一般財団法人 食品分析開発センター SUNATEC

HOME >検査面からみたノロウイルス感染症の発生様式の特徴とノロウイルス検査法の現状
検査面からみたノロウイルス感染症の発生様式の特徴と
ノロウイルス検査法の現状
前広島文教女子大学人間科学部人間栄養学科
福田伸治

はじめに

今やノロウイルスは、わが国の食中毒および冬季の乳幼児感染性胃腸炎の上位を占める病因物質であり、その対策が必要な病原微生物であるが、減少傾向はみられていない。この原因としては、①キメラウイルス(遺伝子組み換え)の出現や流行遺伝子型の変化、特にノロウイルス感染症の主体を占める遺伝子型GII.4が年々遺伝子変化を繰り返しヒトの免疫から逃れていること、②糞便のみならず嘔吐物(嘔吐初期の固形物主体の嘔吐物よりも後期の胆汁が混入した苦い液体様の嘔吐物にウイルス量が多い)中に大量のウイルスが排泄されること(図11)、③症状消失後長期間にわたり糞便中にウイルスが排泄されること、④感染しても症状を呈さない不顕性感染者が存在すること、⑤発症ウイルス量が非常に少なく感染率が高いこと、⑥乳幼児から成人まで幅広く感染発症すること、⑦容易に生活環境を汚染しやすく、冬季には長期間ウイルスが生存すること、⑧潜伏時間が24-48時間(平均的には30時間前後の場合が多い)と長いこと、⑨二枚貝を生食すること(環境中のウイルスを餌であるプランクトンとともに摂取し、中腸腺にウイルスが蓄積)などが関係していると推察される。
感染予防のためには感染ルートを明らかにし、その原因を断つことにある。ノロウイルスの感染ルートにはいくつかのものが知られているが、検査結果の面からノロウイルス感染症をみると、発生様式にいくつかの特徴がみられる。ここでは、この特徴について紹介するとともに、感染ルート等疫学調査に必要な検査法の現状についてみたい。

図1.嘔吐物中に排泄されるノロウイルス量(PDF:128KB)

1 検査面からみたノロウイルス感染症の発生様式の特徴

ノロウイルスの感染ルートは基本的に経口感染であるが、一般的には①汚染された食品(水)の摂食による食品(水)媒介感染(いわゆる食中毒)、②感染者の排泄物に触れた場合あるいはドアノブなど感染者が汚染した環境を介した接触感染、③感染者の排泄物の飛沫あるいはそれが乾燥した塵埃による飛沫感染・塵埃感染に大別されている(ノロウイルス感染の症状と感染経路、http://www.nihs.go.jp/fhm/fhm4/fhm4-nov012.html)。①は調理従事者が保有するウイルスが食品を介して摂食者に感染する場合あるいは二枚貝に蓄積されたウイルスの摂食により感染する場合である(巻貝は食性が二枚貝と異なるので、ノロウイルスを保有することはない)。この感染ルートの疫学的特徴は当然のことながら飲食店関係施設での発生の報告が多く、患者発生状況は1峰性(単峰性)である。二枚貝を原因とする事例では、原因となった二枚貝からノロウイルスを検出した事例は少なくないが、二枚貝に起因しない食中毒事例においては、原因食品からのノロウイルスの検出など感染ルートを明確に解明しえた事例は少ない。ノロウイルスは細菌のように食品中では増殖せず、人工培養もできないため、遺伝子検査により食品中のノロウイルス検査が行われるが、現状の検査法では、食品からノロウイルスを検出することは容易ではない状況にある。二枚貝以外の食品からも確実にノロウイルスを検出できる技術開発が望まれているところであるが、調理従事者を原因とする食中毒において、明確に感染ルートが解明された事例を経験したので、まずこれを紹介する2)。平成12年12月、仕出し弁当屋が調理した昼食弁当を広島県内の某中学校において給食として提供していた事例である。遺伝子学的検査の結果、患者便はもとより、調理従事者便、同一の調理従事者手指ふき取り、食品(調理済みのアジフライおよびシューマイ)から同じ遺伝子型のノロウイルスが検出され、調理従事者便→手指→調理済み食品→摂食者へと伝播したことが強く示唆された。調理済みのアジフライおよびシューマイからはノロウイルスが検出されたが、加熱調理前のアジフライおよびシューマイからは検出されず、調理後に汚染したことが明らかであった。このようなに感染ルートが明確な事例は珍しいと言っても過言ではない。②はいわゆるヒト-ヒト感染であり、この事例が最も多い。老人関係施設、幼稚園などの集団生活施設での発生が多く、数日間にわたりダラダラと患者発生が続く多峰性を示す傾向がある。また、③の間接的なヒト-ヒト感染である飛沫感染・塵埃感染は近年注目されている感染ルートであり、その感染源として嘔吐物が重要である。平成18年12月に、東京都豊島区のMホテルで436人が発症した事例3)では、利用者1名が3階と25階で嘔吐し、これらの階の利用者に患者が集中した。嘔吐物の処理が適切に行われず、ノロウイルスの付着した塵埃が感染源であった可能性が示唆された事例である。同様に、長野県で平成20年4月に発生した結婚式披露宴において、出席者と当該会場スタッフが患者となった事例4)では、何らかの原因で会場の床がノロウイルスで汚染し、披露宴の間に塵埃とともにノロウイルスを摂取したことが原因と推察された。この事例では、専用掃除機のダストからノロウイルスが検出されている。
 一方で、上記の感染ルートを検査面からみると、発生様式にいくつかの特徴が観察される5,6)
 1) 二枚貝の生食あるいは加熱不足に起因する事例では、患者便から遺伝子グループⅠおよびⅡに属する複数の遺伝子型のノロウイルスが同時に検出される。これは、二枚貝の生育環境に流入した数種の遺伝子型のノロウイルスを餌であるプランクトンとともに取り込むためである。この場合、通常、調理従事者からノロウイルスが検出されることはないが、患者に提供したものと同じ二枚貝を摂食していた場合には、ノロウイルスが検出されることがある。
 2) 調理従事者を原因とする食中毒事例では、限定された1種類の遺伝子型に起因して発生する。これは、ノロウイルスを保有する調理従事者から食品などを介して感染が拡大するためである。
 3) 調理従事者を原因とする食中毒事例では、複数の調理従事者から同じ遺伝子型のノロウイルスが検出される場合が多い。一度、トイレなどの共用施設を介して調理従事者間で感染が拡大した後、ウイルス保有者が調理中に食品を汚染し、それを摂食した摂食者に伝播していることが推察される。しかしながら、このような事例では、調理従事者が明らかな症状を呈しない場合が多く、感染していることに気付いていないことがほとんどのようである。
 4) ヒト-ヒト感染事例では、調理従事者を原因とする食中毒事例と同様に、1種類の遺伝子型のノロウイルスに起因して発生する。同じ生活空間でトイレドアノブなどのだれもが触れる箇所を介して、あるいは介護者などの手指を介してノロウイルスが伝播・拡散するため、提供された食品および調理従事者便からノロウイルスが検出されることはない。
 ノロウイルス感染症の原因究明は、疫学情報などの種々の情報を総合して行われるが、上記のように検査面からも感染ルートを推定することが可能である。例えば、①患者排泄物から複数の遺伝子型のノロウイルスが検出されるか否か、②調理従事者便からノロウイルスが検出されるか否か、③複数の調理従事者から患者と同じ遺伝子型のノロウイルスが検出されるか否か、に注目すれば二枚貝に関連する事例であるかそれ以外の食品が原因である事例か、またはヒト-ヒト感染によるものかの判別の参考となる。なお、表1に発生様式の特徴をまとめたので参考にしていただきたい。

表1.検査面からみたノロウイルス感染症の発生様式の特徴(PDF:73KB)

2 ノロウイルス検査法の現状と課題

ノロウイルスは、人工培養に成功していないウイルスであり、その検査は、①遺伝子学的方法、②免疫学的方法、③電子顕微鏡による形態学的方法を中心に行われる。遺伝子学的方法には、PCR法を基本とするものと等温遺伝子増幅法(一定温度で遺伝子増幅)によるものがあり、免疫学的方法には、EIA法(酵素免疫法)を原理とするものとイムノクロマトグラフィーを原理とするものがある。
 一般的なノロウイルス検査には、遺伝子増幅法であるRT-PCR法(ノロウイルスはRNAウイルスであるため、RNAをDNAに逆転写してPCR法により遺伝子を増幅する)およびリアルタイムRT-PCR法が広く用いられているが、等温遺伝子増幅法であるRT-LAMP法、NASBA法およびTRC法を応用した迅速検査キット(遺伝子増幅時間は1時間以内)も市販され、これらも併用されている。これらの方法は、ノロウイルスを多く含む糞便からの検出には有効であるが、ノロウイルス量が少ない食品あるいはふき取り材料からのノロウイルス検出には、より高感度であるnested RT-PCR法(PCR法による遺伝子増幅を2回繰り返し、検出感度を高める)が応用される。しかし、十分な検出感度の確保等の課題がある。通常、食品あるいはふき取り材料からのノロウイルス検出には、ポリエチレングリコール6,000あるいは超遠心法による濃縮・沈殿の前処理が行われるが、食品中に含まれる多糖類、グリコーゲン、タンパク質、脂肪、粘液物質および色素なども同時に濃縮され、遺伝子抽出および遺伝子増幅等の検査工程に影響すると言われている。実際、パンを用いた回収実験では、その回収率が5%程度と非常に低かったことが報告されている7)。そのため、遺伝子増幅法のみならず効率的な前処理法の確立が重要であり、種々の前処理方法が検討されている。汚染リスクの高い二枚貝についてみると、グリコーゲン、脂肪、タンパク質などの種々の成分が含まれるため、①アミラーゼ、リパーゼあるいはプロテアーゼでこれらを分解処理する方法8)、②二枚貝中腸腺乳剤に細菌を添加し、一晩培養することにより二枚貝由来成分を細菌により消化・分解する方法9)が考案され、検出率の向上に寄与している。また、還元剤(N-アセチル-L-システイン)による前処理と等温遺伝子増幅法であるNASBA法およびRT-LAMP法を組み合わせた2段階遺伝増幅法により二枚貝の出荷前検査を可能とする迅速簡易検査法も報告されている10)。二枚貝の場合は、ノロウイルスが中腸腺に蓄積されるため、十分ではないが他の食品よりは検出しやすい状況にある。他方、二枚貝以外の食品はその成分、性状が多種多様であり、ノロウイルス検出はより困難を極める。いくつかの解決方法として、①食品乳剤にノロウイルスに対する特異的な抗体を添加して抗原抗体複合体を形成させ、それを黄色ブドウ球菌表面のプロテインAに吸着させることにより沈殿・回収する方法11)、②非晶性リン酸カルシウムの網目構造にノロウイルスを捕捉し、これとともにノロウイルスを遠心濃縮・回収する方法12)が報告されている。また、感染ルートの解明、施設の汚染状況の解明に有効なふき取り材料からのノロウイルス検査法も十分ではなく、効果的なふき取り検査法が検討されている13)。カット綿でふき取り、Beef extractを0.5%になるように添加し、一般的に行われているポリエチレングリコール6,000による沈殿を行うことで、通常の綿棒を用いる方法に比較し検出感度が向上するようである。これら種々の研究は、食品あるいはふき取り材料からの回収率向上に寄与しているが、一般化できるまでには至っておらず、さらなる研究の進展、汎用化に期待しなければならない。
 免疫学的方法によるノロウイルス検出法は、糞便を対象としたものであり、遺伝子学的方法に比較すると検出感度が低いが、臨床現場などでの迅速診断には有効である。イムノクロマトグラフィーによるベットサイドでの検査を目的としたいくつかのキットが市販されている。機器を必要としないため、病院などにおける急性期患者のノロウイルス感染症の診断の補助に広く利用されているが、遺伝子型によっては検出感度が低い場合がある。また、最近、ルシフェリン・ルシフェラーゼによる生物発光法を原理とする検査キットも販売されている。この方法は全自動生物化学発光免疫測定装置が必要であるが、120検体/時間の処理が可能で、検査センターなどでの多検体処理に有効な方法であると考えられる。
 なお、表2に主な市販ノロウイルス検査キットの一覧を記載しているので参考とされたい。また、「微生物の簡易迅速検査法」14)にも簡易あるいは迅速検査法が紹介されているので参考としていただきたい。

表2.主な市販ノロウイルス検査キット(PDF:194KB)

まとめ

検査面からみた発生様式にも感染ルートを推定できるいくつかの特徴があり、ノロウイルス対策の参考にしていただきたいが、感染ルートを明確に特定できるだけの高感度検査法が存在しない現状にある。ノロウイルス検査は、厚生労働省より通知された方法(平成19年5月14日付け食安監発第0514004号最終改正「ノロウイルスの検出法について」)に準拠して行われるが、特に食品の検査に関しては検出が困難な状況にあり、二枚貝の検査においても検査機関間の精度格差が大きいとも言われている。下痢を主徴とする集団感染性腸炎、感染症発生時の原因の特定のみならず食品のリスク評価などの食品の安全性確保のため、汎用性の高い標準化されたノロウイルス検査法の確立が望まれているところである。平成22年6月には、食品のウイルス標準化試験法検討委員会(http://www.nihs.go.jp/fhm/csvdf/index.htm)が設立され、平成25年1月には、「一般的な食品検体からのウイルスの回収・濃縮法」の標準試験法案が示された。この方法は平成25年10月22日付け食安監発1022第1号で、厚生労働省医薬品食品局食品安全部監視安全課長から地方自治体衛生主管部(局)長宛に通知されたところであるが、さらなる研究の進展、標準化に期待するところが大である。

参考文献

1)
福田伸治、重本直樹ほか:患者糞便中に排泄されるノロウイルス遺伝子量の遺伝子型による差異と吐物中に排泄される遺伝子量.広島県立総合技術研究所保健環境センター研究報告、17、11-14、2009

2)
福田伸治、高尾信一ほか:感染経路が解明されたNorwalk virus食中毒事例.広島県保健環境センター研究報告、10、15-18、2002

3)
木村博子、上野曜子ほか:Mホテルにおけるノロウイルスによる集団胃腸炎の発生について.病原微生物検出情報、28(3)、84、2007

4)
吉田徹也、中沢春幸:塵埃感染の疑われたノロウイルスによる集団感染性胃腸炎事例.感染症学雑誌、84(6)、702-707、2010

5)
福田伸治、高尾信一ほか:ウイルス性食中毒の発生の特徴.日本食品微生物学会雑誌、20(4)、203-209、2003

6)
福田伸治、高尾信一ほか:ノロウイルス集団感染事例の分子疫学的解析.広島県獣医学会雑誌、21、64-68、2006

7)
有田知子、木村博一ほか:パンに含まれるノロウイルスの回収法の検討.感染症学雑誌、82(5)、473-475、2008

8)
野田衛:食品のウイルス検査の現状と課題.日本食品微生物学会雑誌、29(1)、25-31、2012

9)
秋場哲哉:細菌による前処理を用いた食品からのノロウイルス検出法.日本食品微生物学会雑誌、29(1)、38-41、2012

10)
福田伸治、重本直樹ほか:還元剤処理と等温遺伝子増幅法を併用した二枚貝からのノロウイルス遺伝子の迅速検出.広島県立総合技術研究所保健環境センター研究報告、17、1-6、2009

11)
斎藤博之:食品のノロウイルス検査の汎用化を目指したパンソルビン・トラップ法の開発.日本食品微生物学会雑誌、29(1)、32-37、2012

12)
篠原美代子、富岡恭子ほか:非晶性リン酸カルシウム微粒子を用いた食品からのウイルス検出法.病原微生物検出情報、32(12)、357-358、2011

13)
溝口嘉範、木田浩司ほか:ふきとり検体のノロウイルス検査法の改良.病原微生物検出情報、32(12)、358-359、2011

14)
野田衛、福田伸治:ウイルスの簡易迅速検査法.微生物の簡易迅速検査法、五十君静信、江崎孝行ほか監修、p.539-548、テクノシステム、東京、2013

略歴

福田伸治(ふくだ しんじ) 博士(医学)

1978年3月 日本大学農獣医学部獣医学科卒業
1978年4月~2012年3月 広島県技術吏員(獣医職)採用
1982年4月~1991年3月 広島大学放射能医学研究所生物統計学研究部門研究生
2006年10月~ 県立広島大学非常勤講師(微生物学)
2010年4月 広島県立総合技術研究所保健環境センター総括研究員(兼)副部長
2012年4月~2014年3月 広島文教女子大学人間科学部人間栄養学科教授(公衆衛生学、食品衛生学)
他の記事を見る
ホームページを見る

サナテックメールマガジンへのご意見・ご感想を〈e-magazine@mac.or.jp〉までお寄せください。

Copyright (C) Food Analysis Technology Center SUNATEC. All Rights Reserved.