(一財)食品分析開発センター SUNATEC
HOME >酵母が醸すお酒の世界 -酵母のアルコール発酵と二日酔い対策-
酵母が醸すお酒の世界 -酵母のアルコール発酵と二日酔い対策-
岐阜大学 応用生物科学部
教授 中川 智行

1.はじめに

人類は、太古の昔から酒を醸造し、嗜んできた。「神の恵み」と考えられていた酒は神聖なものとされ、神への捧げもの、さらには神と人々を結びつけるための重要なツールとして祭事や儀礼などで利用されてきた。また酒は「人間関係の潤滑油」でもあり、交渉事や冠婚葬祭、親睦の席でも飲用されるのみならず、報酬や贈り物、さらには税の対象としても利用するなど、人類は酒を巧妙に利用し、それぞれの生活・文化を築いてきた。
 また、酒は上述のような生活や文化、社会のツールとしての役割のみならず、その風味を楽しむ嗜好品のひとつでもある。よって人類は「より美味い酒」を追い求め、長い歴史をかけて醸造技術を発展させてきた。特に、醸造の過程においてアルコール発酵を担う「出芽酵母」の性質は酒の善し悪しを決定するひとつの要因であり、清酒の場合、アルコールの生産能力以外に出芽酵母が醸す様々な化合物が清酒の個性を引き出すことから、現在でも新たな性質を持つ清酒醸造用の出芽酵母(清酒酵母)のスクリーニングや分子育種が盛んに行われている。
 一方、「酒は百薬の長」ともいわれ、適度の飲酒は健康に良いとされるが、深酒が過ぎると二日酔いになり、それが常習的になると人体に影響を及ぼして、アルコール使用障害となる。特に飲酒の際、私たちの体の中でエタノールの酸化により必ず生産される代謝中間体アセトアルデヒドは、二日酔いの原因物質のひとつとして知られ、フラッシング反応(顔面紅潮、吐き気、動悸、眠気、頭痛、頻脈、血圧低下、気管支収縮、アレルギー反応など)を引き起こすのみならず1,2)、肝障害や発ガン性を有し1,3,4,5)、かつシックハウス症候群の原因物質でもある6)。つまり、飲酒による健康被害を考える上で、アセトアルデヒドの細胞毒性をいかに回避できるかがひとつの鍵となる。また、出芽酵母のアルコール発酵においてもアセトアルデヒドは重要な代謝中間体である。よって出芽酵母もアルコール発酵の際にかなりのアセトアルデヒドのストレスを感じており、発酵中、彼らも二日酔いと戦っていることが想像できる。出芽酵母のアセトアルデヒド耐性機構を理解し、彼らをそのストレスから解放できれば、より効率の良いアルコール発酵が実現できるだけでなく、その分子メカニズムから私たちヒトの二日酔い対策のヒントも得られるのではと考えている。
 本稿では出芽酵母の持つ細胞機能・発酵能力にスポットを当て、前半は清酒醸造における清酒酵母の機能と役割、後半は出芽酵母のアセトアルデヒド耐性機構から考える二日酔い対策について解説する。

2.清酒酵母が醸す味と香り -清酒醸造における清酒酵母の機能と役割-

私たちの先祖は微生物の存在を知る由もなく、神様のご機嫌を損なわないよう細心の注意を払いながら、アルコールを恵んでくれる最適な環境を見つけ出し、伝承してきた。しかし、アルコール発酵は神のなせる技ではなく、そこに住んでいる出芽酵母(蔵付酵母)がたまたま醪(もろみ)に入り込み、心地よくアルコール発酵を行ってくれる条件、つまり出芽酵母が優先的に生育できる条件を探ってきたのが現状である。
 19世紀半ば、パスツールが、出芽酵母がアルコール発酵を行っていることを見いだし、ハンセンがビール酵母の純粋培養に成功して以来、出芽酵母は酒醸造の目に見えない「黒子」から一躍「主役」に上り詰めた。以後、出芽酵母の持つ様々な能力が優れた「酒」を醸すことが証明され、清酒酵母においては、国立醸造試験所が1904年(明治37年)に設立されて以来、全国の蔵元から優秀な蔵付酵母を単離し、「きょうかい酵母」として頒布することで、全国の酒蔵の清酒の品質を一気に押し上げた7,8)
 一方、私たちのグループでは岐阜を代表する新奇な清酒酵母を開発しようと、自然界から新たな清酒酵母のスクリーニングとその分子育種を行っている9)。しかし、きょうかい酵母に匹敵する能力を持った野生酵母をなかなか獲得できていないのが現状である。では、そのきょうかい酵母の持つ特別な能力とはどのようなものなのだろうか。

a.清酒酵母が持つ高い発酵力

きょうかい酵母の最も優れている能力のひとつは、やはり「高い発酵力」にある。渡辺らは清酒酵母と実験室酵母の発酵力を、発酵条件を揃えて比較したところ、清酒酵母の方が発酵期間を通じて高い発酵速度を示し、最終的な醪中のアルコール度数は実験室酵母では10%台前半であるのに対し、清酒酵母では約18~20%にまで到達することを報告している10)。私たちの研究グループでも自然界から多数の出芽酵母Saccharomyces cerevisisaeを獲得してきたが9,11)、単離した野生酵母は遺伝的に清酒酵母と近縁であっても、きょうかい酵母に比べて発酵力が低い11)。では、清酒酵母が「高い発酵力」を持つ理由は何なのだろうか。
 渡辺らは、清酒酵母のストレス耐性能について興味深い報告をしている。きょうかい酵母はエタノールを含めた外環境からのストレスに対して弱いというのである10)。きょうかい酵母が自ら高い濃度のエタノールを生産するが故、私たちはそのエタノールストレスを克服できる能力を持つものと信じていたが、彼らはストレス応答に重要なRim15p-Msn2/4p系の機能が欠損し、複数のストレス応答関連転写因子の機能が抑制されており、様々なストレスに対して耐性が低いことが明らかになってきた12,13,14)。また、実験室酵母でもRim15p-Msn2/4p系を欠損させるとエタノール生産量が劇的に増加することから12,13,14)、ストレス耐性能が弱いという性質が何らかの形で「高い発酵力」につながっていると考えられる。
 このように、人類が蔵付酵母を心地よい環境で温々と奉ったことにより、彼らはストレス耐性能を捨て、より多くアルコールを作るスペシャリストの道を選択したことになる。裏を返せば人類はそのような職人的な株を選抜してきた、いわゆる完全に家畜化された微生物が現在のきょうかい酵母であると言える。一方、酵母が自然界で生きていくためには、過酷な環境に適応するための高いストレス耐性能が求められるはずである。現在、私たちは自然界から新たな清酒酵母の獲得を目指しているが、きょうかい酵母に匹敵する発酵力を持った野生酵母を獲得するのは至難の業なのかもしれない。ただ、ストレス耐性の変異による育種で出芽酵母の発酵能を向上させることは可能であり、今流行りの低アルコール酒醸造に使用するなど、野生酵母の特徴を活かした新たな清酒の開発の道は開けている。

b.清酒酵母が醸す味と香り

清酒を特徴づける重要な因子として「味」と「香り」があげられる。私たちは、食品を口に入れたときに感じる味覚や嗅覚などの総合的感覚から、その食品の「風味」を評価している。この「食品を口内に入れたとき感ずる香気」はフレーバーとも呼ばれ15)、複数の因子が複雑に影響し合うため、その表現や評価は難しい。近年、宇都宮らは、清酒中に確認することができる香味特性を表す用語を16のクラスに分類し、それらを車輪状に配列することで体系的にまとめた「清酒のフレーバーホイール」を提案した16)。このフレーバーホイールにあるように、清酒は果実様、花様、カラメル様、脂肪様、酸臭など、様々な香味特性から成り、それぞれの香りの絶妙なバランスのもと清酒の風味が成り立っている。特に吟醸酒の「フルーティーで華やかな香り」はフレーバーホイールのクラス1に分類されている「吟醸香」と呼ばれ、リンゴ様の香りのカプロン酸エチルとバナナ様の香りを持つ酢酸イソアミルがその代表格である(図1)。
 では、この吟醸香は何処からやってくるのだろうか?清酒は「米、米こうじ及び水を原料として発酵させて、こしたもの(酒税法第3条7号)」とあるように、原料は米と水のみからなる。米はブドウなどと違い、それ自身フルーティーな香りを持つとは到底思えない。また、精米度が高い酒米を使用したもの(吟醸酒)の方が、吟醸香が引き立つ。原料のお米をできるだけ削ってデンプン粒だけにしても吟醸香が作られる、つまり吟醸香は原料由来ではなく、発酵によって生成されるフレーバーであることが分かる。現在では、吟醸香は清酒酵母により生成されることが明らかになっており、最も利用されているきょうかい7号(長野・真澄)ときょうかい9号(熊本・香露)はともに吟醸香が高く8)、その吟醸香の生成に関わる代謝経路はすでに同定されている17)。よって、現在、吟醸香の高生産株を遺伝的に分子育種することは可能であり、様々なグループでそれぞれ吟醸香高生産酵母を戦略的に育種している。
 例えば、リンゴ様の香りのカプロン酸エチルは、カプロン酸(C6:0)がエタノールとエステル化することで生成される。つまり、前駆体であるカプロン酸を高生産する株を戦略的にピックアップすればいいのである17)。月桂冠の研究グループは、抗真菌剤セルレニン耐性変異株が高カプロン酸エチル生産性を持つことを報告している18)。セルレニンはノーベル賞を受賞された大村智先生が見いだした抗生物質で、脂肪酸合成酵素のβ-ケトアシル[ACP]の合成を阻害することが知られている19)。彼らは、セルレニン耐性能で変異株をスクリーニングすると、脂肪酸合成酵素のα-サブユニットFas2pの特定のアミノ酸残基に変異が入った株が高確率で獲得でき、これら変異株では長鎖脂肪酸の合成量が減少し、カプロン酸を多量に蓄積することを見いだしている17,18)。つまり、セルレニン耐性によりカプロン酸エチルを高生産する変異株を容易に得ることができるのである。
 このように、カプロン酸エチルの高生産株に加えて、もうひとつの吟醸香である酢酸イソアミルの高生産株20)、さわやかな酸味のリンゴ酸の高生産株21)、「コク」、「押し味」を付与するコハク酸の高生産株22)、劣化の原因となるピルビン酸の低生産株23)、低アミノ酸・低酸酵母株24)など、これまで様々な清酒酵母の戦略的な分子育種が行われてきた。清酒酵母が醸す清酒の品質に関与する代表的な化学物質を図1に示す。これら突然変異による育種に加え、現在では清酒酵母菌株の網羅的なゲノム変異解析やメタボローム解析、トランスクリプトーム解析など、清酒酵母の様々なオミックス解析のデータが蓄積され始め、もっと広い視野での清酒酵母の分子育種を進める動きが進みだしてきた。私たちが現在、進めている地域に特有の新奇な清酒酵母では、野生酵母の能力ではきょうかい酵母のような華やかでかつ力強い清酒の仕込みは到底期待できない。しかし、野生酵母の持つ個性を生かしながら、戦略的な分子育種を進めていくことで、それぞれの地域の特徴を色濃く反映するあらたな清酒酵母の創出は可能であり、より地方色が豊かな清酒を醸すことができると考えている。

図1 清酒酵母が醸す清酒の品質に関与する化学物質
図1 清酒酵母が醸す清酒の品質に関与する化学物質

3.出芽酵母のアセトアルデヒド耐性機構と二日酔い対策

美味しいお酒があり、仲間が集えばついついお酒がすすみ、飲み過ぎたあげく、次の日、二日酔いになる。その時は、もう同じ轍は踏むまいと心に誓うが、美味しいお酒があり、再び楽しい会が催されればまたお酒がすすむ…。人類はこれを何度繰り返してきたことだろうか。
 先述の通り、二日酔いの原因物質のひとつとされるアセトアルデヒドは、分子内に強い還元性・反応性を示すカルボニル炭素を持ち、生体内のタンパク質や核酸のアミノ基と非選択的に結合することで様々な代謝や細胞機能を阻害するため、すべての生物に対して強い毒性を示す3,4)。つまり、アルコール発酵中、常にアルデヒドストレスに曝され続けている出芽酵母のアセトアルデヒドに対する細胞応答と耐性機構は私たちの二日酔い対策のヒントを与えてくれる。

a.出芽酵母のアセトアルデヒド耐性関連遺伝子群(AAT)の同定

そのような背景のもと、私たちのグループでは出芽酵母の遺伝子破壊株コレクションを用いて、欠損することによりアセトアルデヒド感受性を示す50以上の遺伝子群を同定し、それらをアセトアルデヒド耐性関連遺伝子(AAT)と命名した25)。AATには様々な機能を持つ遺伝子群が含まれていることから、出芽酵母はあの手この手でアセトアルデヒド対策を行っていることが容易に想像できる。特に、ほとんど全てのペントースリン酸経路(PPP)の構成酵素をコードする遺伝子がAATに含まれており、PPPの遺伝子発現はアセトアルデヒドにより大きく上昇する25)。また、大部分の解糖系遺伝子の欠損株は逆にアセトアルデヒド耐性が上昇し、グルコースリン酸イソメラーゼ遺伝子PGI1の発現はアセトアルデヒドにより低レベルに抑制される26)。一方、転写制御因子であるStb5もまたAATの一員であり、欠損により強いアセトアルデヒド感受性を示す26)。そこでAAT の中でStb5によって発現が制御される遺伝子の同定を試みたところ、Stb5はアセトアルデヒド存在下ではPPP発現上昇とPGI1の発現抑制を同時に制御していた26)。このことは、出芽酵母はStb5を用いて一括的にグルコース代謝系を管理することで、アセトアルデヒド存在下ではPPPをより強力に活性化する方向に代謝を制御していることが伺える。実際、メタボローム解析を行ってみると、アセトアルデヒド存在下では細胞内においてPPPの代謝中間体の濃度が劇的に上昇する(未発表)。つまりPPPはアセトアルデヒド耐性機構において何らかの重要な役割を持つことが推察される。

b.アセトアルデヒド耐性機構におけるNADPHを要求する代謝系の機能と役割

では、出芽酵母は何故、アセトアルデヒドストレス下でPPPを強化する必要があるのだろうか?PPPの生体内での主な役割は「NADPHの供給」と「五単糖の代謝」および「核酸合成へのリボースの供給」となっている。実際にメタボローム解析のデータを眺めてみると、アセトアルデヒドストレス下の出芽酵母は細胞内NADPH量を非ストレス条件下と比べて約3.3倍にまで増加させる(未発表)。さらにはNAD+キナーゼの欠損がアセトアルデヒド感受性を示すことからも(未発表)、アセトアルデヒドによるPPPの活性化は「NADPHの供給」が主要な役割であることが推測できる。一方、AATには3つのNADPH依存型酵素をコードする遺伝子OAR1、GLR1、HOM6が含まれていた25)。3つのNADPH依存型酵素のうちOAR1は、脂肪酸伸長反応系の3-オキソアシル[ACP]レダクターゼ(Oar1p)をコードしている25)。実際、出芽酵母はアセトアルデヒド存在下でStb5依存的にOAR1の発現を上昇させ、細胞内のオレイン酸(C18:1)量を増加させる25)。また、培養環境へのオレイン酸の添加は、PPP欠損のアセトアルデヒド感受性を一部解消する25)。つまり、出芽酵母のアセトアルデヒド耐性系に対するNADPH供給先のひとつはオレイン酸合成であることが示唆される。
 また、グルタチオン(GSH)レダクターゼもNADPH依存型酵素であり、その遺伝子GLR1の欠損も強いアセトアルデヒド感受性を示す27)。GSH生合成経路の律速段階をコードするGSH1はアセトアルデヒドストレスにより発現量が3倍以上に増加し28)、またGSH生合成経路の遺伝子欠損株は強いアセトアルデヒド感受性を示す27)。さらには、還元型GSHを培地に添加することで出芽酵母のアセトアルデヒド感受性を解除できることから、還元型GSHが出芽酵母のアセトアルデヒド耐性機構で重要な役割を持つことは明白である。しかし、GSHは生体内で2つの防御システム「活性酸素種(ROS)の消去」と「GSH抱合による解毒」に関与することが知られているが29,30)、全てのGSHペルオキシダーゼ(GPX)を欠損してもアセトアルデヒド耐性には影響を及ぼさず、逆にアセトアルデヒドに耐性を示す28)。また「GSH抱合」を触媒するGSH S−トランスフェラーゼの欠損も全くアセトアルデヒド感受性を示さない28)
 一方、GSHは、アセトアルデヒド存在下において合成経路が活性化されるにもかかわらず、細胞内レベルはその負荷量に反比例して劇的に減少した28)。GSHの分解産物であるCysやCys-Glyはアセトアルデヒドを素早く共有結合的に捕捉することが報告されているが31-33)、両者ともアセトアルデヒドストレス下でも細胞内濃度は変化しなかった。アルコール発酵の場合、CysやCys-Glyでは重要な代謝中間体アセトアルデヒドの細胞内の絶対量を低減させてしまい、発酵を停滞させてしまうリスクがあるためか、出芽酵母はアセトアルデヒドのスカベンジャーとしてCysやCys-Glyを積極的に利用していないようである。一方、GSHのアセトアルデヒド結合能を観察してみると、GSHは数時間後にやっとアセトアルデヒドとの付加体を形成し、最大4分子のアセトアルデヒドを分子内に補足することが明らかとなった27)。GSH−アセトアルデヒド付加体は不安定で、すぐにアセトアルデヒドを放出するようで、出芽酵母にとっては一時的な毒性回避先であるGSHの方がアルコール発酵に好都合であるようである。このように出芽酵母は、自身の代謝の特性に合わせて巧妙な「二日酔い対策」を手に入れているようである。

このようにオレイン酸や還元型グルタチオンが出芽酵母の二日酔い対策の鍵因子であるといえる。これをヒトに置き換えてみると、日頃からオレイン酸が主成分のオリーブオイルやグルタチオンをたくさん含む肉料理をたくさん摂取しているイタリア人やスペイン人など地中海一帯の人々は酒に強いイメージがあるが、これが彼らの上戸の秘密ではないかと考えてしまう。
 本稿で紹介した出芽酵母のアセトアルデヒド耐性の分子機構を図2に示すが、これらは出芽酵母が持つアセトアルデヒド耐性機構のほんの一部であり、まだ機能を見いだしていないAAT遺伝子はたくさんある。今後、これらAAT遺伝子の解析から、スーパー出芽酵母の育種、さらには私たちの二日酔いの秘策が見つかるかもしれない。

図2 これまで明らかとなってきた出芽酵母のアセトアルデヒド耐性機構
図2 これまで明らかとなってきた出芽酵母のアセトアルデヒド耐性機構

4.おわりに

本稿では「酵母が醸すお酒の世界」と題して、(i)清酒醸造における出芽酵母の役割とその分子育種、さらには(ii)出芽酵母の持つアセトアルデヒドに対する細胞応答と毒性回避の分子機構を中心に解説してきた。出芽酵母は、アルコールを作り出す単なる道具ではなく、清酒の絶妙な風味を醸す職人である。特に、効率の良いアルコール発酵を遂行するために我が身を削り、また二日酔い状態に耐えながら、華やかで美味しいお酒を造り続けてくれている。さらには、私たちにアセトアルデヒドストレスに対する対処法のヒントを与えてくれる「二日酔い対策のプロ」でもある。つまり出芽酵母はお酒の醸造から飲み会のアフターケアまで、私たちを見守ってくれている心の師匠なのかもしれない。これからは出芽酵母に感謝しつつ、今日も美味しいお酒を楽しみたいものである。

参考文献

1  Brooks PJ, Enoch MA, Goldman D, Li TK, Yokoyama A. PLoS Med. 6: e50(2009)

2  Eriksson CJP. Alcohol Clin Exp Res. 25: 15S-32S(2001)

3  Seitz HK, Stickel F. Nat Rev Cancer. 7: 599-612(2007)

4  Seitz HK, Stickel F. Genes Nutr. 5: 121-128(2010)

5  Seitz HK, Becker P. Alcohol Res Health. 30: 38-41, 44-47(2007)

6  瀧川智子. 日本職業・災害医学会会誌. 54: 193-199(2006)

7  吉田 清. 清酒酵母研究会. p100(1992)

8  赤尾 健. 化学と生物 52: 223-232(2014)

9  中川 智行, 鈴木 徹, 杉山 誠. 美味技術学会誌. 14: 2-6(2016)

10 渡辺 大輔. 50: 723-729(2012)

11 堀江 祐範, 中川 智行, 杉野 紗貴子, 吉村 明浩, 奈良 一寛, 梅野 彩, 吉田 康一, 岩橋 均, 田尾 博明. 美味技術学会誌. 15: 12-20(2016)

12 Watanabe D, Araki Y, Zhou Y, Maeya N, Akao T, Shimoi H. Appl Environ Microbiol. 78: 4008-4016(2012)

13 Watanabe D, Wu H, Noguchi C, Zhou Y, Akao T, Shimoi H. Appl Environ Microbiol. 77: 934-941(2011)

14 Noguchi C, Watanabe D, Zhou Y, Akao T, Shimoi H. Appl Environ Microbiol. 78: 385-392(2012)

15 大森 正司, 辻 美保子, 豊沢 功, 中川 昌平, 堀口 恵子, 宮川 金二郎. フードサイエンス―新しい食品学総論. 科学同人(1997)

16 宇都宮仁. 日本醸造協会誌 101, 730-739(2006)

17 堤浩子. 酒類の香気成分研究の新展開. 生物工学. 89:717-719(2011)

18 Ichikawa E, Hosokawa N, Hata Y, Abe Y, Suginami K, Imayasu S. Agric Biol Chem. 55: 2153-2154(1991)

19 大村智. ファルマシア. 13: 109-112(1977)

20 溝口(藤城)弘子,渡辺 睦,永井 英雄,西村 顕,近藤 恭一. 日本醸造協会誌. 93: 665-670(1998)

21 大場孝宏. 日本醸造協会誌. 103: 510-516(2008)

22 浅野忠男. 生物工学. 85: 63-68(2007)

23 Horie K, Oba T, Motomura S, Isogai A, Yoshimura T, Tsuge K, Koganemaru K, Kobayashi G, Kitagaki H. Biosci Biotechnol Biochem. 74: 843(2010)

24 吉田 清. 日本醸造協会誌. 101: 910-922(2006)

25 Matsufuji Y, Fujimura S, Ito T, Nishizawa M, Miyaji T, Nakagawa J, Ohyama T, Tomizuka N, Nakagawa, T. Yeast. 25: 825-833(2008)

26 Matsufuji Y, Nakagawa T, Fujimura S. Tani A, Nakagawa J. J Basic Microbiol. 50: 494-498(2010)

27 Matsufuji Y, Yamamoto K, Yamauchi K, Mitsunaga T, Hayakawa T, Nakagawa T. Appl Microbiol Biotechnol. 97: 297-303(2013)

28 Aranda A, del Olmo ML. Appl Environ Microbiol. 70: 1913-1922(2004)

29 Penninckx MJ. Enzyme Microb Technol. 26: 737-742(2000)

30 Penninckx MJ. FEMS Yeast Res. 2: 295-305(2002)

31 Kera Y, Kiriyama T, Komura S. Agents Actions. 17: 48-52(1985)

32 Anni H, Pristatsky P, Israel Y. Alcohol Clin Exp Res. 27: 1613-1621(2003)

33 Nagasawa HT, Elberling JA, Roberts J. J Med Chem. 30: 1373-1378(1987)

略歴

中川 智行(ナカガワ トモユキ)
岐阜大学 応用生物科学部
応用生命科学課程 教授
略 歴: 1999年 京都大学大学院農学研究科 博士課程修了 博士(農学)
      1999年 東京農業大学生物産業学部食品科学科 助手
      2001年  同 講師
      2007年 岐阜大学応用生物科学部食品生命科学課程(現 応用生命科学課程) 准教授
      2013年  同 教授  現在に至る

受賞歴:日本生物工学会 生物工学奨励賞(斉藤賞)(2011年)

他の記事を見る
ホームページを見る

サナテックメールマガジンへのご意見・ご感想を〈e-magazine@mac.or.jp〉までお寄せください。

Copyright (C) Food Analysis Technology Center SUNATEC. All Rights Reserved.