食物繊維ペクチンによる腸絨毛伸長作用
岐阜大学 応用生物科学部 応用生命科学課程
教授 矢部 富雄 (岐阜大学 生命の鎖統合研究センター 兼務) はじめにどれほど「食物繊維」が人類に嫌われ、厄介者とされてきたか・・・、と言ったら読者のみなさんは驚くだろうか。現代では、むしろ健康を維持するために毎日の食生活には欠かせない食品成分の代表として、食物繊維は広く一般に浸透しているばかりか、健康食品に含まれる成分の定番として定着しており、みなさんも食物繊維といえばその印象の方がはるかに強いのではないだろうか。しかし、食物繊維が人々からもてはやされるようになったのは、ここ50年にも満たない期間である。およそ1万年前に農耕を始めて以来の人類は、おいしさを妨げる原因となっている食物繊維を、いかに取り除くかということにむしろ苦心惨憺してきた。また、近代栄養学の観点からも、不消化成分としての食物繊維を、非栄養素たる「不要物」として、食品からいかにして徹底的に取り除くことができるかを追求することによって、食品の栄養価を上げようとしてきた。そのために、長い年月をかけて食物繊維を取り除くための技術や道具を次々に開発する努力を惜しまず、それを文化にまで昇華させて人類は発展してきたといっても過言ではない。そして、ほぼ完全なまでに食品から食物繊維を取り除くことができる技術を手にした現代になって、皮肉なことに人類は、いかにして毎日の食事の中で食物繊維を摂取するかという難問を抱えて頭を悩ませる事態に直面している。 1.ペクチンとはペクチン(pectin)という名称は、「濃厚な,固まる」を意味するギリシア語の“pektos”にちなみ、キチンやグリシンを初めて単離したことでも知られるフランス人化学者のブラコノー(Braconnot)によって1825年に名付けられた 1)。しかし、ペクチンという物質が最初に発見されたのはさらに1790年にまで遡り、フランス人化学者のヴォークラン(Vauquelin)が報告したタマリンドから発見したゼリー状物質 2) が、最初に発見されたペクチンである。以後200年以上に亘って、ペクチンに関する研究は現在も世界中で続けられている。 1-1.植物細胞壁に必須の構造分子ペクチンは、セルロースやヘミセルロースと同様に、陸上植物の細胞壁を構成する主要な分子の一つであり、分裂組織や柔組織中に多く含まれてはいるものの、すべての陸上植物の各器官に普遍的に存在する多糖類である。細胞レベルでは、伸長成長中のリグニンを含まない「一次細胞壁」と、隣り合う細胞を接着しているどちらの細胞にも属さない薄い層である「中葉」に偏在しているが、その量や質は植物種や部位によって大きく異なっている。植物細胞壁を構成するもう一方の「二次細胞壁」は、細胞伸長が停止し、リグニンなどが一次細胞壁の内側に堆積して形成される構造物であるが、こちらにペクチンは含まれないことが知られている 3)。一次細胞壁において、ペクチンはキシログルカンとともにセルロース微繊維間を満たすマトリクス多糖類として存在しており、キシログルカンが微繊維間を架橋する役割を担っているのに対し、ペクチンは間隙を充填する役割を担っている 4)。真正双子葉植物には細胞壁の約30~35%、単子葉イネ科植物には約1~5%含まれ、シダ植物やコケ植物にも含まれている 3)。 1-2.ペクチンの構造ペクチンは、さまざまな単糖から構成される複合多糖類である。1917年にエールリヒ(Ehrlich)は、ペクチンがD-ガラクツロン酸(GalA)の重合体であることを提唱し 5)、その後、1936年にヘングライン(Henglein)とシュナイダー(Schneider)が、ガラクツロン酸はα-1,4結合によって直鎖状に結合していることを報告した 6)。現在ではさらに、ペクチンには、ガラクツロン酸以外の複数の単糖類が含まれる、いくつかの構造領域があると考えられている。このうち、主要な構造領域として、ホモガラクツロナン(HG)、ラムノガラクツロナン–I(RG–I)、ラムノガラクツロナン–II(RG–II)の三つがよく知られており、これら三つの構造領域は、それぞれの位置関係や結合様式は不明ながらも、共有結合により互いに連結していることが報告されている 7)。 1-3.食品としてのペクチンペクチンといえば、一般的にはジャムの成分としてよく知られている。店頭に並ぶジャムばかりでなく、家庭でもイチゴなどの果物に砂糖を加えて、それを煮詰めることで簡単に作られるジャムも、果物の細胞壁に含まれるペクチンの作用を有効に利用している食品である。 1-4.ペクチンの生理機能ペクチンは、食してもヒトの消化酵素による分解を受けず、小腸において栄養成分として吸収もされないため、食物繊維に分類される食品素材でもある。食物繊維(dietary fiber)という用語は、1953年のヒプスリー(Hipsley)が初めて使用した言葉 13) であるが、1972年にトロウェル(Trowell)は、単なる物質としての名称ではなく、「ヒトの消化酵素の作用を受けない植物細胞の構造残渣」と定義された、生理的意味を含む新しい「食物繊維」という概念として提唱した 14)。これは、その前年にバーキット(Burkitt)によって発表された「大腸がんに対する繊維仮説」 15) を受けて提唱されたものである。それ以来、世界中で食物繊維の研究が進められ、さまざまな健康維持・調節機能が報告されている。とくに日本では、健康増進法第26条に基づき、政府が「特定保健用食品(トクホ)」として認可する制度において、「お腹の調子を整える食品」の項目中に「食物繊維類を含む食品」が挙げられているなど、これまでの食物繊維に対する研究成果が社会に広く浸透し、健康づくりや疾病予防に貢献しているといえる。 2.ペクチンによる腸絨毛伸長作用これまでに報告されているペクチンのさまざまな生理機能の中で、小腸絨毛の形態を変化させる分子メカニズムについては、いまだに不明な点が多い。腸管の形態が変化するためには、ペクチンを経口摂取した際に、腸管腔内を移動するペクチンに対して小腸上皮細胞がその分子構造を認識することが必要で、おそらく上皮細胞膜上のタンパク質と構造特異的にペクチンが結合し、細胞内に情報を伝達しているのではないかと予想される。しかし、それを立証するために最も重要となる、ペクチンを認識するタンパク質が同定されていない状況である。そこで私たちは、小腸上皮のモデル細胞である分化 Caco-2細胞を用いて、ペクチンを投与した際の細胞応答を観察・解析することにより、この分子メカニズムの解明に取り組んでいる。 2-1.腸管上皮細胞表面糖鎖の構造変化誘導細胞応答の解析に際し、私たちは動物細胞表面に普遍的に存在する糖鎖のヘパラン硫酸(HS)に注目した。HSは、グリコサミノグリカンとよばれる糖鎖の一種で、N-アセチルグルコサミンとグルクロン酸もしくはイズロン酸の二糖単位が繰り返し重合した直鎖状の多糖である。HSがゴルジ体で生合成される際には、複数の硫酸基転移酵素がはたらき、多様な硫酸化パターンをもつ糖鎖を産生する。HSは、細胞にとって必須の細胞外環境の変化を細胞内に伝える役割を担う物質であり、形成された硫酸化パターンに応じて相互作用するタンパク質が入れ替わることで、さまざまな生理機能の調節に関与することが知られている 28)。もし、分化Caco-2細胞がペクチンを認識して応答した場合、その結果として細胞表面のHSの構造に変化が現れるのではないかと私たちは考えた。 2-2.HSulf-1/2発現にペクチンが与える影響ペクチン添加によって、分化Caco-2細胞のHS構造に影響があるかを調べるため、ペクチンを添加して24時間後の細胞表面のHSを回収し、酵素を用いて糖鎖を脱離分解して生成した二糖単位をHPLCに供した。アミノプロピルカラムを用いることで、二糖は硫酸基の数と位置に応じて分離される。解析の結果、ペクチンを添加することによって、分子内の2箇所あるいは3箇所が硫酸化された二糖単位の割合が有意に減少し、分子内に硫酸基がまったく存在しない二糖単位の割合(∆Di-0S)が有意に増加することが示された 29)。とくにN-アセチルグルコサミンの6位が硫酸化された構造をもつ二糖単位(∆Di-diS1と∆Di-triS)の割合が減少していたことから、6位を脱硫酸化する酵素(HS 6-O-endosulfatase)の関与が考えられた。そこで、分化Caco-2において発現しているHS脱硫酸化酵素のHSulf-1とHSulf-2に注目し、ペクチンの添加によりmRNA発現量が変化しているかをRT-PCRにより解析した。 2-3.ペクチンがHSulf-2発現を誘導する機構分化Caco-2細胞はペクチンに応答し、HSulf-2遺伝子の発現を誘導していることが示されたことから、細胞表面にはペクチンを認識するタンパク質(レセプター)が存在する可能性が高まったといえる。そこで、ペクチンのレセプターを推定する手がかりとして、酵素処理したペクチンはフィブロネクチンと相互作用するという報告 30) に注目した。フィブロネクチンは、細胞外マトリクスに存在する分泌タンパク質で、細胞の接着や移動、分化といった機能に関与している 31)。しかし、フィブロネクチンは分泌タンパク質であるので、細胞内に情報を伝えるためには、さらに細胞表面のレセプターであるα5β1インテグリンの介在が必要となる 32)。すなわち、分化Caco-2細胞は、α5β1インテグリンと結合したフィブロネクチンを介してペクチンを認識し、HSulf-2遺伝子の発現を亢進しているという仮説を立てた。 2-4.ペクチンにより上皮細胞表面のHS構造が変化する理由分化Caco-2細胞表面のHSの構造が変化することと、ペクチンにより細胞が応答した結果、腸絨毛伸長作用が引き起こされることとはどんな関係があるのだろうか。私たちはこの関係を明らかにするために、腸管の陰窩における増殖細胞に相当するIEC-6細胞と分化Caco-2細胞を共培養するモデルを構築した 34)。すなわち、分化Caco-2細胞のアピカル側(腸管側)にペクチンを添加した際にバソラテラル側(基底膜側)から分泌される分子によって、増殖細胞の分裂が促進され、結果として絨毛が伸長するのではないかと考えた。そこで、分化Caco-2細胞において、ペクチンの添加により発現量が亢進する分子を解析した結果、成長因子として知られるWnt3aタンパク質が同定された 34)。しかも、Wnt3aと細胞表面HSとは強く結合することが知られているが、この結合がペクチン添加後には非常に弱くなっていた 34)。すなわち、産生量が増えたWnt3aを効率よく分泌し、増殖細胞の分裂を促進するために、その妨げとなる細胞表面のHSの構造を変化させていたと考えられる。 おわりに本稿において紹介した私たちの研究から導き出されるペクチンの生理機能は、これまでに知られていたものをなんら否定するものではない。食物繊維として摂取されたペクチンが、腸管を移動中に構造的な嵩高さや吸着能を存分に発揮するといった役割や、大腸に達した後に腸内細菌によってほぼ完全に発酵に利用されることからの二次代謝産物の役割は、ペクチンが食品成分として果たしている重要な生理機能であろう。しかしそれだけでなく、ペクチンには知られざる生理機能がまだまだあるのではないか。本稿において紹介したように、私たちのペクチンに関する研究はまだ緒に就いたばかりであり、そもそも「ペクチンを認識するタンパク質が腸管上皮細胞上に存在する」という仮説の立証はまだ道半ばである。腸管の細胞に一つの分子として食物繊維の化学構造を識別させる機能がペクチンにあることが明らかとなれば、食物繊維の生理機能を探求する上で、まったく新しいアプローチの嚆矢となるのではなかろうか。今後の研究の進展に期待いただきたい。 引用文献1 H. Braconnot, Ann. Chim. Phys., 28, 173-178(1825). 2 M. Vauquelin, Ann. Chim., 5, 92(1790). 3 P. Albersheim, A. Darvill, K. Roberts, R. Sederoff, A. Staehelin eds., “Plant Cell Walls”, Garland Science, New York, 2011. 4 西谷和彦,梅澤俊明編著,“植物細胞壁”,講談社,2013. 5 F. Ehrlich, Chem. Ztg., 41, 41-47(1917). 6 F. A. Henglein, G. Schneider, Chem. Ber., 69, 309-324(1936). 7 D. Mohnen, Curr. Opin. Plant Biol., 11, 266-277(2008). 8 H. A. Schols, A. G. J. Voragen, “Handbook of Food Enzymology”, J. R. Whitaker, A. G. J. Voragen, D. W. S. Wong eds., Marcel Dekker, New York, 2003, Chapter 66. 9 A. G. J. Voragen, G.-J. Coenen, R. P. Verhoef, H. A. Schols, J. Struct. Chem., 20, 263-275(2009). 10 M. Bar-Peled, B. R. Urbanowicz, M. A. O’Neill, Front. Plat Sci., 3, 92(2012). 11 M. A. O’Neill, T. Ishii, P. Albersheim, A. G. Darvill, Annu. Rev. Plant Biol., 55, 109-139(2004). 12 J. A. L. Silva, M. A. Rao, “Food Polysaccharides and Their Applications”, A. M. Stephen, G. O. Phillips, P. A. 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