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生体指標と機能性生体指標を用いる新しい栄養指導方法
滋賀県立大学 人間文化学部 生活栄養学科
教授 柴田 克己

はじめに

食べ物と健康との関係が科学的になってきたのは、すなわちEBN(Evidence Based Nutrition)になってきたのは、すべての栄養素が発見され、すべての栄養素の必要量がほぼわかってきたこと、さらに、すべての栄養素の体内運命(消化・吸収、配分、代謝、排泄)の解明が進んできたことによる。
 厚生労働省はライフステージごとに想定された標準的なヒトに対してどれだけのエネルギー・栄養素を摂取すれば、生涯にわたって活き活き生きられるかの基準を策定している。ところが、平均寿命が延びて未経験ゾーンに入ってきたことから、より精度・正確度の高い栄養評価方法に基づく栄養指導方法の開発が必要となってきた。

栄養指導の基本的な指導方法:A・PDCAサイクル

PDCAサイクル(PDCA cycle,Plan-Do-Check-Act cycle)は、事業活動における生産管理や品質管理などの管理業務を円滑に進める手法の一つである。この考え方が栄養指導法に取り入れられているが、既存の食べたものの栄養価による栄養評価に加えて生体指標と機能性生体指標を加えた新しいA・PDCAサイクル(Assessment・PDCA cycle)を提案したい(図1)。
 ヒトを対象とした研究は倫理上制約が多いが、尿は非侵襲性生体試料であり、採尿は対象者自身でも可能である。栄養学領域のほとんどの対象者は健康な個人および健康な人々の集団である。栄養学の知識・技術で貢献できることは健康の維持・増進、すなわち必要な栄養素がコンスタントに摂取されているかをモニターする手段を提供することにある。栄養素の中で最も管理が難しいのが有機微量必須栄養素であるビタミンである。したがって、「ビタミンの貯蔵量の減少をモニターする」ことが健康の維持・増進となる。さらに、ビタミンの貯蔵量の減少が継続すると、ビタミンの機能性分子である補酵素レベルが低下し、栄養素の代謝変動がみられる。代謝変動はエピゲノム変化よりも速やかに現れるため、代謝変動を利用して、いち早く体内栄養環境の悪化状態を評価することができる。

図1.既存の栄養評価に加えて生体指標と機能性生体指標を加えた新しいA・PDCAサイクル
図1 既存の栄養評価に加えて生体指標と機能性生体指標を加えた新しいA・PDCAサイクル

既存のA・PDCAサイクルの「Check(検証)」の栄養評価において、エネルギー・栄養素摂取量を食事の栄養評価に加えて、「生体指標と機能性生体指標を用いて評価」を追加したもの。

ビタミン貯蔵量の減少を尿でモニターする方法の開発(生体指標の開発)

採尿は、採血と異なり誰でもできる。図2は、ビタミン欠乏のステージを示したものである。栄養学領域のほとんどの対象者は健康な個人および健康な人々の集団である。栄養学の知識・技術で貢献できることは健康の維持・増進、すなわち病気の発症予防である。したがって、図2に示したビタミン欠乏のステージの中で、潜在性欠乏のステージ1、「ビタミンの貯蔵量の減少をモニターする」ことで病気の発症を予防することができる。
 ビタミンは有機微量必須栄養素である。同じ食品でも含量は著しく異なることがあり、同じビタミン活性を有する化合物内において複数の化合物が存在する。さらに、不安定のため、保存中、食品加工過程、調理中に破壊されやすい。したがって、食べたもののビタミンの摂取量を高い精度で正確に、食品成分表を用いて計算することはできない。
 我々は、ビタミンの摂取量を推測するための、より信頼性の高い方法を開発した。それは、尿中のビタミン排泄量を測定する方法である。食べた人の水溶性ビタミン摂取量が増えていくと、肝臓濃度が飽和する。同時に血中濃度が飽和してくる。この条件が整うと、はじめて、尿中に水溶性ビタミンの排泄が認められ、それ以降は、水溶性ビタミン摂取量の増大に伴い、ほぼ直線的に増大する。つまり、尿中へのビタミン排泄量は余剰量を意味する値である。
 図3は、水溶性ビタミン欠乏食投与後の血液中と尿中の水溶性ビタミンの変化を模式的に書いた図である。縦軸は欠乏食投与前の値を100とした時の相対値を、横軸は相対時間を示す。図3の横軸に示した「潜在性欠乏」、「欠乏症の顕在化」というのは評価を示す。
 健康を維持するという視点では、①尿中の値が減少し始めたところで、対象者に対して、栄養指導を行い、適正な栄養素摂取量を提言し、より良い食生活行動に変容させることが大切である。
 表1にまとめた数値は健康を維持するため(潜在性欠乏症の回避と過剰摂取による健康障害の回避)の尿中ビタミン目標排泄量である。多くの健康な人の実験データを基に、試算した数値である。
 表2はある高齢者(70歳以上)の1日尿中の水溶性ビタミン排泄量の評価シートである。
 このような生体指標に基づいた栄養評価を示しつつ行う栄養指導は説得力があり、食生活行動の変容につながりやすい、という評価を得ている。

図2 ビタミン欠乏のステージ
図2 ビタミン欠乏のステージ

 

図3 ビタミン欠乏食投与後の血中濃度と尿中排泄量との関係の概念図
図3 ビタミン欠乏食投与後の血中濃度と尿中排泄量との関係の概念図

●;血液,▲;尿

 

表1 健康を維持するための尿中ビタミン目標排泄量
表1 健康を維持するための尿中ビタミン目標排泄量

 

表2 ある高齢者の1日尿中の水溶性ビタミン排泄量の評価シート
表2 ある高齢者の1日尿中の水溶性ビタミン排泄量の評価シート

ビタミンの機能を尿でモニターする方法の開発(機能性生体指標の開発)

尿中ビタミンレベルは、体内の遊離型ビタミンの余剰量を反映しているだけで、ビタミンの機能性物質である補酵素レベルすなわち補酵素を必要とする酵素活性レベルを反映するものではないことが指摘された。図2でいえば、ステージ2の「代謝変動」までのデータを示さないと、栄養指導を受ける対象者が本当に納得して食生活行動を変容させることにつながらない、という指摘である。これは非常に重要な指摘であった。
 多くのビタミンは、アミノ酸の異化代謝に関与している(図4)。ビタミンの機能性生体指標を検索する手始めとして、アミノ酸の一つであるトリプトファン代謝を利用した機能性生体指標に関する報告を行った。ビタミンを付加するとトリプトファン異化代謝産物の尿中排泄量が低下するか否かで評価する方法である。さらに、一般化するために、ビタミンを必要とするアミノ酸の代謝産物である2-オキソ酸排泄量の変動を利用して、ビタミン補酵素が関与する酵素の代謝能力を推定する方法を開発中である。
 ビタミン欠乏動物では、特徴的な尿中2-オキソ酸量レーダーチャートが得られた(図5)。
 ヒトにおける尿中B群ビタミンと2-オキソ酸排泄量との関係を調べた。その結果、尿中の2-オキソ酸排泄量が高いヒトは、ビタミン剤を摂取させると、尿中2-オキソ酸排泄量が低下した(図6)。2-オキソ酸の尿中排泄量の低下は栄養学上好ましいことである。この事実は、潜在性ビタミン欠乏の存在を意味する。また、2-オキソ酸がB群ビタミンの機能性生体指標としての活用が可能であることを示唆する結果でもある。

図4 ビタミンを必要とするアミノ酸の代謝経路
図4 ビタミンを必要とするアミノ酸の代謝経路

2-OIVA,2-オキソイソ吉草酸;2-O-3-MVA,2-オキソ-3-メチル吉草酸;2-O-4-MVA,2-オキソ-4-メチル吉草酸;OXAA,オキサロ酢酸;PyA,ピルビン酸;2-OGA,2-オキソグルタル酸;2-OAA,2-オキソアジピン酸;2-OBA,2-オキソ酪酸

図5.ビタミンの機能性生体指標としての2-オキソ酸レーダーチャート(ラット実験)
図5 ビタミンの機能性生体指標としての2-オキソ酸レーダーチャート(ラット実験)

ラットに栄養学的完全食を投与した時に排泄される各々の2-オキソ酸量に対する相対的な2-オキソ酸量を示す。対照群は灰色で示した。 2-OIVA,2-オキソイソ吉草酸(バリン由来);2-O-3-MVA,2-オキソ-3-メチル吉草酸(イソロイシン由来);2-O-4-MVA,2-オキソ-4-メチル吉草酸(ロイシン由来);OXAA,オキサロ酢酸(アスパラギン,アスパラギン酸由来);PyA,ピルビン酸(アラニン,グリシン,セリン,スレオニン,システイン,メチオニン由来);2-OGA,2-オキソグルタル酸(グルタミン,グルタミン酸,アルギニン,プロリン,ヒスチジン由来);2-OAA,2-オキソアジピン酸(リシン,トリプトファン由来)。この実験では2-OBA(2-オキソ酪酸)は測定しなかった。

 

図6.ビタミン潜在性欠乏者のスクリーニング方法
図6 ビタミン潜在性欠乏者のスクリーニング方法

尿中のビタミン排泄量は、遊離型のビタミンの体内貯蔵量の余剰を意味する。活性型である補酵素レベル、すなわち、ビタミンの生理作用を直接反映する数値ではない。尿中へのビタミン排泄量が表1に示した「健康を維持するための尿中ビタミン目標排泄量」の範囲内にあっても、この図に示したように、遊離型のビタミン剤の付加により、2-オキソ酸排泄量が減少する人らが観察された。

食事秤量法と紹介した尿を用いる評価方法の比較

食べたものを食品別に分け、重量を測定し、食品成分表を基にして、栄養素摂取量を計算する。計算した栄養素の量を、食事摂取基準で示された必要量と比較し、評価する。この食事秤量法の利点は、お金があまりかからないということである。秤量計、日本食品標準成分表2015年版(本)、日本人の食事摂取基準2015年版(本)、計算機があれば、評価できる。しかしながら、この食事摂取量で評価する方法の限界は、食べたものを測るということである。食べたものに含まれる栄養素が体に及ぼす影響は、1日では現れない。動物実験からの推測やヒト試験での経験から、1週間程度で評価することが良いとされている。しかしながら、食事調査を1週間続けることは、大変なことである。管理栄養士の卵でも単位が絡んでこないと実行できない。つまり、秤量法による1週間の食事記録は無理ということである。
 その点、24時間蓄尿した尿中に排泄されるビタミンおよび2-オキソ酸は、採尿した当日を含むほぼ1週間程度の栄養状態を反映してくれる。つまり、この生体指標と機能性生体指標を活用すれば、1週間の食事調査なしに、24時間蓄尿するだけで、1週間の栄養素摂取状況が推定できる。管理栄養士は、評価が良ければ、「今の食事をつづけてくださいね。3か月ごとに測りましょうね。」といえばよい。評価が悪ければ、どの種類のビタミンの摂取量が少ないのか、多いのか、を説明・指導をする。対象者が何を食べているのかを調査してほしいといえば、食事介入に入る。ビタミンの排泄量、2-オキソ酸の排泄量は、エネルギー産生栄養素との関連があり、ビタミンの栄養状態以外の栄養情報も提供してくれる。

将来の展望

ここで紹介した方法の限界は、24時間蓄尿と分析料金の問題である。24時間蓄尿は自分自身で行う。蓄尿は、数回すれば慣れるので、限界とはならない。一番は、分析する施設の数と分析に要するお金である。次が、生体指標と機能性生体指標を活用できる管理栄養士の育成である。分析技術は、既存の食品中のビタミン定量よりも簡単である。尿は液体なので、抽出操作は不要である。2-オキソ酸も誘導体化後、HPLCで測定でき、特別な技術や機器は不要である。となると、分析で得られた情報を活用できる人材の育成が一番の限界となる。これは、われわれのような管理栄養士養成施設の教員の問題とも重なる。栄養素の化学、栄養素の代謝、栄養素の情報機能にも興味をもつ人材の育成である。

参照文献

1) Shibata K, Fukuwatari T. Values for evaluating the nutritional status of water-soluble vitamins in humans. J. Integrated OMICS., 3, 60-69 (2013).

2) 柴田 克己,ヒト尿を用いる新しいビタミン栄養状態の創成(日本栄養・食糧学会学会賞受賞総説).日本栄養・食糧学会誌, 66, 3-8 (2013).

3) Shibata K, Hirose J, Fukuwatari T. Relationship between urinary concentrations of nine water-soluble vitamins and their vitamin intakes in Japanese adult males. Nutr. Metab. Insight., 6, 61-70 (2014).

4) Shibata K, Hirose J, Fukuwatari T. Method for evaluation of the requirements of B-group vitamins using tryptophan metabolites in human urine. Int. J. Tryptophan Res., 8, 31-39 (2015)

5) Shibata K, Nakata C, Fukuwatari T. High performance liquid chromatographic method for profiling 2-oxo acids in urine and its application in evaluating vitamin status in rats., Biosci. Biotechnol. Biochem., 80, 304-312 (2016)

6) Shibata K, Sakamoto M. Urine branched-chain 2-oxo acids as a biomarker for function of B-group vitamins in human. J. Nutr. Sci. Vitaminol., 68, 220-228 (2016).

略歴

柴田 克己(シバタ カツミ)
滋賀県立大学 人間文化学部 生活栄養学科 教授

連絡先
 〒522-8533 滋賀県彦根市八坂町2500
 TEL 0749-28-8449 FAX 0749-28-8499
 E-mail  kshibata@shc.usp.ac.jp
 URL http://www.shc.usp.ac.jp/shibata/

専門分野、得意分野
 基礎栄養学
 栄養素の化学、栄養素の代謝、栄養素の必要量、ビタミンの分析、トリプトファン関連物質の分析

主な経歴
学歴
 1975.3 岐阜大学農学部農芸化学科 卒業
 1979.3 京都大学大学院農学研究科博士課程(食品工学専攻)単位取得満期退学
 1980.5 農学博士の学位授与(登録番号農博第326号京都大学)
職歴
 1979.4 帝国女子大学 家政学部 講師
 1982.4 米国ミネソタ大学生物科学部生化学科リサーチフェロー(1983.3まで)
 1986.4 帝国女子大学 家政学部 助教授
 1992.4 大阪国際女子大学 人間科学部 教授(帝国女子大学 家政学部の改組による名称変更)
 1998.4 滋賀県立大学 人間文化学部 生活栄養学科 教授 現在に至る

賞罰
 1983年 日本ビタミン学会 奨励賞
 2012年 日本栄養・食糧学会 学会賞

主な社会活動
 ビタミンB研究委員会 副委員長
 (公)ビタミン・バイオファクター協会 理事

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