(一財)食品分析開発センター SUNATEC
HOME > 食品に残留した農薬はどのように規制されているか ~始まりと移り変わり~
食品に残留した農薬はどのように規制されているか
                      ~始まりと移り変わり~
明治薬科大学 薬学教育研究センター/健康科学
教授 永山 敏廣

1.はじめに

農薬取締法が昭和23年7月1日法律第82号として交付、同年8月1日に施行された。農薬の登録制度が導入され、昭和23年9月27日にDDT、ヒ酸鉛などの殺虫剤や有機水銀、硫酸亜鉛が殺菌剤として初めて登録された。その後、昭和27年にかけて、TEPP、パラチオンやメチルパラチオンなどの殺虫剤、有機水銀、無機水銀やホルムアルデヒドなどの殺菌剤、亜ヒ酸やモノフルオル酢酸塩などの殺鼠剤などが登録されている。これら農薬の一部は、現在特定毒物に指定されて取り扱いが厳しく規制されるなど、極めて急性毒性が強い。昭和29年には過量のパラチオンが付着したきゅうりの漬け物を食べて3名が死亡する事故が発生するなど、農薬散布や取り扱い上のミスによる事故が多発し、農作物中に残留した農薬が、農作物とともに摂取されて起こる危害の発生を防止する対策が求められるようになった。
 当時、食品に残留する農薬について具体的な許容量は示されていなかったが、農薬に起因する事故が多く発生したことを背景に、そのまま生食する食品に過量の農薬が残留していては危険との見解が示された。その食品としてりんごが取り上げられ、昭和31年11月2日付衛発第769号「りんごに残留する農薬の取扱について(通知)」が厚生省公衆衛生局長から発出された。とりあえずの残留農薬の許容量として、砒素 As2O3として3.5ppm、鉛 Pbとして7ppm、銅 Cuとして50ppm、DDT 7ppmが設定され、初めて食品に残留した農薬量が規制されることになった。各都道府県及び指定都市は、りんごの一斉検査を実施して残留農薬による危害防止に努めるように求められた。許容量を超えて残留した場合は、「払拭、洗浄等の方法により除去させるとともに、生産者、農林担当部局に対して過量にわたる使用等のないよう厳重なる警告を行う」こととされた。

2.法に基づく規制の始まり

昭和39、40年度に全国的な残留農薬実態調査が行われ、また、諸外国における残留農薬を規制する方法や許容量の設定状況などの資料が収集、検討された。これらの調査、検討結果を踏まえて、昭和43年3月30日付厚生省告示第109号が発出された。食品衛生法食品規格として、きゅうり、とまと、ぶどうおよびりんごの4食品にかかわる「γ-BHC」0.5ppm、「DDT(p,p’-DDTのみ)」0.5ppm(りんごにあっては1.0ppm)、「鉛およびその化合物」Pbとして1.0ppm(りんごにあっては5.0ppm)、「パラチオン」0.3ppmおよび「ヒ素およびその化合物」As2O3として1.0ppm(りんごにあっては3.5ppm)の許容量が規定された。
 これら許容量の設定に当たっては、ヒト一日摂取許容量(ADI:FAO/WHO合同専門委員会の報告による)、実態調査に基づく農薬の残留量(最高残留濃度、一般の値に比べて特に異常に高い濃度は除く)及び成人における食品の一日摂取量(国民栄養調査(現国民健康・栄養調査)による最高の値)を基に設定された。ADIから体重50kg当たりの量 S mgを求め、食品の1日摂取量をF kg、実態調査に基づく最大残留量をR ppmとしたとき、許容量は、S/F>Rでは「R」、S/F<Rでは「S/F」、ADIが定められていない場合は「R」を基本値とし、農薬の散布状況、残留量の変動なども考慮された。
 なお、一つの農薬についての基準値は、原則としてすべての食品に対して同一の値を採用することが考慮された。ただし、同一の値で決めることが不適当と考えられる場合は、食品を数群に分けて基準値を決めることとされた。これら基準は法に基づく規制であり、違反品の廃棄等の他、違反者には懲役または罰金が科せられた。

3.基準拡大への取り組み

昭和39年以降、食品中の残留農薬実態調査及び農薬の毒性試験が続けられ、資料のまとまったものから基準が設定された。昭和44年12月26日厚生省告示第410号により、対象食品に新たにいちご、なつみかん、日本なし、茶(不発酵茶に限る)など9食品が加えられ、エンドリン及びディルドリン(アルドリンを含む)の許容量はいちご、日本なし、りんごなどからは「検出されるものであってはならない」とされた。その検出限界は、昭和45年10月1日環食化第79号「ばれいしょの残留農薬について」による通知で0.005ppmと示され、現在の「不検出基準」(通知により検出限界が示される)と同様の取り扱いとなっている。
 昭和46年12月20日厚生省告示第404号では、マラチオン、ダイアジノン、カルバリルの基準が設けられると共に、BHCについては全BHC(α-、β-、γ-、δ-BHCの総和)、DDTについては全DDT(DDD、DDEを含む)とされた。また、本告示から、「残留許容量」に代わり「残留基準」の名称が用いられるようになった。
 その後も順次残留基準が設けられ、昭和53年8月22日厚生省告示第185号によりクロルピリホス及びホサロンの基準が設定されて、56食品(53作物:だいこん、かぶ及びなつみかんは、だいこんとだいこんの葉、かぶとかぶの葉、なつみかんとなつみかんの外果皮に分けられている。)にかかわる26農薬が規制されることとなった。
 その後、約14年間、新たな基準の設定はなかった。生鮮農産物はほとんど国産でまかなわれているとの考えから、生産時の使用規制を図ることで安全性を確保していた。農薬取締法に基づく登録制度の中で、作物残留にかかわる農薬登録保留基準(作物中の最大残留許容濃度)が設けられており、この基準が逐次拡大された。この濃度を超えない使い方として安全使用基準を規定し、適正な使用方法の推進により過量な農薬の残留が抑えられていた。
 一方、昭和時代後半から平成時代の初めにかけて、農産物の輸入が増大し、様々な輸入生鮮農産物が流通するようになった。諸外国では栽培環境が異なることや国土が広いことなどから、国内登録のない農薬の使用や保管、運搬時の使用(ポストハーベスト使用)などへの懸念が唱えられるようになった。時を移さず、我が国では使用されない農薬の検出や、ポストハーベスト使用される農薬の比較的高濃度な残留などの実態が明らかになり、社会的な関心は一層高まった。輸入農産物の安全性を確認、確保するため、残留基準を充実させることが求められ、平成4年10月27日、対象食品を全農産物に拡大した厚生省告示第239号が発出され、新たに29農薬の基準も設定された。
 その後、2000年(平成12年)までに200農薬の基準設定を目指して急ピッチで整備が進められ、2回の改正を経て平成6年6月9日厚生省告示第199号で基準設定農薬数が103に、さらに5回の改正を経て平成11年11月22日厚生省告示第237号で199農薬の基準、1回の基準値の見直しを挟んで平成13年2月26日厚生労働省告示第56号で214農薬の基準が設定された。その後9回にわたり改正されて、ポジティブリスト制度導入前の最後の基準改正が平成17年10月25日厚生労働省告示第470号で示され、基準設定農薬数は250となった。

4.ポジティブリスト制度の施行

輸入食品をはじめとした残留農薬への懸念の高まりを受けて、平成7年4月25日に参議院、同年5月17日に衆議院で、食品中残留農薬規制にポジティブリスト制度導入の検討について付帯決議が行われ、その導入に向けて1,300万人以上の署名を集めた請願も出された。一方、平成14年春から夏にかけて中国産冷凍ほうれんそうから基準を超過したクロルピリホスが繰り返し検出され、消費者から大きな不安が寄せられた。また、国産農産物でも、カプタホールやシヘキサチンなどの国内登録のない農薬使用が発覚し、なしやりんごなどが大量に廃棄され、残留農薬への不信感を増長し、大きな社会問題となった。
 食の安全性をより高め、消費者の不安を取り除くべく、平成15年5月30日、食品衛生法等の一部を改正する法律(平成15年法律第55号;改正食品衛生法)が公布された。第11条第3項に、農薬等は第1項の食品の成分に係る規格が定められている場合を除き、「人の健康を損なうおそれのない量として厚生労働大臣が薬事・食品衛生審議会の意見を聴いて定める量を超えて残留する食品は、これを販売の用に供するために製造し、輸入し、加工し、使用し、調理し、保存し、または販売してはならない。」とされ、第1項と第3項の規定によりすべての農薬が規制対象となり、ポジティブリスト制度が動き出した。また、平成16年9月2日厚生労働省告示第329号で、残留基準の記載が食品ごとから農薬等の成分ごとに改められた。ポジティブリスト制度の施行期日は、平成17年11月6日政令第345号により平成18年5月29日とされた。
 平成17年11月29日厚生労働省告示第497号で一律基準0.01ppmが、同第498号で対象外物質が、同第499号で不検出基準、本基準、暫定基準にかかわる約600農薬(飼料添加物、動物用医薬品を合わせて799農薬等)の基準が規定された。併せて関連法令の整備が行われ、飼料添加物や動物用医薬品を取り込むと共に、農産物、畜水産物、一部の加工食品、ミネラルウォーターなど全ての食品が対象となった。
 農薬等のポジティブリスト制度は、政令で示されたとおり、平成18年5月29日に施行された。平成19年8月21日厚生労働省告示第288号では魚介類の基準も提示され、直接散布あるいは飼料由来の農薬等の他、環境水に起因する農薬等も考慮した規制が実施されている。

5.残留基準設定の考え方

基準は、国際基準、諸外国の基準、登録保留基準等や農薬が適切な使用方法に基づいて使用された場合(作物残留試験)の残留量を参考に、国民が平均的な食生活を営むときの食品を通じた農薬の摂取量を推定して基準値案を置き、その摂取量が当該農薬の一日摂取許容量(ADI)の範囲内に収まることが確認できた場合に、その値が基準値として設定される。このとき、農作物への農薬の残留は品種(作物の大きさや形態の違い、葉の茂り方の違い等)、気候(降雨量、日照量、気温等)、栽培条件(施設/露地、植栽密度等)などの要因により変動することから、作物残留試験の実測値を基に、この残留の変動や分析誤差などを考慮して、ある程度の許容幅(アローアンス)を置いて基準値案を作成している。なお、個々の農薬によって毒性、物理的な性状、分析法等が異なることから、農薬ごとに基準値が設定される。
 平成10年までの暴露評価では、国民平均(体重50kg)に対する理論最大摂取量〔TMDI:(基準値案×各作物の平均摂食量)の総和〕がADIを超えないことを確認して基準値が設けられてきた。しかし、TMDIは実際の農薬残留実態やトータルダイエットスタディによる摂取量調査結果に比較して過大見積もりであったことから、WHO指針(Guidelins for predicting dietary intake of pesticide residues,1997年)を参考に暴露量評価手法の見直しが行われた。
 平成10年8月7日、食品衛生調査会は残留農薬基準策定における評価方法について「残留農薬基準設定における暴露評価の精密化」を厚生大臣宛に意見具申した。国民平均の他、幼小児、妊婦、高齢者のそれぞれについて、TMDI方式を用いて算出された暴露量が、当該農薬の許容される摂取量(水及び空気などを介した農薬への暴露を配慮してADIの80%とされた)と比較して小さい場合はこの基準値案を採る。いずれかで算出暴露量が大きい場合は、日本型推定一日摂取評価手法(日本型EDI 方式)による暴露量試算を行う。これでもいずれかで算出暴露量が大きい場合は、当該基準値案を見直す。
 食品摂取量のデータとして使用している国民栄養調査の食品摂取量が平成7年に個人別集計に変更され、対象者別の食品摂取量データが入手できるようになったため、各グループの摂取量が把握できるようになった。現在、平成17~19年の食品摂取頻度・摂取量調査を基に、国民平均(体重55.1kg)、 幼小児(1〜6歳:16.5kg)、妊婦(58.5kg)、 高齢者(65歳以上:56.1kg)の農産物、畜水産物の摂取量からそれぞれ暴露評価が実施されている。TMDI 方式による暴露量試算でADI 比が80%より大きい場合には、日本型EDI 方式による暴露量試算となるが、本方式では基準値案の代わりに最大使用条件下での作物残留試験における残留量の平均値の使用を基本とし、残留値が得られない場合は原則として分析に用いた試験法の検出限界を残留量とする。さらに、可食部への農薬残留割合、調理加工による残留量の変化等について信頼できるデータが入手できればこれらを利用することも可能である。
 また、平成26年度からは、ADIに加え、急性的な影響の指標である急性参照用量(ARfD)を考慮した残留基準の検討が開始された。一度にある食品を大量に食べた場合の農薬の摂取量を推定し、その摂取量が当該農薬のARfDの範囲内に収まることを確認している。

6.おわりに

厚生労働省で平成3年度以降毎年度実施しているマーケットバスケット方式による農薬の摂取量調査によれば、これまでに約300農薬について調査し、実際に検出された農薬数は66である。ADI占有率を見ると、検出された農薬のうち46農薬(2/3)は1%以下であり、10%を超えた農薬は臭素約15%及びヘプタクロル(ヘプタクロルエポキシドを検出)約27%のみであり、30%を超えて検出された農薬はない。臭素は海産物などからの天然成分を含み、ヘプタクロルは昭和47年8月9日に失効して既に使用されていない農薬であり、土壌に残留していたものが移行したと推察される。これらの結果から食品を通じて日常的に摂取する農薬の量はADIに比べて十分に低く、安全性は確保できていると考えられている。残留基準による農薬のリスク管理が有効に機能しているといえる。

略歴

永山 敏廣(ながやま としひろ)

略歴
1978年 3月  東京薬科大学大学院薬学研究科修士課程 修了
     4月  東京都立衛生研究所 生活科学部食品研究科 研究員
2003年 4月  東京都健康安全研究センターに名称変更
2013年 4月  明治薬科大学 薬学教育研究センター/健康科学 教授
                                                   現在に至る

バックナンバーを見る
Copyright (C) Food Analysis Technology Center SUNATEC. All Rights Reserved.