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卵の栄養機能とアンチエイジング効果
第3回 卵黄脂質でアンチエイジング
京都女子大学 家政学部
教授 八田 一

10.細胞膜の流動性とアンチエイジング効果

我々人間は多細胞生物であり、約60兆個の細胞からできていると言われています。細胞が集まり組織を作り、種々の組織が集合し、体の器官(臓器)を形成しています。個々の細胞は細胞膜で周りの細胞と仕切られ、それぞれが独立した代謝(異化と同化)を行いつつ、情報や物質を交換しあって組織的な働きをしているのです。細胞膜は脂質二重層ともいわれ、リン脂質分子の二重層にコレステロールと膜タンパク質がモザイク状にはめ込まれた構造(流動モザイクモデル)をとっています(図1)。
 流動モザイクモデルと言われるように、細胞膜の構成分子は流動性が高く、比較的自由に動きまわり、栄養成分やその代謝物、情報伝達物質などの出し入れを迅速かつダイナミックに行っています。従って、細胞膜の流動性は、我々の生命活動とその恒常性の維持に非常に大切なものであります。ヒトの老化は、加齢とともに臓器の機能やそれらを統合する機能が低下し、個体の恒常性を維持できなくなり、死に至る過程と定義され、細胞膜の老化すなわち細胞膜流動性の低下から始まるとの説があります1)

図1 細胞膜の構造(流動モザイクモデル)

11.卵黄脂質の構成成分

卵の脂質は全て卵黄に局在し、その総量は卵黄重量の約30%も占めます。すなわち、平均的な卵1個中の卵黄20gには、脂質が約6gも含まれているわけです。卵黄脂質の主要な成分は、中性脂質(65%)とリン脂質(30%)とコレステロール(4%)です。中性脂質は、卵が孵化する過程で、主にエネルギー源として使われます。また、リン脂質とコレステロールは雛の体細胞や脳神経細胞の細胞膜(リン脂質二重層)の構造を作る主成分となります。卵黄脂質の特徴は、細胞膜構成材料としての、リン脂質とコレステロール含量が高いことであります。卵黄リン脂質は、その84%がホスファチジルコリン(PC)、12%がホスファチジルエタノールアミン(PE)、2%がスフィンゴミエリン(SPM)、2%がリゾホスファチジルコリン (LPC)、その他で構成されています(図2)。

図2 卵黄の脂質組成

12.卵黄脂質の健康機能

卵黄脂質には乳化作用や保湿作用があり、食品や化粧品用の乳化剤や保湿剤として利用されています。また、21日間の卵の孵化過程において、卵黄脂質は雛の発生と発育に必要なエネルギー源や細胞膜の構成成分としての役割を果たしています。この観点から、卵黄脂質には、ヒトの体細胞や脳神経細胞の細胞膜の構築、および修復材料としての役割が期待されています。
 健康食品として昔から販売されている卵油も、メカニズムは不明ですが多くの健康機能が体感できるそうです。海外の研究では、高齢者のボランティアに対して、卵黄脂質の調製物(Active Lipid:AL721=中性脂肪7:PC2:PE1)を3週間、毎日10gずつ摂取させた結果、白血球の免疫活性が顕著に高まったとの興味深い報告があります。この研究者らは、AL721の摂取により、老化に伴い細胞膜の流動性が低下した細胞を修復可能であると考察しています2)
 卵黄脂質には、多価不飽和脂肪酸であるドコサヘキサエン酸(DHA)とアラキドン酸(AA)が母乳と同様にバランスよく存在するため、従来の育児ミルクの脂質(大豆油)に代わる脂質源として利用価値があります。DHAとAAは、新生児や乳幼児の脳や網膜の発達に必要な脂肪酸であり、母乳中にはバランスよく(AA=0.28~0.60%、DHA= 0.22~1.0%)含まれています3)図3)。

図3 卵黄脂質の育児ミルクへの利用

13.卵黄リン脂質の健康機能

卵黄リン脂質には血清コレステロールや中性脂肪の低下効果、肝機能の改善効果、脂溶性ビタミンの吸収促進効果などが知られています。また、卵黄リン脂質の優れた乳化性は、医薬品として手術前後の栄養補給剤として処方される静脈注射用脂肪乳剤の調製にも用いられています。さらに、人工的に調製したリン脂質二重層の内層に水溶性の薬物を封入したリポソームが開発され、癌細胞へ選択的に薬剤を導入するターゲット療法などへの応用研究が進められています。
 さらに、神経細胞の集合体である脳には、リン脂質とコレステロールが大量に存在します。卵黄リン脂質の主成分はPCで、生体内ではPCの構成成分であるコリンが神経伝達物質アセチルコリンの前駆体として利用されています。高齢者に増加しているアルツハイマー病などの神経系疾患(認知症)患者は、脳内のアセチルコリン濃度が低いことが知られています(図4)。そこで卵黄PCの経口摂取で、脳内のコリン濃度を高め、神経機能の改善や向上をはかる可能性が検討されました。アルツハイマー型の認知症患者に卵黄リン脂質と脳内でアセチルコリン合成酵素の活性を高めるビタミンB12を併用した臨床試験では、65%の患者に改善効果が認められたとの報告があります。

図4 脳の神経細胞間でのアセチルコリンの役割

14.卵黄脂質でアンチエイジング

近年の日本は少子超高齢化が進み、平成28年の総人口1億2695万人に占める65歳以上の高齢者人口3461万人の割合(高齢化率)が27.3%まで上昇し、先進国では世界一です。そして、2030年には総人口1億1662万人、高齢者人口3685万人で高齢化率は31.6%に達し、2050年には総人口が9708万人にまで減少し、高齢者人口3778万人、高齢化率は38.8%まで上昇すると予想されています4)。なんと、人口の1/3が高齢者となります。また、高齢化に伴い認知症患者数も急増し、2020年で631万人(高齢者の18%)、2030年に830万人(23.2%)、2050年には1016万人(27.8%)になると推計されています5)
 高齢者が全て健康で長生きできればよいのですが、加齢とともに細胞レベルで老化が進み、臓器の機能およびそれらを統合する機能が低下し、多くの場合は健康寿命を全うできません。認知症も神経細胞レベルの老化から始まり、情報伝達機能不全が原因と言われています。我々の細胞は、毎日3000~4000億個(約200g)が死に、そして新しく生まれ変わっています。
 我々の細胞には寿命があり、通常は約50~60回分裂して死に至りますが、その間は常に細胞膜を作り替え、その流動性を維持する必要があります。このような観点から、細胞膜の構成成分であるリン脂質やコレステロールを多く含む卵黄脂質を積極的に摂取すれば、細胞膜の流動性を高め、老化を細胞レベルから抑制できるのではないかと期待されています。

15.最後に

ヒトの寿命は最長で約120歳、ギネス世界記録によると、女性の最長寿者はフランスのジャンヌ・カルマンさん(1875~1997年、122歳)、男性では日本の木村次郎右衛門さん(1897~2013年、116歳)とあります。また、残念ながら今年の4月に亡くなられましたが、イタリア人女性のエンマ・モラーノさん(1899~2017年、117歳)は、毎日生卵を3個食べて長生きしたことで有名でした6)。最後は無理やり、モラーノさんの長生きの秘訣を頼りに卵と長寿を結びつけた感がありますが、私が仕事柄付き合いの多い鶏卵生産者のみなさんは、いずれも健康寿命が人一倍長いようにお見受けします。卵コレステロール悪玉説が否定された今、最高の栄養機能を有する卵の摂取量と健康寿命の関係を詳細に調べる臨床疫学研究プロジェクトが必要であると思っています。

参考文献

1) Lida A et al.: Neuroscience & Biobehavioral Reviews, 11, 399-413(1987)

2) Rabinowich H et al.: Mechanisms of Aging and Development, 40, 131-138(1987)

3) 米久保明得:日本油化学会誌,48,1025−1197(1999)

4) 内閣府 平成24年版 高齢社会白書(全体版)1高齢化の現状と将来像
http://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2012/zenbun/s1_1_1_02.html

5) 認知症の現状と将来推計
http://www.tr.mufg.jp/shisan/mamori/dementia/02.html

6) “Raw Eggs and No Husband Since ’38 Keep Her Young at 115 - The New York Times”(2015年2月14日).

略歴

1979年3月 大阪市立大学 理学部 生物学科 卒業
1979年4月 太陽化学(株)入社 総合研究所 研究員
1983年4月〜1984年8月 京都大学食糧科学研究所 研究生
1984年9月〜1985年12月 ブリッティシュ・コロンビア大学 研究生
1998年4月 京都女子大学 家政学部 食物栄養学科 助教授
2005年4月 京都女子大学 家政学部 食物栄養学科 教授
現在に至る

学位

1993年9月
大阪市立大学より学位(理学博士)取得 「抗ヒトロタウイルス鶏卵抗体に関する研究」

受賞

1994年4月
日本農芸化学会技術賞を受賞 「鶏卵抗体の大量生産および産業利用技術の開発」

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