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食品を取り巻くISOマネジメントシステムの動向
−Codex HACCPの審査規格:ISO22000を中心にして−
湘南ISO情報センター
矢田 富雄

1.我が国の行政におけるHACCP導入義務化の方向

我が国においては、全ての食品にHACCP導入の方向が決まった。Codex HACCPを参照して展開するとのことである。これは大変良いことである。これまで、国家としてHACCP実施の規定を定めているのは、食品衛生法における「総合衛生管理製造過程」で指定された乳など6品目のみであり、かつ、その導入は任意のものである。しかしながら、この度は、食品衛生法第50条2項に規定されている“都道府県が、営業の施設の内外の清潔保持、ねずみ、昆虫等の駆除その他公衆衛生上講ずべき措置に関し、条例で、必要な基準を定めることができる”との規定に対して国がガイドラインとして示している「食品等事業者が実施すべき管理運営基準に関する指針」にHACCPの基準を組み込んだのである。
 当面はHACCPの採用が選択できることになっているので直ちにHACCPを取り入れなければならないわけではない。しかしながら、HACCPは食品安全を達成するための大変優れた仕組み(システムともいう)であり、基本的には設備の補強が必要なわけではなく、仕組みの補強が中心である。したがって、この際、HACCPという仕組みを取り入れていくことが望ましいことである。

2.HACCPをどう考えるのか

HACCPというものは“安全な食品を安定して供給する仕組み”のことである。したがって、現在、安全な食品を作り続けている企業には形はどうであれ、“HACCPといえる安全な食の製造の仕組み”は必ずあるはずであるというのが筆者の考え方である。さもなければ、企業経営の継続ができるはずがない。HACCPという仕組みを取り入れるとは、“いわゆるHACCPという形”を取り入れることではない。現在実施している食品製造業務を“HACCPの考え方(原則)にしたがって、整理・整頓していくこと”である。決して難しいものではない。
 多分、現在使用中の原材料を用いて、同じ製造方法や製造設備を使うなど、その製造の方法が現状の状態を継続していくのであれば、今後とも安全な食品を安定して提供できるはずであり、急いで、HACCPの仕組みを取り込むこともない。
 しかしながら、商売が好調で増産したいとなれば、別の企業から原材料を入手しなければならなくなるかもしれないし、新しい設備を導入する必要が生ずるかもしれない。そのような状況になると、原材料の品質が変わるかもしれないし、製造設備増設が必要となり、運転条件が変わるかもしれない。その場合は、食品安全を確保する条件が異なってくる可能性があり、この時こそHACCPの仕組みの登場が求められるのである。キーワードは“変更”である。新しい条件で従来どおりの安全な食品ができるかの検討が必要となる。後に詳しく述べるが、「危害要因分析(ハザード分析ともいう;人に危害を与える危険性がある物質の存在を調査し、そのような危害の防止方法を検討する手法。以下、危害要因分析)」を実施しなければならないのである。危害要因分析はHACCPの仕組みの大黒柱なのである。その運用を確実に実施することにより、安全で良質な食品を作り続けられる。それがHACCP実施の利点である。

3.国際規格の役割

今や、国際規格が花盛りである。その中には公的に認められたものや民間団体が制定したものがある。そこにはHACCPの規格も含まれている。ここでは、それら国際規格の役割の位置づけを示してみる。

食品業界を取り巻く国際規格の位置づけとHACCPとの関連

この図は、約15年前に筆者が発表したものであり、背骨肋骨説と呼んでいる。一部、現在の実態に合わせて修正している。ISO9001、ISO22000、ISO14001、ISO27001及びOHSAS18001などが示されているが、その中心にISO9001が示されている。このISO9001の役割は人に例えると背骨なのである。一方、ISO22000などは人に例えると肋骨なのである。
 企業は目的があって構築され、運営されている。その本来の目的を達成していくための必要な役割全体を規定しているものがISO9001である。ISO22000などその他の規格は、その組織全体の目的を達成する際の特定の固有な役割を専門的に支援するものである。食品企業の場合、その目的は消費者が求める安全で良質な商品を計画し、必要な設備を導入し、原材料を購入し、目的とする商品を製造して、販売していくことであるが、その全体の役割はISO9001で適切に達成できる。一方、食品安全に関してはISO22000を活用したほうがより効率的にできるのであり、その方が効果的な組織運営ができる。また、企業の活動に伴う環境管理はISO9001を活用してもその目的を達成することができるが、ISO14001を活用したほうがより効率的で効果的にその目的を達成できるのである。しかしながら、ISO22000では安全な食品を効率的かつ効果的に製造することはISO9001をはるかにしのいでいるが、商品の計画、原料の購入及び商品の販売などに関しては全くその機能はない。そのような役割をしっかり理解して、各種規格を選択していくことが大切である。
 ところで、現在、話題を呼んでいるFSSC22000はISO22000及び衛生管理の詳細な規定から構築されており、さらには、原料購入、製品保管における臭いの付着防止のような品質管理の要素も規定されており、さらにはフードデフェンス(食品を意図して危険な状態におとしめる悪事を防ぐ対応)なども対象にしている。しかしながら、この規格で企業経営ができるかと言われれば基本的には“ノー”である。もちろん、FSSC22000を取得しながらその企業経営の仕組みを自主的に取り入れることはだめだとは言っているわけではないので、自社でそれぞれの規格を取り入れて活用することはその企業の選択の一つである。

4.各種規格における認証制度の役割

ここで、これら規格における監査(審査ともいう:企業が自らで決めたことを確実に実施しているかを内部の監査員があるいは外部の監査員が調べること)の役割に関して述べてみる。ISO9001やISO22000などは、自社がそれらの規格を実施しているとの“自己宣言”ができることになっている。周りの企業が信用してくれるかどうかは別であるが、それぞれの企業が、例えば、当社はISO9001を実施していると宣言をしてよいのである。しかしながら、それに対してはなんらかの証拠はないわけで、利害関係のある人は調べに来るかもしれない。第2者監査という。その結果、確かにISO9001が実施されていると判断されれば取引に成功するであろう。
 一方、自社がそれらの規格を実施しているとの“自己宣言”をする代わりに、第3者から認証(監査をして要求事項に適合している場合はそれを認めること)を受けるという仕組みがある。第3者監査という。これは、認証の証拠が「登録証」として発行されるため、その規格が実施されているとの客観的な証拠があるといえる。したがってその企業に対する信頼性は高まる。当然のことながら、認証を受けるには費用がかかる。
 この第3者監査は社内にも良い影響がある。人は、とかく、内部では甘えがでる。決め事を守らなくても少しくらいなら許されると考える。これは日本のみではない。世界の人類に共通することである。第3者監査ではそのような甘えは許されない。国家が行うHACCP導入の承認は第3者監査を伴っているのが望ましい。その際、HACCPの本質を理解し、企業活動をよく理解できる者が監査をしてくれれば効果的なものになるであろう。

5.HACCPの基本的な原則

ここで、HACCPの基本的な考え方を述べてみる。
 @ HACCPは重点指向の仕組みである
 HACCPは危害要因を評価し、その危害要因を危険度(リスク)に応じてそれを除去するかまたは安全なレベル(以下許容水準)まで低減するものである。その際には危害要因を除去するかまたは許容水準まで低減する“管理手段”を選ぶ必要がある。その管理手段は、同様なものが食品製造の工程の中に複数ある場合もある。そのような場合は監視をしたり、記録をとったりするのは極力一箇所に絞込み、できれば最終製品に近い段階にある管理手段を採用するのが良い。それによって同じ管理を複数回実施しなくてよくなり、管理の負担が少なくなる。この考え方はCodex HACCPの“デシジョンツリー”の考え方である。

A ゼロリスクを求めないHACCP
 この原則は、食品中に存在する危害要因が人に害を与えなければよいという考え方である。この考え方の誕生は今から57年前に米国で成立した「デラニー条項」という法律に端を発している。それは、動物実験でがんを発症した物質は、一切、食品に使用することを禁止するというものであった。すなわちゼロリスクを求めるというものである。一部学者の中には、常識では考えられないような大量の物質を動物に投与し、がんが発生したと報告した者もいて、多くの物質が食品に使用できなくなった。
 その後、研究が進むにつれて、ほとんどの食料品には微量の発がん性物質が含まれていることが判明した。一方、発がん性物質の中でも物質ごとにがんを引き起こす程度に差があり、実際にがんを引き起こす確率は、その強さと量によって決まることがわかってきた。そのためゼロリスクを目指すこれまでの措置は非現実的であるという考え方が広まり、「デラニー条項」は今から19年前に廃止された。現在では、世界中でゼロリスクを求める考え方はなくなり、人に害を与えない程度の危害要因は認めていこうという考え方になった。この考え方が、HACCPにも応用されており、食品に含まれる危害要因による人の健康危害の発生確率とその含有量で管理手段を決定していこうとされたのである。
 この考え方の例としては、米国FDAにおける鋭利な固形異物の安全基準に見られる。米国FDAは26年の歳月をかけて約190の症例をもとに、その基準を評価した。その結果、幼児、外科手術を受けた患者及び高齢者のような特に、怪我をしやすい集団を除いて、正常な成人に関しては7mm未満の鋭利な固形異物は危害とはならないと発表している。日本でも今回のHACCPでは、その異物の定義を“人に危害を与える金属やガラスなど”と定義していることから、人に危害を与えない程度のものは異物とは言わないのである。
 ただ、これは“安全”に関する基準であって、“安心”に関する基準ではない。したがって、異物混入が見られて苦情が発生したら、“安心”の観点から誠実に対応する必要があることは論を待たない。また、通常の状態で発生するはずがない比較的大きな異物が発見されたら、その発生の原因を追究して改善することが企業にとってはメリットをもたらすのである。

B 農場から台所まで(From Farm to Table)
 食品安全危害要因が見つかったら、必ず除去するか許容水準まで低減しなければ、食品として世に出すことはできない。しかしながら、全ての危害要因を自社で管理しなければいけないというものでもないという考え方である。最終的には、消費者が台所で危害要因を除去して食べてもらってもよいというものである。例えば、牛肉には数パーセントの確率で肉の表面にO-157が付着している可能性がある。そもそも、牛肉にはO-157はいないのである。しかしながら、牛の内臓にはO-157がいる。その結果、農場における牛の排せつ物が外皮などを汚染する。その外皮の汚染などがと畜場での取扱いの際に肉を汚染することがある。幸い、O-157は熱に弱く、75℃1分以上加熱すると死滅するとされている。したがって、現在の状態では牛肉のO-157汚染は台所かレストランで加熱して食べてもらうのが最良の除去手段(管理手段)なのである。

C 安全は工程で作り込む
 この考え方はまさにHACCPの本質的な考え方である。そもそもこの考え方は日本の品質管理の考え方から取り込まれたものである。そのことは、Codex HACCPの教育資料に書かれている。意外と日本人が知らないのである。
 1950年代には日本は品質管理大国と呼ばれていた。その品質管理のすばらしさから、世界の市場を席巻していたのである。その考え方は“欠陥のない商品は検査では作れない。そのような商品は工程を管理することで初めて作り込める”、“工程で不良品が見つかったら、必ず原因があるはずである。その原因を改善すれば結果はよくなる”というものであった。
 実際に、HACCPの原型を作ったのは「アメリカ航空宇宙局(NASA)」である。1960年代である。その当時は菌を対象にしていた。宇宙飛行士の食中毒をどう防ぐかということに研究が集中されていたのである。その時の最大の難関は食中毒菌のいない食品は検査では作れないということであった。
 1960年代に入ると、特にアメリカを中心にして日本の品質管理の基本的考え方である“品質は工程で作り込む”という考え方の仕組み(システム)構築が広まっていた。アメリカ航空宇宙局(NASA)の研究者はそれら仕組みの中から食中毒菌のいない安全な食品を作るには、製造工程で対応するしかないと悟ったのである。食品製造工程の菌の盛衰を細かく調べてその結果をもとに食中毒菌のいない食品作りに成功した。それが、後にHACCPと呼ばれるものになったのである。

D HACCPの構築とは仕組みの導入である
 HACCP構築とは、基本的には 仕組みの導入であって、設備や施設の増強を要求してはいない。仕組みにより、危害要因の許容水準達成を保証するものである。したがって,お金をかけなければHACCP構築ができないわけではない。ただ、設備を導入すれば、確かに効率的に安全食品が作れることは事実である。

6.ISO22000誕生

HACCPの基本的な考え方は日本で生まれた“品質は工程で作りこむ”ことをもとにしてアメリカ航空宇宙局(NASA)で具体的な仕組みとしたものであると述べた。その当時は食品安全の対象が微生物だけであった。一方、1988年に米国食品微生物基準諮問委員会は、米国のHACCPを確立した。O-157による大規模食中毒発生に端を発したのである。その中で、対象となる危害要因が生物学的危害要因、化学的危害要因及び物理的危害要因に整理され、3種類になった。その仕組みの中心はHACCPの“7原則”であった。
 この米国HACCPのすばらしさに注目したCodexは世界のHACCPガイドラインを確立しようとして、1993年に完成させた。7原則の順序は米国のものとは若干の違いはあったものの、基本的には米国のHACCPと同じ考え方である。米国HACCPでは文書として記載されていたHACCP構築の手順も5手順として加えられ、12手順と7原則の備わったものになった。このHACCPは1997年にはCodexの一般衛生原則に組み込まれ、2003年にはその内容が改定された。この2003年版が最新版である。

CodexのHACCPが完成すると、各国の間でHACCP作り競争が始まった。これが非関税障壁(輸出先のHACCPに合致しない製品はその国に輸出できなくなること)となって、貿易の障害となった。貿易の自由化を守る国際標準化機構としては、これはゆゆしきことであると考え、世界共通のHACCPを作ろうと企画し、ISO22000を構築した。2005年である。この非関税障壁排除の現象は1987年にISO9001を導入した時と同じ流れである。
 ISO22000規格はCodex HACCPを審査ができる形に仕上げたものである。特に優れたところはOPRPという管理手段を正式に認めたことと管理手段を決める際に客観的な証拠による妥当性確認の必要性を明確に規定したことである。だだ、このOPRPの定義は、ISO22000制定最後の段階で、ISO/DIS22000のOPRPの定義を持ち込んでしまったのである。ISO/DIS22000のOPRPは現在のISO22000のPRP(衛生管理手法)に相当するものである注1)。ISOマネジメントシステムは一定の期間の間に完成しないとその規格は取り消されるのであり、ISO22000は時間に追われていたのである。一方、ISO22000シリーズにはその“適用の手引き”がある。ISO/TS22004:2005である。ISO22000でのOPRPの定義は、ISO22000の適用の手引きであるISO/TS22004と不整合が発生しており、また、ISO22000のハザード分析におけるOPRPの要求事項とも整合性が取れない状態が続いている。このため、日本ではOPRPの解釈が混乱に落ちいってしまい、OPRPが正しく活用されなかったのである。もっとも、これは日本だけの問題ではなく世界全体の問題なのである。

 注1)「月刊食品工場長(日本食糧新聞社発行)、2015年2月号、56P、“正しく理解しよう!HACCPの考え方、第11回”矢田 富雄」

7.危害要因管理手段OPRPの利点

Codex HACCPでは危害要因の管理手段はHACCPプラン(CCPで行使する管理手段)に属するものとPRPに属するものの2種類であった。一方、ISO22000においては、それが3種類になった。すなわち、HACCPプランに属するもの、OPRPに属するもの及びPRPに属するものである。新たに登場したOPRPに属する管理手段とはどのようなものかというと、例えば“炊飯やパンを焼くというような食品の調理手段の中で結果として危害要因を除去しあるいは許容水準まで低減するようなもの”である。ISO22000の適用の手引きであるISO/TS22004(ISO22000の定義は間違っているのでISO/TS22004の解説を定義の代わりに活用する)の解説によれば、危害要因分析の結果、人に大きな危害を与える危害要因を除去あるいは許容水準まで低減する必要が生じた場合に同等な効果を持つ管理手段は2種類ある。それは、CCPにおいて管理される「HACCPプランに属する管理手段」とCCPが不要である「OPRPに属する管理手段」であると説明している。
 それでは、OPRPに属する管理手段はCodex HACCPにはなかったのかというとそうではない。そのような考え方はその当時から示されていたのである。実は、Codex HACCP教育資料の“CCPの決定”の説明の中に“危害要因をGMP(良好な製品を作る工程)あるいはGHP(衛生管理をする工程)で完全に管理できる場合はCCPを設定しなくてもよい”と記載されている。すなわち、CCPにおけるHACCPプランに属する管理手段がなくとも危害要因の管理ができることが示されていた。これはまさに現在のOPRPの役割を想定していたと考えられる。そのことは、その後、ISO/DIS22000(ISO22000の案の段階の規格)の中にOPRPとして明確に示されていたのである。すなわち、パンを焼くことによって危害要因である菌が除去される管理手段はOPRPであると記述されていた注2)

 注2)管理手段の第一の目的が食品安全以外である場合は、ハザード(危害要因)管理は二次的なものとなる。このような管理手段の有効性の不足が容易に検出可能な場合(例:パンの焼き方の不足)管理手段は、ハザード水準に対するその影響は大きいが、OPRPを通じて効果的に管理することができる。

実は、HACCPにはこのような本来の目的が食品の調理でありながら結果として危害要因を予防し、除去あるいは許容水準まで低減するようなものが多いのである。例えば野菜を塩漬けすると保存性が向上するようなものである。その理由は腐敗菌が活動できる水分が不足して菌が活動できなくなり、腐敗が抑えられるのであるが、結果として、長期間に渡って安全な野菜を食べ続けられるのである。この場合、塩の添加量に厳密さが必要なければOPRPであり、この工程での危害要因をOPRPで管理できるHACCPなのである。水分の少ないお菓子は菌が増殖することもなく長期に安全に食べられる。これは、長期間、お菓子をおいしく食べるのが目的で焼いているのであるが、結果としては、お菓子を焼くことによって菌が増殖する水分がなくなり、長期間保存できるのである。この場合、必要な焼き具合が目視等で容易にわかれば、OPRPを管理手段とするHACCPなのである。
 太古の人々はそのような理屈を知っていたわけではないであろうが、その経験から食品を安全に食べる方法を知り、子孫に代々伝えて人類は生きながらえてきたのである。それがHACCPであり、現在では、その原理がわかってきたのである。
 それでは、CCPで行使するHACCPプランに属する管理手段とOPRPに属する管理手段とはどう異なるのかということを述べてみる。これは食品安全管理手段の“厳密さ”と“緩やかさ”の違いによるのである。その管理手段に厳しさが必要なものを“許容限界が必要である”という。たとえば、牛肉を焼くときの75℃1分以上の加熱が要求されるが、これを許容限界という。HACCPプランに属する管理手段である。なぜかといえば、肉は、できるだけ焼かない方がおいしいのであろうが、温度が低いとO-157が残り、食中毒を起こす。それでは徹底的に焼けばどうなるかといえば、O-157は完全に死滅するが、焼肉を美味しく食べられなくなる。そこで極力温度は75℃以上で、75℃を大きく超えないように管理し、1分以上と言いながら、極力1分を大きく超えない範囲に抑えようとしているのである。上限の厳しさは食品のおいしさ、すなわち品質から規制される。
 一方、炊飯は“〜〜℃、〜〜分”という厳しい基準がない。おいしいご飯を炊くには、常圧では約95℃40分程度の炊飯が必要である。一方、コメの中は食中毒菌であるセレウス菌がいる。芽胞菌以外のセレウス菌は75℃1分以上で死滅する。したがって、約95℃40分程度の炊飯の操作は75℃1分をはるかに超えており、許容限界など考える必要はないのである。ご飯がおいしく食べられる状況になると芽胞菌以外のセレウス菌は完全に死滅するのである。OPRPで危害要因を除去あるいは許容水準まで低減できるので、これもHACCPである。OPRPに属する管理手段の管理は、HACCPプランに属する管理手段の管理と比較して監視やその記録をとる負担がはるかに小さいというメリットがある。
 冒頭に述べたように、長年にわたり安全な食品を提供し続けている企業には意識する、しないにかかわらず、HACCPが存在するのである。

8.HACCPへの取り掛かり

これまで述べてきたように、OPRPの管理手段はHACCPの管理手段であることから、長期間に渡って安全な食品を提供していた企業にはHACCPの仕組みが存在するのである。そうであれば、HACCPに取り掛かる際には、なぜ当社は長年に渡って安全な食品を提供し続けられたのであろうかと考え、その理由探しから入ると容易に自社のHACCPが構築できることになる。

突然、ISO9001が出てくるが、一般的にはISO9001は理屈っぽいことが書かれており、審査でも堅苦しいことを言われると感じている方々も多いのではないか思われる。しかしながら、実は、それは違うのである。筆者は、ISOの世界に約20年も携わってきたが、企業での実務や管理も長かったこともあり、当初から、ISO9001というものは企業経営の手引きであるとの考え方を持っていた。そのために、20項目の要求事項の中で19項目に文書化要求がなされていた“94年版ISO9001”の時代から、記録様式の中に必要な手順を書き込んでおけばそれは立派な手順書であると主張してきた。いわゆる文書は品質マニュアルしかいらないとの主張をしていた。その内容は形式的なものではなく、自社の業務に沿った要点を書いておけばよいとしていた。審査にあたっては、そのようなシステムは承認するし、むしろ推奨していた。その後、ISO9001:2000に至って、その規格の序文の中にも、“マネジメントシステムの採用はその組織(企業)の戦略に基づいて決めるべきものである。ISO9001は組織のマネジメントシステムの構造の均一化やその文書の画一化を求める意図はない”と書かれるようになった。当然のことながら、ISO9001の規格要求事項の内容が理由もなく抜けていたら認証が受けられない。

ここで何を言いたかったかといえば、HACCPも同様であって、規格が要求している意図が抜けていたら適合とは言えないが、その要求事項がどこかに明確にされており、安全な食品がいつも供給できておれば立派なHACCPがあるということである。それであれば、常時安定して安全な食品を提供できている企業には、現在、自社が実施している業務がHACCPであり、その内容を書きだせばそれはりっぱなHACCPであるといえるのである。これは大変好都合なことであり、現在実施していることがHACCPであるとすれば、企業は現在の作業を続けることでHACCPを実施していることになる。若干、HACCPの要求事項との差異があればその個所を改善すればよい。この考え方をとり入れれば、日本のHACCPは短期間に完成することになる。
 ただ注意する必要があるのは、すでに述べたキーワード“変更”を忘れてはいけないということである。それに対応する危害要因分析は必須である。さらに、危害要因の除去あるいは許容水準への低減をする管理手段は間違いなく目的が達成できるという客観的証拠が必要である。“妥当性確認”であり、これがなければ管理手段は認められないのである。
 ISOの世界でも、堅苦しい仕組みを続けているところもあるが、企業の仕事がISOであるとする考え方も増加しているのである。

9.HACCP構築の大黒柱;危害要因分析

ここで危害要因分析が登場する。この危害要因分析はHACCPでは必須である。この仕組みは相当の時間がかかることを覚悟しなければならない。したがって、粘り強く取り組んでいかねばならない。この危害要因分析はHACCPの仕組み作りの60%以上の時間をつぎ込むことになる。以下に危害要因分析とフローダイアグラムの例が示されてるが、両者が一緒に登場する意味を述べてみる。
 危害要因分析の(1)製品/段階はフローダイアグラムの内容が書かれている。したがって、このフローダイアグラムはできるだけ詳細に書き、自社の製造工程にある危害要因を詳しく拾い出す必要がある。自社の要員だけで実施するのでなく外部の力も借りて、漏れなく拾い出す努力が必要である。その上で、危害分析表で危害要因を評価し、危害要因の大きさを把握し管理手段を決定していく。
 日常の衛生管理で対応できそうな危害要因は、PRPで対応する。日常の衛生管理で対応できそうにない危害要因はOPRPあるいはHACCPプランに属する管理手段で除去するか許容水準まで低減していくのである。
 既に述べたが、同様な管理手段が複数ある場合は、可能であれば絞り込む。できるだけ最終製品に近いところにある管理手段を正規の管理手段とする。
 上述の内容の詳細は、下記の著書あるいは文書に詳しく記述されている。詳しくはそれらの著書あるいは文書をご覧いただきたい。

注3):現場視点で読み解くISO22000:2005の実践的解釈、2014年3月10日 初版第2刷、矢田富雄;幸書房
 注4):Sunatecメールマガジン(2011年4月号)。
 注5):Sunatecメールマガジン(2012年12月号〜2013年6月号)

危害要因分析例

フローダイアグラム、工程の段階及び管理手段の記述

10.HACCP活用における経営者関与の大切さ

最後に述べておきたいのは実は最初に述べるべき重要事項である“経営者の関与の大切さ”である。筆者がISOマネジメントシステムの審査員資格を取得したのは、まだ、日本にその審査員資格制度がなかった20年も前のことである。英国での審査員資格を取得したのであるが、今でも鮮明な印象が残っているのはその資格取得教育テキストに記述されていた言葉である。“経営者が関心を持たないシステムに真剣に取り組む従業員はいない”。それが、英国のテキストであっただけに余計印象的であった。人間は、洋の東西を問わず同じ行動をするものなのだなと思ったのである。
 マネジメントシステムの審査員は、まず、最初に経営者に対してその経営の考え方を聞くところから審査が始まる。その中で、マネジメントシステムを適切に活用して業績を伸ばしている企業と、形だけのマネジメントシステムを継続してあまり役に立っていないところでは経営者の関与の度合いが全く違うということを知った。
 今回、展開するHACCPでは、都道府県、指定都市及び中核市の方々には、ぜひとも、直接経営者に相対して考え方を聞く場を持っていただきたいものである。
 経営者の関与といっても、経営者がマネジメントシステムの詳細を理解しなければならないということではない。仕組みの詳細は、経営者に対して発言力を持つ組織の責任者に任せればよい。その責任者が部下をリードしながらHACCPを推進していけばよいのである。その上で、経営者は必要な時に決断をし、必要な資源を配分していけばよいのである。
 マネジメントシステムにはマネジメントレビューという制度がある。経営者は要員も含めて、相当な資源を提供しているのであり、構築した仕組みが自らの期待通りに運営されているのかどうかを知る場である。経営者が中心となって、その仕組みの進捗状況を把握し、必要な指示をする場である。強い関心をもち続ける経営者のもとで役立つHACCPが維持できる。

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