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今食肉流通に求められる衛生管理手法

飛騨ミート農業協同組合連合会 代表理事常務
小林光士
はじめに
我が国においては、1996年(平成8年)に腸管出血性大腸菌O157を原因とする大規模な食中毒の発生を契機に、食肉の安全性確保が重要視されるようになり、食品衛生法、と畜場法等が改正され食肉処理施設の衛生管理基準が定められるとともに、HACCPによる衛生管理が義務付けられた。
また、平成25年4月1日のと畜場法等の改正により、と畜場や食肉処理場にはHACCP手法の導入または現行の衛生ガイドラインを遵守するかの選択が義務付けられた。
このことは、我が国の食品安全のためにHACCPが不可欠であり、将来において日本の全ての食品分野にHACCPの導入が予想される。
(いち早く、畜産大国である宮崎県は、県内全ての食肉処理場と大規模食鳥処理場にHACCPを導入したことを発表した。平成27年3月27日)
食肉処理施設は、これに基づき必要な施設整備を行うとともに作業手順等を定めて実施しているが、その手法は統一されておらず、また、正しいHACCPの構築がなされているとはいえない。
その反面、消費者の食肉の安全・安心に対するニーズはますます高まってきており、特に流通業者は食肉処理の一層の衛生の高度化を求めている。
HACCPは、本来自らが予防のために実施すべきもので、決してその認証を目的とするものであってはならない。
(HACCPを認証するしくみにはISO22000やSQF22000、FSSC22000などのマネジメント手法がある。)
また、近年では牛肉を中心とした海外への輸出も我が国の重要政策とされ、輸出食肉の施設認定や相手国との輸出要綱が結ばれているが、主要相手国が求めるのはHACCP手法である。
HACCPは、国際的に認められた衛生管理手法であり、特に米国、香港、EUなどへの牛肉輸出施設認定の必須条件であるが、牛肉の輸出の有無を問わず食品の安全を確保するための唯一の科学的手段である。
我々食肉処理施設においても、食肉の安全確保のみならず経営の安定も図るためには、食肉の高品質化、衛生化による付加価値の向上が必要となっている。
食肉の衛生の高度化を図るためには、家畜の生産から、食肉処理、そして消費者に届くまでの流通にかかる全ての過程(from Farm to Table)において、衛生的な管理が必要となり、生産者、食肉処理・流通業者そして消費者が連携をとり、一体となって衛生対策に取組むことが求められ、食肉処理施設は、この流通体系の中で最も重要な拠点である。
1. 食肉衛生処理高度化のためのHACCPの構築
(1) 食肉衛生処理高度化のためのHACCP構築の目的
食肉センターにおけるHACCP構築では、微生物などの専門的な分野に対応するため、と畜検査員などの専門家にも参加してもらい、それぞれの現場に合ったHACCPが実施できる体制を作る。
HACCPを確実に、また効率的に実施するためには、経営者が衛生向上の観念を明確にすることと、管理責任者、衛生管理責任者、作業責任者や作業員のすべての職員が構築に関与することが必要であり、各担当者が自ら現場に合ったマニュアルを作成し、常に見直し、必要に応じ修正していくことが重要である。
衛生管理の向上には、施設や作業体制の整備などに問題がある場合が多く、また、直接的には生産性の向上をもたらす事でないという思いもあり、積極的に取組みたいと考えていても経営面を考えるとなかなか進まない場合が多く、結果(費用対効果)がすぐには現れないものである。
しかし、消費者は常に食肉の「安全・安心」を求めており、食肉処理衛生の高度化は消費者ニーズに添った方向であるとともに、衛生に優れた食肉処理施設の差別化は経営安定上においても最重要な事であることを認識することが重要である。
(2) HACCPと前提条件プログラム(PP)
食肉センターの衛生は、工場全体を前提条件プログラム(PP、一般的衛生管理プログラム)で管理し、PPで管理できないものをHACCPプランで管理する。
したがって、最初にPPを完成させ、それにもとづいて後で述べるHACCP構築手順の1〜5で準備し、手順6(原則1)の危害要因分析において全ての危害要因を列挙し、PPで管理するかまたはHACCP管理するかを決定する。
PPには、施設・設備の衛生管理、廃棄物や使用水、作業員の衛生管理や教育訓練、食肉の取扱い方法など、HACCPシステムで管理するための基礎的(土台)な内容が的確に示す最も重要なもので工場全体にわたるプログラムが中心であり、製品ごとに作られるHACCPとの違いは明確にしておく必要がある。
PPは、危害物質を食肉に混入、汚染、増加させないために、危害要因の存在しない原材料や衛生的な作業環境を確保することを目的としており、可能な限りPPで管理し必須管理点(CCP)は少ないほうが全体の管理はし易くなる。
食肉センターにおける衛生管理は、PPとHACCPとで確立されるもので、食品安全の国際規格ISO22000、SQF22000やFSSC22000などのマネジメントに取り組む場合などにおいても、これらの正しい構築が必要である。
(3) HACCPシステムによる食肉処理の管理
HACCPとは、「危害要因分析と必須管理点」の英訳で、危害要因(Hazard)、分析(Analysis)、必須(Critical)、管理(Control)、点(Point)、の頭文字をとった略称である。
HACCPシステムを構築するためには、次の12手順と7原則で行われる。
* 経営者のコミットメント |
* HACCPチームリーダーの任命 |
手順1 |
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HACCPチームを編成する |
手順2 |
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製品を記述する |
手順3 |
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意図される用途を特定する |
手順4 |
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フローダイアグラムを作成する |
手順5 |
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フローダイアグラムの現場確認をする |
手順6 |
(原則1) |
ハザードアナリシス(危害要因分析)を行う |
手順7 |
(原則2) |
必須管理点(CCP)を決定する |
手順8 |
(原則3) |
許容限界(CL)を確立する |
手順9 |
(原則4) |
モニタリングの手順を確立する |
手順10 |
(原則5) |
是正処置を確立する |
手順11 |
(原則6) |
検証の手段を確立する |
手順12 |
(原則7) |
記録付けと文書の保管の手段を確立する |
通常HACCPは、前表に示すとおり7原則、12手順で構築されるが、最初の手順に、@経営者のコミットメント AHACCPチームリーダーの任命の2つの手順を加えることが必要である。
@ 経営者のコミットメント
経営者は、食品安全のためのHACCPの構築と実施に対して、自ら積極的にかかわり指示を与える。
HACCPの導入、維持は、組織全体の仕事であるから、経営者自身が真剣に取り組み経営方針としなければ、システムとしての実現はできない。
また、食品安全方針を設定し、組織全体に周知するとともに、必要な資源の提供を行う。
A HACCPチームリーダーの任命
経営者の任命するHACCPチームリーダーは、経営者からHACCP構築と実施に関する責任と権限を与えられた実務上の最高責任者である。
チームリーダーは、HACCP委員会等の決定を経営者に伝え、また、経営者の意思をチーム全体に伝える役割をもち、HACCPに関し十分な知識を持つことが望ましい。
十分な能力をもつチームリーダーの存在は、HACCP構築の成功の鍵になる。
前提条件プログラムやHACCPにおいて、従業員や経営者の教育・訓練は非常に重要である。
経営者はHACCPについて必要性や要点を十分理解した上でコミットメントを表示し、従業員は自分の持ち場の仕事をHACCPプランにより理解することが最良である。
また、従業員は、自分の持ち場の作業がライン全体のHACCP構築にどのように貢献しているかを理解することが大切で、そのためには教育・訓練に十分な時間と経費が必要である。
教育・訓練を実施した後には、実際に現場でそれが活かされているか、十分な知識を習得したか等を評価し、十分な効果がない場合はその方法や内容等を検討するとともに、評価結果については必ず記録を残しておく。
それぞれの従業員のレベルに当てはめた、最も適した教育・訓練の方法を考案するが、このことは経営者の教育にも同様である。
HACCP手法による衛生管理は、管理者から言われたことのみを行うのではなく、現場職員がHACCPの内容を理解し、仕事のやり方について提案し、自らが標準作業手順(SOP)や衛生標準作業手順(SSOP)を改訂することに携ることである。
HACCPを実行することは、ある面では仕事を増やすこととなるが、手抜きをしないことが重要であり、これを行うためには現場の作業員のHACCPに対するインセンティブをどのようにして向上させるかが極めて重要であることが分かる。
2. 食肉処理に関連するISO等の認証取得
HACCPシステムにより、安全・安心・高品質な食肉生産をしていることを食肉卸業者、消費者、生産者に広く認識させること、また、このことが第三者によって認められる手段として、ISO等の認証取得がある。
食品安全のための国際規格であるISO22000は、Codexの一般原則とHACCPを基礎とし、ISO9001のマネジメントサークル(PDCAサークル)で運用していくシステムで、適用範囲は食肉にかかるフードチェーン(生産者、食肉センター、食肉流通業者、資材業者、消費者など)全体で食肉の安全を確保するシステムであり、食肉センターだけのマネジメントでなく、フードチェーン全体で、「安全・安心」を確保していくものである。
3. 輸出食肉施設としての認定
我が国の食肉の高品質な風味が世界的に認められるようになり、黒毛和種においては世界的な規模で需要が増大してきた。
食肉の輸出については二国間での衛生条件等取り決めがあり、この条件をクリアすることが輸出施設として認定されることとなるが、基本的には正しいHACCPシステムの実施が必須条件となっている。
4. 食肉衛生処理における from Farm to Tableへの取組み
ISO22000は、食肉の生産、流通から消費、それに関連する全ての段階で衛生対策のマネジメントを目指すものである。
したがって、食肉センターは 農場から食卓まで(from Farm to Table)の中核的な役割を荷なうべく、食肉処理場以外の家畜の生産、流通、消費に至る全ての過程での衛生対策について努力しなければならない。
具体例としては、職員が直接農家に出向き牛の衛生管理やポジティブリストの遵守等の指導確認を行うとともに、食肉の販売業者には冷蔵庫の温度管理保存方法や作業場の衛生管理等について指導を行う。
食肉販売店や料理店には、表示はもとより衛生状況などの指導を行う。
また、消費者への情報提供を行い、食肉に対する正しい知識(安全な取り扱いや食べ方)についても啓蒙を行い、食肉処理施設に対する理解を深めさせる努力も必要である。
これらフードチェーン全体で、「安全・安心」を確保するための中核機関として食肉センターの必要性を位置付けることで、消費者はもとより流通業者や生産者の信頼を得る事ができ、職員のHACCPシステム実施のインセンティブと自覚が生じるという効果を生むことになる。
5. 食肉の衛生高度化のもたらす成果
食肉の衛生高度化の成果としては、次のことがあげられる。
(ア) 細菌数の少ない枝肉により、部分肉の賞味期限も長くできる。
(イ) 細菌数の少ない製品(部分肉)は、高品質の必須条件である。
(ウ) 「安全・安心」は、必ず経営を良くする。
6. JA飛騨ミートにおける食肉衛生対策が経営改善に及ぼした効果
JA飛騨ミートは、「日本一の飛騨牛を日本一の衛生基準で」を企業の理念として、施設の整備とHACCP手法を基本とした食肉処理を行ってきた。
また、国際規格であるISO9001ならびにISO22000を取得することにより、JA飛騨ミートの食肉製品の品質と衛生管理が国際的にも広く認められるようになってきた。
このことは、衛生検査の結果でも表われており、日本でも最も細菌数の少ない高品質な食肉が生産されていることからも立証されている。
食肉処理へのHACCPシステム導入は、施設の整備や委員会の設置、マニュアルの整備、モニタリングのコスト等を要し、経営上から見ればマイナスであるという考えもあるが、JA飛騨ミートの事例から見ても科学的な衛生管理は食肉処理施設が地域企業として今後も継続していく為の必須条件であることが分かる。
すなわち、消費者は「安全・安心」な食肉を求めており、食肉流通の起点である食肉処理施設が細菌数の少ない食肉処理を行っていることを、消費者に見せることやフォーラム等により食肉処理施設側が積極的に食肉の安全についての啓蒙を通じ、消費者の信頼を高めることが、ひいては、食肉の流通業者の信頼も高めることとなり、企業としても安定した経営であれば家畜の集荷増も可能となる。
JA飛騨ミートにおいて、どの部門も順調に推移しており、特に市場での枝肉取引価格は大消費地の食肉市場より常に高い水準で推移している。
この経営状況は「飛騨牛」という銘柄牛に負うところも多いが、衛生の高度化により生産農家、出荷業者、流通業者、消費者の信頼を勝ち得たことによるところが大きいものと考えられる。
また、JA飛騨ミートの経営規模から、一人の作業員が、と畜処理・枝肉市場・食肉処理などの各業務を全てこなしているが、このことは、労働効率の有利性はもとより、衛生面ではと畜から食肉処理までの枝肉や部分肉の衛生状況を把握できることになる。
この業務体形では、どの部署でもその衛生管理手順を遵守するため、一人が2〜3ヶ所の工程を完全にこなすことが必要で、そのための現場における教育・訓練も重要になってくるが、衛生観念はもとより労働効率の向上が経営の安定に結びついていることも特徴の一つであり、規模の大小や施設条件などそれぞれに合わせた中での構築をすることが重要である。
また、HACCP等の実施を通じ職員の食肉衛生の意識の向上とともに、技術の向上が図れるなど、経営者はもとより管理職員、現場職員が一体となり、「日本一清潔な食肉生産工場」を目指す職場環境が出来てきたものと考えられる。
企業として社会に貢献することも大切な責務で、これらが評価され2009年2月には中央畜産会による「畜産大賞・地域畜産振興部門」 優秀賞を受賞した。
これらの活動を通じ、積極的に情報を公開することで、全国の食肉センターの衛生レベル向上に寄与し、食肉処理の業務に携わることに対する職員の誇りの譲造がなされているものと考えられる。
おわりに
これまで、長い歴史をもつ食肉センターにHACCPを構築するには、職員と膝を突き合わせながら、(地道にこつこつと)時間をかけてきた。
機械化できる業種でないため、いままでの慣習によったり、職人技的な手法や考え方であったり、大きな壁があったのは事実である。
そこで問題を提起したのは、どうやったら「安全・安心」を消費者に理解してもらえるのかということ。
やはり現代は、科学的根拠に基づき、法令を遵守し、食肉センターはどうしているかという情報を消費者につねに発信し公開して行くことが大切だと思う。
また、衛生管理の原点は、やはり5S(整理・整頓・清掃・清潔・躾)であり、このことが当たり前に出来る人を育てることだと考えた。
企業は儲ける経営をし、衛生管理と従業員の教育と訓練には十分な経費と人材を充て、経営者は自ら積極的にHACCPの構築に力をそそぐこと。
ここで働く職員は、自分の職場が消費者から継続して「信頼」される企業でありつづけることが、自分の生活を守る唯一の手段であるという自覚を常に持つことが大事である。
この原稿を書きながらふと目をやると、あちこちでひたすら掃除に励んでいる職員の姿に感謝する毎日だなあ・・・・とつくづく思う。
略歴
小林光士(コバヤシ ミツシ)
1976年 日本大学農獣医学部畜産学科卒業
1984年 飛騨ミート農業協同組合連合会 入会 現在に至る。
* 日本食品安全マネジメントシステム審査登録機関(JFAB)
食品安全マネジメントシステム審査員補
* 国際HACCP同盟(IHA)認定 リードインストラクター
* 日本HACCPトレーニングセンター(JHTC)認定 リードインストラクター
* 日本HACCPトレーニングセンター(JHTC)認定 コーディネーター
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