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次亜塩素酸を活用した食中毒細菌およびウイルスの制御対策
三重大学大学院生物資源学研究科
福崎 智司

はじめに

次亜塩素酸(HOCl)は、食品産業や医療・介護施設で洗浄・殺菌剤として長年汎用されてきた次亜塩素酸ナトリウムの活性因子である。次亜塩素酸ナトリウムは、酸化作用を示す強アルカリ性溶液であり、多くの食中毒菌や病原菌、ウイルスに対して速効的な不活化効果を持つことが特長である。最近では、希薄な食塩水や塩酸を電気分解して調製する次亜塩素酸水や、次亜塩素酸ナトリウムと塩酸を水道水に混合希釈して安全に調製する弱酸性の次亜塩素酸水溶液の使用が普及し始めている。
 ここでは、食中毒細菌およびウイルスの制御対策を目的として各種の次亜塩素酸水溶液を正しく活用するための洗浄・殺菌メカニズムに関する基礎知識を解説した後、次亜塩素酸水溶液を微細粒子状に霧化して噴霧する殺菌法について触れてみたい。

1.次亜塩素酸ナトリウムの製造方法と主成分

次亜塩素酸ナトリウム(NaOCl)は、工業的には水酸化ナトリウム溶液に塩素ガスを吸収させて製造されている。一般に、市販品の次亜塩素酸ナトリウム液は、遊離有効塩素濃度5~12%,pH12.5~13.5の強アルカリ性溶液である。次亜塩素酸ナトリウムの主成分は、次亜塩素酸と水酸化ナトリウムであり、いずれも解離型(イオン型)として存在する。青果物や食器・調理器具類の消毒には、有効塩素濃度が50~200ppm(pH 8~10)となるように希釈された次亜塩素酸ナトリウム水溶液が使用されている。

2.次亜塩素酸の解離特性

次亜塩素酸は弱酸(pKa = 7.5)であり、pH 5~10の範囲において非解離型次亜塩素酸(HOCl)と次亜塩素酸イオン(OCl-)との間に平衡関係が成り立つ。図1に、次亜塩素酸水溶液のpHと非解離型HOClの存在比率の関係を示す。pH 7.5においてHOClとOCl-の比率は1:1となり、pHが7.5よりもアルカリ性に傾くとOCl-の存在割合が増加し、pHが7.5よりも酸性側に傾くと、HOClの存在割合が増加する。このpHに依存したHOClとOCl-の存在比率が、洗浄や殺菌の作用効果を支配することになる。

図1.次亜塩素酸の解離平衡とpHの関係(PDF:33KB)

3.次亜塩素酸水溶液による殺菌メカニズム

次亜塩素酸ナトリウムによる殺菌の効果やメカニズムは、水溶液のpHに依存して異なる1)。酸性から弱アルカリ性(pH < 10)では、非解離型HOClが主たる殺菌因子として作用する。一方、強アルカリ性領域(pH > 11)ではHOClの存在比率はきわめて低くなるが、強力な殺菌効果が得られる。これは、水酸化物イオン(OH-)とOCl-の相乗作用による殺菌効果である。図2に、HOCl(酸性~弱アルカリ性)およびOH-とOCl-(強アルカリ性)による細菌(原核細胞)の殺菌機構のモデル図を示す。

(1) 酸性~弱アルカリ性
 次亜塩素酸ナトリウムの希釈水溶液(弱アルカリ性)および酸性の次亜塩素酸水溶液(pH 2.2~6.5)の殺菌効果は、水溶液中の全遊離有効塩素濃度ではなく非解離型HOClの濃度に強く依存する。これは、微生物細胞内部へのHOClの透過性に起因している(図2A1)。細菌の細胞壁は厚く丈夫な構造体であるが、イオンや低分子量の親水性分子を容易に透過させる。一方、形質膜はリン脂質二重層を基本構造としており、イオン化したOCl-はこの脂質二重層を透過することができない。
 一方、非解離型HOClは、適度の分子サイズと電気的中性の性質から、受動拡散により容易に細胞壁と形質膜を透過する。細胞内に侵入したHOClは、細胞機能に必須な酵素や組織に対して酸化作用を及ぼす。HOClの優れた殺菌作用は、芽胞や各種ウイルスに対しても有効に発現する。
 弱酸性の次亜塩素酸水溶液は、皮膚に刺激を与えないことから、衛生管理の基本である手洗いに有効に使用できる上、食材、調理器具、その他の幅広い対象物に適用が可能である。

(2) 強アルカリ性(pH > 11)
 次亜塩素酸ナトリウムの濃厚液は、強アルカリ性であるため、高濃度の水酸化物イオン(OH-)を含有する。高濃度のOH-は、細胞壁や形質膜を構成する物質(例えばムコ多糖、タンパク質、リン脂質、不飽和脂肪酸)に吸着して局所的に分解し、細胞表層の構造に損傷を与える。そして、細胞表層が損傷を受けることによりOCl-との反応性が高まり、必須酵素のSH基やアミノ基を酸化して触媒機能を阻害するものと考えられる(図2B)。この効果は、強アルカリ性水溶液と次亜塩素酸ナトリウムの種々の濃度の組み合わせで得ることができ、芽胞や各種ウイルスの不活化に対しても同様に有効である1)
 ノロウイルス患者の嘔吐物の処理には、約1,000 ppmの次亜塩素酸ナトリウムまたは塩素系漂白剤を使用することが推奨されている(pH 11前後)。この場合は、嘔吐物との反応により有効塩素(OCl-)濃度が減少することを想定して高めの濃度設定が行なわれているが、OH-とOCl-の相乗作用による不活化効果は有効に発現する。

図2.HOClの膜透過性(A)とOH-とOCl-の相乗作用(B)による殺菌メカニズムの概念図(PDF:45KB)

4.次亜塩素酸水溶液による洗浄メカニズム

ステンレス鋼などの硬質表面に付着した有機物や微生物に対する次亜塩素酸の洗浄力は、解離型である次亜塩素酸イオン(OCl-)の濃度に依存する。
 図3に、水洗浄後にタンパク質が残存したステンレス鋼を、種々のpH(4~11)および有効塩素濃度(100~1,000 ppm)に調整した次亜塩素酸水溶液で洗浄したときの除去率を示す2)。水酸化ナトリウム水溶液(OH-の作用)単一の洗浄の場合、pH11以上のpH領域においてpHの増加とともに除去率は向上している。一方、次亜塩素酸が洗浄液中に存在すると、比較的低いアルカリ性pH領域において高い除去率が得られる(図3A)。次亜塩素酸の効果は、有効塩素濃度が高いほど、またpHが高くなるほど顕著に現れる。一方、有効塩素濃度が1,000 ppmと高濃度で存在しても、弱酸性のpH領域であれば次亜塩素酸の洗浄効果は期待できないことがわかる。
 図3Bは、pH 4~10の各水溶液中の解離型OCl-濃度を算出し、タンパク質の除去率をOCl-濃度の関数として整理し直した図である。異なるpHおよび有効塩素濃度で得られたタンパク質の除去率は、OCl-濃度に対して一本の線上に集約されることがわかる。この関係は、次亜塩素酸水溶液の洗浄力がOCl-濃度に強く依存することを示している。この洗浄系の場合、次亜塩素酸水溶液の洗浄力が発現するためには、少なくとも数十ppm以上のOCl-が存在しなければならないことになる。このように、洗浄に必要な有効塩素濃度は解離型OCl-濃度を基準に設定する必要がある。

図3.水洗浄後にステンレス鋼に残存したタンパク質の除去に及ぼす次亜塩素酸水溶液のpHと有効塩素濃度の影響(PDF:36KB)

5.洗浄効率に及ぼす界面活性剤の効果

洗浄操作における次亜塩素酸ナトリウム水溶液の短所は、溶液の表面張力が大きい(72~74 mN/m)ために汚れや被洗浄体を濡らし、汚れ層内部あるいは被洗浄体の細部に浸透する力に劣る点である。これは、媒体である水の短所に他ならない。プラスチックのように極性の小さい疎水性ポリマー表面では、OH-やOCl-による洗浄効果は親水性表面ほど高くない。この場合、界面活性剤を添加して洗浄液の表面張力を減少させ(>40 mN/m)、固液界面へのOH-やOCl-の浸透を促進させることで、洗浄性は大きく改善される。家庭用の塩素系漂白剤は、ほとんどの製品に界面活性剤が配合されており、濡れ性に優れている。この点が、業務用の次亜塩素酸ナトリウムと大きく異なる点である。
 図4に、水洗浄後に細菌(菌体)が残存したプラスチック板(PET)を対象に、非イオン界面活性剤(0.02%)を配合した水、水酸化ナトリウム水溶液(pH 12)、次亜塩素酸ナトリウム水溶液(pH 12, 100 ppm)を用いて高速撹拌洗浄したときの菌体の離脱曲線を示す3)。水および非イオン活性剤水溶液を用いた洗浄では、菌体の離脱はきわめて緩慢な速度で起こっており、60秒後の除去率はいずれも低い(約37%)。この洗浄系では、非イオン活性剤自身の洗浄効果は寄与していないことがわかる。水酸化ナトリウム水溶液では、比較的速やかに菌体の離脱が進行し、除去率は97%に増加する。非イオン活性剤を配合した水酸化ナトリウム水溶液では、無配合時の洗浄と比較して、菌体の離脱速度は約2倍に増加し、さらに界面活性剤と次亜塩素酸ナトリウムの同時添加では、洗浄速度は約3倍に増加し、除去率は約99.9%まで向上する。
 一方、上記の菌体数の減少を生菌数として評価すると、生残率の対数減少値は洗浄10秒後において約5となり、洗浄50秒以上では生菌数は検出限界以下に達する。高濃度(100 ppm)のOCl-は、OH-および界面活性剤による洗浄作用の下で、付着細菌の除去を促進するとともに、50秒間という短時間で付着残留細菌を完全に死滅させる効果を示すのである。

図4.水洗浄後にPETに残存した細菌菌体のアルカリ洗浄除去に及ぼす界面活性剤の併用効果(PDF:32KB)

6.塩素系アルカリフォーム洗浄の効果

泡沫(フォーム)洗浄は、起泡力に優れた界面活性剤を洗浄液に配合して泡沫を形成し、被洗浄体に吹き付けて洗浄する方法である。しかし、単に泡立てた洗浄液を吹き付ければ良いというわけではない。洗浄は、液体と固体の界面で発生するので、安定に過ぎる泡沫では良好な洗浄は行えない。洗浄に良質の泡沫は、ゆっくりと破泡しながら小さな間隙にまで流れ込み、汚れを吸い上げて包み込みながら固液界面で洗浄作用を発揮する。また、比較的高濃度(>100 ppm)の次亜塩素酸ナトリウムのフォームを使用すれば、高圧洗浄のような機械的な作用力を用いなくても、殺菌兼用の洗浄を行うことができる4)
 図5Aに、塩素系アルカリ洗浄液(pH 10, 200 ppm)を用いてステンレス鋼製メッシュコンベアベルトを泡沫洗浄している様子を示す。フォームは、塗布10分間後にほぼ破泡し、まばらに観察される程度である。図5Bは、泡沫洗浄前後での付着菌の状態を観察した写真である。付着菌数は、洗浄前の107個から102個のオーダーまで減少しており、さらに残存した菌体も完全に不活化されていることも確認されている。

図5.適度な保水性と破泡性をもつフォームによる洗浄(PDF:277KB)

7.超音波霧化法による空間殺菌

近年、インフルエンザに代表される呼吸器感染症の流行や養鶏場での鳥インフルエンザの発生が社会的な問題となっている。また、毎年のように冬期になるとノロウイルスによる食中毒の発生が危惧されている。ヒトに感染するウイルスの主な感染経路は、飛沫感染と接触感染とされている。一般的な予防策として、ワクチンの接種をはじめ、手洗い、うがい、マスクの着用などの防衛的な措置が行われているが、不特定多数の人が出入りする室内空間や作業環境では十分な対応とは言えない。
 従来、次亜塩素酸水溶液は「物」を対象とする使用が中心であったが、これを室内空間における殺菌に適用しようとするのが空間噴霧である。水溶液の微細粒子は、あくまで形態が異なる「液体」である。したがって、次亜塩素酸水溶液の霧化噴霧による不活化効果は、水溶液と同様に、微細噴霧粒子が対象物に到達した時点でのHOCl濃度(C)と暴露時間(T)の積(CT値)に依存する傾向がある。
 図6に、弱酸性(pH 6)およびアルカリ性(pH 10)に調整した希薄な次亜塩素酸水溶液(2 ~4 ppm)の霧化微細粒子を直接噴霧したときの大腸菌(Escherichia coli)の死滅挙動を示す5)。図の横軸は、対象物に到達した時点での噴霧気流中の有効塩素濃度と曝露時間の濃度時間積、縦軸は生残率の対数値である。いずれのpHの場合も、生残率の対数減少は濃度時間積に比例して直線性を示しており、15~20分間の曝露により生菌数は約3~4桁減少することがわかる。また、グラフの傾きから、pH 6の方がpH 10よりも約1.7倍大きい結果となっている。水溶液の時ほど殺菌効果に差違が見られないのは、弱酸性水溶液中のHOClは揮発しやすく有効塩素濃度が低下することと、アルカリ性水溶液の微細粒子が空気中のCO2を吸収してpHが7.5程度まで低下することに起因している。このように、弱酸性次亜塩素酸水溶液の霧化微細粒子の噴霧気流が直接接触する固体表面であれば、希薄な水溶液の霧化噴霧でも効果的な殺菌を行うことが可能である。
 殺菌効果は濃度時間積に依存することから、遊離有効塩素濃度および噴霧時間を調節することによって、最適な殺菌条件を設定することができる。ちなみに、次亜塩素酸水溶液の濃度を20 ppm以上にして、霧化微細粒子を直接噴霧することにより105オーダーの大腸菌は2分以内に検出限界以下となる。その他、次亜塩素酸水溶液の霧化噴霧の有効性は、これまでに固体表面上のノロウイルス6)やインフルエンザウイルス7)にも有効であることが報告されている。微細噴霧粒子は、短時間の噴霧では対象物の表面を濡らさないという利点を持つため、カーテン、衣類、カーペットなどの繊維表面のドライ消毒にも有効であると思われる。
 室内への空間噴霧の場合、霧化粒子による有効塩素の到達距離は、家庭用の超音波霧化器の風量では6m程度である。有効塩素の到達量は噴霧口からの距離に反比例して減少し、併せて殺菌効果も相関して減少する8)。高度の微細粒子化により、到達距離の延長が図れる反面、有効塩素濃度の消失も促進する。霧化による有効塩素濃度の変化を予測し、施設環境に適した噴霧条件の最適化が必要となる。
 霧化粒子の吸入の安全性は、実験動物のレベルで確認されている。ラットを用いた90日間亜慢性吸入毒性試験では、雌雄ともに体重および一般状態において、また血液学的検査および肺の病理組織学的検査の結果において、特記すべき変化は見られないことが報告されている9)。また、金属材料に対する影響に関しては、通常の乾燥した室内環境であれば、基本的にステンレス鋼や塗装面に対してはほとんど腐食の心配はない。しかし、結露を生じやすい箇所では、腐食発生の危険性は高まる。腐食に対するもっとも簡便な対策は、対象箇所を定期的に清拭洗浄したうえで、乾燥状態を保つことである。

図6.対象物到達地点での噴霧気流中の有効塩素濃度(C)で表した濃度時間積と大腸菌の生残率の関係(PDF:48KB)

おわりに

非解離型HOClは、OCl-よりも有効塩素濃度あたりの殺菌効果が大きい。この認識は正しいが、あくまで同一かつ低い有効塩素濃度で、酸性から弱アルカリ性領域で比較した場合の話である。処理対象物が、高濃度のアルカリ剤や有効塩素に対して十分な耐薬剤性を持つならば、OH-とOCl-の相乗作用を利用した洗浄・殺菌処理の方が微生物対策(除菌と殺菌)には有効である。また、弱酸性次亜塩素酸水溶液の霧化噴霧は、人の皮膚や粘膜を刺激することなく低濃度で高い不活化効果を発揮し、室内の各種表面を濡らさない殺菌法として有望視されている。今後、冬期に多発するノロウイルス食中毒やインフルエンザ対策の一つとして、有効な活用法が普及することを期待している。

参考文献

1)
Fukuzaki, S.: Biocontrol Sci., 11, 147-157 (2006).

2)
福崎智司:調理食品と技術,16, 1-14 (2010).

3)
高橋和宏,福崎智司:防菌防黴,40, 405-413 (2012).

4)
高橋和宏ら: J. Environ. Control Tech., 31, 21-26 (2013).

5)
浦野博水,福崎智司: 防菌防黴,38, 573-580 (2010).

6)
Park, G. W. et al.: Appl. Environ. Microbiol., 73, 4463-4468 (2007).

7)
福崎智司ら:防菌防黴,41, 11-17 (2013).

8)
浦野博水,福崎智司: 防菌防黴,41, 415-419 (2013).

9)
鈴木大輔ら:実験動物と環境,21, 99-108 (2013).

略歴

福崎 智司
三重大学大学院生物資源学研究科 教授
1991年3月広島大学大学院醗酵工学科博士課程後期修了後、同年4月岡山県工業技術センター入所。食品技術グループ長、研究開発部長を経て、2013年より現職。専門は、洗浄・殺菌工学、生物化学工学、食品微生物学、廃水処理工学。工学博士。

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