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HACCPの制度化に伴う微生物検査の考え方
東京農業大学 応用生物科学部
教授 五十君 靜信

1.はじめに

コーデックス(Codex Alimentarius Commission;CAC)は、食品の衛生に関する国際標準を決めており、この基準を採用することが国際的な標準となっている。現在進められている食品衛生の国際標準化の目的は、国内の食品の衛生に関する考え方をコーデックスに合わせようとするものである。コーデックスでは、食品の衛生管理の前提は工程管理であり、その管理の下でようやく“微生物学的基準”が機能する。現在進められている食品の衛生管理の国際整合性はこの方向性に進むことである。危害要因分析重要管理点(Hazard Analysis and Critical Control Point;HACCP)という工程管理により、コーデックスの求める微生物学的基準設定が可能となるのである。
 国内では2011年10月に生食用食肉の微生物基準が施行されたことにより、わが国も食品の微生物基準の策定に、コーデックスの求める数的指標(Metrics)を導入した。今後、国内の食品の微生物基準策定は、コーデックスにより2007年に示された微生物学的リスクマネージメント方法に関するガイドラインCAC/GL 63-20071)に則り、行われていくものと思われる。
 わが国のこのような食品微生物のリスクマネージメント方法の国際対応に合わせて、食品の微生物検査では微生物試験法についても、国際整合性のある試験法への移行が進められてきた。2015年3月に出版された食品衛生検査指針(微生物編2015)2)では、試験法の妥当性確認(バリデーション)という考え方が大幅に取り入れられている。また、従来の規格基準や通知で示されていた微生物試験法も、病原菌を中心にコーデックスが標準としている国際標準化機構(International Organization for Standardization ;ISO)法と整合性のある試験法に移行している。平成27年(2016年)に黄色ブドウ球菌やサルモネラ属菌の試験法についてもISO法と整合性のある試験法に変更された。
 一方、厚生労働省並びに農林水産省では食品の衛生に関して、食品の工程管理の制度化、特にコーデックスが食品のリスクマネージメントの標準としているHACCPの導入の検討が進められている。厚生労働省の“食品衛生管理の国際標準化に関する検討会”は、9回にわたり開催され、2016年12月に最終とりまとめの文書を公開した。この報告書は、国内のHACCPの制度化に向けての方向性を示している。このように、わが国の食品衛生をとりまく環境は、大きく変わりつつあり、食品における微生物試験法にも国際整合性が強く求められている。
 国立医薬品食品衛生研究所では、10年ほど前から、厚生労働科学研究として、食品における微生物試験法のあり方に関する調査・研究を行い国内の食品衛生における微生物試験法のあり方を検討してきた。標準試験法検討委員会を組織し、統一的な方向性をもった微生物試験法プロトコールの策定を行っている。特に国際的な食品の規格基準を決めているコーデックス委員会が、2007年に食品の微生物基準策定に関するガイドラインを示し、国家レベルの食品の微生物学的基準で用いることができる微生物試験法は科学的根拠のある妥当性確認(バリデーション)が行われているものでなければならないとしたことから、国内の試験法はそれに対応した“標準試験法”の検討が進み、コーデックスが求める科学的根拠のある妥当性確認が行われていると国内外から認められるいわゆる“標準試験法”の整備が進められてきた。

2.食品微生物のリスクマネージメントの国際基準

食品のリスクマネージメントを取り巻く国際情勢であるが、食品は国際的に流通しているため、各国が独自のマネージメント方法を持ち微生物基準を決めるということは避けるべきで、原則としては食品の国際標準を決めるコーデックスの基準やガイドラインに従うことが求められている。コーデックス基準に従っていない場合には、非関税障壁として貿易相手国から世界貿易機関(World Trade Organization;WTO)に提訴される可能性がある。それ故、食品におけるコーデックス基準は実質的に拘束力のあるものとなっている。コーデックスが国際基準を決めるうえで、食習慣、宗教や思想信条の異なる各国の合意を得るためには、科学的な議論が必要であり、科学的根拠を尊重するという考え方が徹底されている。食品のリスクマネージメントにおいて根幹となる考え方で、それを支えているのはリスク評価であり、その結果から数的指標を設定するという考え方により食品の微生物学的基準が策定されている。
 各国の食に関する環境や習慣等は異なるため、当該国が食に関する独自の習慣を守るためにはコーデックス基準とは異なった食品の微生物学的基準の設定が必要な場合や、そもそもコーデックスに基準の無い食品とハザードの組み合わせで食品の健康障害が問題となる場合は、その国の食習慣に合った微生物学的基準の策定と、リスクマネージメントを行う必要がある。例えば、わが国が2011年に策定した生食用食肉の微生物基準のように、その国に固有と思われるような食習慣により独自の微生物基準設定が必要となる場合には、コーデックスのガイドラインCAC/GL 63-2007に従い、リスク評価を基に科学的根拠のある微生物基準の策定が行われる必要がある。
 このような場合、CAC/GL 63-2007では、摂食時安全目標値(Food Safety Objectives;FSO)、達成目標値(Performance Objectives;PO)、達成基準(Performance Criteria;PC)などの数的指標(Metrics)を数値として示すことを求めている。また、FSOは、適切な衛生健康保護水準(Appropriate Level of Protection ;ALOP)との関係で設定することが求められている。このような手順を経て、微生物学的基準(Microbiological Criteria;MC)を決めることになる。生食用食肉の基準における数的指標の関係は、図1に示した。
 MCは、コーデックスの別のガイドラインCAC/GL 21-1997 3)で、食品製品あるいはあるロットの合否を規定するもので、特定の試験法とサンプリングプランの使用条件下で認められる微生物濃度と汚染頻度と定義されており、①微生物(毒素)、②サンプリングプラン、③検査単位、④試験法、⑤フードチェーンにおいて適用される箇所などの要素から構成される。数的指標で示された微生物濃度などの数値を検証する目的があるため、数的指標の考え方の検証に用いることの出来る試験法は、採用した試験法の性能の評価が科学的に行われていることが必須であり、いわゆる“科学的根拠のある試験法のバリデーション”すなわち妥当性確認が行われていることを求めている。ガイドラインでは、コーデックスの食品基準における試験法は、ISO法が標準法と指定されており、それによらない場合は、科学的根拠のある妥当性確認された試験法を採用することとされている。

図1.生食用食肉の基準における、(FSO, PO, PC)から微生物学的基準 (MC)の設定
図1.生食用食肉の基準における、(FSO, PO, PC)から微生物学的基準 (MC)の設定

3.微生物学的基準(MC)で求められる試験法

コーデックス基準に採用されている標準試験法はISO法であり、MCの検証に用いることのできる試験法は標準法であるISO法、または科学的根拠のある妥当性確認された試験法である。MCでは、上述のように数的指標で示された微生物濃度などの数値を検証する必要があるため、用いる試験法は、あらかじめ妥当性確認されていることが要求されている。すなわち、今後わが国が新たに微生物基準を策定する場合に採用可能な試験法は、ISO法、または科学的根拠のある妥当性確認が行われた試験法であることが求められている。ISO 16140:2003 4)には、代替試験法の妥当性確認の方法が示されているので、このガイドラインに従った妥当性確認が科学的根拠の目安となる。試験法の妥当性確認には数学的、統計学的な背景を求めている5)。尚、2016年には、このISO 16140は改訂され、ISO 16140-2:2016として公開されており、妥当性確認の検討項目がより詳細に示された6)
 このような要求に応える試験法の整備は、国立医薬品食品衛生研究所で進められており、標準試験法検討委員会により標準試験法(National Institute of Health Sciences Japan - The Methods for the Microbiological Examination of Foods; NIHSJ-MMEF)として公開されている(図2)。(http://www.nihs.go.jp/fhm/mmef/index.html
 NIHSJ-MMEFを略してNIHSJ法と呼び、“NIHSJ-(試験法番号)”で整理されている。NIHSJ法はISO 16140に示されている妥当性確認に従って、該当する微生物に関するISO法等を参照法として、妥当性確認の行われた試験法である。すなわち国家レベルの公定法として利用することを想定した標準試験法である。2017年3月現在、既に30の試験法が検討されており、15の試験法については検討が終了し、ホームページに標準試験法として公開されている。生食用食肉の基準に採用された腸内細菌科菌群試験法(NIHSJ-15)、リステリア基準に採用されたリステリアの定性法(NIHSJ-08)、及び定量法(NIHSJ-09)、サルモネラ属菌試験法(NIHSJ-01)、黄色ブドウ球菌試験法(NIHSJ-03)、サーベイランスのためのカンピロバクター試験法(NIHSJ-02)などが、公定法として活用されている。

図2. 食品からの微生物標準試験法に関するホームページ
図2. 食品からの微生物標準試験法に関するホームページ

4.公定法などの培養法と迅速・簡便法の特徴

コーデックスでは、国家レベルや行政レベルの基準適合性を評価するための標準法として培養法を主体とするISO法を示している。一方、コーデックスでは食品のリスクマネージメントに、食品のHACCP等による工程管理を前提に数的指標の導入を行うことを要求している。わが国でも、現在、食品のリスクマネージメントとして、HACCPの制度化を進めている。そこで、このような食品の工程管理の制度化に対応した微生物試験法の考え方について整理してみる。
 食品のリスクマネージメントにおける微生物検査では、いずれの場合においても行った検査結果の正当性が、科学的根拠のある妥当性確認が行われている試験法の採用により担保されていることが重要である。公定法などの培養による試験法は正しく行われるならば、最も信頼性のある結果が得られ、裁判などにも耐えうる方法である。しかし、検査にあたっては熟練を要求し手技が煩雑であるとか、検査結果を得るまでに時間がかかる、また正しい結果を得るためには、内部精度管理や外部精度管理など検査を行う体制を整えて実施しなければならない。すなわち、公定法で検査を行うということは、試験法として公定法として示された試験法を採用するという意味ではなく、公定法を採用したうえでその試験を行う施設の管理体制の整備が行われていることが前提であり、試験法の選定と検査を行う管理体制を合わせてようやく公定法で検査したということができるのである。
 微生物検査の目的によっては試験精度を落とさないで他の試験法を選択する方がよい場合が想定される。例えば、食品の微生物制御は最終製品の検査による方法から、現在HACCPなどの工程管理へ移行している。HACCPが正しく行われていれば、病原微生物はコントロールされており理論的には検出される可能性はほぼ無いといえる。HACCPなどの工程管理における微生物検査は、工程管理が正しく行われているかの正当性の検証が目的であり、その目的に合った試験法を採用することが重要である。その検査の目的に合った試験法は、公定法よりも実行性を重視した迅速・簡便法であると思われる。公定法など上述の試験法は正確性では最も信頼できる方法であるが、実行性においては様々な“欠点”があるといえる。このような欠点を解決する方法として、さまざまな迅速法あるいは簡易法と呼ばれる方法が開発されている。
 培地等による培養法が確立されていない微生物では、培養法を利用することができない。この場合は、微生物の特徴が明らかになれば、その性質を利用して当該微生物の存在を示すことになり、その方法が当該菌を特異的に検出可能であれば、試験法として利用可能となる。資化性、形態、代謝物、特徴的な構造、酵素、毒素などが利用可能である。

5.試験法の妥当性確認を行う第三者機関

食品の基準等の適合性の評価には公定法を用いるべきであるが、それ以外のいろいろな場面で行う食品の微生物検査では、その検査の目的に合わせて十分な信頼性のある迅速・簡便法を用いることは理にかなっている。なるべく試験精度を落とすことなく、多種・多様な試験法からどの試験法を選んだら良いか判断する場合、その試験法が科学的な根拠のある妥当性確認が行われているかどうかによって選ぶことになる。食品の微生物評価に用いるためには、妥当性確認の行われている試験法であるかは必ず考慮されるべきである。“十分な信頼性”を判断するときの“めやす”となるのが、試験法の妥当性確認の有無である。従って、信頼性のある試験法を開発するためには妥当性確認に関して知識がないと、“十分な信頼性”のある試験法を開発できない。どのレベルで妥当性確認が行われているかによって、対象となる試験法がどの程度の信頼性をもっており、どのような目的に採用可能であるかを判断することができる。
 現在国内の公定法は国際的な標準法であるISO法と整合性を重視して置き換えられている。その主な理由は国際整合性を持たせることに加え、海外の第三者機関により妥当性確認された迅速・簡便法を活用出来るようになるということも重要である。国内の公定法がISO法との妥当性確認が行われていると、今後はISO法を参照法として妥当性確認により評価されている異なった試験法の性能を判断することが可能となる。妥当性確認されている方法であれば、代替法として迅速・簡便法の性能を評価することが可能となる。
 まだ国内には、残念ながら試験法の妥当性確認を行う評価機関(第三者機関)はないが、ヨーロッパでは、ISO法を参照法として代替法の妥当性確認を行う第三者機関が機能している。フランスのAFNOR、オランダのMicroVal、ノルウェーのNordValといった第三者機関は、ISO法を参照法として代替試験法を評価しており、その評価を受けた試験法は、信頼できる方法として広く活用されている。アメリカでは、AOAC INTERNATIONALにより、公定法であるFDA-BAM法やAOAC-OMAといった米国の標準試験法やISO法などの試験法との妥当性確認が行われている。に海外の第三者機関を示した。
 微生物試験法では、化学物質の試験法のように適切な標準物質を設定することが難しく、ガイドラインなどに基づき試験者自らが妥当性確認を行うという現状ではない。そこで、微生物試験法の妥当性確認は、上述のような第三者機関による妥当性確認を活用する必要がある。図3に、標準試験法(NIHSJ法)を介した国内の公定法、ISO法、アメリカのFDA-BAM法との関係についてまとめた。このようなネットワークにより、第三者機関により妥当性確認された試験法が評価可能であることが理解できるものと思う。

表.欧米の第三者認証機関
表.欧米の第三者認証機関
図3. 標準試験法と主な試験法との連携
図3. 標準試験法と主な試験法との連携

6.目的に合った試験法の選択

図3に示したネットワークを活用すると、海外の第三者機関などで評価された多くの代替法が利用可能となってくる。ということは、目的に合わせて試験法を選択する幅が広がることになる。検査の目的によって採用する微生物試験法は異なる。例えば、サーベイランスの目的で問題の程度、実態を把握するための調査に使う試験法は、公定法ほどの厳密な精度は要求されない。工程管理のモニタリングの試験法についても同様である。つまり、微生物試験法はその目的によって、目的にあった十分な性能が期待できる試験法であればそれを採用すれば良く、選択肢は多様である。試験精度をある程度担保しながら、目的に最も適合した試験法を選択することが重要である。どのレベルで検査を行うことが出来るかがわかる試験法を選ぶことが重要で、自分の目的に合っている性能かを判断する根拠は、その試験法がどのレベルで妥当性確認されているかである。
 微生物試験の選択肢を増やすために、現在NIHSJ法の整備が進められており、他の代替試験法を評価するための尺度に使えるような標準試験法となることが期待されている。国内にはまだ、海外で機能しているような第三者機関が存在しないため、当面はISO法を参照法として評価している海外の第三者機関の評価を参考とすることになる。NIHSJ法のホームページでは、海外の第三者機関の評価を受けた試験法のリストを公開しているので、このリストは参考となる。

7.おわりに

HACCPなど工程管理の検証の信頼性を確保するためには、その目的に合った信頼性の高い試験法を採用していく必要がある。公定法で検討された国家基準レベルの妥当性確認(フルバリデーション)はあくまでも国際的にも法的根拠のあるものである。国家基準等の適合性判断に用いられる試験法は公定法である。一方、食品の微生物制御は、今後わが国も工程管理すなわちHACCPの制度化に向かっている。食品の工程管理の検証には、必ずしも公定法を用いる必要はなく、必要とする性能をもった妥当性確認が行われている信頼できる迅速・簡便法を利用するなど、目的にあった性能が担保できる試験法を上手く使うことが求められる。微生物の試験法の妥当性確認は、欧米では第三者機関により行われている。特にヨーロッパには三か所の第三者機関が機能しており、ISO法を参照法として妥当性確認された試験法を評価している。アメリカではAOAC INTERNATIONALによる妥当性確認が行われており、このような第三者機関の評価を受けている代替試験法である迅速・簡便法を適切に活用していくことが必要である。

参考となる文献

1) CAC/GL 63-2007:PRINCIPLES AND GUIDELINES FOR THE CONDUCT OF MICROBIOLOGICAL RISK MANAGEMENT(MRM)

2) 食品衛生検査指針(微生物編2015)。日本食品衛生協会.

3) CAC/GL 21-1997:PRINCIPLES AND GUIDELINES FOR THE ESTABLISHMENT AND APPLICATION OF. MICROBIOLOGICAL CRITERIA RELATED TO FOODS.

4) ISO 16140:2003:Microbiology of food and animal feeding stuffs -- Protocol for the validation of alternative methods.

5) 最新版 食品分析法の妥当性確認ハンドブック。サイエンスフォーラム(2010)

6) ISO 16140-2:2016:Microbiology of the food chain-Method validation- Part 2: Protocol for the validation of alternative(proprietary)methods against a reference method.

    
略歴

五十君 靜信 (いぎみ しずのぶ)

1989年 東京大学大学院博士課程修了。農学博士(獣医学)
1989年 国立感染症研究所(旧国立予防衛生研究所)入所
2001年 同 食品衛生微生物部食品微生物室長
2002年 国立医薬品食品衛生研究所 食品衛生管理部第一室長
2013年 同 食品衛生管理部長
2016年 東京農業大学教授

 厚生労働省・薬事・食品衛生審議会 専門委員
  同審議会 食中毒部会長、乳肉水産部会長
 厚生労働省・食品衛生管理の国際標準化に関する検討会座長
 ISO/TC34/SC9国内委員会委員長

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