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トラブルは人が起こす。その原因と対処法
株式会社エトス 代表取締役
組織変革コンサルタント 門田由貴子

1. はじめに

食品製造業で起こった事件を調べていくと、きっかけは自然発生的な事故であっても、それを大きなトラブルに発展させた要因は「人」であり、結果として「人災」と呼ばれる例が多いことに気づかされます。
 つまり、トラブルを起こし拡大させるのは食品業界で働く「人」なのです。
 では、食中毒事件の例で考えてみましょう。

2. 事例研究

「雪印集団食中毒事件」は、2000年6月に近畿地方を中心に14,780人の被害者を出して、「戦後最大の集団食中毒事件」と呼ばれた有名な事件です。
 きっかけは、3月31日に北海道の工場で氷柱が落下したことによる停電でした。冷却装置が停止した間に、脱脂乳中で黄色ブドウ球菌が増殖し、毒素が発生しました。この時点で、汚染された原料をすべて廃棄処分にしていれば、事件に発展せずに済んだでしょう。
 ところが、工場では原料を廃棄する代わりに殺菌して脱脂粉乳を製造し、出荷したのです。6月25日にこれを飲んだ子供が食中毒を発症しました。
 2日後に、病院が食中毒の疑いを通報し、雪印の大阪工場に情報が入っても、彼らは何も対応せず。これにより被害は拡大します。
 6月29日になって雪印は製品回収を発表し、保健所が製品回収を指示したのは6月30日になってからです。
 この間に被害の申告者は爆発的に増加し、マスコミが事件として報道を始めます。雪印の社長(当時)がテレビカメラの前で発したのが有名な「私は寝てないんだ!」発言。これが決め手で、それまで超優良ブランド企業と呼ばれていた雪印は企業イメージを失墜し、ついに会社破綻に至りました。
 さて、この事件の原因は何だったのでしょうか?

3. トラブルに発展した原因は?

雪印事件の最初のきっかけは、氷柱の落下という自然現象でした。
 しかし、その後の過程では、人為的なミスが続きます。
 原料の汚染に気づきながら、「もったいないから廃棄しない」と判断し、「殺菌して製造する」ことを指示しました。食中毒を通報されても、「何も対応しない」と決めて被害を広げ、最後に雪印にとどめを刺したのが社長の失言です。
 誰も悪意で被害者を増やそう、会社を潰そうとは考えていません。
 しかし、結果として賢明な判断ができなかったということは、事故を拡大させた真の原因は、人間の判断力の弱さと甘さにあるわけです。
 それぞれの瞬間で、当事者がもっと的確で正しい判断をしていたら、社会的な大事件に発展する前に、事件を最小限で食い止めることができたでしょう。
 では、あなたの会社では、この事件から何を学び、どのような対応をしてきましたか?

4. トラブルを起こさないための対応策

雪印事件から学ぶべきは、経営者と全従業員がどのような場面でも正しい判断と行動ができるように、日頃から判断力を鍛えておくことの重要性です。
 問題が発生した時だけ、従業員に正しい判断をさせようというのは無理な話です。イザというときほど慌てて動揺しますから、「いつものやり方」が出るのです。これを心理学的には「パターン」と呼びます。

会社の従業員が、トラブル時にどのような判断と行動をとるか?
 それを決めるのが、組織文化、組織体質、組織能力の3要素です。
   ① 組織文化:その会社に特有の思考パターン(頭脳)
   ② 組織体質:その会社に特有の感情パターン(心)
   ③ 組織能力:その会社に特有の行動パターン(身体)

人は誰でも何かが起こった時には、まず初めに感情が動き、感情に引きずられながら思考し、自分自身の言動を決めて実行します。従業員に正しい判断と正しい行動を期待するなら、会社ぐるみで組織文化、組織体質、組織能力を高めて、従業員の頭脳・心・身体を鍛えておかなければなりません。小手先の対応では効果がないのです。
 つまり、トラブル対応に強い会社になるためには、組織文化、組織体質、組織能力を堅実にレベルアップし、全従業員を徹底して育成していく努力が必要となります。その地道で長期的な経営改善こそ、人が正しい判断と行動をとり、トラブルから企業を守る力になるのです。
 以下の章では、そのための具体的な方法について説明していきます。

5. 組織の傾向と対策を見極める

食品製造業を広く見渡すと、この組織文化(思考)、組織体質(感情)、組織能力(行動)の3要素を高める具体的な施策を行っている会社は、残念ながら一部の大手企業に限られています。
 特に小規模な企業では、従業員に日常業務や作業方法を教える行動/身体面での教育はしているものの、判断力を高める思考/感情の面の教育は大幅に遅れているようです。
 例えば、職場の責任者が従業員に対して具体的な作業要領を指示命令することが定着していくと、従業員は自分の頭で物事を考える習慣と能力を失います。常に責任者からあれこれと指示されることを待つ「指示待ち族」「思考停止」になってしまいます。
 トラブル発生時は、これが怖いのです。いつもとは異なる現象が起こっていても、自分の頭で考えられない従業員には、正しい判断は期待できません。
 あるいは、日頃から職場の人間関係が希薄な職場が多く見受けられます。親密な人間関係が構築されていないと、何か困ったことが起こっても従業員同士で相談して問題解決することは無理でしょう。むしろ、自分のミスや失敗を隠すことを優先して、トラブルを初期段階で拡大させてしまう危険が増大するのです。
 そこで当社では、組織の傾向を「組織的知性(組織IQ)」と「協働力(組織EQ)」の2軸で評価して、組織に特有な問題とその具体的な対応策を明らかにする組織診断サービスを行っています。
 世の中のすべての企業は固有で独特な存在ですから、その企業に特有な傾向を把握して、その特徴に応じた対処が必要となるのです。

6. 組織の成熟度を高める

企業の力量(組織能力)を図るには、クロスビーが提唱した「組織成熟度モデル」を用います。これは、業務の標準化の進展度合いや業務改善方法、従業員の問題解決能力などを手掛かりに、企業の力量を「レベル0」から「レベル5」までの6段階で診断する方法です。
 レベル0から2までの企業では、問題が発生しても自力で解決する能力はありません。トラブルは繰り返し発生し、いくつかのトラブルが重なると重篤な品質問題を引き起こす危険があります。食品製造業では、企業規模を問わず少なくとも「レベル3」以上の力量が期待されます。そのためには、業務プロセス改善、作業の標準化、マニュアルの精緻化を進める必要があります。
 またその前提として、従業員の問題分析力・提案力・コミュニケーション能力を高める教育訓練に、十分な予算をかけて継続的に取り組む企業努力が求められます。どのような業種業態であれ、企業の力量は、最終的には組織と人材の力に他ならないのですから、従業員教育への質的/量的な投資は不可欠です。

7. リスク要因への備え(BCP)

問題やトラブルは、いつ発生するか分かりません。それでも、発生後すぐに適切な対応が取れるように日頃から十分な備えができていれば、問題を小さいうちに収束させることができるでしょう。
 そのために必要なものが事業継続計画(BCP:Business Continuity Plan)です。災害や事故の発生後できるだけ早く平常業務に復帰できるよう、予めリスクやトラブル発生を想定した対応計画を策定しておくのです。
 欧米企業では、BCP策定は重要な経営者の仕事と認識されていますが、日本ではリスクマネジメントという概念が希薄であまり重視されていません。また、BCPの内容が具体性に欠けていて実用に耐えるものが少ないのが実態です。
 年々、大規模災害を含めてリスク要因が高まっていますので、一日も早く経営者主導でBCPを用意することをお勧めします。

8. トラブルを起こしやすい人材への対処

最近、どのような企業でも深刻化しているのが、従業員の問題です。職場のストレスが増大するにつれ、従業員が故意にトラブルを起こして、それが大きな事件に発展する例が年々増えています。
 実は、人材の資質/思考/感情/行動から傾向分析してみると、「トラブルや事故を発生しやすい人材タイプ」があることが判明しています。
 「ワークスタイル診断」*1 は、新規採用や従業員の配置/育成を目的に開発された診断ツールですが、WEB上の質問に答えると、その人特有の傾向や注意点がグラフとコメントで示されます。
 このツールでは、「不注意から事故やミスを起こしやすい人」「コミュニケーショントラブルを起こしやすい人」「セクハラ/パワハラを起こしやすい人」「鬱抑傾向が強く、メンタル面で発症しやすい人」「訴訟や係争トラブルを起こしやすい人」「お調子者で無責任な人」などの条件に該当する人がピックアップされます。
新規採用の段階では、このようなツールを活用して「トラブルを起こしやすい人」を採用しないことが何よりのトラブル防止策です。
 既に採用した従業員に対しても、年に1回定期的にこのツールで診断することで、ストレスレベルが高い人を見つけることができます。ストレスが強いほど、実際にトラブル行動につながるリスクが高まるのですから、要注意の従業員を発見して、早目にストレスケアや配置転換などの対処をすることで、トラブルの発症を未然防止することが可能となります。

*1 ワークスタイル診断はこちらから詳細をご確認いただけます。
http://www.ethos-net.com/workstyle/

9. まとめ

少子高齢化、外国人従業員の増加、ゆとり教育の弊害、ストレス増大…。これらの社会的な傾向により、従業員によるトラブル発生リスクはこれからますます高まっていくと予想されています。
 また、従業員が労務面や処遇面を理由に、企業を訴える危険も高まります。
 企業としての最大の防御策は、問題のある人材を採用しないこと。そして、いったん採用した従業員に対する十分な配慮と育成をすることです。
 企業の基盤は、人材と組織の力にあります。リスク対応力をつけながら業績を高めていくには、組織文化/組織体質/組織能力を高める経営努力が欠かせません。
 それには、一人ひとりの従業員をどれだけ深く理解するか、どれだけ十分なコミュニケーションが行われているか、経営者と職場責任者の「従業員に対する姿勢」がすべての出発点となります。
 どうぞ、人材を尊重し大事にする組織経営を進めてください。
 組織と人材に対する投資は、企業の成長性を表す「未来指標」なのです。

略歴

組織変革コンサルタント。株式会社エトス代表取締役、一般社団法人キャリア・イノベーション協会代表理事。
人と組織の問題を1時間で見抜き、業績と能力を飛躍的に高める。短期間で組織能力を高めるトレーニング技法「思考筋®トレーニング」を開発し、多くの企業に提供している。
NEC勤務時は経営幹部の直下で社内のマネジメント改革プロジェクトを企画主導し、社長賞・功績賞を受賞。元・日本経営品質賞主任審査員、元・経営品質協議会指定講師。産業カウンセラー、キャリアカウンセラー、日本コンサルタント協会認定PBC、産業能率大学講師、「中小企業診断士」養成講座演習指導講師。

公式WEBサイト http://www.ethos-net.com/

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