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ヒ素の形態別分析について
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第一理化学検査室

1. はじめに

食品中のヒ素は、有機ヒ素、無機ヒ素など様々な形態で存在している。ヒ素は形態によって毒性が異なり、その毒性は有機ヒ素よりも無機ヒ素の方が高いことが知られている。日本では無機ヒ素の基準値等は定められていないが、世界的には、基準値等を定めている国もあり、近年、無機ヒ素の毒性について注目されている。今回は、ヒ素の解説と形態別分析の重要性や分析方法について紹介する。

2. ヒ素とは

ヒ素は、地殻中や海水中に広く存在する元素である。火山活動や森林火災などの自然災害によって環境中に放出されるものもあり、日本全国の農地や水の中にはヒ素が含まれている。そのため、その土地で育った作物の中には、ヒ素が含まれているものもある。環境中や食品中のヒ素は、無機ヒ素、有機ヒ素の様々な形態で存在している。無機ヒ素としては、3価のヒ素である三酸化二ヒ素、5価のヒ素である五酸化二ヒ素が存在する。有機ヒ素は多種あり、代表的なものとして、メチルアルソン酸、ジメチルアルシン酸、アルセノベタインなどがある。それぞれの構造式を図-1に示す。一般的に有機ヒ素よりも無機ヒ素の毒性が高い。さらに無機ヒ素の中でも、毒性は5価のヒ素よりも3価のヒ素の方が高いと言われている。そのため、食品中に含まれるヒ素の毒性を正しく評価するためには、その食品に含まれる無機ヒ素の量を知る必要がある。
 ヒ素が含まれる代表的な食物として、私たちの主食である米の他、食生活になじみ深い野菜やきのこ類、海藻や魚介類があげられる。魚介類は比較的高い濃度でヒ素が含まれているが、海水中に含まれるヒ素が、藻類やプランクトンに取り込まれ、食物連鎖によって体内に蓄積されるためであると言われている。しかし、魚介類に含まれるヒ素はほとんどが有機ヒ素であるため、それほど毒性を心配する必要はない。
 ヒ素の人体への影響は、短期間で大量に摂取した場合は、発熱、下痢、嘔吐、興奮、脱毛などの症状があらわれ、長期的に大量に摂取した場合は、皮膚組織の変化や癌の発生などの影響があるといわれている。

図-1. 代表的なヒ素化合物の構造
図-1. 代表的なヒ素化合物の構造

3. 無機ヒ素を含む食品

無機ヒ素を多く含む食品として、ヒジキがある。農林水産省による「食品に含まれるヒ素の実態調査」の結果によると、ヒジキは、総ヒ素93 mg/kgに対して無機ヒ素は67 mg/kg、同じ海藻類のワカメは、総ヒ素33 mg/kgに対して無機ヒ素は0.15 mg/kgであり、ヒジキの無機ヒ素がとても多いということがわかる[2]。2004年7月に英国食品規格庁(FSA)は、無機ヒ素を多く含むヒジキは食べないようにと勧告を出した。それは、FSAの調査で、ヒジキは発癌性のリスクが心配されている無機ヒ素を多く含有しているという結果が得られたためである。この勧告に対して、厚生労働省は、ヒジキ中のヒ素に関するQ&Aを公表した[3]。その中で、2002年度の国民栄養調査から1日あたりのヒジキの摂取量を計算し、体重50 kgの人が毎日4.7 g(1週間で33 g)のヒジキを毎日継続的に摂取しない限り、世界保健機関(WHO)が1988年に定めた無機ヒ素の暫定的耐容週間摂取量(PTWI)である15 μg/kg体重/週を超えることはないとしている。また、海藻中に含まれるヒ素によるヒ素中毒などの健康被害が起きたとの報告もないため、バランスのよい食生活を心がければ健康上のリスクが高まることはないという見解を示した。
 バランスのよい食生活の中でヒジキを食べていれば、健康上のリスクは少ないが、食品中の無機ヒ素を減らそうという取り組みは積極的に行われている。農林水産省のホームページなどで、ヒジキに含まれる無機ヒ素を減らす調理法として①水戻し、②ゆで戻し、③ゆでこぼしの3つが紹介されている。それぞれの方法を簡単に解説する[4]。

① 水戻し

乾燥ヒジキを水の中に入れ30分以上放置し、水戻しした水を捨て、水洗いを行う調理法である。水戻しを行うことで、乾燥ヒジキに含まれる無機ヒ素の約5割を減らすことができるとされている。

② ゆで戻し

乾燥ヒジキを水を入れた鍋の中に入れ、加熱し、沸騰後さらに5分間ゆでる。その後お湯を捨て水洗いを行うという調理法である。ゆで戻しを行うことで、乾燥ヒジキに含まれる無機ヒ素の約8割を減らすことができるとされている。

③ ゆでこぼし

①水戻しと②ゆで戻しを組み合わせた調理法であり、まず乾燥ヒジキを水の中に入れ30分以上放置し、水戻しした水を捨て、水洗いを行う。次に、水を入れた鍋の中に入れ、加熱し、沸騰後さらに5分間ゆでる。その後、お湯を捨て水洗いを行うという調理法である、ゆでこぼしを行うことで、乾燥ヒジキに含まれていた無機ヒ素の約9割を減らすことができるとされている。ご家庭でヒジキを調理する際には参考にしていただきたい。

ヒジキ以外にも無機ヒ素が含まれている食品で注目されているものがある。それは、私たち日本人が主食としている米である。玄米では、総ヒ素0.23 mg/kgに対して無機ヒ素は0.21 mg/kg、精米では、総ヒ素0.14 mg/kgに対して無機ヒ素は0.12 mg/kgであり、無機ヒ素の含量は海藻に比べると多くはないが、やはり主食として食べる機会が多いため、実態調査や研究などが盛んに行われている[2]。米のヒ素は糠の部分に多く含まれるため、精米したり、米を研いで、糠を落とすことで、米に含まれる無機ヒ素を少なくすることができる。

4. 無機ヒ素の分析方法

食品中に含まれるヒ素の毒性を正しく評価するためには、ヒ素を無機態、有機態の形態別に分けて分析する必要がある。ヒ素の形態別分析については、様々な分析法が報告されている。近年主流となっているのは、試料を採取し、希硝酸やトリフルオロ酢酸、水、水-メタノール混液などを加えて加熱抽出を行い、高速液体クロマトグラフでヒ素を形態別に分離した後、ICP質量分析装置で定量するという方法である。ヒ素は形態によって抽出効率が異なるため、目的の形態のヒ素に適した溶液で抽出しなければならない。さらに、加熱抽出を行う際の温度が高すぎるとヒ素の形態が変わってしまう可能性があるので注意が必要である。当財団では、希硝酸を用いて加熱抽出を行い、抽出した液を陰イオン交換カラムで形態別に分離した後、ICP質量分析装置で定量する方法を採用している。簡易フローと形態別ヒ素分析のクロマトグラムをそれぞれ図-2図-3に示す。

図-2. 無機ヒ素分析の簡易フロー
図-2. 無機ヒ素分析の簡易フロー
図-3. 形態別ヒ素分析のクロマトグラム
図-3. 形態別ヒ素分析のクロマトグラム

5. おわりに

私たちの主食である米、食生活になじみ深い野菜、きのこ類、海藻、魚介類にはヒ素が含まれている。その中には毒性の高い無機ヒ素を含んでいる食品もあるため、食品中に無機ヒ素がどれぐらい含まれているのかを把握した上で、バランスのよい食生活を心がけることが重要である。日本では無機ヒ素の基準値等は定められてはいないが、世界的にみると基準値等を定めている国もあるため、今後の無機ヒ素の動向について注目したい。

参考文献

[1] 農林水産省:食品中のヒ素に関する情報
http://www.maff.go.jp/j/syouan/nouan/kome/k_as/index.html

[2] 農林水産省:食品中に含まれるヒ素の実態調査
http://www.maff.go.jp/j/syouan/nouan/kome/k_as/occurrence.html

[3] 厚生労働省:ヒジキ中のヒ素に関するQ&A
http://www.mhlw.go.jp/topics/2004/07/tp0730-1.html

[4] 農林水産省:ヒジキに含まれるヒ素の低減に向けた取組より安全に食べるために家庭でできるヒジキの調理法
http://www.maff.go.jp/j/syouan/tikusui/gyokai/g_kenko/busitu/pdf/hijiki02.pdf

[5] Journal of AOAC International Vol. 97, No. 3, 2014 “Analysis of inorganic As in Rice LC-ICP-MS method”

[6] Codex Committee on Contaminants in Foods, Seventh Session in Moscow, Apr.2013 "Preliminary report on international validation of analytical method to determine inorganic arsenic in rice"

    
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