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試験に使用する器具の選定
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第二理化学検査室

はじめに

試験を始めるにあたって、まず使用する器具を選定しなければならない。標準作業手順書がある状況なら、その指示に従って器具を使用するだけでよいが、新しい試験法の開発、試験法の変更などの場合には、まずは手近にあるもので使用可否を検討し、その後、新規購入や借用で対応することだろう。その際、器具の種類などを決定するために、器具がその試験に使用できるか評価しなければならない。材質、性能などを勘案して選ばれた器具を使用して得られた試験結果が妥当であると判断できることが必要である。
 妥当性の評価には、厚生労働省より残留農薬や金属に対して妥当性評価のガイドラインが示されているのでこれを参照してもよいし、試験の目的に合わせて評価基準を策定してもよい。例えば、試験品に規格があり、その規格の上限、又は下限値に近い試験結果の適否を判定しなければならないのであれば、厳しい評価基準であることが望ましいが、厳しすぎることのない実現性のある許容幅をもっていなければならない。また、スクリーニングのための試験や予備試験(疑陽性であれば本試験を実施する場合など)であれば、緩い評価基準でも差し支えないが、あまりに緩いとスクリーニング等での篩別が機能せず、そもそも実施する意味がないということになりかねない。目的と手段に見合った評価基準を策定することが大切である。
 本稿では、器具の使用可否を検討するにあたり、最終的な評価としては前述のとおり試験目的等に適うことが必要であるが、そこに至るまでに気にかけておきたいことを紹介する。

※妥当性評価のガイドラインの例
 「食品中に残留する農薬等に関する試験法の妥当性評価ガイドラインの一部改正について」
                                 (平成22年12月24日、食安発1224第1号)
 「食品中の金属に関する試験法の妥当性評価ガイドラインについて」
                                 (平成20年9月26日、食安発第0926001号)

形状・材質

当然のことではあるが、形状が使用目的に合わなければならない。1000 mLの試験溶液を扱うのに、100 mL容量では湛えることができない。反対に過度に容量の大きな器具を使用すると、嵩張る上、定量的に移し替える際に共洗いの手間が多くなる。また、使用器具数も気にかけたい。例えば、口の細い器具の使用により移し替えにロートが必要になってしまう場合や、ロート受け代わりに三角フラスコを慣例的に使用したがエバポレーターで濃縮するためナスフラスコに移し替えなければならない場合など使用せずに済む器具が発生してしまうことがある。操作の前後を確認し、無理のない範囲で、必要な器具数を少なくすることで、手数が減り、コンタミネーションのリスクも小さくできる。このほか、操作性に問題なければ、自立する器具(自立型遠沈管や平底フラスコ)などを使用すれば、ラック等が必要とならない分、作業しやすくなる。
 器具の材質は、ガラス、プラスチック、金属などさまざまである。器具に触れる薬品も多岐にわたり、組み合わせによっては問題が生じるものがある。一例として、ガラスはアルカリやフッ化水素酸により溶け、ポリスチレンはテトラヒドロフランやアセトンで溶ける。シリコンゴムはヘキサンやクロロホルムに浸漬すると膨潤する。ホウケイ酸ガラスからのアルカリ金属の溶出、合成樹脂からの可塑剤の溶出や農薬類のガラスや樹脂への吸着なども起こる。器具の溶解が起きると、反応が激しい場合は容器として使用に耐えない。反応がわずかでも、試験溶液中の夾雑成分が増えたり目的物質が器具に浸透したりと、その後の操作に影響する可能性がある。溶出や吸着については、特に微量分析で影響が大きくなる。器具の変更ができない場合は、あらかじめ使用する器具を薬液に浸漬して洗浄しておくことで溶出量を抑える、または試験溶液の組成を変更(pHや溶媒の変更、マスキング剤の添加など)して吸着を抑えることが必要である。
 反応性以外にも、物理的性質として使用する材質の融点を把握しておくことは有用である。加熱操作をする際、どの程度まで耐えるのか判断することができる。ポリプロピレンであれば100℃程度まで耐えるものがあり、穏やかな加熱操作であれば使用できる。ホウケイ酸ガラスだと500℃程度まで、石英ガラスであれば1000℃以上を耐える。器具の仕様として表示のある耐熱性能については、耐熱温度“差”を指す場合があるので注意が必要である。
 その他、耐圧性能についても留意しておいたほうがよい。ガラス容器内を減圧にするとき、ヒビや亀裂がなければそれなりに耐えるが、加圧すると容易に破損する。密栓して加熱しなければならない場合には、肉厚な容器を選ぶなど強度のある容器を使用したほうがよい。(密栓してオートクレーブをかけないのも同じ理由である。)減圧に耐えることから、加圧にも耐えるものと勘違いしがちなので注意したい。

性能・操作性など

反応試薬を水溶液で1000倍希釈する操作を考える場合の各器具の不確かさ(表1)と器具の選定例(表2)を以下に示す。表1から、器具の容量が大きいほど相対標準不確かさが小さいことがわかる。表2のAとBの比較からも使用する器具の容量が大きいほうが器具に由来する不確かさは小さくなる。C、Dの合成相対標準不確かさはピペットの相対標準不確かさと同等であることから、フラスコの不確かさはほとんど寄与していない。また、C、DとAの比較から、不確かさの小さい器具の多用と不確かさの大きな器具のたった1回の使用では、後者のほうが合成相対標準不確かさは大きくなる。このことから、作業全体の不確かさは、操作回数よりも不確かさの大きい操作に支配されることが分かる。
 容量が大きな器具が精確であることが分かったが、実際は操作に由来する不確かさが上乗せされ、例えば、人の癖や体調、経験に影響される。さらなる精確さを求めるなら、言い伝えではなく正しい使用方法を習得し、器差が判明している器具の使用や共洗いにより器具間の差をなくし、使用する雰囲気(液温、気温、湿度、操作時間など)や操作(ピペットの浸漬距離や角度、濡れ具合など)を揃えるなどの工夫もできる。ただ、ここまでの精確さを要求する場合、新人には実施困難で、熟練が必要となる。一方で、厳密な精確さが要求されない操作であれば、電動で吸引、排出できるピペットを使用することで熟練度が問われなくなるので、ピペットに触れたことがない人であっても実施可能な方法となる。揮発性の高い液体や粘性のある液体を扱う場合には、ガラス体積計や空気置換式のピストン式ピペットよりも直接置換式のピストン式ピペットの使用によって揮発や残着を防ぐことができ、結果的に操作全体の不確かさが小さくなる可能性もある。また、体積計ではないが精密天秤(不確かさは表1で示した体積計よりも0~数桁程度小さいと考えられる)を用いて重量希釈することで、熟練がなくても指示値を見ながら微調整し、精確な操作が可能となる。

各種体積計の目盛の不確かさ

希釈方法の違いによる不確かさ(器具のみを評価)

二次的な効果

分注に限らず全ての操作において精確さを考慮して器具を選定した場合、試験の中で精確な操作が要求される部分とそうでない部分が明確になり、試験操作にメリハリがつく。工程が短く単純な試験では差はないが、工程が長く、煩雑で、操作誤差が生じやすい試験では注意すべき工程が分かるので、集中力が維持しやすくなり、より精確な結果を得やすくなる。また、器具選定の過程で選ばれなかった器具があった場合、選ばなかった理由を後から参照できると試験法の理解や試験法の教育にも役立つ。
 また、試験法の妥当性が確保できていることが前提ではあるが、ピストン式ピペットや連続分注器などが使用できれば、全量ピペット使用よりも操作時間が短くなる。試験溶液の希釈や試液の分注操作に全量ピペットを使用していた場合、これをすべてピストン式ピペットに変更することで、大きく所要時間を抑えることができる(多量の検体を処理している状況を考えるなら1時間程度の時間短縮も起こり得る)。
 分注以外の操作においても、各メーカーより便利な器具が開発されてきているので、これらを導入することで、2操作を1操作に短縮できることもある(多層固相ミニカラムやフィルター付きバイアルなど)。高価にはなるが、フルオートメーション化した装置も発売されている。新商品の導入は、精度の向上や業務の効率化につながりうる(業務の改善にばかり注目することなく精度を確保すること)。

おわりに

試験法開発等の際に検討される器具の種類の選定について留意すべき点を紹介した。新しい試験法の開発、試験法の変更などの場合には、試験の目的に適した器具を選定することが重要である。一方で、一度、最適な器具を選定しても、新しい器具の登場の可能性を鑑みると、今使用している器具が最適とは限らない。また、既存の器具に関しても、担当する試験と異なる分野で使用されているためにその存在すら知らない器具もある。(例えば、理化学試験で多用される器具でも微生物試験で使用されない場合がある。)このため、試験に使用する器具を見直すことが、その試験の精確さの向上、さらには所要時間の短縮による業務の効率化や処理能力の増大につながる可能性があることから、標準作業手順書の改定などを機会として是非とも検討されたい。

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