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農産物・食品の機能性研究の現状と今後
(独)農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)
石川(高野) 祐子

1 はじめに

我が国は諸外国に例を見ない早さで高齢化が進み、平成24年10月1日には総人口に占める65歳以上の高齢者の割合が24.1%と約4人に1人が高齢者である超高齢社会となっている。さらに、生産年齢人口(15〜64歳人口)は平成25年には8000万人を割り込み、出生数もそれとともに減少している1)。しかし、現在最も大きな社会的問題と考えられているのは、それに加えて健康寿命(日常生活に支障のない期間)と平均寿命の差(男性9.13年、女性12.68年;平成22年厚労省資料による)である。
 また、平成20年4月から開始された特定健康診査・特定保健指導の取り組みにもかかわらず、生活習慣病あるいはその予備軍は、年々増加の一途をたどっており、生活習慣病を原因とする死亡は、全体の60%にものぼると推計されている(図1)。生活習慣病関連の医療費は総医療費の30%以上を占め、これが社会的負担の増加をもたらし、ひいては国力の低下にもつながっていると考えられる。
 「いつまでも健康で長生きしたい」ということは、万人の願いであるが、そのために重要と考えられる“適正なカロリーおよび野菜・果物の十分な摂取、さらに適度な運動を”は、分かっていても実行に移すのはとても難しい。それゆえに、食品の持つ生体調節機能を生活の中に取り入れ、健康の維持・増進や疾病の予防に努めることが有効と考えられてきている。
 そこで、本稿では農産物・食品の機能性研究の現状と今後の方向性について述べてみたい。

図1 生活習慣病が医療費および死亡原因に占める割合(PDF:29KB)

2 我が国の食に関する問題点

日本人の食生活は高度成長期以降、大きく変化したと言われている。図2にそれぞれ1960年、1980年、2005年の食品別に見た摂取エネルギー割合の変化とタンパク質、脂質、炭水化物(PFC)の栄養バランスの変化を示した。1980年頃の日本型の食事が米、野菜、魚、大豆を中心とし、さらにPFC栄養バランスのとれた健康的な食スタイルとされている。本間ら2)は、国民健康・栄養調査に基づき2005年、1990年、1975年、1960年のそれぞれ1週間分の食事献立を再現、調理したものをマウスに摂取させ、1975年頃の日本食の成分が、現代日本食の成分に比べてメタボリックシンドローム予防に有効であることを示している。それに対し、現在の食事は残念ながら食塩や脂質が過剰、逆に食物繊維やビタミン、ミネラルが不足がちと言われている。
 平成12年から国は21世紀における国民健康作り運動として「健康日本21」という21世紀における国民健康づくり運動を進めている3)。平成24年に全部改正が行われ、既に第2次の取り組みが開始されているが、生涯を通じる健康づくりの推進として、「一次予防」の重視と健康寿命の延伸、生活の質の向上が基本的な考え方であり、病気の治療から予防へと舵を切っていると言ってよい。また、日本人の食事摂取基準をふまえた「食事バランスガイド」、あるいは「食生活指針10項目」が策定されて、健康の維持増進や疾病の予防には、適切な摂取カロリーと適度な運動が必要とされ、食塩や脂質を控えめにして、ビタミン、ミネラル、食物繊維の豊富な日本の伝統食材を食べることが推奨されている(図3)。また、果実・野菜においては、ビタミンやミネラル、食物繊維の摂取基準という一次機能である栄養機能の面から換算された「野菜は一日350g、果物は一日200g」という摂取目安量の値が存在するが、その摂取量を確保するために、「野菜を1日に350g食べよう」キャンペーン(日本栄養士会)、「毎日くだもの200g運動」(うるおいのある食生活推進全国協議会http://www.kudamono200.or.jp/)あるいは「5 a day」運動(ファイブ・ア・デイ協会http://www.5aday.net/)などによって啓蒙活動が進められている。それにもかかわらず、ほとんど全ての世代において全く摂取量は足りていない(図4)。
 それに対し、昨年2月に厚労省から発表された都道府県別の平均寿命において、男女ともに長野県が首位となっているが、長野県の取り組みの中で特筆すべき点は、大幅な減塩に成功したことに加え、野菜の摂取量が目安量を超え、男女ともに全国一位のレベルということである。
 野菜・果実の摂取目安量は、前述のようにビタミンやミネラル、食物繊維の摂取基準という一次機能である栄養機能の面から換算された推奨された値であり、生体調節に関わる機能については考慮されたものではない。しかし、これらを摂取することで何らかの健康へのよい影響があると考えられる。そこで、なぜ野菜や果物を食べることが健康によいのかを調べることが機能性研究の端緒であり、これらの研究により解明された食品の機能性を理解し、食生活に取り入れることにより、健康の維持増進に役立てることが重要であると思われる。

図2.日本人の食生活の変化(PDF:56KB)
図3.食生活指針10項目(PDF:30KB)
図4.野菜、果物の一日目標摂取量と実際の年代別摂取量(PDF:51KB)

3 食品の機能性研究の現状

私たちの体は、摂取した食物や呼吸によって取りこまれた元素から構成されているが、この組織を構成する元素は常に入れ替わっている。つまり「何を食べたか(食べるか)が、身体に影響を及ぼす」という考え方は一般にも納得しやすい。また、ある程度の年齢以上の層では、子供の頃に「目が悪いなら、眼を食べると良い」など、同じ臓器を食べることでその不調を改善すると言われた経験を持つ方もおられるだろう。前者は、薬と食べ物とは、本来源を同じくするものであり、食事に気をつけることで病気を予防するといういわゆる「医食同源」の考え方につながるものであり、後者は中医学でいわれる「同物同治(以類治類ともいう)」とされる。このように、我が国では古くから健康と食べ物とが深いつながりを持ち、不可分のものと考えられており、食品の機能性に対しても受容性が高いと思われる。
 食品の機能性とは、「たべもの」の体に対する働きとされており、栄養機能(生命を維持する、からだを作る)、嗜好機能(味を感じ取る、食事を楽しむ)、生体調節機能(健康を維持・増進する)の3つに大別されるが、特に狭義の機能性としては、生体調節機能を指すことが多い。食品の機能性を評価するには、まずどのような効果を期待するのか?というターゲットの設定から、その効果を評価する方法の選定(化学反応を元にした試験、細胞を使う試験、動物(健康、病気モデル)を使う試験、ヒトを対象にした試験など)を行い、エビデンス(きちんと期待した効果があるという証拠、証明)が得られるかを確認することが必要となる。たとえば、食品の機能性として、生活習慣病のリスク低減や肥満・糖尿病の予防・抑制、アレルギーの予防や症状抑制など様々なものが期待されているが、いずれもエビデンスが得られているかが重要である。

4 食品に含まれる機能性成分

食品中の機能性成分には植物由来のものが多いが、これらはまとめてファイトケミカル(植物由来化学物質)と呼ばれる。ファイトケミカルは、元来、植物が厳しい自然環境に耐えるために作り出した自己防衛成分と考えられており、「色素」「香り」の成分や、抗酸化能(活性酸素を消去する能力)を持つような成分が多い。たとえば、抗酸化能を有する成分としては、カロテノイド系色素、アントシアニン系色素やその他カテキン、フラボノイドなどのポリフェノールが挙げられ、また匂い・苦味物質としては含硫化合物やテルペン類などが存在する。それぞれの特徴や機能を簡単に表1に示す。
 このような知見に基づき、(独)農研機構では現在、高機能農産物の育成を進めており、表2に挙げたような様々な作物が開発されている。さらに、平成25年度からは、(独)農研機構の補正プロジェクトにおいて、機能性評価方法の開発だけでなく、農研機構所有等の品種系統を活用した機能性農産物のエビデンス検証(ヒト試験)と食品開発、あるいは機能性成分維持増進のための生産・加工技術開発、また高機能食品供給システムの構築なども進められている。

表1.ファイトケミカルの例(PDF:39KB)
表2.(独)農研機構で育成された、高機能性作物品種とその特徴(PDF:63KB)

5 当研究室における機能性研究

我々の研究室では、食品の機能に関わる成分について研究を進めており、主に食品成分の化学的な特徴を解析して機能性を評価する研究と、機能成分の利用方法に関する研究の二つを行っている。その中でも、現在中心となっている、食品の抗アレルギー活性の解明と抗酸化能の評価について概説する。

1)食品の抗アレルギー機能を判定する動物モデルの開発4)
 アレルギーとは、ギリシャ語のallos(other)とergo(action)を組み合わせてつくられた言葉であり、「本来とは異なる作用」というような意味である。一般的には、もともと生体防御の機構として外来の異物を排除するために働いている仕組みが過剰に亢進し、外来抗原(アレルゲン)に対して、生体に不利益をもたらすような、過剰な免疫反応を指し、アレルギーという一つの病気があるのではなく、様々な機序により起こる、いくつもの症状をまとめてアレルギーと呼んでいる。
 先進国における花粉症やアトピー性皮膚炎、食物アレルギーなどのアレルギー疾患の患者数は年々増加しており、我が国においても国民の30%強が何らかのアレルギー症状を訴えるなど、医療費の増大やQOLの低下など大きな社会問題となっている。近年の急激な患者数増加の原因の詳細は不明であるが、遺伝的素因ばかりでなく、脂質摂取量の増加やその内容の変化のような食生活などのライフスタイルの変化や社会的ストレス、ディーゼル排出粒子などによる大気汚染、あるいは衛生仮説と言われる感染症の減少などの環境の変化等が加わってアレルギーを悪化させているという説が有力になりつつある。またスギ花粉症であれば、杉植林面積の増加や道路の舗装率の上昇、機密性の高い家屋構造の変化などによる抗原暴露量の増加も考えられている。
 現在、これらのアレルギー疾患の治療にはアレルゲンの除去以外に、ヒスタミンなどケミカルメディエータの機能阻害剤、ステロイドなどの抗炎症剤、免疫抑制剤等の対症療法が主流となっている。その一方で、近年、免疫系におけるインバランスがアレルギーなどの免疫失調疾患を引き起こし、それを是正することで、アレルギーの改善や予防をはかるという治療戦略が現実性を帯びつつある。そのため、抗アレルギー機能の効率的かつ堅実なスクリーニング手法としてのアレルギー疾患モデル動物の開発が強く望まれている。
 アレルギーの種類は、クームスらの分類によれば4つに大別されているが(表3)、特に狭義のアレルギーともいわれる即時型アレルギーはアナフィラキシー型とも言われ、生命に関わる重篤な症状を示す場合があるため、最も研究が進んでいる。
 その機序を概説すると、アレルギーに関与する代表的な免疫系細胞にはT細胞、B細胞、抗原提示細胞、マスト細胞などがあり、抗原提示細胞は、アレルゲンなどの外来タンパク質(抗原)をとりこんで消化分解し、生成した部分ペプチド(抗原決定基、エピトープ)を、その抗原に特異的なT細胞に提示する。その刺激を受けて活性化したT細胞の多くは、Th1型T細胞とTh2型T細胞の2種類に分化し、サイトカインなど様々なシグナル因子の分泌や細胞同士の直接接触によってB細胞を活性化し、B細胞に抗原特異的な抗体分子を産生させる。特にTh2型T細胞から分泌されるインターロイキン4(IL-4)は、B細胞を刺激し、即時型アレルギーを引き起こす原因となるIgE抗体を産生する。そして、抗原との接触で免疫系が活性化し、その後、免疫記憶が成立することを感作という。
 即時型アレルギーでは、再度抗原が進入した際、マスト細胞に結合したIgE抗体が抗原により架橋され、その刺激によりマスト細胞からヒスタミンやセロトニンなどのケミカルメディエータが放出(脱顆粒)される。放出されたケミカルメディエータは、血管の拡張や血管透過性の亢進作用を有し、その結果として浮腫や掻痒が症状として現れる。 つまり、アレルギー抑制のためのターゲットとなるポイントは何カ所も存在するが、抑制活性は最終的に現れる症状で探索するのが効率的と考えられる。また、抗アレルギー活性の検定においては、in vitro試験の結果がそのまま生体(in vivo)に適用できるとは限らず、最終的な評価法であるヒトへの投与試験が必要である。しかし、ヒト試験は多大なコストがかかるなど、ハイリスクであることから、ヒト試験とin vitro試験をつなぐ動物モデル試験が非常に重要になると考えられる。
動物実験は多くの場合、マウスなどの実験動物を用いることから、ヒトとの生理的差異が問題となるが、免疫系のアレルギーに関与する部分はヒトも動物もほぼ共通のメカニズムであると考えられている。しかし、一般的に多くの実験動物ではアレルギーを誘導するのは非常に困難であるため、アレルギー発症動物モデルには、アレルギー類似症状を示す突然変異動物、あるいは水酸化アルミニウムゲルなどの免疫増強剤(アジュバント)と抗原を混合して腹腔内などに注射し、免疫系を過剰に活性化させるモデルなどが多く使用されているが、これらのモデル動物はヒトでの発症メカニズムとは乖離しているといわざるを得ない。そこで筆者らはこれまでの動物モデルの弱点を克服することを開発の目標とし、卵白アルブミン(OVA)に特異的なT細胞レセプターを遺伝子導入し、OVAへの応答性を高めたDO11.10マウスを用いて新たなアレルギーモデル動物の構築を行った。
DO11.10マウスはOVAを経口投与することにより、ヒトと同様の経粘膜抗原感作を2週間という比較的短期間で成立させることが可能であるため、このモデルを即時型アレルギー全般のモデルとするのは妥当と考えられる。また、感作後に背部皮内にOVAを注射し、皮膚アナフィラキシー反応を誘導する際に、蛍光標識したアルブミンをトレーサーとして用いることによって、皮膚内部に漏出した血漿成分の量を抽出操作なしにプレートリーダーを用いて直接定量することが可能である5),6)。これらの工夫により実験操作の簡便性、安全性、感度が飛躍的に向上し、食品などによる穏やかな効果でも検出が可能となった7)。このモデルマウスに対し、シソの抗アレルギー成分と考えられているロズマリン酸やヒスタミン拮抗阻害剤であるシクロヘプタジンを投与すると、皮膚アナフィラキシー反応の抑制が確認されることから、この系の実用性が証明されている。
またDO11.10マウスは、遺伝子組み換え処理によりOVA特異的T細胞を豊富に持つため、未感作もしくは感作中における免疫系への影響の検討が可能である。すなわちこのモデルではアレルギー症状の抑制のみならず、アレルギーの予防効果も検討することが可能である。利用の際には、完全にヒトと同じではないため、有効性の確認にはヒトでの試験が必要であること、またDO11.10マウスは、卵白(アルブミン)に特異的なT細胞レセプターを持つように遺伝子が改変されているため、アレルギー発症の機序に関わる部分の研究には良いモデルだが、抗原の違いによるアレルギー重症度への影響などを解明するためのモデルではないという点に留意が必要となる。
しかし、本モデルを用いることにより、食品がなぜアレルギーの症状低減等に有効なのか、抗原感作によりどのような生体成分が変化するかなどを知ることで、ヒトはどうしてアレルギーになるかという謎に迫れるのではないかと期待している。

2)食品・農産物の抗酸化能評価法の開発
 ヒトのような好気性生物は、生きるために呼吸により酸素を取り込み、エネルギーを生産する。このとき体内に取り込まれた酸素の一部は、エネルギー代謝の際に電子伝達系において還元を受け、スーパーオキシド(アニオン)ラジカル(O2-)、過酸化水素(H2O2)、ヒドロキシルラジカル(OH)および一重項酸素(1O2)などの活性酸素種と呼ばれる物質に変わる(表48)
 このような活性酸素種は、元来、細菌やウイルスの感染時におけるマクロファージの病原体排除機構をはじめとする生体防御に関わるなど、健康維持に重要な役割を果たしている。しかし、反応性が非常に高いため、ひとたび過剰となると生体中のタンパク質や脂質、あるいはDNAなどの高分子と反応してタンパク質の変性や過酸化脂質の生成、遺伝子傷害などを起こし、これが生活習慣病の発症や老化の促進をもたらすと考えられている。これらの生体成分の酸化傷害を防ぐために、生体にはスーパーオキシドディスムターゼ(SOD)やカタラーゼ、グルタチオンパーオキシダーゼのような活性酸素種を除去するメカニズムが備わっており、さらに、生体中に存在する低分子量の抗酸化物質もその消去に働いている。しかし、加齢等により活性酸素の消去能力が一部低下することに加え、現代では大気汚染や紫外線などの環境要因や喫煙等の生活習慣、精神的ストレスなどにより、生体内での活性酸素種の産生と消去のバランスが崩れやすくなっている。そのため、活性酸素種を消去しきれない、つまり酸化ストレスを受けやすい状況であると言える。このことから、生体に備わったメカニズムに加え、食事等により外部から抗酸化成分を体内に取り入れることが健康の維持に重要と考えられるようになってきている。 このような背景から、抗酸化成分の摂取量の目安として、抗酸化能測定値の表示に対する期待が高まっているが、抗酸化物質をどの程度摂取すればよいのかということはほとんど知られていない。抗酸化物質は種類も多く、個々に測定し、その総和を表示することは不可能であることから、体外から摂取する抗酸化物質が、本当に疾病リスクの低下に役立つのかという検証も含め、抗酸化成分の健康への効果を明らかにするためにも、まずその基礎技術となる農産物等の抗酸化能(抗酸化物質の総量)を測るための抗酸化能測定法の妥当性確認を行うとともに妥当性の確認された測定法の普及に取り組んでいる。
 抗酸化能とは酸化を防ぐ能力のことを指す非常に広い範囲の概念であるが、一般に生体調節機能の中で抗酸化能と称する場合には、特に生体中において生体成分(脂質・タンパク質・核酸など)の酸化を抑制する作用を指すことが多い。特に農産物・食品の抗酸化能としては、ラジカル捕捉型抗酸化物質としてラジカル反応の抑制や連鎖的酸化反応の担体となるものを捕捉する活性を有する物質による効果が大きいと考えられている。
 活性酸素種・フリーラジカル等は、反応性が高く寿命が短いあるいは濃度が低いなどの理由から、直接測定することは難しい。そこで、抗酸化能の測定は、フリーラジカル等による反応生成物を測定する方法を中心に検討されている。農産物や食品の抗酸化能の測定は古くから行われており、測定原理が異なる多種多様な方法が開発されてきた(表5)が、同じ抗酸化物質であっても測定方法によって得られる値が違うため、異なる方法による測定値を相互に比較することはできない。このことは、抗酸化能の測定値を比較するためには統一された方法で測定することが必要であることを示している。さらに、抗酸化能の表示を考えた場合、誰がどこで分析しても同じような測定値が得られること(妥当性)が確認された方法を用いることが必要である。そこで、我々は抗酸化能の評価法として酸素ラジカル吸収能力(oxygen radical absorbance capacity: ORAC) 法を選定し、本測定法の妥当性確認を行った。
 ORAC法では、96穴 マイクロプレートを用い、試料と蛍光プローブであるfluoresceinの混合液にラジカル発生剤としてAAPH(2,2’-azobis(2-amidinopropane) dihydrochloride)を加えてペルオキシラジカル(ROO)を発生させる。このラジカルにより分解されるfluoresceinの蛍光強度の低下を経時的に測定し、その減少曲線下の面積(AUC: area under the curve)を求める9)。このとき、抗酸化物質(もしくはTrolox(トロロックス):ビタミンE類似物質)の存在下で測定したAUCからブランクのAUCを引いた差(net AUC)を計算して、濃度既知のTroloxにおけるnet AUCに対する相対値を求め、抗酸化能をTrolox当量に換算して表す。
 ORAC法の利点としては、使用する機械類(プレートリーダー等)が汎用性の高いものであること、生体成分の過酸化反応に関与する脂質ペルオキシラジカルに類似したラジカル種を用いていること、水系の生理的pH条件での反応であることから生体中での酸化反応に近い系であると考えられることである。また、血清や臓器のホモジネートなどの生体成分の測定が可能であるため、抗酸化物質を実験動物に投与し、その前後の血清抗酸化能の変化などを追うこともできる。
 農産物・食品には種々の抗酸化物質が含まれるため、ORAC法で抗酸化能を測定する際は、親水性の抗酸化物質はリン酸緩衝液(水溶性の反応系)中で測定する親水性ORAC(H-ORAC)で評価し、親油性抗酸化物質は親油性ORAC(L-ORAC)で測定する。H-ORAC値は原法ではアセトン:水:酢酸 70:29.5:0.5の組成からなるAWA溶液に抽出される画分の測定値であり、ポリフェノールやアスコルビン酸などに由来する抗酸化能を評価する。それに対し、ヘキサン:ジクロロメタン 1:1の溶液に抽出される親油性画分をL-ORAC値として測定する。Wuらは、ランダムにメチル化されたβ-サイクロデキストリンを溶解促進剤として使用(7% β-サイクロデキストリンを含む50%アセトン水溶液)することにより、水溶性の反応系で親油性成分の活性をL-ORAC値として測定できることを報告しており10)、L-ORACは脂溶性ビタミンであるトコフェロールやゴマリグナンなどの測定に用いられる。
 ORAC法の妥当性確認を行うために、原法に基づいて5種類の抗酸化物質溶液 (10.0 mg/L)を用いて測定を行った結果、室間再現性が良好ではなく、HorRat値が2を超える物質が存在した11)。そこで、このばらつき原因を探ったところ、96穴プレートにおけるウエル間の温度ムラ、Trolox標準液や 試料溶液の分注精度、AAPH溶液添加後の溶液の不均一さ等の問題が考えられた。また、室間再現精度の低い試料では、測定時における試料溶液の希釈倍率が高いほど、算出されるH-ORAC値が大きくなる傾向が認められた。原法では試料溶液の希釈倍率は測定者に委ねられているが、測定時における試料の希釈倍率が測定者間で大きく異ならないよう収束させる工夫が必要であると考えられた。 そこで、改良を加え、最終的に改良法の妥当性を確認することができた。これは、抗酸化能のような機能性評価法で妥当性確認を行った初めての例である。
 妥当性の確認された改良H-ORAC法の分析手順書は食品総合研究所のウェブサイト(http://www.naro.affrc.go.jp/nfri/)から請求が可能である。ORAC法では前述のように、農産物に含まれる抗酸化成分をポリフェノールやビタミンCのような水に溶けやすい物質とビタミンEのような油に溶けやすい物質に分けて抽出し、それぞれの抗酸化能を測定(H-ORACおよびL-ORAC)し、その和を抗酸化能(ORAC値)総量として表すが、L-ORAC法についても、現在妥当性確認のための室間共同試験を行っている。
 また、本法により測定した農産物等の抗酸化能データベースの構築も同時に進めている。抗酸化能データベースは抗酸化物質の摂取と健康の維持・向上の関わりを科学的に明らかにするためにも必要であり、さらに農産物の高付加価値化に向けた抗酸化能の表示にも役立つと期待される。
 また、農産物に含有される代表的な抗酸化物質は、ポリフェノールとカロテノイドである。ポリフェノール類の抗酸化能については、ORAC法により評価できるが、カロテノイドの抗酸化能は作用機序の違いによりORAC法で評価することはできない。そこでカロテノイド系抗酸化物質の測定法として、愛媛大学の向井らを中心に一重項酸素消去活性測定法であるSOAC (singlet oxygen absorption capacity) 法が確立され12)、現在食品総合研究所を中心に妥当性確認への取り組みが進んでいる。今後は、ポリフェノール系抗酸化物質のORAC値とカロテノイド系抗酸化物質のSOAC値を測定することにより、農産物の抗酸化能を評価し、疫学研究等を通じて健康に対する影響を明らかにできると考えている。
 また、食品として抗酸化物質を摂取した場合の生体内での働きを明らかにするためには、消化・吸収による生体への取り込みや、吸収後の存在形態などを明らかにしていく必要がある。ORAC法では血液などの生体成分も測定が可能であることから、動物等に食べさせたのち、その血液の抗酸化能を評価する試験と組み合わせて評価することも今後の研究方向として期待される。
 日本ではまだ農産物や加工食品の抗酸化能表示はほとんど行われていないが、米国ではすでにORAC値を表示したサプリメントなどが販売されている。妥当性の確認された抗酸化性測定法が広く用いられるようになれば、農産物の抗酸化能表示を通じた高付加価値化なども進むと考えられる。また、我々の健康を維持・増進し、生活の質(QOL)の向上に役立つ食事などへも応用が可能になると期待される。

表3.アレルギー反応の分類(Gell&Coombs,1963による)(PDF:22KB)
表4.生体内でのフリーラジカル・活性酸素種の発生(PDF:31KB)
表5.抗酸化活性測定法の反応機構および特徴(PDF:33KB)
参考文献

1) 内閣府:平成25年版 高齢社会白書(概要版)
http://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2013/gaiyou/index.html

2)本間 太郎, 北野 泰奈, 木島 遼, 治部 祐里, 川上 祐生, 都築 毅, 仲川 清隆, 宮澤 陽夫:脂質・糖質代謝系に焦点を当てた年代別日本食の健康有益性の比較、日本食品科学工学会誌、60(10)、541-553 (2013)

3)公益財団法人 健康・体力づくり事業財団:http://www.kenkounippon21.gr.jp/index.html

4)後藤真生・石川祐子:アレルギーモデル動物の血管透過性を利用したアレルギー重症度の定量と抗アレルギー活性評価への応用、アレルギーの臨床、32(8月臨時増刊),58-62,(2012)

5)Yamaki, K., Takano-Ishikawa Y., Goto M., Kobori M., Tsushida T., An improved method for measuring vascular permeability in rat and mouse skin. J. Pharmacol. Toxicol. Methods., 48(2), 81-86 (2002)

6)八巻幸二・石川祐子:特許第4119981号「動物の血管透過性の高感度迅速測定方法」

7)後藤真生・石川祐子、特許第4834819号「アレルギー重症度のインデックス化方法」

8)井上正康編著:活性酸素と医食同源 分子論的背景と医食の接点を求めて,共立出版株式会社(1996)

9)沖 智之:ORAC法,食品機能性評価マニュアル集第U集,p79-86 (2008)

10)Wu, X., Beecher, G.R., Holden, J.M., Haytowitz, D.B., Gebhardt, S.E., and Prior, R.Let. al: Lipophilic and hydrophilic antioxidant capacities of common foods in the United States. J. Agric Food Chem., 52, 4026-4037 (2004)

11)Watanabe J., Oki T., Takebayashi L., Yamasaki K., Takano-Ishikawa Y., Hino A., Yasui A.: Method validation by interlaboratory studies of improved hydrophilic oxygen radical absorbance capacity methods for the determination of antioxidant capacities of antioxidant solutions and food extracts. Anal Sci. 28(2):159-165 (2012)

12)Ouchi A., Aizawa K., Iwasaki Y., Inakuma T., Terao J., Nagaoka S., Mukai K.: Kinetic Study of the Quenching Reaction of Singlet Oxygen by Carotenoids and Food Extracts in Solution. Development of a Singlet Oxygen Absorption Capacity (SOAC) Assay Method. J Agric Food Chem. 58(18), 9967-9978 (2010)

略歴

石川(高野) 祐子(いしかわ(たかの)ゆうこ)

東京大学卒、博士(農学)
独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構食品総合研究所上席研究員(機能性成分解析ユニット長)として食品の抗アレルギー・抗炎症活性および抗酸化能などの機能性評価に関する研究に携わる。

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