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食品機能性研究での視点
- あたりまえだけど意識すべきこと -
三重大学大学院 生物資源学研究科
准教授 勝崎 裕隆

1.はじめに

近年食品の生体調節にかかわる機能性に関する研究は活発に行われている。機能性を研究する上で、食品はいかなる段階をへて、最終的に体に入り、その運命を終えるか?ここを意識して研究を行わなくてはいけないと思っている。食材の選定、その後の食材の加工調理具合、次に、口から入って様々な代謝を受け、そして体外へ排出される。この一連の流れが食品にはある。この中で食品成分は様々な物質変化が生じる可能性がある。この流れは2つに分けて考えることができる。一つは口に入る前、もう一つは口に入ってからである。前者では加工調理による成分変化が生じる可能性があり、後者では生体内代謝による成分変化である。これらの成分変化が機能性発現とリンクしている。この点から、食品の機能性について考えてみたい。また、個人的な独特な発想もあるのでその点はご容赦願いたい。

2.食品と機能

食品とは、本来栄養としての要素を持つものであり、エネルギー獲得が本来の意味である。しかし、嗜好性等が意識され、味、色、においなどが重要な要素となった。近年、ヒトが要求するものとして、食の持つ生体調節機能が最も重要な要素となっている。これは、ヒトの栄養獲得や嗜好性を満たすことが容易になり、それ以上のものを食品に求めていることになる。また、食生活と病気や老化の関係があるということがいわれ、食生活の改善とともに、食品から何らかの良い効果が期待できないかいうことも人々の関心となるところである。実際、機能性食品といわれるものが出現してきた。しかし、食品は薬品と違い、病気を直すというよりは、予防する,あるいは現状を維持するというレベルでの生体調節機能をもっていると考えるべきである。また、食品は、薬品のように病気を直すためには副作用はやむを得ないということではなく、安全であるべきものでもある。
 ともあれ、多くのヒトは食品で生体を整えられないかと思っている。

3.加工調理について

食材は生で食するものもあるが、いろいろな加工調理が施されることがある。まず、切る、つぶす等の操作が加わることが多い。この時点で細胞破壊がおきて、成分変化が加わることは感覚的に経験しているものある。これらは食材の持つ酵素作用によるところが大きい。例をあげれば、タマネギの味や果物の褐変化等である。直接機能性と結びつくかどうかは別として、成分変化は起きている。次に茹でたり、煮たり、焼いたり、揚げたりもする。この操作は加熱作用であり、さらに、科学的には抽出といった内容も含まれることがある。機能という意味では、最終的に生体調節機能がどうなっているかがわかれば良いが、実際食品中の物質に何が起きるかということは興味深いところと考えている。

4.代謝による成分変化

機能性成分を見つけ出すには試験管レベルでの機能性(活性)が有るかどうかを調べることが一般的である。この方法は簡便かつ短時間に結果がでるため用いられる。しかし、この方法では実際個体レベルでは活性を示さないことも多い。そこで、動物実験が重要となってくる。動物実験で活性を示すこと、これが、本当に効くという意味である。
 動物実験を行いながら機能性物質を探索するとなると大量のサンプルが必要となる。ましてや何段階にも精製を行いながら、それぞれの段階で大量のサンプルを用いて一つ一つ動物実験を行うには並大抵なことではない。そうなると、より生体を意識した方法で動物実験以外の方法をとらざるをえない。動物実験以外となると、やはり試験管レベルあるいは細胞レベルとなる。それぞれの実験において、常に、生体内で次々と行われる反応、すなわち代謝を意識すれば、動物実験に近づけられる。代謝を意識したダイナミックな視点で考えて研究を行うことが重要である。

予想されうる代謝中での物質変化
 食品が口に入ってからを段階的に考えると、まず咀嚼、続いて様々な消化酵素にさらされる。また、腸内細菌の作用も受ける。体内に入ってからも、酵素の作用をうけて、最終的に体外へと排出されていく。実際にどのような消化や代謝が行われるかなどには生化学や栄養化学の知識が必要となる。次にいくつかの例について列記する。
・腸内細菌や酵素により、配糖体からアグリコンの生成
・酵素作用によりエステル結合が加水分解され、酸やアルコールの生成
・消化により高分子(タンパク質,多糖)から低分子(ペプチド,オリゴ糖)へ
・代謝により芳香族化合物やフェノール化合物が水酸化
これらの作用が加わることによって、活性が無かったものが活性を持つようになったりあるいは強化されたりしている。この変化を意識していないと、単なる食品から抽出等をして活性を調べても見逃してしまっている可能性がある。

5.食品が持つ生体調節機能へのさらなるアプローチ代謝酵素とフィトケミカルの相互作用

1)時間軸で考える
 最近、時間栄養学や時間薬理学という言葉を聞くようになってきた。ヒトは体内時計を持っていて、その時計によって、体のリズムに応じた応答をしている。つまり、やせやすいタイミングや病気の症状がでやすい時間帯は決まっている。このことをもとに、それに合った、薬の投与や食事のタイミング、食事の内容を考える。これが、時間栄養学や時間薬理学である。

2)生物の持ついろいろな力を利用してみる
 ヒトでの代謝に関連すること以外でも、生物の持つ酵素や、古くから用いられている醗酵という微生物の力も、物質を変換し、無から有を生んだり、活性を強化したりする可能性がある。醗酵の場合、安全性は担保しないといけないかもしれないが、何らかの作用で思わぬものが生成してくるかもしれない。

6.研究事例

以下にわれわれが、今までに行ってきた事例をいくつか紹介する。

1)野菜を煮たときの抗酸化性について
 大根、人参、ごぼう、しいたけを水で煮て、その煮汁の抗酸化性を測定する実験を行ったことがある。このとき、煮て抽出したものは、そのまま、水で抽出したものより、大根,人参、ごぼうは活性が増大して、特に大根の活性は強くなっていた。これが、単なる抽出率の上昇か物質変化かを調べるため活性成分の単離を試みたが、単離までいたらず、いまだに抽出効率か物質変化については結論が出ていない。しいたけは、逆に活性が弱くなった、このことは、物質が不安定で煮る位の操作で壊れているのではないかと推測している。

2)ゴマ種子中の生体内抗酸化物質の例
 ゴマは古くから知られている体に良いとされる食品である。しかし、科学的にそれが証明されてきたのはここ数十年の間である。ゴマから、図1に示すようなリグナンと呼ばれる有効な成分が見いだされたが、それ以外に、実は秘めた力を持つ成分を多く含んでいることがわかってきた1,2)。そこでこれらの物質を図2に示すように精製単離し、構造解析を行った。その結果、これらの物質はリグナンをアグリコンとする配糖体であり、いずれも新規物質であった。これらは、生体内で活性が無から有へと変化するものであった。これらはスイッチが入るように、生体内で初めて活性を示す物質である。このことは実際に動物実験でも証明されている。また、活性発現には生体内に共存する腸内細菌が分泌する酵素によるものだと推測した3)図3)。

3)ダイコン由来の生体内抗酸化物質の例
 ダイコンの成分を研究していく過程で、アミノ酸であるトリプトファンを見つけた。このトリプトファンが生体内、特に肝臓においてどのような代謝を受けるかを調べてみた。肝臓のミクロソームには解毒等に関わるP450と呼ばれる酵素群が存在している。このミクロソーム画分とトリプトファンを試験管内で反応してみた。その結果、トリプトファンが減少していき、新たな成分が生成してきた(図4)。この成分を単離し、機器分析により構造解析したところ、この物質は、5−ヒドロキシトリプトファンであった(図5)。この物質は生体内で抗酸化物質として働くものであった4)

4)微生物を利用した物質生産の例
 ゴマ油の製造行程において、油を絞ったあとに大量のゴマ粕が生じる。このゴマ粕は、飼料や肥料以外には使用されていない。粕を放置したところ、粕にカビが生える現象が見つかった。これにより粕を資化する微生物の存在がわかった。さらにこの微生物の成育中に、粕成分の物質変化を伴っていないかを検討した。その結果、ゴマ粕中のセサミノール配糖体がセサミノールへと変換されていることがわかった(図6)。これは生体内で起きている現象と同じである。このセサミノールは強力な抗酸化物質であり、ゴマ粕の有効利用へとつながることが示唆された5)

図1.ゴマ中のリグナン類の構造(PDF:35KB)
図2.リグナン配糖体の精製(PDF:32KB)
図3.リグナン配糖体の代謝と吸収(PDF:20KB)
図4.L-トリプトファンのラット肝ミクロソームによる代謝(PDF:52KB)
図5.L-トリプトファンのラット肝ミクロソームによる代謝活性化による構造変化(PDF:55KB)
図6.A. corymbiferaによるセサミノール配糖体からセサミノールへの変換(PDF:64KB)

7.最後に

食品は食材段階から次々と変化しながら最終的に体の外へ出て行く。この変化を意識していないと本来の食品の生体調節機能を見ることはできないと考えられる。食品中の物質は常に変化する可能性もって存在している。
 また、ここには書いていないが、複合系であるが故に与える影響も考慮していかなくてはいけないと思っている。
 さらに、個人的な意見であるが、生体調節機能という面では、食品と薬品は目指すところが本来違うものである。薬品は病気を直すもので、食品は病気を予防する時に重要である。食品には、嗜好性から楽しみながら、かつ栄養をという本来の役割があり、その上で、うまくいけば体の調子を整えていくというのが良いのではないかと考える。さらに、食品は変化を得ていくのではあるけれど、その過程においても、食品の生体調節機能は眠ったままで存在し、体の中でも眠ったまま巡っていて、調子が悪くなりそうなときに機能を発揮することが良いのではないかと考えている。
 簡単にいえば、食品成分は栄養以外では、体のなかでパトロール、何も無ければ、体外へ排出、これが良いと思っている。
 もう一つ、“過ぎたるは及ばざるがごとし”、食品は、偏ること無く、バランスよく、適量を食べる。これも重要なことであると思っている。

参考文献

1)
ゴマの科学 並木満夫、小林貞作編 朝倉書店(1989)

2)
ゴマ‐その科学と機能性 並木満夫編 丸善プラネット株式会社 (1998)

3)
H. Katsuzaki, S. Kawakishi, T. Osawa : Phytochemistry, 35(3), 773-776 (1994)

4)
H. Katsuzaki, Y. Miyahara, M. Ota, K. Imai, T. Komiya : Biofactors, 21(1-4), 211-214 (2004)

5)
宮原由行、勝崎裕隆、今井邦雄、小宮孝志: 日本食品科学工学会誌, 48(5), 370-373(2001)

略歴

三重大学大学院生物資源学研究科修士課程修了、名古屋大学大学院農学研究科博士課程単位取得退学、博士(農学)名古屋大学、1993年より三重大学生物資源学部助手、2004年助教授、現在に至る。専門は天然物化学、食品化学。植物、昆虫由来の生物機能物質の単離構造決定に関する研究をおこなっている。

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