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食物繊維ペクチンによる腸絨毛伸長作用
岐阜大学 応用生物科学部 応用生命科学課程
教授 矢部 富雄
(岐阜大学 生命の鎖統合研究センター 兼務)

はじめに

どれほど「食物繊維」が人類に嫌われ、厄介者とされてきたか・・・、と言ったら読者のみなさんは驚くだろうか。現代では、むしろ健康を維持するために毎日の食生活には欠かせない食品成分の代表として、食物繊維は広く一般に浸透しているばかりか、健康食品に含まれる成分の定番として定着しており、みなさんも食物繊維といえばその印象の方がはるかに強いのではないだろうか。しかし、食物繊維が人々からもてはやされるようになったのは、ここ50年にも満たない期間である。およそ1万年前に農耕を始めて以来の人類は、おいしさを妨げる原因となっている食物繊維を、いかに取り除くかということにむしろ苦心惨憺してきた。また、近代栄養学の観点からも、不消化成分としての食物繊維を、非栄養素たる「不要物」として、食品からいかにして徹底的に取り除くことができるかを追求することによって、食品の栄養価を上げようとしてきた。そのために、長い年月をかけて食物繊維を取り除くための技術や道具を次々に開発する努力を惜しまず、それを文化にまで昇華させて人類は発展してきたといっても過言ではない。そして、ほぼ完全なまでに食品から食物繊維を取り除くことができる技術を手にした現代になって、皮肉なことに人類は、いかにして毎日の食事の中で食物繊維を摂取するかという難問を抱えて頭を悩ませる事態に直面している。
 現代のような飽食の時代にあって、人々は食品によりおいしさを求めるようになってきた。古代から人類が食物繊維をなんとかして取り除こうと努力してきた歴史そのままに、おいしい食品に食物繊維はどうしてもそぐわないため、必然として摂取する食物繊維の量は少なくなりがちである。厚生労働省が取りまとめている「日本人の食事摂取基準(2015年版)」において、18歳から69歳までの1日あたりの食物繊維の目標量は、男性20g以上、女性18g以上とされているものの、平成26年調査の国民健康・栄養調査結果によれば、20歳以上の男性の食物繊維摂取量の平均値が15.1g、女性の平均値が14.4gと非常に少なく、最も摂取量が多い60代の男女ですら目標量に達していない現状である。しかし、生活習慣病の一因ともされる食物繊維の摂取不足は、高齢化社会にあって健康で幸福な生活を長く続けるために、是が非でも解消されるべき問題である。
 おいしさを向上する目的で使用されている食品添加物にも食物繊維は使用されているが、摂取不足を補うほど口にすることは考えられないため、やはり、おいしさを損なう素材である食物繊維を摂取する動機をいかにして上げるかに鍵がある。健康を維持するために食物繊維が必要であることを十分に承知している人々が、おいしさをある程度犠牲にしてまで摂取する動機となり得る次の段階は、食物繊維を摂取すると果たしてどのようなしくみで健康が維持されるのかの説明が、理論的に十分なされることではなかろうか。
 その意味において、食物繊維に関する研究の情報発信者たる私たち研究者の責任は重く、摂取された食物繊維が体内でどのようにふるまっているのかという、いわゆる「生理機能」の解明が重要な課題として突きつけられている。本稿では、食物繊維の一種であるペクチンにのみ焦点をしぼり、私たちの研究室で長年にわたり研究を続けている「腸絨毛伸長作用」というペクチンの機能について、ペクチンとはどのような物質であるかを含めて概説する。

1.ペクチンとは

ペクチン(pectin)という名称は、「濃厚な,固まる」を意味するギリシア語の“pektos”にちなみ、キチンやグリシンを初めて単離したことでも知られるフランス人化学者のブラコノー(Braconnot)によって1825年に名付けられた 1)。しかし、ペクチンという物質が最初に発見されたのはさらに1790年にまで遡り、フランス人化学者のヴォークラン(Vauquelin)が報告したタマリンドから発見したゼリー状物質 2) が、最初に発見されたペクチンである。以後200年以上に亘って、ペクチンに関する研究は現在も世界中で続けられている。
 ペクチンは、そのゲル形成力を利用して、古くからジャムやゼリーなどの食品に利用されているが、原材料として用いる果実中のペクチンを利用するだけでなく、現在では食品添加物としてペクチンを利用する食品も数多い。また、野菜や果物に必ず含まれる食物繊維の一種であることから、健康食品素材としての期待も近年高まっている。

1-1.植物細胞壁に必須の構造分子

ペクチンは、セルロースやヘミセルロースと同様に、陸上植物の細胞壁を構成する主要な分子の一つであり、分裂組織や柔組織中に多く含まれてはいるものの、すべての陸上植物の各器官に普遍的に存在する多糖類である。細胞レベルでは、伸長成長中のリグニンを含まない「一次細胞壁」と、隣り合う細胞を接着しているどちらの細胞にも属さない薄い層である「中葉」に偏在しているが、その量や質は植物種や部位によって大きく異なっている。植物細胞壁を構成するもう一方の「二次細胞壁」は、細胞伸長が停止し、リグニンなどが一次細胞壁の内側に堆積して形成される構造物であるが、こちらにペクチンは含まれないことが知られている 3)。一次細胞壁において、ペクチンはキシログルカンとともにセルロース微繊維間を満たすマトリクス多糖類として存在しており、キシログルカンが微繊維間を架橋する役割を担っているのに対し、ペクチンは間隙を充填する役割を担っている 4)。真正双子葉植物には細胞壁の約30~35%、単子葉イネ科植物には約1~5%含まれ、シダ植物やコケ植物にも含まれている 3)

1-2.ペクチンの構造

ペクチンは、さまざまな単糖から構成される複合多糖類である。1917年にエールリヒ(Ehrlich)は、ペクチンがD-ガラクツロン酸(GalA)の重合体であることを提唱し 5)、その後、1936年にヘングライン(Henglein)とシュナイダー(Schneider)が、ガラクツロン酸はα-1,4結合によって直鎖状に結合していることを報告した 6)。現在ではさらに、ペクチンには、ガラクツロン酸以外の複数の単糖類が含まれる、いくつかの構造領域があると考えられている。このうち、主要な構造領域として、ホモガラクツロナン(HG)、ラムノガラクツロナン–I(RG–I)、ラムノガラクツロナン–II(RG–II)の三つがよく知られており、これら三つの構造領域は、それぞれの位置関係や結合様式は不明ながらも、共有結合により互いに連結していることが報告されている 7)
 HGは典型的なペクチンの65%程度を占める構造領域で、D-ガラクツロン酸がα-1,4結合した直鎖状多糖である。植物細胞で生合成されるHGは、まず細胞内小器官のゴルジ体膜上のガラクツロン酸転移酵素によりD-ガラクツロン酸が重合し、同時にメチル基転移酵素によりガラクツロン酸残基のカルボキシ基がメチルエステル化され、高頻度にメチルエステル化された状態で細胞壁中に分泌される。そして、細胞壁中に存在するペクチンメチルエステラーゼファミリー酵素により、部分的に脱メチルエステル化されてHGが完成する 4)。部分的に、2位や3位の位置のヒドロキシ基がアセチル化された構造も報告されている 8)。また、メチルエステル化度は植物種や組織によって異なるが、例えばHG上のメチルエステル基が線状にすべて脱メチルエステル化されると、ガラクツロン酸残基のカルボキシ基が露出し、カルシウムイオンと結合することで、HGの分子内と分子間で架橋してペクチンのゲル化を促進し、細胞壁を硬化する。一方で、HG上のメチルエステル基がランダムに虫食い状に脱メチルエステル化されると、エンドポリガラクツロナーゼなどによる分解を受けやすくなるため、やがて細胞壁の軟化をまねく。このようにHGは、細胞壁中の間隙を充填するペクチンが一次細胞壁の強度を調節する際の、鍵因子として機能している。
 RG–Iは典型的なペクチンの25~35%を占める構造領域である。RG–Iは、D-ガラクツロン酸とデオキシ糖のL-ラムノース(Rha)とが交互に結合した二糖[→4)-α-D-GalA-(1→2)-α-L-Rha-(1→]の繰り返し単位をもち、L-アラビノースのα-1,5結合によって構成されるアラビナンや、D-ガラクトースのβ-1,4結合によって構成されるガラクタン、それらの複合体のアラビノガラクタンといった側鎖が、ラムノース残基の4位(まれに3位)のヒドロキシ基に結合した複合多糖である 9)
 RG–IIは典型的なペクチンの10%程度を占める最も複雑な構造領域である。RG–IIは、進化の過程を通して非常によく保存されており、すべての陸上植物の一次細胞壁に含まれる 4)。基本構造は、D-ガラクツロン酸がα-1,4結合したガラクツロン酸ポリマー(重合度9~12)に、構造の異なる4種類の側鎖が結合した、重量平均分子量5000の複合多糖領域である 10)。RG–IIは、細胞壁中で単独に存在する場合と、他のペクチン分子のRG–II領域と1分子のホウ酸によりジエステルを形成して架橋された部位として存在する場合がある 11)

1-3.食品としてのペクチン

ペクチンといえば、一般的にはジャムの成分としてよく知られている。店頭に並ぶジャムばかりでなく、家庭でもイチゴなどの果物に砂糖を加えて、それを煮詰めることで簡単に作られるジャムも、果物の細胞壁に含まれるペクチンの作用を有効に利用している食品である。
 また、市販のジャムやフルーツゼリー、アイスクリームなどを製造する際の「既存添加物名簿収載品目リスト」に含まれる、食品添加物(増粘安定剤)としてペクチンは広く使用されている。食品添加物として利用されるペクチンは、柑橘果皮(主にレモン)、リンゴ搾汁粕、ビートパルプ(サトウダイコンの搾汁粕)などから抽出・分離されたものである。抽出されたペクチンは、含まれるペクチニン酸のメチルエステル基の割合によって、大きく性質が異なる二つに大別される。エステル化度(メチルエステル化されたガラクツロン酸残基の割合)が50%以上であり、水素結合型ゲルを形成する高メトキシペクチン(HMペクチン)と、エステル化度が50%未満であり、イオン結合型ゲルを形成する低メトキシペクチン(LMペクチン)である。
 HMペクチンは、一般のジャムやゼリーに使用されるペクチンである。負電荷をもつペクチンコロイドに酸を加えると、カルボキシ基の解離が抑えられて電気的に中性となり、ペクチンの凝集が起こる。ジャムを製造する際にはさらに糖を加えるが、この糖の役割は脱水であり、ゲルを安定化させることに役立っている。メチルエステル基を多く含むHMペクチンは、そもそも電荷が低いために、低い糖濃度でも、高いpHでもゲル化しやすいことになる 12)。HMペクチンの用途は、ゲル形成をゼリーとして利用するもの(ゲル化剤)に加えて、飲料や発酵乳の安定化(安定剤)や増粘剤となる。
 一方、LMペクチンは、糖分を含まなくとも、カルシウムやマグネシウムのような二価の金属イオンがあれば容易にゲル化する性質をもっている。これは、メチルエステル化されたガラクツロン酸が少ないために、2分子のペクチンがカルシウムによってカルボキシ基を介して架橋され、網目構造を形成して凝集するものである 12)。LMペクチンの用途は、食品の表面の被膜や艶だし、アイスクリームの硬化防止、冷凍肉汁の安定剤など多岐にわたっている。

1-4.ペクチンの生理機能

ペクチンは、食してもヒトの消化酵素による分解を受けず、小腸において栄養成分として吸収もされないため、食物繊維に分類される食品素材でもある。食物繊維(dietary fiber)という用語は、1953年のヒプスリー(Hipsley)が初めて使用した言葉 13) であるが、1972年にトロウェル(Trowell)は、単なる物質としての名称ではなく、「ヒトの消化酵素の作用を受けない植物細胞の構造残渣」と定義された、生理的意味を含む新しい「食物繊維」という概念として提唱した 14)。これは、その前年にバーキット(Burkitt)によって発表された「大腸がんに対する繊維仮説」 15) を受けて提唱されたものである。それ以来、世界中で食物繊維の研究が進められ、さまざまな健康維持・調節機能が報告されている。とくに日本では、健康増進法第26条に基づき、政府が「特定保健用食品(トクホ)」として認可する制度において、「お腹の調子を整える食品」の項目中に「食物繊維類を含む食品」が挙げられているなど、これまでの食物繊維に対する研究成果が社会に広く浸透し、健康づくりや疾病予防に貢献しているといえる。
 食物繊維の中でも、生理機能に影響を与える成分としてのペクチンの研究報告は多い。例えば、発展途上国の人の小腸粘膜構造と先進国の人のそれとは著しく異なっていることが報告されている 16)。これは、摂取する食物繊維の多寡に起因する食事の違いと考えられているが、この小腸粘膜構造への影響は、ペクチンに由来するものであることが、動物実験から示唆されている。すなわち、ペクチン18%を含む飼料を12~15週間与えたラットの空腸および回腸の陰窩が無添加群と比較して深くなったという報告 17) や、ラット小腸の粘膜増殖がペクチンによって促進されたという報告 18,19)、さらにはペクチンを高含有する飼料を摂取したラットやニワトリの絨毛が不規則になった 20-22) という報告などである。
 それ以外にも、これまでに報告されているペクチンの生理機能としては、血漿コレステロール正常化作用 23)、がん肝転移の抑制作用 24)、食物アレルギーの抑制作用 25)、抗腫瘍活性 26,27) などがあり、今後ますます新たな生理機能が発見されていくと思われる。

2.ペクチンによる腸絨毛伸長作用

これまでに報告されているペクチンのさまざまな生理機能の中で、小腸絨毛の形態を変化させる分子メカニズムについては、いまだに不明な点が多い。腸管の形態が変化するためには、ペクチンを経口摂取した際に、腸管腔内を移動するペクチンに対して小腸上皮細胞がその分子構造を認識することが必要で、おそらく上皮細胞膜上のタンパク質と構造特異的にペクチンが結合し、細胞内に情報を伝達しているのではないかと予想される。しかし、それを立証するために最も重要となる、ペクチンを認識するタンパク質が同定されていない状況である。そこで私たちは、小腸上皮のモデル細胞である分化 Caco-2細胞を用いて、ペクチンを投与した際の細胞応答を観察・解析することにより、この分子メカニズムの解明に取り組んでいる。

2-1.腸管上皮細胞表面糖鎖の構造変化誘導

細胞応答の解析に際し、私たちは動物細胞表面に普遍的に存在する糖鎖のヘパラン硫酸(HS)に注目した。HSは、グリコサミノグリカンとよばれる糖鎖の一種で、N-アセチルグルコサミンとグルクロン酸もしくはイズロン酸の二糖単位が繰り返し重合した直鎖状の多糖である。HSがゴルジ体で生合成される際には、複数の硫酸基転移酵素がはたらき、多様な硫酸化パターンをもつ糖鎖を産生する。HSは、細胞にとって必須の細胞外環境の変化を細胞内に伝える役割を担う物質であり、形成された硫酸化パターンに応じて相互作用するタンパク質が入れ替わることで、さまざまな生理機能の調節に関与することが知られている 28)。もし、分化Caco-2細胞がペクチンを認識して応答した場合、その結果として細胞表面のHSの構造に変化が現れるのではないかと私たちは考えた。
 そこで私たちは、分化Caco-2細胞表面HSの硫酸化構造を決定する硫酸基転移酵素と脱硫酸化酵素の発現が、ペクチンの添加により影響されるかについて検討した。

2-2.HSulf-1/2発現にペクチンが与える影響

ペクチン添加によって、分化Caco-2細胞のHS構造に影響があるかを調べるため、ペクチンを添加して24時間後の細胞表面のHSを回収し、酵素を用いて糖鎖を脱離分解して生成した二糖単位をHPLCに供した。アミノプロピルカラムを用いることで、二糖は硫酸基の数と位置に応じて分離される。解析の結果、ペクチンを添加することによって、分子内の2箇所あるいは3箇所が硫酸化された二糖単位の割合が有意に減少し、分子内に硫酸基がまったく存在しない二糖単位の割合(∆Di-0S)が有意に増加することが示された 29)。とくにN-アセチルグルコサミンの6位が硫酸化された構造をもつ二糖単位(∆Di-diS1と∆Di-triS)の割合が減少していたことから、6位を脱硫酸化する酵素(HS 6-O-endosulfatase)の関与が考えられた。そこで、分化Caco-2において発現しているHS脱硫酸化酵素のHSulf-1とHSulf-2に注目し、ペクチンの添加によりmRNA発現量が変化しているかをRT-PCRにより解析した。
 細胞表面HSの構造変化が、ペクチンに対する分化Caco-2細胞の応答であることをより厳密に確かめるため、細胞とペクチンが接触する時間を1時間とし、その後通常の培養培地に交換した後、一定時間後の細胞からtotal RNAを回収してRT-PCRを行った。その結果、ペクチンと接触後に通常の培地で培養してから3時間以後には、HSulf-1の発現が著しく抑制され、一方、HSulf-2の発現は3時間後にコントロールと比較して3倍程度に有意に増加し、それは12時間後まで持続することを見出した 29)。これらの結果から、分化Caco-2細胞にペクチンを添加すると、HSulf-1遺伝子の発現が抑制されると同時にHSulf-2の発現が亢進し、細胞表面HSの硫酸化構造の変化をもたらすことが示唆された。

2-3.ペクチンがHSulf-2発現を誘導する機構

分化Caco-2細胞はペクチンに応答し、HSulf-2遺伝子の発現を誘導していることが示されたことから、細胞表面にはペクチンを認識するタンパク質(レセプター)が存在する可能性が高まったといえる。そこで、ペクチンのレセプターを推定する手がかりとして、酵素処理したペクチンはフィブロネクチンと相互作用するという報告 30) に注目した。フィブロネクチンは、細胞外マトリクスに存在する分泌タンパク質で、細胞の接着や移動、分化といった機能に関与している 31)。しかし、フィブロネクチンは分泌タンパク質であるので、細胞内に情報を伝えるためには、さらに細胞表面のレセプターであるα5β1インテグリンの介在が必要となる 32)。すなわち、分化Caco-2細胞は、α5β1インテグリンと結合したフィブロネクチンを介してペクチンを認識し、HSulf-2遺伝子の発現を亢進しているという仮説を立てた。
 この仮説を立証するために、α5β1インテグリン下流のシグナル伝達経路にERK1/2が関与している 33) ことに注目し、ペクチン添加によって分化Caco-2細胞内のERK1/2の活性化(リン酸化)が起こるかを分析した。細胞内タンパク質を回収した後、Phos-tagウェスタンブロッティング法により抗ERK1/2抗体を用いてリン酸化ERK1/2の検出を行ったところ、ペクチン添加2分後にはリン酸化ERK1/2が検出され、添加5分後をピークとして添加30分後までリン酸化が維持されることが示された 29)。また、このERK1/2活性化を阻害剤により抑制したり、フィブロネクチン分子内のRGD配列と結合するα5β1インテグリンの領域をペプチドを用いてマスクすると、ペクチンにより誘導されるHSulf-2の発現上昇が抑制された 29)。これにより、分化Caco-2細胞は、α5β1インテグリンと結合したフィブロネクチンを利用してペクチンを認識し、ERK1/2を介してHSulf-2遺伝子の発現を亢進しているという仮説が支持された。

2-4.ペクチンにより上皮細胞表面のHS構造が変化する理由

分化Caco-2細胞表面のHSの構造が変化することと、ペクチンにより細胞が応答した結果、腸絨毛伸長作用が引き起こされることとはどんな関係があるのだろうか。私たちはこの関係を明らかにするために、腸管の陰窩における増殖細胞に相当するIEC-6細胞と分化Caco-2細胞を共培養するモデルを構築した 34)。すなわち、分化Caco-2細胞のアピカル側(腸管側)にペクチンを添加した際にバソラテラル側(基底膜側)から分泌される分子によって、増殖細胞の分裂が促進され、結果として絨毛が伸長するのではないかと考えた。そこで、分化Caco-2細胞において、ペクチンの添加により発現量が亢進する分子を解析した結果、成長因子として知られるWnt3aタンパク質が同定された 34)。しかも、Wnt3aと細胞表面HSとは強く結合することが知られているが、この結合がペクチン添加後には非常に弱くなっていた 34)。すなわち、産生量が増えたWnt3aを効率よく分泌し、増殖細胞の分裂を促進するために、その妨げとなる細胞表面のHSの構造を変化させていたと考えられる。

おわりに

本稿において紹介した私たちの研究から導き出されるペクチンの生理機能は、これまでに知られていたものをなんら否定するものではない。食物繊維として摂取されたペクチンが、腸管を移動中に構造的な嵩高さや吸着能を存分に発揮するといった役割や、大腸に達した後に腸内細菌によってほぼ完全に発酵に利用されることからの二次代謝産物の役割は、ペクチンが食品成分として果たしている重要な生理機能であろう。しかしそれだけでなく、ペクチンには知られざる生理機能がまだまだあるのではないか。本稿において紹介したように、私たちのペクチンに関する研究はまだ緒に就いたばかりであり、そもそも「ペクチンを認識するタンパク質が腸管上皮細胞上に存在する」という仮説の立証はまだ道半ばである。腸管の細胞に一つの分子として食物繊維の化学構造を識別させる機能がペクチンにあることが明らかとなれば、食物繊維の生理機能を探求する上で、まったく新しいアプローチの嚆矢となるのではなかろうか。今後の研究の進展に期待いただきたい。

引用文献

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略歴

矢部 富雄(ヤベ トミオ)
岐阜大学 応用生物科学部 応用生命科学課程 教授

福島県岩瀬郡天栄村出身

1994年 東北大学農学部農芸化学科卒業
1995年 日本ロシュ(株)鎌倉研究所抗真菌学部 研修生
1996年 東北大学大学院農学研究科博士課程前期修了
1996年 日本学術振興会特別研究員(DC1)
1999年 東北大学大学院農学研究科博士課程後期(農芸化学専攻)修了 博士(農学)
1999年 日本学術振興会特別研究員(PD)
1999年 マサチューセッツ工科大学化学科 博士研究員
1999年 ハーバード大学医学部 客員研究員
2001年 マサチューセッツ工科大学生物学科 博士研究員
2002年 (財)東京都医学研究機構 東京都神経科学総合研究所 常勤流動研究員
2004年 岐阜大学応用生物科学部 助手
2007年 岐阜大学応用生物科学部 准教授
2016年 岐阜大学応用生物科学部 教授 現在に至る

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