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マイコトキシン分析法の今
麻布大学 生命・環境科学部 食品生命科学科
小西 良子

1.はじめに

マイコトキシン(カビ毒)は、農産物および畜産物を介する食品汚染物質の一つである。土壌に生息する真菌(カビ)が産生する毒素であるため、その汚染を無くすることは不可能と言われており、また、世界中に汚染が報告されている。  マイコトキシンが引き起こす健康被害は、発がん性をはじめ、肝毒性、腎毒性、消化器障害、催奇形性、免疫毒性など多岐にわたっており、急性毒性より、少量を慢性的に摂取することによって引き起こされる慢性毒性が危惧されている。また、熱に耐性であることから、一度農作物に混入するとその除去は難しいことから食品衛生上重要な危害物質でもある(表1)。
 健康被害を最小限に抑えるためには、マイコトキシンの摂取を出来るだけ少なくすることである。農業規範などを守り、農作物の栽培および貯蔵時でカビの汚染を抑えることも重要であるが、輸入食品への依存率が非常に高いわが国では、常にモニタリング検査を行い、必要に応じて規格基準を設けることが効果的であると考えられる。
 そこで、モニタリングおよび規格基準の要となるのが分析法である。特にマイコトキシンの分析法は、種々の食品を対象に行うため、その前処理にはシリカゲル、フロリジル等の前処理カラムや抗原抗体反応を利用したイムノアフィニティーカラムなどが使用されている。
 近年では、国際的ハーモナイゼーションを確保するため、分析法の精度管理が厳しく論じられるようになってきており、特に規格基準違反の根拠となる公定法では、妥当性評価が行われた分析法が採用されている。
 本稿では、規格基準が定められているマイコトキシンに用いられる分析法(公定法)、規格基準がまだないマイコトキシンに用いられる分析法、自主検査等で行われる簡易迅速法を紹介したい。

表1 主なマイコトキシンの汚染食品、毒性および規制

2.カビ毒試験法評価委員会について

分析で得られたデータは信頼性の高いものでなければならないことはいうまでもない。しかし、信頼性を確保するためには、その分析法の妥当性確認(メソッドバリデーション)をすることが必要となる。特に法的措置が関係する分析法(公定法)では必須となってきている。また、国際的な動きとして、実態調査を行うにもバリデーションのとれた分析法が必要となってきている。
 妥当性確認のためには、複数の研究機関において、同一試料を同一分析法で分析し、その結果を統計処理し、AOAC International やIUPAC(国際純正・応用化学連合)が定めている評価方法に準じて、その分析法が公定法として妥当かどうかを第3者によって判定する必要がある (1, 2)。これをコラボラティブスタディと呼んでいる。
 厚生労働省は妥当性確認がとれたカビ毒分析法を確立するため、評価を行う第3者組織として「カビ毒試験法評価委員会」を、厚生労働科学研究費補助金「食品の安全・安心確保推進研究事業・カビ毒を含む食品の安全性に関する研究」(研究主任者 小西良子,平成19年度〜平成21年度)の一環として設立した。国立医薬品食品衛生研究所ホームページにその内容は公開されている(3)。現在までに
  ●デオキシニバレノール(DON)およびニバレノール(NIV)の一斉試験法
  ●牛乳中のアフラトキシンM1試験法
  ●ピーナッツの総アフラトキシン試験法
  ●アセチル化DONの分析法
  ●フモニシン類の分析法
  ●フザリウムトキシン4種の試験法
    が「カビ毒試験法評価委員会」によって妥当性確認されている。

3.わが国で規制のあるマイコトキシンとその分析法

わが国の食品衛生法によって規制のあるマイコトキシンは、3種類である(表2)。平成15年7月に発出されたデオキシニバレノールの暫定基準値は小麦玄麦で1.1 mg/kgであり、試験法は85%アセトニトリルで抽出し、多機能カラムによる前処理後HPLC-UV検出器での定量法およびLC/MS-MSまたはGC-MS検出器による確認法が通知された。同年11月に発出されたパツリンの基準値は、リンゴジュースを対象に0.05mg/kgであり、酢酸エチルによる抽出後、前処理を行いHPLC-UV検出器での定量法およびLC/MS-MSまたはGC-MS検出器による確認法が告示法となった。アフラトキシンは、まず昭和46年に全食品を対象としてアフラトキシンB1のみで規制された。その後、食品安全委員会のリスク評価を受け、平成23年10月から総アフラトキシンの規制に変更された。それに伴って総アフラトキシンの試験法が平成23年3月に発出され10月から施行された(4)。 総アフラトキシンの試験法はそれまでのアフラトキシンB1の試験法と基本的には違いはない。穀類、豆類及び種実類に適用できる多機能カラム(90%アセトニトリルで抽出)と香辛料(とうがらし、パプリカ等)や加工食品、その他多機能カラムでは精製が不十分な試料に適用できるイムノアフィニティーカラム(80% メタノールで抽出)を用いて前処理をし、蛍光検出器付き高速液体クロマトグラフ(HPLC-FL)で定量を行い、LC/MS-MSで確認試験を行うものである。
 今回の総アフラトキシンの試験法の通知では、T 総アフラトキシン試験法に記載された方法以外の分析法を使用したい場合には、U 妥当性評価の方法に従って評価し、使用することが出来るようにしている。この妥当性評価方法は、平成19年11月15日付食安発第1115001号「食品中に残留する農薬等に関する試験法の妥当性評価ガイドラインについて」に準じている。
 トウモロコシを対象にした場合に限定されているが、総アフラトキシンの簡易迅速法も平成23年8月に通知されている。簡易迅速法はHPLC-FLを用いる試験法よりも早く結果が出るため、自主検査等で一般的に用いられつつある分析法である。検査法の手法の多様化に伴って、ELISA法やラテラルフロー法などが主流である。アフラトキシンB1規制時には、国立医薬品食品衛生研究所でそのとき購入可能であった数社の簡易迅速法の妥当性試験を行い、使用できるキットを限定していたが、現実的では無いことから、今回の改正を機に簡易迅速法の妥当性評価に用いるクライテリア(評価項目)を設定し、その項目事項を満足するキットは使用できるようにしている(表3)。

表2 我が国で規制のあるマイコトキシンとその分析法

表3 トウモロコシ中の総アフラトキシンの迅速試験法のクライテリア

4.わが国でまだ規制の無いマイコトキシンとその分析法

平成15年に食品安全委員会が設立されたことから、食品の基準値を策定するには、食品安全委員会のリスク評価を受けることとなった。マイコトキシンを対象としたリスク評価はこれまでパツリン、総アフラトキシン、デオキシニバレノール・ニバレノール、アフラトキシンM1、オクラトキシンAが終了している。そのうち、パツリン、総アフラトキシンについては厚労省で規制が設定されている。デオキシニバレノール・ニバレノール、アフラトキシンM1およびオクラトキシンAについては、今後厚労省において基準値設定の有無が検討されるであろう。その分析法については、前述のようにデオキシニバレノール・ニバレノールの一斉試験法、アフラトキシンM1の試験法はすでにカビ毒試験法評価委員会で妥当性評価が終わっている方法がホームページに記載されている。 オクラトキシンAに関しては2006年に我々がコラボラティブスタディを行い、発表しているので(5)、参考にしていただきたい。

5.おわりに

公定法となる分析法の信頼性を確保するためには、妥当性評価が必要であるが、公定法を使用してマイコトキシンの検査を行っている試験検査機関においては、日々の試験室内での一連の操作や分析結果が正常に保たれているかどうかを確認すること、異常や疑わしい点があれば適宜改善を行い一定の品質を維持することが大切である。これを精度管理というが、内部精度管理と外部精度管理の2つがある。
 内部精度管理は、厚生省(当時)の「食品衛生検査施設等における検査等の業務の管理の実施について」(平成9年4月1日付け衛食第117号)等に準拠して行うことができる。しかし、自らの分析結果を客観的に評価することができないため、定期的に他の試験室の分析値や基準となる値と比較して、自らの評価をおこなう外部精度管理をする必要がある。マイコトキシンの外部精度管理プログラムは英国のFERA(Food and Environment Research Agency)が実施しているFAPASなどがある。
 さらに近年は分析をする試験検査機関そのものが認定をうける試験所認定が浸透してきている。試験所自身が信頼性のある分析データを出せる能力を有しているか否かを評価する精度で、認定を受けるための要求事項が規定されている。ISO/IEC 17025:2005などが例である。この認定をうけると、Codex委員会で食品の輸出入の規制に関わる試験室として認められるなど国際的競争力を持つことが出来るとされている。
 今後わが国の分析法も国際化の波に乗り、妥当性確認、精度管理や試験所認定などへの動きが活発になってくると予測される。世界中から輸入されてくる食品の安全性の確保のため、国産食品の輸出に際する安全性担保のためにも、マイコトキシンに限らず食品汚染物質等の分析法の科学的信頼性を向上されることが望まれる。

参考文献

1)Thompson, M., Ellison, S.L..R. and Wood, R. 2002. Harmonized guidelines for single-laboratory validation of methods of analysis. Pure Appl. Chem., 74, 835-855
2)分析法の妥当性確認に関するガイダンス( 独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構)   [http://www.naro.affrc.go.jp/org/nfri/yakudachi/datosei/index.html] ,
3) カビ毒試験法評価委員会HP(国立医薬品食品衛生研究所) http://www.nihs.go.jp/dmb/kabi/kabi.html
4)総アフラトキシンの試験法(厚労省)http://www.mhlw.go.jp/topics/yunyu/other/2011/dl/110816-3.pdf
5)Sugita-Konishi Y, Tanaka T, Nakajima M, Fujita K, Norizuki H, Mochizuki N, Takatori K. The comparison of two clean-up procedures, multifunctional column and immunoaffinity column, for HPLC determination of ochratoxin A in cereals, raisins and green coffee beans. Talanta. 69(3):650-5.(2006)
略歴
小西 良子(こにし よしこ)
麻布大学 生命・環境科学部 食品生命科学科(教授)
昭和53年3月 麻布獣医科大学獣医学部卒業
昭和53年4月 東京大学大学院農学系研究科修士課程入学
昭和58年3月 東京大学大学院農学系研究科博士課程修了 農学博士号取得
職歴
昭和61年4月〜平成4年3月 国立予防衛生研究所 研究員 
平成9年6月〜14年3月    国立感染症研究所食品衛生微生物部食品毒素室室長
平成14年4月〜19年3月    国立医薬品食品衛生研究所衛生微生物部第4室室長
平成19年4月〜25年3月    同研究所衛生微生物部部長(国立感染症研究所細胞化学部併任)
平成25年4月〜現在       麻布大学 生命・環境科学部 食品生命科学科 教授
審議会
内閣府:食品安全委員会 カビ毒・自然毒専門委員会委員(平成16年〜現在)
厚生労働省:厚生労働省薬品・食品規格審議会 委員(平成12年〜現在)など
学会等
日本マイコトキシン学会 (会長)、日本食品衛生学会(理事、編集委員)、日本防菌防黴学会 (理事)、日本獣医学会(評議委員)、日本食品微生物学会(理事)、Society of Toxicology (米国)等
賞罰
平成19年1月 平成18年度マイコトキシン学会学術賞
平成25年2月 遠山椿吉記念 食と環境の科学賞
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