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フードディフェンス〜冷凍食品の農薬混入事件から学ぶべきこと
科学ジャーナリスト
松永和紀

はじめに

「マルハニチロホールディングス」と子会社の「アクリフーズ」が、アクリフーズ群馬工場で製造した冷凍食品から農薬が検出されたとして全品の自主回収を発表したのが2013年12月29日。この事件が社会やマルハニチログループへ与えた影響は非常に大きい。同グループは翌14年4月に統合し「マルハニチロ株式会社」となった後も商品の回収を呼びかけ、事件から1年以上たった今も、ウェブサイトでの回収告知は続いている。それは、消費者の冷凍庫で回収対象の商品が、賞味期限の切れた後も“眠って”おり、消費者が回収対象であることに気付かぬまま口に入れてしまう可能性を否定できないからだ。

私は、同グループが設置した第三者検証委員会に加わり、社員ヒアリングなどの検証作業や報告書をまとめる作業に携わった。その体験から、意図的な異物混入防止、すなわちフードディフェンスについて、日本企業が取り組むべき事柄、視点について考察したい。

事件の概要

アクリフーズが最初の苦情を受け付けたのは2013年11月13日。群馬工場で製造されたピザから石油のような臭いがするとの訴えだった。
 工場の社員たちは、工場の改装工事を夏に行っていたことから工事が原因ではないかとまず疑った。さらに、酵母の異常繁殖やチーズの発酵臭などの可能性を模索した。しかし、わからなかった。工場の品質保証室は当初から、異常な苦情ではないか、と危機意識を抱いており、外部機関による成分分析をアクリフーズ本社品質保証部に打診したが、同本社は工場内の混入経路の調査の方がより早く原因を究明できると考えて指示し 、原因探しは迷走した。外部検査機関に臭気分析(定性分析)を要請したのは3週間後の12月4日。その間、苦情は増え計9件に上っていた。

12月13日に「有機溶媒が検出された」との検査結果が出たため、改装工事が原因との疑いをさらに深めた。一方で、検査機関からの報告書の備考欄に「農薬にも溶媒として用いられる」との趣旨の記載があったため、農薬が混入していないことを確認するための念のための措置として農薬検査を依頼した。

12月26日にまず、有機溶媒のエチルベンゼンが6ppm、キシレン3ppmが検出されたことが外部検査機関より報告された。さらに、翌27日午後に農薬マラチオンが2200ppm検出されたと報告があった。アクリフーズは商品回収を決定したものの、回収対象範囲を決められず、依頼していた他の製品の検査結果が出てから決めることとした。28日夕方にクリームコロッケから15000ppmが検出され、ほかの製品からも検出されたことが報告された。同社は全品回収を決定。翌29日のグループの危機対策本部会議でマルハニチロホールディングス社長の判断を仰ぎ、全品回収が決まり、各流通グループ等への連絡を始めた。その後、同日17時に緊急記者会見を開き、一般消費者への告知も始めた。この時点で異臭苦情は計20点、そのうち農薬マラチオンが検出されたのは9点だった(最終的にはさらに3点から微量のマラチオンが検出され、検出品は計12点、最高検出濃度は15000ppmとなった)。

マラチオンの検出結果
(マルハニチロまとめ)

ただし、記者会見では回収対象商品名に漏れがあり、一部の商品名も誤ってしまった。これは一部社員の記憶に基づき、回収対象リストを作成したためだ。30日に新聞各紙に掲載した社告でも、一部のプライベートブランド商品に触れず、対象から漏らしてしまった。これもうっかりミスである。
 また、記者会見では、農薬マラチオンの摂取についての毒性評価を誤って伝えてしまった。動物実験の結果導き出された半数致死量(LD50)を基に、「1度に60個のコーンクリームコロッケを食べないと発症しない量」と説明したが、正しくは、急性参照用量(ARfD)を基に判断しなければならない。30日夜に厚生労働省から指摘を受けて31日未明、「1度に約1/8個のコーンクリームコロッケを食べると、吐き気、腹痛などの症状を起こす可能性がある」と訂正発表した。
 マルハニチログループは1月8日、回収対象全品の写真と名称を記載した全面広告を全国の主要新聞各紙に掲載し、消費者に協力を呼びかけた。

群馬県警の捜査の結果、工場内でピザライン担当だった契約社員の男が1月25日、逮捕された。群馬地裁で8月、偽計業務妨害罪により懲役3年6月の判決が出て、男は上告せず刑は確定した。

ミスの連鎖はなぜに…

第三者検証委員会は、犯行自体については検証せず、犯罪を許してしまった原因や毒性評価の誤り、広報の失敗等などについて、群馬工場の視察や社員、契約社員のヒアリングなどにより検討を行った。それにより、上記の経緯が浮かび上がってきた。

振り返ってみれば、考えられないようなミスの連鎖が起きたことがわかる。思い込みから原因究明が遅れ、外部検査機関への検査依頼まで時間がかかった。さらに、有機溶媒や農薬検出段階で、すぐに食品衛生法違反を疑い、保健所へ報告し自主回収をはじめるべきだったが、回収範囲の特定に躊躇し、マラチオンの2200ppm検出から自主回収開始までに2日を要してしまった。さらに、毒性評価を誤り「食べてはいけない。すぐに返品を」とのメッセージを消費者に明確に伝えられなかった。

マルハニチロは、第三者検証委員会の調査検証を踏まえ、CSR報告書2014年版で事件についての記録をまとめている。その中で、「なぜ、起きたのか」について、次の6点を記している。

Q.
なぜ農薬を混入することができたのか
A.
「従業員による意図的な異物混入」を想定した対策をとっていませんでした。

Q.
なぜ、対応が後手に回ったのか
A.
意思決定の権限と責任があいまいで、グループ会社間におけるコミュニケーションが不足していました。

Q.
なぜ、農薬マラチオンの毒性評価を誤ったのか
A.
毒性の指標への知識が不足していました。また、社内資料のチェック体制も機能していませんでした。

Q.
なぜ、商品回収が遅れたのか
A.
消費者重視の視点が欠如していました。また、食品クライシス発生時の商品回収に必要な組織づくりや実践的なシミュレーションを行っていませんでした。

Q.
なぜ、従業員による農薬混入という異常事態が起こったのか
A.
新人事制度の導入に対する不満を受け止めず、また、事件の兆候ともいえる異物混入を不満の表れと見る意識が欠如していました。

Q.
なぜ、アクリフーズで事件は起きたのか
A.
独立的な経営路線をとっていたアクリフーズに対して、持株会社が積極的な企業統治を行っていませんでした。

犯罪を許した要因

今回の問題については「なぜ、犯罪を許してしまったか」と「なぜ、犯罪が起きた後の危機管理に失敗したのか」の両面から考える必要がある。

犯罪を許した組織の問題については、「不正のトライアングル」という視点が参考となるだろう。米国の組織犯罪研究者、Donald R. Cresseyが提唱した説で、組織で不正が起きる要因として1.動機・プレッシャー、2.機会、3.正当化の3要素があるという。

不正のトライアングル

元契約社員の男については、群馬地裁が判決文の中で「給与、ボーナスの査定や勤務評価に不満を抱き、製造ラインを停止させることで、会社や工場長を困らせて鬱憤を晴らそうとし、小型の香水スプレー瓶に農薬を入れて工場内に持ち込み製品に吹き付けた」と事実認定している。
 アクリフーズは2012年に新人事制度を導入して能力評価を運用するようになり、契約社員の約6割の賃金が結果的にダウンした。群馬工場内には不満が広がっていたが、そうした状態を会社側は把握していなかった。つまり、1.動機・プレッシャーと3.正当化があったのだ。さらに2.機会についても、外部からの侵入は想定して警備員やカメラの配置などそれなりの対策を講じていたものの、内部の作業者の犯罪はまったく想定していなかった。そのため、製造ラインの死角が随所に目立ち、作業員が一人で誰にも見られず作業できる場所が多かった。製造室への入場管理も緩く、異物の持ち込みも容易だった。
 第三者検証委員会は、犯行自体については検証していないため、動機や正当化等については触れていないものの、機会を与えてしまったことについては厳しく指摘している。

事件発生後の危機管理失敗の要因

また、犯罪が起きた後の危機管理の失敗については、背景としてマルハニチログループの複雑な成り立ちがあることを、委員会は指摘した。
 事件当時、マルハニチログループは、「マルハニチロホールディングス」の子会社として「マルハニチロ食品」、さらにその子会社として「アクリフーズ」があり、ほかの関連会社と共に2014年4月に統合し「マルハニチロ株式会社」となることが決まっていた。アクリフーズは旧雪印乳業冷凍食品であり、親会社のマルハニチロ食品やマルハニチロホールディングスと意思疎通がうまくとれていなかった。
 互いの権限を尊重し、問題があったとしても口出しできないというグループの企業風土にもつながっていた。

この会社の雰囲気が、異臭の原因探しの迷走や危機対策本部会議での検討の遅さ、アクリフーズの毒性評価の間違いをグループ内で指摘することができず、最終的な記者会見でも間違ってしまったことなど、さまざまな局面で影響し、ミスの連鎖につながったように見える。

もう一つ、大きな失敗は「予兆」の見逃しである。ピザラインでは、2013年4月から事件発覚の12月までに、原因不明の異物苦情12件があった。事件との関連性は不明だが発生頻度は通常に比べ高い。苦情はその都度、対応処理されており、お客様相談室でもアクリフーズの品質保証部でも、リスト化して問題にする雰囲気はまったくなかった。
 お客様相談室は、マルハニチロホールディングスにあり、アクリフーズは苦情受付等の業務を委託していた。また、苦情現品の受け取り等の業務はマルハニチロ食品に委託していた。そのため、客の苦情は、マルハニチロホールディングス、マルハニチロ食品を経てアクリフーズ本社品質保証部、工場品質保証室へと来ることになり、苦情がお客様相談室に届いてから工場が把握するまでに2-5日かかる、という状態だった。
 また、お客様相談室自体にも、客の声を品質管理や安全確保に活かしていこうという意思はなく、単なるクレーム処理に留まっていた。
 業務委託という効率化と引き換えに、客の声が即座に届かず、製品作りや管理にも活かせない、という状態にアクリフーズは陥っていたのだ。

第三者検証委員会は、2014年5月末に出した最終報告で、ホールディングス、アクリフーズ等が統合して4月に発足したマルハニチロに対して、次のような「6つの提言」を行っている。

1.
食品企業としてのミッションの再確認と浸透(農薬混入事件を風化させない日の創設、お客様相談センターの重視等)
2.
組織改革(リスク管理統括部の新設、「安全管理室」を環境・品質保証部に新設)
3.
品質保証機能の強化(検査体制の充実、品質保証に関する規定他、重要文書の定期的な見直しやグループ企業への周知徹底、食品衛生等の専門家の育成等)
4.
危機管理への備え(事件・事故等の危機管理規定、行動指針等の策定、シミュレーションの実施、回収判断を決定する社長、担当上級役員のリーダーシップの明確化、消費者への情報発信の充実、内部通報制度の活用等)
5.
食品防御(食品防御管理基準を定め、グループ全体で運用、外部からの侵入と内部犯罪を防ぐ企業風土の醸成等)
6.
PBオーナーとの関係づくり(回収対象にPBが含まれる場合が今後は多く想定されるため、日頃から協議できる関係づくり、契約の整理、苦情の共有化等)

マルハニチロ、再生への取り組み

これを受け、マルハニチロは組織改革を行ったほか、事件以降、操業がストップしていた群馬工場を8月に再稼働させる際には、さまざまな改善を行った。工場の出入りは、ICカードやICタグで管理し、来訪者だけでなく従業員も、担当業務に関係のない区域には立ち入りできない仕組みとなった。また、薬剤などの管理は強化した。死角がないように、新たに工場内に169台のカメラを設置して動画として保存するようにし、「安全安心カメラ」という名称にした。

施設、すなわちハード面の整備だけでなく、従業員が働きやすい職場を目指して、現場管理者のオフィスは撤廃し製造現場の一角のデスクでコンピュータを扱うことなどができるようにした。また、工場幹部や本社の人事担当者等の携帯番号、メールアドレス等が張り出され、内部通報等をしやすくする仕組みとした。さらに、契約社員の能力や勤務状況の評価等については、透明性が高く契約社員が納得できない場合には反論もできるようにし、契約社員を異動のない工場勤務の地域社員に登用する制度も作った。
 マルハニチロは、多面的な改善努力を重ねることで、新しいスタートを切っている。

写真 写真
再稼働したマルハニチロ群馬工場。従業員には、ICタグを帽子に入れてかぶってもらい入退室を管理し、関係のない生産ライン等には入れないようにした 冷凍食品製造は手作業が多く、神経を遣う

ハード整備は、フードディフェンスの一部でしかない

私は、第三者検証委員会の経験を経て、フードディフェンスについてこうした原稿を書いたり講演したりする機会が増えた。他社の方々とさまざまな形で情報交換をしていく中で気になるのは、フードディフェンスを施設整備や従業員のボディチェック、作業着からのポケット除去など、矮小化して捉えている人が少なくないことだ。「監視カメラは何台備えたらよいのか?」などと尋ねられる。新聞やテレビ等が第三者検証委員会の報告や群馬工場の再開を報じた際、「カメラ増設を要望」「ICタグで管理」などと伝えたためだろうか?

たしかに、カメラの増設台数は指標としてわかりやすい。だが、監視カメラは運用しても、「すべての動画をリアルタイムで監視し、動画の中で混入する姿を発見して止めさせる」というような映画のワンシーンのような光景は、現実には無理である。それをしようとすると、監視カメラをモニターする要員が何十人も必要となってしまう。
 実際には、なにか異常があった時に、さかのぼって、問題の日や時刻の動画を確認して、侵入者がいないか、異物を投入されていないか、あるいは作業ミスによる原材料の入れ忘れがないか等を事後に確認する、ということになる。期待されているのは、「記録しているよ」と伝えることによる犯罪抑止効果である。
 監視カメラをやみくもに増やしても意味はない。原材料の投入口等にはしっかりと据え付け、ほかの生産ライン等にはカバーを付けて異物を入れられたり触られたりすることがないようにする、というような組み合わせの方が、実質的な効果は高い。

施設の改修や電子機器の活用も求められる。だが、それはさまざまな取り組みのほんの一部でしかなく、フードディフェンスの決め手でもない。個々の事業者が自らの製造環境や作業員の動き方に応じた対応策を、柔軟に講じていくしかないのだ。

もっと難しいのは、こうしたハード整備ではなく、ソフトの問題だ。客の苦情をいかに活かすか、社員、契約社員がどのようにコミュニケーションをとるか、それぞれ異なる歴史を持つ企業がM&A時代に集まって統合した時に、どうやって企業風土、志を一つにしていくか、というようなマネジメント、心の問題の方が、本質的にはより重要だと私には思えてならない。

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群馬工場内は老朽化していたが、パーティションが効果的に設置され生産の動線が整理され、衛生管理のレベルも大きく向上した 環境・品質保証部が発行し始めた「品質保証だより」。若手の女性社員が中心となり知恵を絞って編集している。「お客様の生の声」として、お客様相談センターに届いた感想や意見などと回答内容を紹介するコーナーもある。6社が統合して1年。「我が社でどのような商品を生産販売しているか、どんな業務があるのか、把握しきれない」という社員の声に応えている。企業風土変革のための取り組みが、さまざまな部署ではじまっている

性悪説ではなく性弱説

アクリフーズの事件当時、マスメディアなどで「日本企業はこれまで性善説だった。これからは、内部の者も犯罪を起こしうるという『性悪説』で臨まなければ」という識者の主張がしばしば紹介された。だが、国内の和菓子工場でも2008年、社員が農薬を投入する事件が起きたことがあるなど、日本でもこれまで、内部犯行がなかったわけではない。それに、「社員、契約社員が犯罪を起こすかも」と疑い、それを阻止するという前提でコミュニケーションを図るのは、実際には非常に難しい。

事件当時、関連会社のマルハニチロ水産の品質保証部長であり、第三者検証委員会発足後は委員会事務局長を務め、現在はマルハニチロ環境・品質保証部長の石原好博さんは「当社では、今回の事件にからむ社員、契約社員への説明会では、性弱説を唱えています」と言う。「人間は弱い。ふだん、悪いことを考えていなくても、なにか、ふと魔が差してしまう、悪いことをしたくなる。私もそうです。性悪説とよく聞きますが、日本ではなじまない、と思っています。話しながら、コミュニケーションをとりながら、現場で助け合って行きます。下町のコミュニティのようなものを作ろう、と言っています。もちろん、各個人のプライバシーは大事にしなければならず、必要以上には踏み込まないようにします。でも、お節介を焼きながら、注意し合おう、という説明会を、各工場で開いています」
 これが、事件に直面し、委員会の社員や契約社員ヒアリングにすべて立ち会って今、企業再生、品質保証の再構築に取り組む当事者の境地である。
 どの企業においても共通する大事な心情ではないか、と私は考える。

犯罪ゼロという理想ではなく、起こりうるという現実を見据える

強調したいのは、どれほど努力して異物混入などの犯罪を防ごうとしても、「100%の防止、リスクゼロ」を達成するのは無理、という現実を直視すべきだ、ということだ。
 監視カメラを大量に据え付けても、露見してもいい、逮捕されてもいい、と思いながら実行に移すようなテロリスト、犯罪者等を完全に食い止めるのは不可能だ。運が悪ければ、ほんのわずかな“穴”から入り込まれ、犯罪が仕掛けられうる。

また、製造者のテリトリーでは管理できたとしても、輸送や流通等で犯罪に見舞われ、当初、製造者の原因ではないか、と誤認されるケースもある。したがって、犯罪防止に努力すると共に、「もし起きてしまった時」も念頭に入れた備え、という車の両輪を回す作業が必要だ。

ところが、企業の幹部は当然のことながら、「もし、起きた時は……」を考えるのはイヤ、らしい。「そこまで準備しようとしない」という話を、若い社員などからよく聞く。
 起きてしまった時に、冷静に事態を把握できず、自社にとって都合の良い情報に飛びつき安心してしまい、大きな判断ミスにつながったのが、アクリフーズ、マルハニチロの実際だった。結果的に、自主回収の決断が遅れ、消費者への正確な情報提供も滞って、消費者に大きな迷惑をかけた。
 事件・事故が起きたときのシミュレーションを行うことが極めて重要だ。社内における責任分担を明確にするだけでなく、保健所への届出、消費者への情報提供をウェブサイトや新聞社告等でどのように行うのかなど、検討しておくべきことは多数ある。

「もし起きたら」を準備する中で、客観的な目で犯罪防止の小さな穴を見つけ塞ぎ、さらに「もし起きたら」の準備作業を続けていく、というサイクルを回すことが、結局は最大の防御策なのではないか。

農水省の異物混入防止へのアドバイス

農水省は事件後、「食品への意図的な毒物等の混入の未然防止等に関する検討会」を設置して報告書を出し、各事業者の対策強化を呼びかけている。報告書の中では、次の5項目を中心に、対応策が述べられている。事業者の方々には参考にしていただきたいと思う。

1.
食品への意図的な混入は起こり得るものと想定し、従来の食品衛生の取組に加え、食品防御に対する意識を向上させる。
2.
消費者に安全で高品質な食品を届けるという食品事業者の使命を従業員に浸透させるとともに、従業員との信頼関係や良好な人間関係の構築、また、事件の予兆と考えられる事象への対応等を通して、意図的な混入をしたいと思わせない職場の風土をつくる。
3.
各事業所において諸条件を勘案しながら、自身が弱いところや効果的な対策ができるところを優先して計画的な対策を講じ、悪意を持った者による意図的な混入が実行し難い環境をつくる。
4.
事業者が自主的に取り組むに当たり、厚生労働科学研究班作成・公表のガイドライン等が参考となる。
5.
食品安全や品質向上の取組が食品防御の基礎となるほか、万一に備えた危機管理の訓練も重要。

保健所、検査機関…外部の力も借り備える

厚労省は14年10月、「食品等事業者が実施すべき管理運営基準に関する指針(ガイドライン)の改正について」という通知を出しており、「消費者等から、製造、加工又は輸入した食品等に係る 異味又は異臭の発生、異物の混入その他の苦情であって、健康被害につながるおそれが否定できないものを受けた場合は、保健所等へ速やかに報告すること」という項目を追加している。
 つまりは、保健所の指導を受け連携し、極力速やかに対応することが重要という意図だろう。

今回のアクリフーズの事件では、原因探しが迷走したことに加え、農薬マラチオンの毒性評価を当初誤ったことが、消費者への情報提供の遅れにつながった。とはいえ、食品事業者が農薬等多様な項目について詳しく、迅速に評価を下せるか、というと、それは到底、無理だ。日頃の業務と関係ない項目まで詳しくなれるはずがない。だが、今回の事件は、そんな事態も起こりうる、という現実を食品業界に突きつけた。

迅速に対応するには、外部の知恵を上手に活かす、利用する、というスタンスに立つことも大事だろう。私は、「保健所に報告する義務を負う」ととらえるのではなく、「保健所とは日頃から仲良く情報交換できる間柄になったほうがいい」と事業者の方々に提唱している。また、外部検査機関からも知恵を借りられる関係づくりを、と勧めている。今回の事件も、検査機関が備考欄に書いた「農薬にも溶媒として用いられている」という1行が、解決の突破口となった。

さいごに

意図的な異物混入対策、フードディフェンスは、施設や機器整備などのハードと、マネジメント、社員、従業員のコミュニケーション等のソフトの両面から、多様な取り組みを行い、総合的に対処することが求められる。アクリフーズの事件を参考に、多くの事業者が取り組みを強化することを期待したい。

また、消費者も、事業者がどれほど努力したとしてもこうした犯罪、異物混入をゼロにするのは難しいことを意識することが大事だろう。流通段階で針を食品に刺し込まれるような事件は頻繁に起きている。家庭で気をつけ、不安を感じるものは食べず事業者に連絡する、というのもフードディフェンスである。また、自主回収などの情報を得たら、すぐに台所で確認し対処する、というのも消費者の役割である。

2014年末から15年にかけて、虫や袋の切れ端など異物の意図的でない混入が大きな問題となり、消費者の不安が広がっている。それに乗じて、異物を混入させ騒ぎを巻き起こそうとする愉快犯も現れているようだ。
 消費者も注意すべきことがある。事業者、消費者がそれぞれの役割を担い、安全、高品質な食品を食べていきたい、と願う。

参考文献

マルハニチロ アクリフーズ・群馬工場商品の回収および農薬混入事件について
http://www.maruha-nichiro.co.jp/index.html

農水省・食品への意図的な毒物等の混入の未然防止等に関する検討会
http://www.maff.go.jp/j/syouan/seisaku/kiki/kentoukai/

厚労省・食品等事業者が実施すべき管理運営基準に関する指針(ガイドライン)の改正について
http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11130500-Shokuhinanzenbu/0000062878.pdf

FOOCOM.NET連載・編集長の視点(アクリフーズ、マルハニチロの事件について、石原さんのインタビューも含め、計7本の記事を書いている)
http://www.foocom.net/category/editor/

略歴

松永和紀
科学ジャーナリスト。1989年、京都大学大学院農学研究科修士課程修了(農芸化学専攻)。毎日新聞社に記者として10年間勤めたのち独立。食品の安全性や生産技術、環境影響等を主な専門領域として、執筆や講演活動などを続けている。「メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学」(光文社新書)で科学ジャーナリスト賞2008を受賞。2011年4月、科学的に適切な食情報を収集し提供する消費者団体「Food Communication Compass(略称FOOCOM=フーコム)を設立し代表に就任。「FOOCOM.NET」(http://www.foocom.net/)を運営している。

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