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時代の変遷の中での検査の信頼性 -残留農薬分析を中心に-
生活協同組合連合会 東海コープ事業連合
商品検査センター技術顧問 斎藤 勲

検査すること

「検査する」「分析する」という言葉に、その信頼性、妥当性という言葉が付随することが多くなってきた。食品衛生学雑誌も平成23年より「妥当性評価」という論文のカテゴリーを新たに設けて、その科学的検証を公表する場を設けている。
 「検査する」とは、いろいろな場面、条件、対象を含んでいるのでそれぞれに適した検査がなされる必要がある。
 先ず検査対象となる試料であるが、通常の検査では、行政の収去品、出荷前商品、商品流通時、検査依頼サンプルなど様々なものがある。この場合は安全品質チェックが主たる目的であるので、規格に合致しているかどうか等検査項目を決めて、規格基準が適切に判断できるレベルで管理されている(事後確認できる)手順で実施し、商品の安全性を担保することとなる。
 それに対して、稀ではあるが、事故品、苦情品、お申し出品など通常とは異なる性状を有したサンプルが対象となる場合は、その依頼の内容を吟味しながら、それに見合った検査項目を選定して迅速に検査、分析を行う必要がある。当然異味異臭の場合は微生物検査が優先されるだろう。異味異臭でははっきりと原因がわからないことが多いが、そういった事例も検査担当者としては貴重な比較サンプルデータとして保管しておく必要がある。

昔の検査現場

昭和30年代から有機水銀による水俣病、カドミウムによるイタイイタイ病、米ぬか油に混入したPCBs他ダイオキシン類によるカネミ油症事件及びそれに伴う食品・環境汚染問題など、日本の経済成長に関わる公害問題や環境汚染問題が発生した。また異物混入、牛乳への異種脂肪添加等食品のトラブルも多く、要するに仕事が先にありそれをこなすために検査するという状況であり、緊急対応の日常化のような面があった。
 分析技術については、技術の向上、改良に関心があり、まさにアイデアと匠の技的な手法の技術研鑽が仕事のハリであった。当時の方法でも、それなりの妥当性は保たれているのだが、それをどう評価するのかの課題が残った。
 大きく検査の現場が変わったのは、平成2年(1990年)厚生省生活衛生局長の通知で、厚生省指定検査機関(当時)の精度管理要綱が通知(平成4年適用)され、検査実施に関する管理運営の基準(GLP)に基づく管理運営、内部精度管理、外部精度管理の実施と検査施設ごとに信頼性保証部門の設置が義務付けられ、平成7年(1995年)には、国及び地方自治体の衛生研究所、保健所、市場検査所等食品関係検査機関でも平成9年の地域保健法の施行に合わせて、試験検査施設における精度管理(GLP)が導入され、従来の実験台に立っての仕事やパソコンの前での測定結果の解析業務に加えて、様々な文書管理業務が増大した。
 残留農薬分析で、通知法以外の方法で行う場合は、真度、精度及び定量限界において、同等またはそれ以上の性能を有するとともに、特異性を有すると認められる方法によって実施するものと分析上の留意事項に書かれており、平成19年11月「食品中に残留する農薬等に関する試験法の妥当性評価ガイドライン」で手順が示された。真度は、5個以上の添加で平均値を求め、添加濃度との比を真度とし、どの添加濃度でも真度は70~120%が目標値となっている。併行精度、室内精度(RSD%)は、0.01ppm添加濃度では、25%と30%が目標値とされている。多成分一斉分析が主流の残留農薬では、サンプルによってはかなり厳しい値でもある。平成25年12月からは衛生研究所等の公的機関でも、このガイドラインに従って試験法評価を行い業務を実施することとなり、現場ではかなり大変な状況で、目標値に達しなかった農薬については参考値扱いとなり、その数値の違反が疑われる場合は、その農薬について妥当性評価された方法で再検査が要求されている。

残留農薬スクリーニング法

平成20年の冷凍餃子事件を受けて、加工食品での迅速分析法の検討が行われ、検査法として、平成25年3月26日事務連絡で出された「加工食品中に高濃度に含まれる農薬等の迅速検出法について」は、記載されてはいないが、いわゆるスクリーニング法的な残留農薬分析法として考えてもいいだろう。
 最初の趣旨のところで、「本迅速検出法は、健康被害防止の観点から、加工食品中における通常より高濃度の農薬等の有無を迅速に判断することを目的としている。また、迅速性及び簡便性を優先しているため、必ずしも個々の農薬等に対して適した抽出条件となっていない場合があり、試料中の農薬等の真の濃度が得られない可能性がある。従って、得られた濃度はあくまで暫定値であり、残留基準値への適合判定を目的とした試験には適用できない。」(下線は筆者)と記載されている。事故などで何か健康影響が及ぶ事態の際、時間をかけた精度の良い検査ではなく、早くざっくりと全体が見られる方法ということで提案されている。今までも緊急事態の場合は事務連絡でこういった方法で対応といったものはあったが、餃子、ウナギのかば焼き、レトルトカレー、赤ワイン等加工食品など10種類の食品での方法検討、検討会議で議論し、まとまった形でのものは初めてだろう。この方法は従来の妥当性評価の規格とは異なり、性能評価濃度も0.1ppm(S/N≧10)での添加回収試験で、添加試料3個以上を迅速検出法に従って分析し、得られた濃度の平均値の添加濃度に対する比を回収率とする。回収率の目標値は50%~200%とすると、明確にうたってある。また、「必ずしも個々の農薬等に対して適した抽出条件となっていない場合がある。」と控えめな記述が多い。確かに、添加回収試験では表面付着した農薬だけを抽出することになるので回収率は良好であり、それ以降の操作方法の良し悪しで決まっており、実際に農薬が残留するサンプルで、従来の通知法等とのトータルでの検査結果の比較を十分行い従来法と遜色がないことをきちんと確認しておくことが大切であるが、実務として参考になるスクリーニング法である。

仕事のやりがい

検査の現場がこのように業務管理のための業務で事務作業を含め拡大する中、現場担当者特に新人は、すでに作成された手順書、管理規定などに従って日次、週次、月次と点検していく項目が増えることはあっても減ることはない。本来、手順書も今までの経験を踏まえて作られており万能ではない。それゆえ担当者はやっていることに「これでいいのか?」とある程度の疑問も持ちながら手順書、管理要領に従って検査をする必要がある。往々にしてあまり深く考えないで手順書の奴隷となって早く仕事を終えることが自己目的になる場合もある。まさに、つまらない仕事、早く帰りたいなあとため息の出る仕事となる。
 本来は日常の検査結果の中にも変化があり、それを時系列できちんと監視しておく必要があり、安定した数値が得られている時はゆっくりと帰宅すればよい。検査結果のトレンドが、日常検査のポイントである。

海外見聞で感じた事・参考にしたいこと

今から20年前、当時米国カリフォルニア州で毎年開催されるカリフォルニア農薬残留ワークショップ(CPRW)に毎年参加して、分析法の改良や分析の現状などを報告し、米国やその他の国の有用な情報を入手していた。当初は残留分析法の改良や機器分析の発展、分析法の技術的な完成度、特殊性、優位性など匠の技に喜びを感じ満足いくものであったが、段々QA、QCという話も多くなり始め分析現場が事務作業的になり、正直なところ個人的にはつまらなくなってきたなあと思っていた。
 そんな折、1996年(平成8年)6月、オランダのアルクマール(アムステルダムから海岸方面にあり、チーズ祭りが有名)で第1回欧州農薬残留ワークショップ(EPRW)が開催された。夜8時を過ぎてもまだ明るく、住民の人は仕事から帰って庭仕事や散歩など十分できる余裕があり、部屋のカーテンを閉じていない家が多く、外を歩いているときれいな室内がよく見える、そんなゆったりとした空間での生活があった。その学会で精度管理の必要性を感じた学会報告があった。それは、CPRWにもよく参加されているスウェーデンのA.Anderssonさんの報告でEU(多国間の集合体)における共同試験による残留農薬分析精度というものであった。

基準値例

7種類の農薬の分析値の平均ではスウェーデン国内とEU全体の比較では、よく一致した値であったが、EU全体では相対標準偏差ではかなり値が大きくばらついていることが分かり、EU全体での継続的な精度管理の重要性が大切との報告であった。平均値の一致だけでは危ないことを知らせる事例でもある。EUでは南が農産物生産、北部が消費の南北構造があり、残留基準の運用でもいつも南北で議論があった。また、EU統合の機運の中、分析の公平性を保つためには精度管理が避けて通れない課題であることをこのデータは物語っている。いつの時代でもデータの共有化のためには避けて通れない壁なのだろうが、こういった事例で示されると、仕方なく必要性の意識付けもでき上ってくる。
 もう一つ違うと感じたのは、海外、EUではむしろその分析法を組み立てる上での決まり事、フレームワークやガイドラインを、先ずきちんと整備することに重きが置かれ、それから個々の分析法の検討も妥当性も始まるのだということをいろいろな情報から教えられ、その組み立ては日本でも参考になった。
 その代表が以下のEUのSANTE/11945/2015(Supersedes Document No.SANCO /12571/2013)「食品、飼料中残留農薬分析の為の分析法品質管理及びその妥当性評価ガイダンス」Guidance document on analytical quality control and method validation procedures for pesticides residues analysis in food and feed であろう。

http://ec.europa.eu/food/plant/docs/plant_pesticides_mrl_guidelines_wrkdoc
_11945_en.pdf

この雛形は20年以上前から存在し、内容も大きくは変わっていないが、2009年よりqualitative screening method、2013年からはscreening methodsというカテゴリーが記載されている。この一文を参考にすれば残留農薬分析全体がほぼつかめるので、一読をお勧めする。特に、最初のA.、B.、C.(サンプル調製・加工、スクリーニング法、技能試験など)は読んでいただきたい。今回はQuEChERS法のMichelangelo.Anastassiades他EURL(EU Reference Laboratories for Residues of Pesticides)のメンバーが中心に編集を担当している。
目次:

A.はじめに、法的背景

B.サンプリング、検査サンプルの移送、 処理、保存

C.サンプル分析
サンプル調製・加工/サンプル保存/抽出・抽出条件・効率
精製、濃縮、抽出液の調製保存、クロマト分離、定量
定量のための種々の検量線、内部標準品の使用
定量分析:日常的な回収率チェック、許容範囲
スクリーニング法、技能試験

D.対象物の同定と結果の確認:クロマトグラフィー、質量分析

E.結果の報告
結果の表記、計算、データの丸め方、測定の不確かさ確認等

F.農薬標準品、原液及び検量線用標準溶液

G.分析法妥当性及び性能評価

H.追加項目:汚染物、夾雑物

(注:SANTE: Health and Food Safety/前組織SANCO:Health and Consumer Protection)

最後に

品質管理の仕組みとして、ISO等の体系化されたマネジメントシステムが導入されているところもあると思うが、規格の中に「規格をうまく実施していることを示せば、組織が適切な環境マネジメントシステムを持つことを利害関係者に納得させることができるだろう」との記述や、外部からの質問や意見があった時、文書管理等ひも付きで整理されているので、初任者でもそれなりの対応・対処ができることは有利である。しかし、それは通り一遍のことであって、本当に自分達のものにするには、もう少し部分部分での自分たちの検討、自分達らしさ、組み立てがとても重要で、日々の改善意欲と変更記録が大切だろう。
 一人一人が自由な雰囲気で仕事できる環境を如何に職場に醸し出せるかが、責任者に任じられた者の責務であり、試験検査の業務管理を末永くうまく運用するには、担当職員の教育研修と技術習得が大きなカギとなる。試験検査は手順書にすべて書ききれるものではなく、書きすぎると日常操作に悪影響を与えることの方が多い。程々の手順書があり、それをOJTで補完してレベルアップするのが理想であるが、日常的にはいろいろな情報源を利用しながら、現状を少しずつ改善運用していくしかない。好奇心をなくさないようにしてほしい。

参考文献

食品衛生学雑誌 シリーズ企画「食品分析ラボにおける信頼性確保を考える」
尾花裕孝 公的機関の検査の現場から   53(5):J-373-J-376(2012)
中嶋一彦 食品企業の現場から        53(6):J-407-J-411(2012)
島村裕二 農産物検査の現場から      54(4):J-313-J-318(2013)
菊川浩史 食品検査受託機関の現場から 56(4):J-119-J-126(2015)
斎藤勲  食品分析ラボにおける信頼性確保の歩みを俯瞰して
                            56(6):J-189-J-196 (2015)

略歴

斎藤 勲
生活協同組合連合会 東海コープ事業連合 商品検査センター技術顧問 斎藤 勲

【 略歴 】
昭和46年 金沢大学薬学部大学院修士課程修了
杏林製薬㈱化学研究所勤務の後、昭和49年から平成16年まで30年間愛知県衛生研究所に勤務。主に食品中残留農薬等食品中微量物質の分析に従事。
平成16年から平成22年まで生活協同組合東海コープ事業連合商品検査センターにセンター長として勤務。平成22年4月より、同センター技術顧問。
平成22年から日本生活協同組合連合会商品検査センター技術アドバイザー。
平成24年から平成28年3月まで公益財団法人・科学技術交流財団 知の拠点重点研究プロジェクト統括部主管研究員として、農産物中有害物簡易迅速測定装置の研究開発に参画。
平成26、27年 農水省事業「農産物輸出促進のための新たな防除体系の確立導入事業(お茶とイチゴ)」検討会のアドバイザー。
平成23年から松永和紀さんが主催するフーコムネットでコラム「新・斎藤くんの残留農薬分析」を執筆。

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