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行政OBの大学教員からみた今後のHACCPの対応
山口大学 共同獣医学部
  教授 豊福肇

1.はじめに

今更ではあるが、なぜ、HACCPが重要かというと、食品の国際規格であるコーデックス規格のなかに、食品衛生の一般原則(General Principle of Food Hygiene,以下、「GPFH」という。) (CAC/RCP 1-1969) および その付属文書: Hazard Analysis and Critical Control Point (HACCP) System and Guidelines for its Application (以下、「HACCP付属文書」という。) があること、コーデックス規格であるということは、世界貿易機構(WTO)加盟国は食品の規格を設定するときにはそれにあわせるか、少なくとも考慮にいれることが求められていること、さらにHACCPは1970年代はじめに米国FDAの低酸性缶詰の規則に取り入れてから, 全世界共通の食品安全管理システムとなり、多くの政府の食品コントロールシステム及び国際的な食品安全基準 (例えば, ISO 22000) のベースとなっているからである。
 EUは一次生産者を除きHACCPを義務つけ、アメリカでも水産食品、食肉及び食肉製品はすでに義務つけ、食品安全近代化法(FSMA)により、すべての事業者にHACCPの最も大事な部分であるハザード分析は義務つける案が示されている。これは実は海の外の他人ごとでは済まされない。まず、現在HACCPを義務つけていない日本は、内外無差別の原則により、輸出国の施設に対しHACCPの実施を要求できない。つまり、極端なことをいうとHACCPによる衛生管理をしている事業者の製品はEUと米国に優先的に行って、その次に日本向きになるか、あるいはHACCPを実施していない業者が製造した製品しか、入ってこなくなる可能性が出てくる。つまり、全世界の食品輸出国の施設は、先進国はもちろん、途上国であってもEUとアメリカの市場に参入するため、すでにHACCPの実施は常識なのである。
 従って、行政OBとして一言で言うと、四の五の言わず、できないとか無理とか言わず、さっさとHACCPをやるしかない、ほかに道はないということになる。EUの水産食品査察チームに日本の水産加工施設はEUレベルの食品安全確保ができていない(その1つがHACCPができていないことで、HACCP以外にも多くの不適合点はあった)として、EU向け輸出を止められ20年以上経過するのに、まだ今更HACCPとはいったい何を考えているのかという感は否めないのである。(こんなことを書くと、だから役人上がりは何もわかっていないと言われるであろうが。)
 ただ、ほとんどの施設はHACCPを実施していなくても、あるいは意識していなくても、安全な食品を製造するためにコントロールをしているはずである。そうでなければ、毎日のように食中毒や有症苦情が発生し、商売にならない。ただ、コントロールの実施状況をモニタリングし、コントロールが失われた場合には改善措置を講じ、モニタリングと改善措置の結果を記録し、記録した内容を定期的に見直しHACCPが意図したとおりに機能しているか検証することをしていないだけで、最初はとっつきにくいかもしれないが、ものすごく多くのことを要求しているのではない。
 なお、本稿に記載したことは、行政OBで、かつ世界のHACCPについて詳しい一個人としての個人的な見解である。

2.CodexのHACCPとは

日本の管理運営基準のもとになったコーデックスのGPFHは次のような構成になっている。

Section I: 目的
Section II: スコープ、使用及び定義
Section III: 一次生産
Section IV: 施設: 構造設備
Section V: 作業のコントロール
Section VI: 施設: 維持管理と洗浄、衛生
Section VII: 施設: 従事者衛生
Section VIII: 輸送
Section IX: 製品の情報及び消費者の認識
Section X: 教育訓練

このうち、Section V: 作業のコントロールには、「5.1食品ハザードのコントロール」という節があり、そこには「食品事業者は食品ハザードをHACCPのようなシステムの使用を通じてコントロールすべきである。それらは

・工程のなかで、食品の安全性上極めて重要(critical)なステップを特定し;

・それらのステップで効果的なコントロール手順を実施し ;

・それらのコントロール手順の継続的な効果を保証するため、それらをモニターし; さらに

・コントロール手順を定期的にレビューし, また作業に変更があった場合はその都度、製品及び工程デザインを通じ、製品の賞味期限を通じて食品衛生をコントロールするため、これらのシステムはフードチェーンを通じて適用すべき」と規定されている。

つまり、7原則の2(CCP設定)、4(モニタリング)、6(検証)はGPFHに既に規定されており、3のCLとは書いてはないが、CCPのコントロール手順を規定することは規定されている。また、文書化が適切な場合もあるとしている。そして、そのような食品安全システムのモデルは“Hazard Analysis and Critical Control Point (HACCP) システム及び適用のガイドライン(HACCP付属文書) に記述されているとしている。
 GPFHとHACCPは別物のように考えられているが、実はかなりの部分で共通点があり、これらが一体に機能しないと食品の安全確保はできないのである。

3.厚生労働省「食品衛生管理運営基準」改正の背景

HACCPとははっきり書いていないが、HACCPの考え方にもとづく総合衛生管理製造過程(以下「マル総」という。)を食品衛生法に導入したのは20年前の平成7年(1995年)である。当時は食品衛生法にHACCPを入れることが最優先で、その一方で、新たな衛生規制を導入することは社会情勢的に厳しく、衛生規制法である食品衛生法としてはめずらしく、規制緩和の枠組みとしてHACCP(マル総)が導入された。マル総は製造基準が規定された食品であっても、HACCPによる衛生管理を行えば、画一的な製造方法によらずに、ハザードさえ適切に管理できれば、多様な方法で製造することを認めるという任意の手揚げ方式のスキームであった。また、従来の製造方法のままでも、マル総の承認を得られるというものであった。最初に乳・乳製品及び食肉製品から承認がはじまった。承認にはHACCPの7手順の文書化、実施と記録はもちろん、10項目のHACCP実施の前提となるプログラムの文書化と記録も求めた。当時の厚生省による現地査察を行って実施状況を確認のうえ承認した。また承認の仕組みは同じように任意のHACCP承認システムを持っていたカナダ食品検査庁(CFIA)のFood Safety Enhancement Programを参考にした。
 現在、乳・乳製品及び食肉製品で、一般に大手量販店で購入できるほとんどの製品はマル総施設で製造されているとっても過言ではない。しかし、マル総の普及率は当初予想よりも低空飛行のままだった。また、製造基準の例外承認という本来の性格上、対象食品は製造基準が設定されている食品に限られることから業種はなかなか増やせない等の理由から、当初予想したほど、承認施設は伸びず、一方ISO22000やFSSC22000の普及に伴い、これらとの競争に負け、マル総から民間認証に移行する施設もでてきた。また、HACCPで用いる用語はすべて元々は英語なので、それを日本語に変換することで、わかりにくくなった部分も否定できない。また、マル総はHACCPの部分だけではなく、前提条件プログラムの文書化も求めたことが結果として、中小事業者の導入を阻んだかもしれない(結果として、当時の承認申請のファイルは一施設あたり10cmファイルが1,2冊であったところがほとんどであった。)ただし、ハザード分析で重要とされたハザードはCCPだけでなく、前提条件プログラム(PRP)で管理することもありえるというのが最近の考え方なので、マル総の考え方は間違っていなかった。
 現在の安倍内閣は、日本再興戦略のなかで、食品の輸出促進を進めるとしている。そのためにHACCPの普及が必須になってくる。
 以上のような背景でHACCPをもう一度日本に普及させようという機運が高まり、かと言って、いきなり義務化をするには、理屈もたたないし、いろんな壁があるので、選択制が導入された。ただ、この選択制は厚生労働省も通知で明記しているように、将来の義務化を見据えたあくまで最初のステップとして考えるべきである。

4.HACCP先進国に学ぶ

1でHACCPは世界中で実施されているのでから、さっさとやりなさいと書いた。HACCP7原則による予防的な食品安全アプローチは使用者にとって効果的であることは世界的に認識されているが、HACCPのいくつかの部分を正しく理解し、かつ実務的に実施することは困難であることも示されている。これは、すべてのHACCP7原則の実務的適用について適切な技術的な支援がしばしば欠けている小規模及びあまり発展していない事業者( small and less developed businesses (以下、「SLDB」という。) ) 及び途上国において、特に顕著である。これはSLDBにおいてHACCPを適用させるためのFAO/WHOのガイダンス(Guidance to governments on the application of HACCP in small and less developed business)でも指摘されている。本書は政府に対するHACCP普及に向けての鍵となる文書であり、食品事業者によるHACCPの実施を促進するために戦略を作成する上で、政府が実施できる手法の概要を示したものである。国または特定の業界によって実施された成功したアプローチなどについて、記載されている。本書は事業内部の課題、そのなかでも、興味深い従事者関連の課題の心理的要因をみてみると、このなかで、自己効力感の欠如、惰性(以前の慣習に打ち勝つ能力)、HACCP なしでも安全な食品を製造できている根拠ない自信が指摘されている。また、不適切な支援環境による課題のなかで、消費者の認識として、消費者は変化への非常に強いドライバーに成り得る一方、消費者が根本的な食品安全の重要性を認識していない場合にはSLDBがHACCP実施に向かうことはまずないとも指摘している。
 HACCP Australia 2007において、HACCPプログラム を実施するためのバリア上位5位として、1.時間、2.技術的な能力、3.シニアマネジメントからの自ら取り組もうという姿勢がない、導入が強制ではない、4.サポートが得られない、5.不十分な、文書化されたシステム、または実務的ではないシステムが挙げられている。
 別の報告では、HACCP導入上の課題として、次のような事項が指摘されている。

■業界団体その他の業界グループからのサポートがない限り、システム開発途中において、それなりの費用負担はある

■効果を検証する必要あり

■標準化されたと思われるプロセスのわずかなバリエーションによって、もたらされるすべてのハザードを予測するのは困難、従って常に細心の注意と更新が必要

■適用するために必要とされる技術的な知識の要素

■多くの小規模事業者は HACCPは複雑で官僚的とみなしている

■知識及び適切なトレーニングの不足

■多くの小規模事業者はHACCPを知らずにいる、または、営業者はHACCPに基づき、効果的なコントロールを導入し、維持するための手順について、十分な知識が欠けている

■従業員の入れ替わりの激しさ等のため、継続的なトレーニングコスト高は導入の妨げになりうる

HACCP and ISO 22000 - Application to Foods of Animal Origin

このように、世界各国でHACCP導入が困難なことが指摘されている。このような導入の障害を乗り越えるため、各国政府は種々の取り組みをしている。例えばEUでは業界団体に、Generic HACCPモデルを作成させ、それを政府が承認し、営業者にはこのモデルを、最悪そのまま実施するか、またはこのモデルをベースに始め、徐々に自分の工程やラインに合わせ修正することをしている。2014年にフィンランドで行われたHACCP付属文書の見直しを始めるかの検討会議においても、ハザード分析は施設ごと、工程ごとにかわってくるが、標準化された工程であれば共通する部分もあり、それは政府や業界団体が代行しても良いのではないかという指摘もあった。
 このようなHACCP実施に向けての壁は営業者だけではない。監視をする立場の食品衛生監視員にとっても、施設基準、製造基準、管理運営基準を遵守しているか監視でチェックすることに比べ、HACCPの原則に基づく要求事項の遵守状況を評価することが求められた場合、従前の具体的かつ細かな要求事項に対する評価と比べ、問題に直面する可能性がある。

5.HACCPの今後‐食品事業者が目指すべき食品安全管理システムとは

一言で言うと、コーデックスのHACCPの定義である、「食品安全のため顕著なハザードを特定し、評価し、かつコントロールするシステム」が事業者が目指すシステムである。すなわち
● どんなハザードが製品に存在しうるか?
● どこでこれらのハザードは発生、増殖、混入、生残するか?
● どのようにそれらのハザードを排除または許容レベルまで制御できるか?

を考えた上で、特定されたハザードを前提条件プログラム(PRP)またはCCPでコントロールできるようにすることが望まれる。
そのためには、次のようなことを迅速に進めていく必要があるであろう。

■HACCPの必要性、ベネフィット、メリットの理解を事業者、消費者、流通業界に広める

■HACCP指導者(コンサルタント)の育成、標準化

■従事者教育用ソフトの開発(例、国税庁の年末調整のホームページのように数字や言葉を打ちこむことにより最終的にHACCPプランができあがるようなソフトの開発)

■活用しやすい一般的HACCPプラン、各種食品カテゴリーごとに代表的なハザードとそのコントロールの方法をまとめたガイドの作成

■飲食店向けビジュアル重視のチェックリストの作成と試行

略歴

豊福 肇(トヨフク ハジメ)

昭和60年  4月  厚生省入省、厚生省横浜検疫所衛生課
昭和62年  4月  神奈川県衛生部食品衛生課
平成 1年  4月  厚生省生活衛生局乳肉衛生課主査
平成 3年  7月  厚生省生活衛生局乳肉衛生課獣医衛生係長
平成 5年  4月  厚生省成田空港検疫所食品衛生課食品衛生専門官
平成 6年  9月  国立公衆衛生院衛生獣医学部主任研究官
平成 8年 10月  厚生省生活衛生局乳肉衛生課輸出水産食品査察官
平成10年  7月  人事院在外短期留学(籍は国立感染症研究所)
平成11年  7月  厚生省生活衛生局乳肉衛生課課長補佐
平成11年 10月  WHO食品安全部(厚労省から出向)
平成16年 10月  国立医薬品食品衛生研究所 安全情報部主任研究官
平成20年  4月  国立保健医療科学院研修企画部第二室長
平成23年  4月  国立保健医療科学院国際協力研究部上席主任研究官
平成25年  4月  山口大学共同獣医学部教授 現在に至る

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