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CCPのないHACCP -芽もの野菜の衛生管理-
大阪市立大学大学院工学研究科 客員教授
NPO 食品安全ネットワーク 最高顧問
米虫 節夫

1.はじめに

1996年に起こった大阪府堺市でのO157による大量食中毒事件のあと、新聞・雑誌がHACCPとその日本版としての総合衛生管理製造過程を大きく取り上げ、多くの人がHACCPを知ることとなった。いうまでもなく、HACCPの前提条件には一般衛生管理があり、同じ企業の工場であっても、その工場の一般衛生管理がどのように行われているかでHACCPシステムは異なってくる。しかるに、1997~1999年にかけてHACCPの先進国であるアメリカやオーストラリアの食肉工場の視察見学に行った時には、多くの参加者は一般衛生管理の状況を聴き・把握すること無しに「CCPはどこですか?」との質問を行い、“CCP偏重症”ともいえる状況であった。一般衛生管理の重要さは言葉では話すが、かなり軽視されていたといえる。これは、HACCPの講義において7原則12手順のみが強調されていたからではないかと筆者は愚考している。その後も、この状況は変わらなかったように思える。

1999年12月、暮れも押し詰まった時期にアメリカ西海岸に住んでいる友人を訪ね、彼の勤務する工場をはじめ幾つかの工場のHACCPの現状を見てきた。その時、「先日、このような文書がFDAから出されたのですよ。」として2つの文献のコピーを頂いた1,2)
 その時は、HACCPの参考になる情報や文書なら何でももらっておこうという軽い気持ちで持ち帰ったが、帰国後、ゆっくりと見直してびっくりした。最も先進的な衛生管理としてHACCPが大きな話題となっている時期に発表された芽もの野菜の衛生管理の文書であるのに、

① HACCPと言っていない、

② CCPがない、

③ 微生物検査は時間がかかるのでHACCP的管理には不向きだと言われているのに、微生物検査が、管理の中心に用いられていた。

そこで、その当時書いていた、食品工場でもISO9001が必要だという趣旨の連載記事の中で、この仕組みを紹介した3)。大きな反応があるだろうと期待していたのだが、誰からもレスポンスが無かった。その後、この文書の存在を忘れていたが、今年1月FDA Free Newsletter4)にこの話が出てきたのでびっくりして、文献調査をすると共に、昔の文献も引っ張りだし、どこかで話をしようと準備していた所、本SUNATEC e-Magazineの原稿依頼が来たので、この話題を書かせてもらうことにした。

2.サラダバーと芽もの野菜による食中毒

アメリカにおけるサラダバーの起源については諸説があるようだが5)、1980年代には多くのレストランや飲食店でブームになっていた。サラダバーには、多くの野菜が並べられていたが、芽もの野菜類も多く、日本人から見てびっくりするようなものも多かった(表1)。そのサラダバー、特に生で喫食される芽もの野菜を原因とする食中毒が多発するようになり、FDAは1997年にNACMCF(National Advisory Committee on Microbiological Criteria for Foods)に芽もの野菜に起因する食中毒の現状を最近の文献から調査し、その防御方法についてコメントするように求めた。NACMCFは、それに応えて1998年5月にレポートを提出した。

表1.芽もの野菜(Sprout)

・ Alfalfa,アルファルファ
・ Adzuki,小豆
・ Broccoli,ブロッコリ
・ Clover,クローバー,オランダげんげ
・ Garbanzo,ひよこ豆
・ Lentils,ひら豆
・ Mung beans,緑豆,もやし
・ Onion,タマネギ
・ Peanuts,ピーナッツ
・ Radish,だいこん
・ Soybean,大豆
・ Sunflower,ひまわり
・ Wheat,小麦
・ Wheat grass,小麦の若葉

1998年8月、芽もの野菜によるサルモネラと大腸菌O157による食中毒が発生し、FDAは生のアルファルファの芽もの野菜は高リスク群の人は食べないように通達した。1999年7月には、FDAは産業界、消費者グループ、学会と共に会合を開き、芽もの野菜の安全性を高める更なるステップについて検討している。しかしながら、1999年10月の段階においても、芽もの野菜に起因する食中毒は続いていた。そこで、NACMCFの提案を基に2つのDocketを発表することになった1,2)
 上述のような経過で出された18年前の2つの文書と基本的に同じ内容の文書4)が、新たにFDAから発表されたというニュースを見て驚くと共に、筆者はFDAの生野菜・芽もの野菜の衛生管理に対する執念とも言うべき姿勢に感心した。
 文献4によると、1996年~2016年7月までに米国で起こった芽もの野菜起因の食中毒事件は、食中毒事件発生件数 46件、患者数 2474人、入院患者数 187人、死者 3人となっている。

3.芽もの野菜の製造工程

植物の種子は、充分な水分と適切な温度があれば発芽する。静止状態の種子が水分を吸収し、内部構造を変化させた後、まず根茎を出し、次いで発芽する。発芽後、太陽光線が当たると葉緑素が活発に働き、緑色を呈するが、暗黒下では緑化しない。芽もの野菜の種子も同じであり、充分な水分を散布(Irrigate)されて発芽し、その後の太陽光の有無により製品が緑色を呈するものと呈しないものに分かれる。
 芽もの野菜の製造方法は、大きく分けて3種類になる。①回転ドラム式栽培法、②栽培室方式、③トレイ栽培方式、である(表2)。

表2.芽もの野菜の一般的な製造方法

・ Rotating Drum:Alfalfa, Broccoli, Clover and Radish
・ Growing Room:Mung Bean, Onion, Adzuki, Lentils, Garbanzo, Peas, and Wheat berry
・ Soil Tray:Wheat Grass, Sunflower, peas, Buckwheat, Daikon(white radish), Broccoli, and Sungreens

芽もの野菜の種子には、多くの微生物が付着している。その様な種子の発芽に適した温度と水分の条件は、微生物の発育条件とほとんど一致している。そのため、芽もの野菜の製造条件下では、種子に付着していた多くの微生物も急速に発育する。それらの微生物の中には食中毒の原因となるサルモネラ菌や大腸菌O157なども時として含まれることもあり、危害要因となることもある。
 ところが、このような危害要因となり得る微生物に対して、CCPとして加熱や薬剤添加工程を設定し、そのCCP工程により防ぐことはできない。なぜなら、その様な操作をすれば目的とする生で提供される芽もの野菜自体が商品価値を無くすからである。
 では、どうすれば良いのか。FDAはNACMCFと協力して、素晴らしい方法を考案し、提案した。その対応とは、①工程全般に対する一般衛生管理の充実と②Spent Irrigation Waterの微生物検査をするという方法である。

4.一般衛生管理の充実

HACCPの基礎は、一般衛生管理であることは、誰も疑わない。筆者らは、食品衛生7Sを行うことにより一般衛生管理が充分に出来ると考えているが、今回はその話をしないでおく。
 芽もの野菜の製造においても一般衛生管理が必要という原則は不変である。FDAは、種子の製造から、芽もの野菜の製造に至る全工程における環境と、食品に接触する表面の一般衛生管理項目、特にその洗浄と殺菌を毎日行うことの重要性を強調している。具体的には、食品接触表面として、芽もの野菜製造に用いるトレイやドラム、種子のリンスや処理、発芽前浸漬に用いられる容器の内側表面、及び、包装時に製品が接触するカウンター等をあげている。

5.Spent Irrigation Waterの微生物検査

芽もの野菜の製造条件は、微生物の生育条件と同じであり、製造条件を変更することにより、微生物の生育を阻止することは出来ない。しかし、幸いなことに両者の生育速度は大きく異なる。芽もの野菜が製品となるまでには、多くの場合7日ほどの栽培時間が必要である。一方、微生物は多くの場合24~48時間で定常期(Stationary Phase)になり、菌数は最大になる。それ以後は、菌数が減少することもある。
 そこで、芽もの野菜の製造工程で、種子に水を散布し始めてから48時間目に散布した水を図1に示すような位置からサンプリングする。そのサンプル水が食中毒の原因となるサルモネラ菌や大腸菌O157等に汚染されているかどうかを培養法により判断し、もしその様な汚染が存在すれば、そのバッチは廃棄し、製品として出荷しない。培養法による判断には48時間の培養が必要になるが、製品が出来上がり販売に供すまでには充分な時間があり、この方法により、製品の安全性の保証が出来る。この時重要なのは、図1のように採取したサンプル水は、そのバッチの芽もの野菜全体の微生物汚染を十分に代表させることが出来ることである。
 もしも、自社に充分な微生物検査設備が無いときには、採取したサンプル水を然るべき検査機関に送り検査をしてもらえば良い。最近は宅配便などの普及により、芽もの野菜工場から送り出したサンプル水は、翌日には検査機関に着く。検査機関で培養を行い48時間目に判断をし、結果をファクシミリやメールで入手すれば、製品出荷の判断は充分に出来る(図2)。
 以上が、FDAの提案である。危害要因分析により、危害要因の特定は行っているが、CCPという工程は無く、迅速性では問題があると言われている微生物検査を用いて、製品の安全性の判断を行っている点に注目したい。

図1.irrigation spent water
 
図2.pathogen と sprout との発育

6.おわりに

製造現場の一般衛生管理を充分に行い、製品の安全性、製品出荷の判断は微生物検査により行うという、この芽もの野菜の衛生管理・安全管理の考え方は、注目に値する考え方である。HACCPにおいては、危害要因分析を行い、危害要因を特定すると、必ずその危害要因を除去または一定レベル以下に低減させるCCP工程が必要であるというのが、従来のHACCPの考え方である。厚生労働省が提案する基準Bの対応においては、このような考え方が必要になるのかも知れない。
 一般衛生管理を充分に行い、CCPのないHACCP的管理を行う芽もの野菜の衛生管理・食品安全管理についてもう少し注目する必要があるのでは無かろうか。

参考文献

1. FDA Docket 99D-4488(1999.10):芽もの野菜の種子に対する微生物的食品安全に関する諸危害を減少させるためのガイドライン(Reducing Microbial Food Safety Hazards for Sprouted Seeds)

2. FDA Docket 99D-4489(1999.10):芽もの野菜製造中の使用済み散布水のサンプリングと微生物学的検査のガイドライン(Sampling and Microbial Testing of Spent Irrigation Water During Sprout Production)

3. 米虫節夫「HACCP 工程管理の重要性 --CCPのないHACCP--」、月刊食品工場長, 2002.03, p.26-27

4. Joe Whitworth: Sprout firms get FDA help to meet Product Safety Rule, FDA Free Newsletter, 2017.01.24

5. Wikipedia: Salad Bar,
https://ja.wikipedia.org/wiki/サラダバー

略歴

米虫 節夫(コメムシ サダヲ) 1941年大阪生れ
大阪市立大学大学院工学研究科 客員教授,
NPO法人・食品安全ネットワーク 最高顧問,前会長

大阪大学大学院発酵工学専攻博士課程中途退学,大阪大学 薬学部助手,近畿大学農学部講師,助教授,教授をへて2009年定年退職,大阪市立大学大学院客員教授

(財)日本規格協会 「品質管理と標準化セミナー」などの講師担当,
(財)日本科学技術連盟 「品質管理BCコース」などの講師・運営委員など担当,「デミング賞委員会」元委員,

日本防菌防黴学会 編集委員、評議員,理事,常任理事,副会長,会長などを歴任,現在,名誉会員
(社)日本品質管理学会 評議員,関西支部 幹事,同 幹事長 などを歴任,
日本ブドウワイン学会 編集委員長,評議員,理事などを歴任,現在 名誉会員
日本カロテノイド学会,名誉会員

食品安全ネットワーク 設立(1997),初代会長、現在・最高顧問
ペストコントロール微生物制御システム研究会 設立(2005)・会長,
NPO法人・農楽マッチ勉強会, 設立(2015)、副理事長
「環境管理技術」誌 編集委員長
「食生活研究」誌 編集委員長
日経品質管理文献賞受賞 (1977,2000, 2006, 2011)

細谷克也,米虫節夫,角野久史,冨島邦雄監修「HACCP実践講座」(全3巻),日科技連出版,1999.10~2000.06 ,
米虫節夫,角野久史,冨島邦雄監修「ISO22000のための食品衛生7S実践講座,食の安全を究める食品衛生7S」(全3巻),日科技連出版社,2006年
米虫節夫,加藤光夫,冨島邦雄監修, 編集:月刊食品工場長 編集部:「現場で役立つ 食品工場ハンドブック」 改訂版,日本食糧新聞社, 2012.09
など 著書,論文など多数

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