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メタノール酵母による異種タンパク質生産:高生産のための技術戦略
京都大学大学院 農学研究科 応用生命科学専攻
准教授 由里本 博也

1.はじめに

食品産業に利用される酵素を含む産業用酵素、医療分野で利用される臨床診断用酵素や医薬品タンパク質など、様々なタンパク質が幅広い分野で利用されている。現在これらの有用タンパク質の多くが、遺伝子組換え技術を用いた異種タンパク質生産系によって生産されている。また実験室レベルでは、タンパク質の構造解析や機能未知タンパク質の機能解析のために、異種タンパク質生産系が利用されている。これまでに様々な異種タンパク質生産系が開発され、大腸菌などの原核微生物から、酵母やカビなどの真核微生物、昆虫細胞や動物細胞などの高等真核細胞まで、多様な宿主を利用することができる。どの宿主生物を用いるか、また各宿主生物においてどのような宿主細胞、発現ベクターを用いるかなど、目的とするタンパク質に応じて最適な系を選抜する必要があるが、一般に微生物を宿主とする異種タンパク質生産系は、宿主細胞の増殖量、目的タンパク質の生産量、培地や培養のコストの点で高等生物を宿主とするものに比べて優れている。一方、高等生物由来のタンパク質は、糖鎖付加などの翻訳後修飾がその機能発現に必須である場合があり、このようなタンパク質を生産する際には、翻訳後修飾が適切に起こる宿主を使用しなければならないが、酵母やカビなどの真核微生物は、実験操作や培養の簡便性に加えて、真核生物としての基本的な細胞構造と機能をもつことから、高等生物由来のタンパク質生産に有利である。
 近年、真核微生物の中で最も強力な異種タンパク質生産系の宿主として広く利用されるようになってきたのが、メタノールを唯一の炭素源・エネルギー源として生育可能なメタノール資化性酵母(メタノール酵母)である。本稿では、Pichia pastorisを代表とするメタノール酵母の異種タンパク質生産系の特色を概説しながら、高生産を実現するための技術戦略を紹介する。

2.メタノール酵母の特徴と異種タンパク質生産

メタノール酵母が世界で初めて報告されたのは1969年のことで、緒方らにより土壌から分離されたCandida boidinii(当時はKloeckera sp.)が最初の報告である1)。1970年代には、天然ガスから安価に製造できるメタノールを原料として飼料添加物としてのsingle cell protein(SCP)を生産する研究開発が行われ、メタノール酵母も主要な研究対象とされた。メタノールからのSCP生産は残念ながらオイルショックのために経済的に成り立たなくなったが、メタノール代謝経路の解明や乾燥菌体重量で100 g/L を超える高密度培養技術の開発など、その後のメタノール酵母の利用価値を高める基盤が築かれた。
 メタノール酵母におけるメタノール代謝の最大の特徴は、メタノール代謝に関わる一連の酵素群がメタノール培養時に顕著に誘導されることである2)。アルコールオキシダーゼ(AOX)やジヒドロキシアセトンシンターゼ(DAS)は、それぞれ細胞内可溶性タンパク質の数十%に達する。この誘導は転写レベルで厳密に制御されており、これらのメタノール代謝酵素の遺伝子プロモーターは、強力なメタノール誘導性である。一方、グルコース培養時にはメタノール誘導性遺伝子の発現は完全に抑制される。また、メタノール酵母の培養炭素源となるメタノールは安価である上、非発酵性炭素源であるのでグルコースなどの発酵性炭素源培養時に生じるエタノールによる生育阻害が起こらず、高密度培養が可能であることから、工業レベルでの有用タンパク質を生産する場合、経済性、生産性に優れている。このように、強力かつ制御可能なメタノール誘導性プロモーター、培養原料として安価なメタノール、工業レベルでの実用化が可能な高密度培養技術は、異種タンパク質生産に極めて有利な特徴であり、1980年代には、Pichia pastoris(分類学上の正式名称はKomagataella phaffii)において異種タンパク質生産系が確立された3)。これまでに、P. pastorisの他、 Hansenula polymorpha (Ogataea polymorpha)、C. boidiniiP. methaolica (O. metanolica)、O. minutaなどのメタノール酵母異種タンパク質生産系が開発されている4-7)。特にP. pastorisの発現ベクターや宿主は市販されており、この系を利用した有用タンパク質生産例は、近年飛躍的に増加している。P. pastorisの異種タンパク質生産系についての詳細は、成書や関連ウェブサイトを参照されたい8-9)

3.異種タンパク質高生産のための技術戦略

メタノール酵母の異種タンパク質生産系に限らず、目的タンパク質を活性型で高生産するためには、遺伝子の導入からタンパク質の取得に至るまでの様々なステップを最適化しなければならない。ここでは、メタノール酵母に特有の事情も踏まえながら、高生産のための技術戦略について、図1を基にして考えてみたい。

図1.メタノール酵母における異種タンパク質高生産のための技術戦略
図1 メタノール酵母における異種タンパク質高生産のための技術戦略

最初に考慮すべきは、遺伝子発現用ベクターをどのように構築するか、すなわちプロモーターと形質転換マーカーの選択である。メタノール酵母の異種タンパク質生産に用いられるプロモーターには、大きく分けてメタノール誘導性プロモーターと構成的発現プロモーターの2種がある。メタノール誘導性プロモーターについては、P. pastorisではAOXをコードするAOX1プロモーターが一般的ではあるが、ホルムアルデヒド脱水素酵素(FLD)をコードするFLD1プロモーターなど他のメタノール誘導性プロモーターも利用できる。筆者らがC. boidiniiのメタノール誘導性プロモーターを比較したところ、DAS1が最も強力かつメタノール特異的に誘導されたことから、本プロモーターを異種遺伝子発現だけでなく、メタノールセンサー細胞の構築にも利用した10,11)。一方、構成的発現プロモーターには、解糖系のグリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼをコードするTDH3遺伝子プロモーター(GAPプロモーター)が用いられる。形質転換の際のマーカー遺伝子については、栄養要求性か薬剤耐性かのどちらかを用いる。メタノール酵母では、異種タンパク質生産のための形質転換はゲノム挿入型で行われるため、ほとんどの場合は遺伝子発現カセットがシングルコピー挿入される。高生産のためには当然マルチコピー挿入株が望ましいが、マーカー遺伝子に薬剤耐性遺伝子を用いると、培地に添加するゼオシンなどの抗生物質を高濃度にすることで、マルチコピー挿入株を得やすい。
 次に、目的タンパク質をコードする遺伝子配列を設計する。目的タンパク質本来の塩基配列が宿主の使用コドンに適合しない場合には、翻訳効率を高めるために使用コドンを改変した塩基配列に変更する。また、目的タンパク質を生産する場所に応じて、必要なシグナル配列(分泌シグナル配列やオルガネラ移行シグナル配列)を付加する。分泌シグナルには、出芽酵母Saccharomyces cerevisiaeのα-ファクターのプレプロ配列を用いることが多い。市販されているP. pastoris用の発現ベクターの中には、α-ファクターのプレプロ配列に相当する遺伝子の下流に異種遺伝子を挿入するためのマルチクローニングサイトが配置されているものがある。さらに、発現の検定や精製が容易に行えるようにするために、mycタグやHisタグなどのタグ配列を付加することも可能である。
 P. pastorisをはじめとするメタノール酵母異種タンパク質生産系の重要な特徴は、分泌生産能力に優れている点である。50 g/L を超える高分泌生産を達成した例もあるが、実際にはすべてのタンパク質の高分泌生産が可能ということではなく、研究現場では様々な問題点に直面する。これは、目的タンパク質が小胞体やゴルジ体を経る分泌経路を通る過程で、フォールディングや糖鎖付加などの翻訳後修飾を受けるためである。
 分泌シグナルをもつタンパク質のポリペプチド鎖は小胞体内で適切にフォールディングされ(折りたたまれ)、ジスルフィド結合の形成や糖鎖付加が起こるが、このとき正しくフォールディングされなかったタンパク質(unfolded protein)は凝集し、小胞体関連分解(ERAD)と呼ばれる分解機構により、細胞質に輸送されて分解される。またこの時、unfolded-protein response(UPR)経路が働き、タンパク質のフォールディングを介助するBip(Kar2p)や、ジスルフィド結合の掛け替えを行うプロテインジスルフィドイソメラーゼ(PDI)、PDIを再酸化するEro1pなどの誘導が促進される。このような小胞体におけるタンパク質の品質管理機構に関わる因子を増強することで、異種タンパク質の分泌生産量を向上させることができる。PDIなどの高発現や、これらのUPR経路の転写活性化因子であるHac1pの高発現が効果的との報告がある12-14)
 P. pastorisを始めとするメタノール酵母を用いて異種タンパク質の分泌生産を行う際には、糖鎖付加について十分に考慮しなければならない。原核生物由来のタンパク質など、本来糖鎖が付加されないタンパク質を分泌させる場合に、糖鎖付加によって本来の機能を持たないことがある。また高等生物由来の分泌タンパク質でも、酵母と他の生物では糖鎖構造が異なるために、機能発現しないことがある。このような問題を回避するためには、N-結合型糖鎖付加部位(Asn-Xaa-Ser/ThrのAsn残基)の変異や、糖転移酵素の改変が行われる。例えばヒトと酵母では、コア糖鎖の構造は高度に保存されているが、酵母は高マンノース型糖鎖であり、ヒトに対するアレルギー反応の原因となり得る。そこで酵母のゴルジ体で働くα-1,6-マンノシルトランスフェラーゼをコードするOCH1を破壊したり、ヒト型の糖転移酵素やグリコシダーゼを導入するなどして、糖鎖構造を改変することが可能である。P. pastorisでは、GlycoSwitch®というシステムが開発されている15)。筆者らは、C. boidiniiの異種タンパク質生産系を用い、食品加工に利用されるトランスグルタミナーゼ(TG)の分泌生産を試みた。放線菌由来のTGは従来異種生産が困難であったが、TGのプロ配列と成熟型配列を別々のポリペプチドとして共発現させたり、推定糖鎖付加部位を変異させることにより、活性型酵素の生産量向上に成功した16)
 また異種タンパク質の分泌生産では、生産したタンパク質が液胞プロテアーゼによって分解され、十分な生産量が得られないことがある。このような場合は宿主として液胞のプロテアーゼ(多くのプロテアーゼの成熟化に関わるプロテイナーゼAおよびプロテイナーゼB)の遺伝子(PEP4, PRB1)を破壊した株を用いたり、培地中にペプトンやカザミノ酸などのプロテアーゼの基質となる成分を添加したりすることで、ある程度タンパク質分解による問題を回避することができる17)
 目的タンパク質が本来分泌されているものであるか、活性型で分泌させることが可能であれば、一般的には精製が容易な分泌生産がよいが、目的タンパク質の性質や、他の酵素反応と組みあわせた有用物質生産に利用する場合などは、細胞質で生産したり、適切なオルガネラ内で生産したりする場合がある。最後に一例として、有用酵素のペルオキシソーム内生産について紹介する。メタノール酵母をメタノール培養すると、AOXやDASを含むペルオキシソームが顕著に発達する。ペルオキシソームタンパク質の輸送のためのペルオキシソーム移行シグナルは、PTS1と呼ばれるC末端の-SKL配列に代表される3アミノ酸にコードされ、この配列を付加することにより目的タンパク質をペルオキシソーム内に局在化させることができる。筆者らは糖尿病の臨床診断に利用できる糸状菌由来フルクトシルアミノ酸オキシダーゼ(FAOD)のC. boidiniiペルオキシソーム内生産に成功した18)。FAODは元々PTS1配列を保持しており、糸状菌でもペルオキシソームに局在する酵素であった。オキシダーゼ反応は過酸化水素を生成するため、これを消去するカタラーゼを含むペルオキシソーム内に生産することで細胞毒性を軽減できる。さらにAOXが占めているペルキシソームへの輸送装置、ペルオキシソーム内空間、補酵素FADをFAODが利用できるようになることを期待して、AOX遺伝子破壊株を宿主とし、さらに培養条件を最適化することによってFAODのペルオキシソーム内高生産に成功した。

4.おわりに

メタノール酵母の異種タンパク質生産系では、これまでに多くの有用タンパク質が生産されてきた。その中には実用化されているものも多数あり、例えば植物油精製時の脱ガムに利用されるホスホリパーゼCなど、米国食品医薬品局(FDA)のGRAS(generally recognized as safe)物質として認証されているものもある19)。今後もこのようにメタノール酵母が生産する有用タンパク質の実用化例が増えていくものと期待される。メタノールを培養原料に用いることは、特に食品加工用酵素の生産時には消費者心理としてマイナスイメージとなることは否めないが、メタノールは天然ガスの主成分であるメタンや未利用バイオマスから合成可能な循環型炭素資源であるとともに、食糧と競合しない微生物培養原料であり、メタノールからの有用タンパク質生産は、微生物による循環型資源利用の観点からも重要である。
 メタノール酵母での分泌生産に関しては、g/Lオーダーで生産できるものから、mg/Lオーダーでしか生産されないものまで、目的タンパク質によって生産量が大きく異なる。多くの場合、目的遺伝子の転写段階までは高発現に成功していても、特に翻訳後段階での何らかの要因により、期待する生産量を達成できない。上述のように、タンパク質の品質管理機構や翻訳後修飾機構に関する遺伝子を改変した宿主を用いることによって、生産性の向上は可能であるが、その機構も未解明な点が多く残されており、目的タンパク質に応じた生産系に最適化していくためには、詳細な分子メカニズムの解明が必要である。現在では主要なメタノール酵母の全ゲノムも公開されており、オミックス解析も含めた基礎・応用研究により、有用タンパク質生産性向上に関する細胞生理機能解明とその活用を期待したい。

文献

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2  Yurimoto H, Oku M, Sakai Y. Yeast methylotrophy: metabolism, gene regulation and peroxisome homeostasis. Int J Microbiol 2011: 101298(2011)

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5  Yurimoto H, Sakai Y. Methanol-inducible gene expression and heterologous protein production in the methylotrophic yeast Candida boidinii. Biotechnol Appl Biochem 53: 85-92(2009)

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8  Cregg JM (ed). Pichia protocols, second edition. Methods Mol Biol 389. Humana Press, Totowa, NJ(2007)

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11 Kawaguchi K, Yurimoto H, Oku M, Sakai Y. Yeast methylotrophy and autophagy in a methanol-oscillating environment on growing Arabidopsis thaliana leaves. PLoS ONE 6: e25257(2011).

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18 Sakai Y, Yoshida H, Yurimoto H, Yoshida N, Fukuya H, Takabe K, Kato N. Production of fungal fructosyl amino acid oxidase useful for diabetic diagnosis in the peroxisome of Candida boidinii. FEBS Lett 459: 233-237(1999)

19 Ciofalo V, Barton N, Kreps J, Coats I, Shanahan D. Safety evaluation of a lipase enzyme preparation, expressed in Pichia pastoris, intended for use in the degumming of edible vegetable oil. Regul Toxicol Pharmacol 45: 1-8(2006)

略歴

由里本 博也(ユリモト ヒロヤ)
京都大学大学院 農学研究科
応用生命科学専攻制御発酵学分野 准教授

略歴:
1996年 京都大学大学院農学研究科修士課程修了
1996年 京都大学農学部助手
2001年 博士(農学)
2006年 京都大学大学院農学研究科助教授
2007年より現職
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