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乳酸菌による海苔佃煮の変敗と防止に関する研究
食品・微生物研究所
内藤茂三

1.はじめに

佃煮は海藻や魚介類等の原料を醤油、砂糖、水あめなどの調味料と共に煮て、保存性に加え嗜好性の高い調味食品として生産されている。佃煮には、原料、調味料、製法の違いにより多くの種類があり、地域において特徴のある製品が作られてきた。佃煮原料には、水産物のほか、農産物や畜産物も用いられるが、水産物佃煮は魚類、貝類、藻類、甲殻類、軟体動物等を原料とするため、その種類は豊富である。特に三重県では海産物の佃煮が多く生産されている。佃煮の年間生産量は10万トンから13万トンと安定しており生産量の40%はコンブ佃煮で占められている。佃煮は調味料の組成によって甘露煮、しぐれ煮、あめ煮と呼ばれるものがある。甘露煮は、一般の佃煮よりも砂糖および水あめの濃度が高い製品である。あめ煮は、甘露煮と区別されずに用いることもあるが、醤油を使用せず、砂糖、水あめ、塩等で煮て甘みの強いものをいう。しぐれ煮はショウガ等の辛味の強い佃煮である。伝承による高級品を小規模に生産するもの(三重)、量産による大衆製品を生産するもの(大阪、東京)とに分化している。保存料(ソルビン酸等)を添加していても変敗する。
 佃煮の煮方には、炒り煮と浮かし煮がある。炒り煮法は、原料が調味液を全て吸収するまで煮込むもので、撹拌しながら煮こむため形が壊れにくい「コンブ佃煮」や形が商品価値に影響しない「でんぶ」、「海苔佃煮」の製造に用いられる。本方法は一方では空気を多く巻き込むため微生物の二次汚染を受けやすい方法でもある。浮かし煮法は多量の調味液で原料を煮込み、調味料若しくは原料の液部が適度な濃度になった時点で終了する。浮かし煮法は、煮崩れしやすい生魚等を原料とした佃煮製造に用いられる。

2.海苔佃煮の乳酸菌による変敗

佃煮の貯蔵性及び嗜好性は、主に高濃度な調味料で原料を煮ることによって付与される。三重県で多く生産される海苔佃煮は煮ることで水分が除去され、塩及び砂糖等を含む調味料が浸透することで水分活性が低下して保存性が高まる。しかし近年は、消費者の低塩分、低糖濃度嗜好が強く、佃煮においても従来の製品に比べて塩分及び糖濃度は低下傾向にある。このような製品は、水分活性が高く貯蔵性が悪いことから、長期間貯蔵するためには低温貯蔵される場合が多い。しかし伊勢地方を中心とする三重県では常温販売をしている。ホット充填のみで、蒸気殺菌を行っていない場合もある。蒸気殺菌が適正に行われていれば原因菌が乳酸菌と酵母であるので海苔佃煮の変敗は生成されない。
 アメリカでは醤油、ソースを冷蔵庫に入れる習慣がある。この評価について研究所に多くの問い合わせがある。これは微生物的には常温で問題はないが化学的な変化があり、品質が劣化する。日本においても醤油、ソース、レトルト食品を冷蔵庫に入れる習慣をつける必要がある。瓶つめの海苔佃煮も冷蔵庫に入れておけば微生物的な問題は生じなかったと思われる。
 佃煮は使用される調味料で区分される。最も多いのが砂糖、水飴を主体として、微量の食塩を加えて調味したものである。これらの佃煮に共通していることは水分が少なく、塩分又は糖度が高いことであり、従って保存性に富んでいることである。しかし、塩分や糖度が高いために特殊な微生物(乳酸菌や酵母)が共生生育して佃煮が変敗することがある。比較的最近、瓶に詰めた海苔の佃煮に異臭が発生して液化すると共に味が変化するという現象が多発した。海苔佃煮は緑藻類である「ヒトエグサ」を主原料としているが、特有の「海苔香」の主成分はDMS(Dimethyl sulfide)であり、生藻内ではDimethyl-β-propiothetinとして存在し、酵素及びATPとメチオニンあるいはグルタチオンの存在のもとで分解されて、DMSを生成する。海苔佃煮の香気成分はDMSと共に、調味液に起因する他成分、乳酸菌等の微生物の影響も大きい。海苔佃煮の品質を左右する最も重要な項目は、味、物性、香りである。この味の変化、物性の変化、香りの変化が製造工場で二次汚染した乳酸菌に起因していることが分かった。変敗製品には3.1×107/gの乳酸菌と3.5×103/gの酵母が存在する。この乳酸菌は酵母と共存して生育し相互作用(SN効果)をしている。顕微鏡で観察すると酵母細胞の周囲に乳酸菌が付着している。海苔佃煮中には酵母、乳酸菌、乳酸菌以外の細菌等、複数の微生物が共存している。乳酸菌は海苔佃煮中では単独では生育しにくいが、酵母が共存することにより増殖する。乳酸菌が生産する物質(乳酸、酢酸等)を酵母が基質として資化して乳酸菌の生育に不利な物質を除去することによる。特に乳酸菌と酵母は食品中で共生して増殖し、食品の変敗を増進することが多くの事例で知られている。特に乳酸菌の海苔佃煮の変敗では酵母(変敗に寄与する種類が多い)がキーポイントとなっている。酵母が保存料やその他不都合物質を資化して乳酸菌が増殖する。

3.海苔佃煮の異臭および液化製品の検査

変敗した海苔佃煮から変敗原因菌の分離は以下のようにして行った。細菌の計測は標準寒天培地、酵母の計測はポテトデキストロ−ス(PDA)寒天培地、乳酸菌の計測はBCP加プレ−トカウント寒天培地とMRS寒天培地をもちいて平板混釈培養法により行い、純粋分離と平板培養を繰り返して、分離菌株を得た。なお乳酸菌は通常の混釈培養法のみならず同時にガスパックシステム(BBL社製)でも培養を行った。香気成分は試料10gを20ml容のサンプル瓶にとり、50℃、1時間保持した時のヘッドスペイス1mlをGC法で測定した。また有機酸の測定は試料を硫酸でpH2.0に調整し、ソックスレ−液体抽出器で120時間連続抽出を行い、エ−テルを完全に除去後、カルボン酸分析計で測定した。また製造工場の各工程における落下菌および空中浮遊菌数の測定培地は細菌は標準寒天培地、酵母はPDA寒天培地、乳酸菌はMRS寒天培地を用いた。落下菌は細菌で5分間、真菌で20分間シャ−レ(9cm)を開放して測定した。空中浮遊菌の捕集にはピンホ−ルサンプラ−により、毎分26.6Lの速度で2分間空気を吸引して測定した。この際、サンプラ−のタ−ンテ−ブルの上に標準寒天培地平板、PDA寒天培地平板およびMRS寒天培地平板を置き、この平板に出現したコロニ−数を空気53L当たりの菌数として示した。なお工程の付着菌は、各工程の使用機械の一定面積(100cm2)を滅菌生理食塩水に湿らせた滅菌ガ−ゼを用いてふき取り菌数を測定した。

4.海苔佃煮の異臭および液化製品生成原因の検討

海苔佃煮の水分活性は0.87前後で、通常の細菌では増殖しにくい。変敗の原因菌は乳酸菌と酵母が予測される。瓶詰海苔佃煮の製造工程をに示した。原材料は青板のり、青ばらのりと呼ばれる緑藻類とヒトエグサの乾燥品を用いる。まず原材料の夾雑物を除き、水あるいは醤油で洗う。原材料が青ばら海苔の場合は夾雑物が入りやすいので水洗いを丁寧にする。脱水した後、調味液を加えて煮熟する。調味液の配合により特色が出るので伝承が多い。通常は瓶つめ製品で2ケ月は常温で保存できる。
 原材料および製造工程中の微生物の変化を表1に示した。細菌は原藻(青板海苔、ばら干し海苔)に2.5×104〜1.2×105/g、濃口醤油30以下/g、食塩300以下/g、砂糖300以下/g、カラメル300以下/g、寒天300以下/g、水飴300以下/g、アミノ酸液1.5×103/gが検出された。釜に醤油、アミノ酸液、食塩、砂糖、カラメルを入れて加熱した調味後の細菌数は30以下/gであり、洗浄して脱水後の原藻を投入して蒸熟後の細菌数は2.5×103/gであった。さらに水飴、寒天を投入して30分間煮込んだ後の細菌数は3.2×103/gであった。煮上がった製品は冷却台に広げて冷却するが、この冷却後の細菌数は1.2×104/gとなり、瓶詰後の細菌数は2.8×104/gであった。瓶への充填は65℃以上のホット充填を行っている。これらの原材料および各工程の乳酸菌の分布状況を検討した結果、乳酸菌は冷却工程の製品から1.0×104/g、瓶詰製品から2.5×104/g検出されたところから冷却工程で汚染され瓶詰工程で増殖したものと考えられる。製品の汚染の原因は上記の冷却、瓶詰工程からの二次汚染であると考えられたために、製造工程別に落下菌数、浮遊菌数および工程からの付着菌数を測定した。工場全体の落下細菌数が15〜32CFU/シャ−レ5分間と比較的多く、特に蒸熟、冷却、瓶詰め工程に多く認められ、そのうち10%が乳酸菌であった。蒸気殺菌工程以降に残存する乳酸菌及び酵母が認められた。海苔佃煮の変敗品と正常品の微生物菌数および菌叢を測定した結果、Lactobacillusは変敗品から3.1×107/g、正常品より5.1×102/gを検出した。その他の微生物は比較的少なく、変敗品と正常品との差異は認められなかった。海苔佃煮の変敗品および正常品の成分分析を行った結果を表2に示した。変敗品の水分含量が60%を超え水分活性値が0.90を超えた。
 正常品はシュクロース、マルトースのニ糖類が構成糖の主体であり、グルコース、ラクトース、ソルビトールの割合は低かった。変敗品はシュクロースの含量が著しく減少した。有機酸は変敗品と正常品を比較すると、変敗品は乳酸、酢酸が増加したが、クエン酸、リンゴ酸、コハク酸はほとんど変化がなかった。
 変敗品および正常品のpHはそれぞれ3.78と4.62であり、変敗品は正常品に比較してエタノ−ル、乳酸、酢酸が増加して糖質が減少した。また正常な海苔佃煮から検出された香気成分は、アセトアルデヒド、酢酸エチル、エタノ−ル、DMSであったが、異臭の生成した海苔佃煮には上記成分のほか、イソブチルアルデヒド、イソバレルアルデヒドが検出された。異臭の生成した海苔佃煮からLactobacillus 1菌株、Bacillus 1菌株、Micrococcus 2菌株、酵母2菌株(Wikerhamamayces,Rodotorula)が検出された。正常海苔佃煮からLactobacillus 1菌株、Bacillus 1菌株、Micrococcus 1菌株、酵母1菌株が検出された。工場の落下菌からLactobacillus 1菌株、Bacillus 3菌株、Micrococcus 2菌株が検出され、製造工程の付着菌として Lactobacillus 1菌株、Bacillus 2菌株、Micrococcus 2菌株が検出された。これらの分離した単独微生物を冷却処理後の海苔佃煮に添加して瓶詰を行い、蒸気殺菌後(中心部温度80℃)に30℃で2週間保存して異臭の生成および液化したのは乳酸菌を添加した製品のみであった。乳酸菌と酵母を同時に接種した場合は異臭の生成、物性の変化、味の変化は大きくなった。
 この乳酸菌(Lactobacillus)MRS液体培地での培養液の上澄み液には0.80%の乳酸と0.35%のエタノールが検出され、生成乳酸はDL型でペプチドグリカンタイプは非DPA型でLys:Ala型であった。この培養液中の菌種は、Lactobacillus viridescenceで、現在はWeissella viridescenceと名称を変更している。これまで海苔佃煮の変敗乳酸菌としてLactobacillus fructivoransが知られ、多くの製品より分離された。本菌はアルコール耐性で防腐剤を資化する乳酸菌であった。製品の蒸気殺菌不足からしばしば変敗品が生じている。
 今回の海苔佃煮の変敗乳酸菌を同定した結果、ヘテロ発酵型の乳酸菌であるWeissella viridescenceであった。問題発生した瓶つめ海苔佃煮を完全滅菌後にWeissella viridescenceを接種した後、保存した場合は異臭の生成、物性の変化、味の変化は認められたが、比較的弱いものであった。このことからWeissella viridescenceは、長期間保蔵中の海苔佃煮中の他の微生物(酵母、他の細菌)あるいは成分と反応してSN効果を発揮して異臭を増強生成させているものと思われる。最近このSN効果による食品の変敗が増加しているので解析が困難となっている。防止対策として乳酸菌と共存している他の微生物を何らかの方法で減少させることができれば乳酸菌による変敗現象は減少させることができる。

5.オゾンガスおよびオゾン水による工場環境の殺菌

オゾンガス処理前後の工場の5月と11月における空中浮遊微生物の種類と菌叢を測定した結果、変敗の原因菌であるWeissella viridescenceは各工程に検出され、特に調味料混合、蒸熟、冷却工程に多く、本菌による汚染は工場全体にわたっている。各工程のオゾン濃度を0.12〜0.26ppmで1日5〜6時間で約半年処理することにより菌数は著しく減少した。また調味料混合、蒸熟、冷却工程を0.8ppmのオゾン水で1日に3回ずつ洗浄して、各工程の装置および床をオゾン水で洗浄した結果、付着微生物は著しく減少し、特に蒸熟、冷却工程に付着したWeissella viridescenceは全く検出されなくなった。海苔佃煮工場は原藻の洗浄に多くの水を使用するために湿度が高く、さらに原料が多種にわたるため微生物の汚染は著しい。海苔佃煮の原料、特に糖類や調味料を多量に使用するため、また、これが工場に多く散乱しているため床や機械等に付着した汚染菌が多い。本工場では長年の間、工場の床等の殺菌に300ppmの次亜塩素酸ナトリウム液を散布してきたが、大腸菌群や乳酸菌の増殖が認められた。これは、これらの菌が長年の使用により次亜塩素酸ナトリウムに対して抵抗力を有したものと考えられる。このため次亜塩素酸ナトリウムと殺菌機構の全く異なるオゾンを用いて殺菌することは極めて有効である。今回、海苔佃煮の異臭生成および液化の原因となった微生物は、工場の環境より汚染された乳酸菌の一種であるWeissella viridescence であった。本菌は耐糖性、耐塩性が強く、水分活性が0.86でも生育し、糖類を資化して酸およびエタノ−ルを生成した。また本菌は原材料からは検出されず、冷却工程以降の製品に全て検出されたところから、冷却工程で工場より二次汚染されたものと考えられる。さらに本菌は製造工程中の落下菌、空中浮遊菌および床より検出されたところから工場環境からの二次汚染と考えられた。

海苔佃煮の製造工程

表1 海苔佃煮の原料及び製造工程中の微生物
原材料及び試料 細菌(/g) 酵母(/g) カビ(/g)
原藻類      
  アオ板ノリ 2.5×104 300以下 300以下
  バラ干しノリ 1.2×105 300以下 300以下
濃い口醤油 30以下 30以下 30以下
食塩 300以下 300以下 300以下
砂糖 300以下 300以下 300以下
カラメル 300以下 300以下 300以下
寒天 300以下 300以下 300以下
水あめ 300以下 300以下 300以下
アミノ酸液 1.5×103 300以下 300以下
調味料混合加熱後 30以下 30以下 30以下
原藻投入蒸熟後 2.5×103 300以下 300以下
水あめ、寒天投入蒸熟後 3.2×102 300以下 300以下
冷却後 1.2×104 300以下 300以下
瓶詰め後 2.8×104 300以下 300以下


表2 瓶つめ海苔佃煮の正常品と変敗品の成分変化
  変敗品 正常品
pH 3.78 4.62
乳酸菌数(/g) 3.1×107 5.1×102
細菌数(乳酸を除く、/g) 4.3×103 3.1×103
酵母菌数(/g) 3.5×103 3.1×102
カビ数(/g) 300以下 300以下
水分(%) 60.3 56.8
水分活性 0.91 0.87
塩分(%) 5.32 5.82
糖質(%) 3.51 4.33
エタノール(%) 0.52 0.06
酸度(ml) 12.67 9.56
乳酸(%) 0.62 0.32
酢酸(%) 0.25 0.10
クエン酸(%) 0.41 0.39
リンゴ酸(%) 0.58 0.65
コハク酸(%) 0.51 0.53

        酸度:10倍希釈液

略歴

愛知県産業技術研究所食品工業技術センター
愛知学泉短期大学食物栄養学科
現在 食品・微生物研究所

研究テーマ

@ 食品の変敗現象の解明と防止技術に関する研究
A 食品及び食品工場へのオゾンの利用に関する研究
B 調理科学に関する研究
C 調理食品加工残渣の素材化に関する研究
D 伝統的食文化の科学的解明に関する研究

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