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食品中残留農薬の安全性確保と法規制
明治薬科大学 薬学部
永山 敏廣

1.はじめに

 農作物は、田畑やビニールハウスなどの施設内など、同一の圃場で同じ種類の作物が同時期に栽培されることが多い。このような栽培環境は、自然界における生態系と異なり、偏りのある特殊な環境であり、害虫や病原微生物が集まりやすく、雑草も生えやすい。農業を営む人々は、これら病害虫や雑草から農作物を守るため、品種改良、耕起、光遮断、熱消毒、天敵を利用するなど、様々な努力をしてきた。農薬の利用も試みられ、当初、鯨油や除虫菊成分など、あるいは銅や硫黄などの天然物を用いて害虫防除や殺菌などを行っていた。その後、科学技術の進歩に伴い化学合成農薬が登場し、天然成分と同等以上の効果が得られるようになって、収穫量の増大や農作業の効率化、労働力の軽減が図られてきた。
  化学合成農薬は、人に対する毒性が強く農薬使用中の事故が起きやすいもの、農作物や土壌への残留性が高いものが比較的多かったが、順次人畜毒性が弱く、残留性の低いものが開発され、近年では高い選択性を有し、人畜や環境生物への悪影響が極めて小さい農薬が使用されるようになった。しかし、栄養成分や構成成分も含め、全く無害な化学物質は存在しない。また、作物に使用された農薬は、雨風に打たれ、代謝され、光分解されるなど、様々な要因で減少するが、その一部が収穫直前の作物に残留することがある。そこで、この残留した農薬が喫食者に悪影響を及ぼさないように厳しく規制し、安全性を確保する必要がある。
 なお、「農薬」と言っても、その捉え方は、大きく分けて農薬製剤と農薬成分の二つある。農薬の使用者は実際に使用する農薬製剤を思い浮かべ、農薬の分析者は農薬成分をイメージすることが多い。取り扱う立場によって、対象が若干異なってくる。また、登録に関しては有効成分の種類名と剤型を合わせて農薬の種類とされており、農薬製剤の要素が大きい。本稿では、基本的に「農薬」は農薬成分を指すこととする。

2.農薬の安全性確保

 天敵などの生物を除き、農薬は化学物質の一つであり、その使用に当たっては、十分に安全性が確保されていなければならない。農薬の使用に関しては、農薬取締法に基づき登録制度が設けられ、登録されていない農薬製剤は製造、販売、使用などはできない。登録に際し、添加された成分も含めた農薬製剤やその原体(有効農薬成分)について、薬効・薬害、人畜・環境生物への毒性、環境中での挙動、品質などが詳細に調べられ(表 1)、審査、評価される。安全性が確保できると判断された農薬製剤のみが、登録され、作物への残留や水産動植物への影響に関する基準が設定され、この基準を超えないように使用方法が定められる。農薬の安全性は、登録された農薬製剤を定められた方法に従って使用することで確保される。
(1)薬効、薬害に関する試験
  農薬は、農業生産への効果がなければ、使用の意義はなく、効果があっても当該作物や周りの作物への害が現れては、使用は困難である。そこで、薬効(関係する試験成績:表1に示す試験成績の(1);以下同様)や薬害((2)~(4))に関する試験成績が求められる。病害虫や雑草が確実に防除されること、使用した作物とその周辺の作物に害を与えないことなどが検討、評価される。
(2)農薬の毒性試験
  農薬は、田畑等で散布者により環境に放出され、その一部が作物に残留して消費者に摂取される。そこで、農薬散布者などの作業者((5)~(23))、消費者など((11)~(23))、田畑や河川水、湖沼等の陸生あるいは水生の野生動・植物((24)~(31))、の各段階における安全性を確保する必要があり、それぞれに対応した毒性試験を実施して、安全性の確保が図られている。
  農薬散布者などの作業者の安全性を確保するために、急性毒性試験や急性中毒症の処置を考える上で有益な情報を得る毒性試験が実施される。これらの試験成績により、毒性発現の確認、皮膚や眼への刺激性や感作性の有無、中毒発現の機構と適切な処置方法などが解明され、安全性確保に向けた検討、評価が行われる。
 消費者の安全性確保のために、飲食物を介した摂取による健康影響を防止するため、少量であっても長期間にわたり農薬を摂取した場合の影響に関する試験として、慢性毒性試験、発がん性試験、繁殖試験、催奇形性試験などの毒性試験が実施される。反復摂取による影響や発がん性、染色体異常誘発の有無、生殖機能に及ぼす影響、次世代への影響などついて、検討、評価され、最大無毒性量(No observable adverse effect level:NOAEL)の確定に資される。
 環境への影響防止、安全性確保には、動・植物体内での分解経路と分解物の構造等の情報、環境中での影響を把握する毒性試験が実施される。これらの試験成績に基づき、動・植物体内や土壌・水・気体相中での主要代謝物を把握し、挙動を認知して、安全性が検討、評価される。また、蚕、ミツバチ、天敵昆虫等の有用昆虫への影響、鳥類への影響なども併せて検討、評価される。
(3)残留性に関する試験
  農作物への残留性に関する試験((32))として作物残留試験及び乳汁への移行試験が実施される。これらは、消費者の安全性を確保するための基準値設定に利用される。
  土壌への残留性に関する試験((33))として土壌残留試験及び後作物残留試験が実施される。当該作物に使用されなくても、土壌に残存した農薬が同じ圃場で栽培された作物を介して消費者に摂取される可能性も検討、評価される。
(4)安全な農薬製剤の適正使用
  農薬は、様々な試験を通して厳しく審査され、安全性が確認できたものが農薬製剤として登録され、使用できる。しかし、その安全性を確保するためには、適正な使用方法を守ることが求められる。
 農薬製剤の登録番号、農薬の種類及び名称、物理化学的性状、有効成分種類及び含有量、適用病害虫の範囲及び使用方法、使用上の注意事項、人畜・水産動植物に対する注意事項、保管に関する注意事項、製造場の名称及び所在地などの登録内容はラベルに記載されている。農薬の使用に際しては、ラベルに記載されている登録番号により登録農薬であることを確認し、適用表から適用作物、使用時期、使用方法等を十分に認知し、遵守する。また、農薬の使用履歴を残してその成果を知り、農薬を安全かつ適正に使用した証明として的確な記帳に努める必要がある。

表-1 農薬の登録申請に係る試験成績 の内容(PDF:266KB)

3.食品中残留農薬の規制

食品に残留した農薬は、食品衛生法食品規格に基づき残留基準が設けられ、食品ごとに各農薬の最大残留量(残留基準値)が示され、この値を超えて農薬が残留した食品の製造、販売などは禁止される。

(1)食品中残留農薬の安全性確保に向けた考え方
  平成15年に施行された食品安全基本法により、化学物質の安全性確保にリスク分析の考え方が取り入れられた。絶対安全な食品はないことを前提として、「リスク評価」、「リスク管理」、「リスクコミュニケーション」から構成される科学的な「リスク分析」を行う。
 内閣府食品安全委員会が科学的知見に基づいて客観的かつ中立公正に当該化学物質のリスクを評価する(リスク評価)。食品を介した①危害要因の特定、②リスクの特性、被害解析、③暴露評価などによる当該食品の摂取による健康影響評価を実施する。
 厚生労働省や農林水産省、消費者庁などが、使い方や表示などを通して安全なレベルに管理する(リスク管理)。農林水産省は、食料の安定供給のために、①農林水産物の生産過程に係るリスク管理措置、②農林水産物の生産、流通及び消費の増進、改善等を実施する。厚生労働省は、食品の安全な喫食のために、①飲食に起因する衛生上の危害要因の発生防止、②製造、販売等の用に供する食品の取締り等を実施する。
 そして、これらの検討経過、内容、結果などについて、消費者や食品関連事業者などの関係者間で、相互に情報交換や意見交換を行う(リスクコミュニケーション)。
 食品中に存在する化学物質については、その摂食によりヒトの健康に悪影響を及ぼすことのないように対処される。リスク分析の考え方に基づき、生産から消費に至るすべての段階で、健康への影響の未然防止あるいは許容できる程度への抑え込みが図られている(図 1)。食品に残留した農薬に関しても、リスク分析の考え方による安全性確保が図られている。食品安全委員会は、動物実験から有害作用を特定し、NOAELを推定し、安全係数を定めて、一日摂取許容量(ADI)を設定する。食品を介した農薬の摂取量がこのADIを超えることのないように、農林水産省は、生産工程において農薬取締法に基づき農薬を登録し、品質規格や使用基準を設定する。厚生労働省は、食品加工、流通、消費にかかわる段階で食品衛生法に基づき農薬の最大残留許容量(残留基準)を設定する。出荷前や流通段階における抜き取り検査を通して、農薬の使用状況や残留状況を確認し、過量に残留した食品が見いだされた場合は速やかに排除する。
(2)食品衛生法に基づく残留基準の設定
 製造、輸入、加工あるいは販売等される食品中の農薬残留量は、食品衛生法(昭和22年法律第233号;以下「法」という。)に基づき規制される。

食品衛生法第十一条

第十一条  厚生労働大臣は、公衆衛生の見地から、薬事・食品衛生審議会の意見を聴いて、販売の用に供する食品若しくは添加物の製造、加工、使用、調理若しくは保存の方法につき基準を定め、又は販売の用に供する食品若しくは添加物の成分につき規格を定めることができる。
○2  前項の規定により基準又は規格が定められたときは、その基準に合わない方法により食品若しくは添加物を製造し、加工し、使用し、調理し、若しくは保存し、その基準に合わない方法による食品若しくは添加物を販売し、若しくは輸入し、又はその規格に合わない食品若しくは添加物を製造し、輸入し、加工し、使用し、調理し、保存し、若しくは販売してはならない。
○3  農薬(農薬取締法 (昭和二十三年法律第八十二号)第一条の二第一項 に規定する農薬をいう。次条において同じ。)、飼料の安全性の確保及び品質の改善に関する法律 (昭和二十八年法律第三十五号)第二条第三項 の規定に基づく農林水産省令で定める用途に供することを目的として飼料(同条第二項 に規定する飼料をいう。)に添加、混和、浸潤その他の方法によつて用いられる物及び薬事法第二条第一項 に規定する医薬品であつて動物のために使用されることが目的とされているものの成分である物質(その物質が化学的に変化して生成した物質を含み、人の健康を損なうおそれのないことが明らかであるものとして厚生労働大臣が定める物質を除く。)が、人の健康を損なうおそれのない量として厚生労働大臣が薬事・食品衛生審議会の意見を聴いて定める量を超えて残留する食品は、これを販売の用に供するために製造し、輸入し、加工し、使用し、調理し、保存し、又は販売してはならない。ただし、当該物質の当該食品に残留する量の限度について第一項の食品の成分に係る規格が定められている場合については、この限りでない。

食品中残留農薬に関するポジティブリスト制度は、法第11条第1項に基づく規格と同条第3項により構築されている(図 2)。法第11条第3項の規定が、施行期日を定める政令(平成17年政令第345号)により平成18年5月29日に施行されることとなり、ポジティブリスト制度が導入された。農薬等が一律基準(0.01ppm:平成17年11月29日厚生労働省告示第497号)を超えて残留する食品は、これを販売の用に供するために製造し、輸入し、加工し、使用し、調理し、保存し、又は販売してはならないこととされるが、食品、添加物等の規格基準(昭和34年厚生省告示第370号;以下「規格」という。)が定められている場合については、当該規格によることとされる。食品中に残留した農薬の残留基準は、規格として残留値が規定される。平成26年2月20日現在、800成分以上の農薬等(農薬、飼料添加物及び動物用医薬品;以下同様)について基準値が設けられている。なお、法第11条第3項の規定により、人の健康を損なうおそれのないことが明らかであるもの(対象外物質:平成17年11月29日厚生労働省告示第498号)が定められ、平成26年2月20日現在、66成分の農薬等(このうち農薬は25成分)が定められている(表 2)。
  規格は12の目から構成され、種々の基準が設けられている。1において抗生物質又は化学的合成品たる抗菌性物質の規定、5~9において農薬等の種々食品に対する基準値等が設定され、10~11において食品の原材料に関する規定が示されている。

食品衛生法に基づく食品、添加物等の規格基準の概要

第1 食品

A 食品一般の成分規格

 

1 

抗生物質又は化学的合成品たる抗菌性物質及び放射性物質を含有してはならない。
ただし、対象外物質、成分規格が定められている場合を除く。

2 

組換えDNA技術によって得られた生物に関する規定

3 

組換えDNA技術によって得られた微生物を利用して製造された物に関する規定

4 

特定保健用食品の安全性及び効果に関する規定

5 

農薬等(農薬、飼料添加物及び動物用医薬品)で食品に含有される物であってはならない
(不検出)成分の規定 【不検出基準】

6 

農薬等の成分である物質の量の限度の規定 【本基準】

7 

農薬等の成分である物質の量の限度の規定 【暫定基準】

8 

農薬等の成分である物質が自然に含まれる物質と同一であるときの規定

9 

農薬等の成分である物質の量の限度の規定 【加工食品の暫定基準】

10 

食品の原材料が6~9に定める成分規格に適合するものでなくてはならない。

11 

成分規格が定められていない原材料が、法第11条第3項の規定により人の健康を損なうおそれのない量として定める量を超えて農薬等の成分である物質を含有するものであってはならない。

12 

食品中の放射性セシウムに関する規定

食品中の残留農薬等の基準値は、ADIを基に設定される。リスク評価機関である食品安全委員会が農薬ごとにADIを設定する。この結果を受けて、厚生労働省は、薬事・食品衛生審議会において審議・評価し、食品ごとの残留基準を設定する。このとき、水や環境等からの摂取を考慮し、喫食による農薬等の摂取量はADIの80%を超えない範囲とされる。
 国際基準であるコーデックス基準(国連食糧農業機関(FAO)/世界保健機関(WHO)合同食品規格委員会(コーデックス委員会、CAC: Codex Alimentarius Commission)で採択された基準)、FAO/WHO合同残留農薬専門家会議(JMPR: Joint FAO/WHO Meeting on Pesticide Residues)が示した科学的な評価に基づき残留基準が設定されている諸外国の基準などの他、農作物では作物残留試験成績、畜産物では最大理論的飼料由来負荷(Maximum Theoretical Dietary Burden:MTDB)量を基とした当該農薬を含有する飼料を摂取させたときの各部位の残留量、魚介類では環境中予測濃度(Predicted Environmental Concentration:PEC)及び生物濃縮係数(Bio Concentration Factor:BCF)に基づき基準値案を作成する。
 この基準値案について、各食品の摂取量に基づき暴露評価を行い、ADIの占有率(1日当たり摂取する農薬量のADIに対する比)が80%以内であることを確認する。理論最大1日摂取量(Theoretical Maximum Daily Intake:TMDI、基準値案×各食品の平均摂取量の総和)を国民平均、幼少児(1~6歳)、妊婦、高齢者(65歳以上)のそれぞれにおける食品の平均摂取量に基づき試算し、すべてのグループでADI占有率が80%以下であるか比較、検討する。TMDI試算でこの要件を満たさないときは、作物残留試験成績等に基づくより精緻な推定一日摂取量(Estimated Daily Intake:EDI、作物残留試験成績等から推定される残留量×各食品の平均摂取量)を同様に各グループについて試算し、すべてのグループでADI占有率が80%以下であるか、比較、検討する。EDI試算によっても要件を満たすことができなかった場合は、基準値案を見直し、再度EDI試算による暴露評価を行う(図 3)。
  基準値案を採用した場合に予想される暴露量がADIの80%を超えないことを確認して、当該基準値案が残留基準として設定される。

図1.日本におけるリスク分析の概要(PDF:79KB)
図2.食品衛生法第11条に基づくポジティブリスト制度(PDF:79KB)
表 2. 人の健康を損なうおそれのないことが 明らかであるものとして定められた物質(PDF:20KB)
図3.食品衛生法食品規格農薬等残留基準値 の設定方法の考え方(PDF:77KB)

4.おわりに

 農薬の使用は、農業の生産性を高め、過重な労働力を軽減する。しかし、劣悪な農薬の使用や、不適切な使用により、生物や環境に悪影響を与えると共に、安全な食生活を脅かすことにもなる。そこで、薬効や薬害、毒性、動植物における体内動態、環境への影響、残留性、品質など様々な試験が実施され、効果や安全性に問題のない農薬のみが、その使用方法や注意事項などを規定して登録され、使用できる。
 一方、日常生活の中で喫食される食品中の農薬残留量は、ADIを基に詳細かつ精密に摂取量を推定、評価して基準値を設け、毎日、一生涯食べ続けても悪影響が出ることのないように規制されている。
 登録された農薬を適正に使用することで、残留基準が守られ、食品の安全性が確保される。農薬の使用に際しては、製剤のラベルをよく読み、確認して、使用基準に従うことが肝要である。また、加工、流通、販売の段階では、衛生害虫用の殺虫剤などによる汚染や意図的な混入を防止することにも留意しなければならない。安全な食品を確保し、農薬の残留実態や摂取量を調査して残留状況や摂取状況の現状を正しく評価、情報提供して、意見交換等を通して信頼性を得ることが、安全・安心な食生活につながるものと考える。

略歴

永山 敏廣(ながやま としひろ)

1978年東京薬科大学大学院薬学研究科修士課程修了。同年東京都立衛生研究所勤務。2003年東京都健康安全研究センター(名称変更)勤務。2013年より明治薬科大学薬学部教授。 現在に至る。

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