に食事づくりや準備を楽しむ子ども
 ④自然と食べものとの関わり、地域と食べものとの関わりに関心をもつ子ども
 ⑤自分の食生活を振り返り、評価し、改善できる子ども

 3)思春期の食育の目標

思春期には、習得した食の知識を応用して自分の健康や食生活に関する課題を見つけ、実践し、自ら評価することにより、自分らしい食生活の実現を図っていく。人のために役立つ活動や一緒に食べる人への気遣いなど、周りの人と関わり、食の文化や環境に積極的に関わることが楽しいと感じるようになる。また、自分の食生活を振り返り、評価し、改善できる力をはぐくむようにする。そこで、思春期には次の5つの姿を目標にするとよいであろう。
 ①食べたい食事のイメージを描き、それを実現できる子ども
 ②一緒に食べる人を気遣い、楽しく食べることができる子ども
 ③食料の生産・流通から食卓までのプロセスがわかる子ども
 ④自分の身体の成長や体調の変化を知り、自分の身体を大切にできる子ども
 ⑤食に関わる活動を計画したり、積極的に参加したりすることができる子ども

 5.嗜好(食べものの好み)の発達

楽しく食べる子どもを育てる上で、もっとも大切なのは、食べものをおいしいと感じられる嗜好を育てることであろう。嫌いなものが幾つもあると楽しく食べることができないであろうことは容易に想像できる。
  嗜好は、五感で感じた情報を脳で評価した結果である。五感と嗜好の関係を同時に説明すると複雑になるので、五感のひとつである「味覚」との関係で説明してみよう。舌で感知された食品の味は、電気信号になって神経を通って大脳皮質の味覚野で識別され、扁桃体に伝えられる。
  扁桃体はさまざまな感覚情報の「快」「不快」を評価している器官であり、味覚情報も扁桃体で評価される。 扁桃体が味覚の快・不快を評価するしくみは次のようになっている。味覚野から味の情報が扁桃体に入ってくると、扁桃体はそれと同じ味の記憶が脳のなかにどれくらいあるかを探して照合する。その時に同じ味の記憶が脳にたくさん蓄積されていれば、「いつも食べている味なので大丈夫」という判断を下し「快(好き)」と評価し、逆に、同じ味の記憶が少なければ、「あまり食べたことがない味なので、食べてよいかどうかわからない」ということで、「不快(嫌い)」と評価してしまう。
  嗜好は、生まれつき決まっていたり固定されている訳ではなく、生まれてからその日までに、何をどれだけどのように食べて、どれだけ多くの味覚情報を脳に蓄積してきたかということで決まる。初めて食べた時にはおいしく感じられなかったものが、何回も食べているうちに、おいしく感じられるようになった経験は誰にでもある筈である。それは、その食べものの味の記憶が脳に蓄積されたことによって、扁桃体が「快」と評価できるようになったからである。
  乳幼児は食の経験が少ないため、味覚情報の蓄積量も少なく、「不快」と評価してしまう食品が多くなりがちであり、子どもに嫌いな食べものが多いのはこのことから理解できる。しかし乳幼児期から学童期にかけては、一生のうちでこのしくみが一番よく発達する時期だと考えられ、この時期に多くの味や調理法の記憶を蓄積させることで、おいしく食べられる食品の幅が広がっていく。
  しかし、味の記憶を増やせば、必ず食べものを好きになっていく訳ではない。味の記憶の質が問題なのである。味の記憶は脳の中で様々な情報とリンクしており、どんなにその味の記憶量が多くても、それが嫌な経験と結び付いていたのでは、扁桃体は「快」=「おいしい」と評価してはくれない。無理矢理口の中に押し込まれたり、喉に骨が刺さってつらい思いをしたり、食べすぎて気分が悪くなったりしたことのある食べものの記憶の場合には、それが蓄積されたとしても、マイナス体験と結び付いているため、おいしく食べられるどころか、むしろ嫌いな食べものになってしまう。これは「嫌悪体験」と呼ばれる。
  味覚と嗜好の関係を述べてきたが、子どもが食べものを好きになるためには、その食べものの五感の記憶に、プラスのこと・よいことをつなげることが大切である。具体的には、食に関する前向きの体験をしたり、食事を楽しい時間にしたりすることによって、その食べものの五感情報(言葉・色や形・匂い・食感・味など)にプラスの情報や体験をリンクさせることができれば、扁桃体がその食べものを「快」と判断するようになる。
  自分で栽培したり、収穫したり、選んで買ってきたり、味見をしたものは、その行為がプラス情報となっておいしく感じられる。家族や友達とのバーベキュー、鍋を囲んでの一家団欒の楽しい食事、遠足でのお弁当なども、プラス体験になって、食べものをよりおいしく感じさせてくれる。さらに、食事の際の言葉による情報(言葉かけ)も重要である。「おいしそう!」とだれかが一言云うだけで、食べものはとてもおいしく感じられるようになる。作った人が「今日は心をこめて作ったからおいしいよ!」と言うことで、子どもはよりおいしく食べることができる。おいしそうな献立名を付けたり、美しく盛り付けたりするなどもプラスの情報として効果がある。
  プラス体験・プラス情報に結び付いた楽しい食事の積み重ねが、食べものを好きにさせていく。やがて、ほとんどの食べものが大好きになって、食べることが大好きな子どもになっていくのである。

 6.知識・スキル・生きる力を育てる

 1)正しい食行動を身につける

正しい食行動を身につけさせていくことも、食育の大きな目的である。例えば、「食事の前に手を洗う」という行動の発達について見ると、0歳では手をふいてもらい、1歳になれば洗ってもらい、2歳では手伝ってもらって自分で洗おうとするようになる段階を経て、3歳になれば自分で洗えるようしていく。そして、4・5歳では、手を洗うことの意味を理解してより上手に洗えるようにしていく。

 2)食の知識を増やす─食べものの名前や旬や栄養を知る

子どもたちに食に対する関心をもたせ、食に関する多くの知識を身につけさせる取組みも食育の大きな柱である。「これは何?」「食べてみたい!」という好奇心が知的関心にもつながるとともに、他のさまざまなことにもチャレンジしようという気持ちも育てる。2歳頃から、食べものの名前や献立名を少しずつ覚えていき、やがて4歳頃には、食べものの旬がわかるようになる。食事に主食・主菜・副菜・汁物が揃っていることも理解できるようになる。5歳になれば、食べものを「赤・黄・緑」の三色食品群に分けることもできるようになり、栄養素の働きを理解してそれらをバランスよく食べる必要があることもわかるようになる。

 3)スキルを育てる─食事作りに参加する

クッキングは子どもたちの大好きな食育の体験活動である。最初は大人の調理を見て関心をもつようにし、2・3歳くらいから洗う、ちぎる、丸める、まぜる、こねるなどの作業を、楽しみながら経験させていく。すり鉢、ピーラー、型抜き器、ビニール袋などを使ってクッキングに参加させるとよい。4・5歳になれば、包丁を使ったり、ホットプレートで焼いたりするなどほとんどの調理ができるようになる。
 クッキングの体験によって、様々な素材や調理器具と出会い、食べものへの関心を広げ、器具の安全な使い方や食品の衛生についての知識を身につけていく。もちろん、基本的な調理技術を習得したり、手先を器用にしていくことにもつながる。さらに、切り方やおいしそうな盛り付けの方法などを工夫するようになる。このように、食事作りに参加することで、子どもたちは生活に必要なスキルを身につけていくことができる。

 4)「生きる力」を育てる─栽培・買い物・料理

クッキングに加えて、食の一連の過程つまり、栽培、収穫、買い物、下準備、料理、食卓の準備、食事、片付けなどに、できるだけ多く関わるようにするとよい。食は実体験できる内容が豊富であり、子どもにとっても分かりやすい情報の宝庫である。体験を通して食の知識が増えていくことで、子どもたちはたくさんのことを「知る喜び」を実感することができる。学ぶことの楽しさ、知識が増える喜びを心に刻んでいく。さらに、学んで得た知識を実生活に活かすことができるのも食育の活動のメリットである。

参考文献

食育基本法 2005年

厚生労働省「保育所における食育に関する指針」 2004年

小川雄二他『五感イキイキ!心と体を育てる食育』 2011年 新日本出版社

略歴

小川雄二(おがわ ゆうじ)
1955年 名古屋市生まれ
1978年 名古屋大学農学部農芸化学科卒業 
1983年 名古屋大学大学院農学研究科博士課程満期退学
1985年 名古屋短期大学保育科専任講師(小児栄養)
1986年 農学博士(名古屋大学)
1987年 名古屋短期大学保育科助教授
1996年 名古屋短期大学保育科教授(小児栄養)

 現在、NPOアレルギー支援ネットワーク副理事長、全国小児栄養研究会代表なども務める。保育士・幼稚園教諭をめざす学生に「子どもの食と栄養」などを教え、子どもが楽しく食べることの大切さを多くの人に伝えることをライフワークにしている。著書に『五感イキイキ!心と体を育てる食育(新日本出版)』『幼児期の保育と食育(芽ばえ社)』『子どもを伸ばす食育の知識』など。

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