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油脂および油脂食品の劣化度測定法
東京工科大学応用生物学部 遠藤泰志

1.はじめに

油脂はタンパク質や炭水化物と並ぶ三大栄養素の一つであり、ヒトにとって大切なエネルギー源として機能するだけでなく、食品の味や匂い、食感などにも寄与している。しかし、油脂の酸化や加熱による劣化は、油脂および油脂食品の品質や栄養の低下を招くので、油脂の劣化を把握して防止することは、油脂および油脂食品の品質管理をする上で重要である。そこで酸化や加熱による油脂および油脂食品の劣化の度合いを評価する方法について解説する。

2.油脂の酸化と加熱劣化

油脂および油脂食品の主な劣化は、空気(酸素)による酸化反応に由来する。油脂の酸化反応には、非酵素的な化学反応による酸化と酵素的な酸化とに区別される。また非酵素的酸化には、自動酸化と光増感酸化がある。一般に油脂の酸化反応は、主に不飽和脂肪酸が対象となる。
  自動酸化では、不飽和脂肪酸の二重アリル水素(活性メチレン)からの水素の引き抜きにより開始されるラジカル連鎖反応によって進行し、一次生成物としてヒドロペルオキシドが生成する。ヒドロペルオキシドは不安定であるため、二次生成物である炭化水素や、カルボニル化合物、アルコール、脂肪酸といった低分子化合物に分解される他、重合物を生成する。このうち、二次生成物が油脂および油脂食品の品質に大きく影響する。
  一方、光増感酸化には、光増感剤の種類により二つのタイプがある。タイプIは、光増感剤がリボフラビンやキノン類の場合で、光照射によりエネルギーを吸収して励起された光増感剤が不飽和脂肪酸に直接作用して、ラジカル連鎖反応を引き起こす。一方、タイプIIは、クロロフィルとその分解物やローズベンガルなどが光増感剤として作用する。この場合、光照射により励起された光増感剤は基底状態の酸素分子(三重項酸素)と反応し、よりエネルギーの高い一重項酸素とよばれる酸素分子に変化させる。この一重項酸素は非常に反応性が高く、不飽和脂肪酸の二重結合に直接作用してヒドロペルオキシドを生成する。光増感酸化は自動酸化に比べ、酸化速度が速いだけでなく、タイプIIでは、酸化生成物が、自動酸化と異なるため、クロロフィル類を含むような食品を保存する場合は、遮光をするなどとくに注意が必要である。
  油脂では保存中に自動酸化や光増感酸化が起こる。生鮮食品では酵素酸化も起こりうるが、フライ食品のような加工食品では、一般には自動酸化や光増感酸化による劣化が主である。
  フライ調理でも、油脂の酸化が起こる。この場合、基本的には自動酸化と同じであるが、温度が180℃以上と高温であるため自動酸化よりも反応が速いだけでなく、不飽和脂肪酸だけでなく、飽和脂肪酸も酸化される。またこの温度では、ヒドロペルオキシドの生成速度よりも分解速度の方が速いため、ヒドロペルオキシドは蓄積されず、分解物や重合物が多く生じる。そのため熱酸化と呼ばれ、自動酸化と区別されている。フライ調理では、熱酸化に加え、熱分解、熱重合、加水分解といった反応も同時に起こる。そのため、油脂のフライ加熱による劣化機構を明らかにすることは極めて難しい。

3.油脂の劣化度評価

油脂の劣化度評価は、酸化一次生成物または二次生成物の定量に基づいて評価される。これら酸化物は化学的に定量する方法(油脂の劣化度評価法が、日本油化学会の「基準油脂分析試験法」に記載されている)が一般であるが、操作性や迅速性などの観点から物理的方法による評価法も開発されている。

3−1 過酸化物価 (Peroxide Value; PV)(基準油脂分析試験法 2.5.2.1-2013, 2.5.2.2-2013)

油脂の酸化的劣化度を評価する方法として最も一般的な方法が過酸化物価(PV)である。PVは脂質ヒドロペルオキシドを定量するもので、現在、基準油脂分析試験法には、デンプン指示薬を用いた滴定法(酢酸-イソオクタン法)の他に、電位差滴定法がある。
 なお、PVは油脂の自動酸化や光増感酸化による劣化の度合いを評価できるが、フライ油にはヒドロペルオキシドはほとんど残存しないので使用できない。

3−2 酸価(Acid Value; AV)(基準油脂分析試験法 2.3.1-2013)

PVと並んで良く用いられる評価法が酸価(AV)である。AVは、油脂に含まれる遊離脂肪酸を中和滴定によって定量する方法である。現在、食品製造現場で簡易的に測定できるAV用試験紙が販売され使用されている。
 AVはフライ油の劣化度を評価するのに適した方法であるが、自動酸化や光増感酸化では、遊離脂肪酸の生成量が少ないため、酸化劣化の評価法には不適当である。

3−3 カルボニル価(Carbonyl Value; CV)(基準油脂分析試験法 2.5.4.2-2013)

カルボニル価CVは、油脂の酸化二次生成物であるアルデヒドやケトンといったカルボニル化合物に反応する2,4-ジニトロフェニルヒドラジンを用いて比色定量することによって、総カルボニル量を算出する。従来法は溶剤としてベンゼンを使用していたが、現在はブタノールを溶剤として使用する改良法が利用されている。CVは、油脂の自動酸化だけでなく、フライ油の熱酸化の指標にもなりうる。カルボニル化合物は閾値が小さいことから、油脂の臭いに大きく影響するので、CVは官能検査と相関するとされる。

3−4 アニシジン価(Anisidine Value; AnV)(基準油脂分析試験法 2.5.3-2013)

アニシジン価は、CVと同じくカルボニル化合物を比色定量する方法であるが、発色にp-アニシジンを用いる。操作がCVよりも簡便であるため、フライ油の劣化度評価法として、EU諸国において使用されている。ただし、発色の強度がカルボニル化合物の種類(二重結合の有無や炭素数)によって異なるため、脂肪酸組成が異なる油脂同士を比較することはできない。

3−5 極性化合物(Polar Compounds)(基準油脂分析試験法 2.5.5-2013)

フライ油の劣化度評価に用いられる方法で、フライ油中のトリアシルグリセロールを主体とする非極性化合物を定量し、その残部を極性化合物と見なして百分率で算出した値である。なお、極性化合物には、モノ・ジアシルグリセロール、遊離脂肪酸の他、重合物などが含まれる。EU諸国では、極性化合物量が25〜27%を使用限界としている。本法は、オープンカラムクロマトグラフイーであるため、操作性や再現性の点で多検体の測定には不向きである。そのため、TLC-FID法を用いた簡便法が提案されている。
3−6 重合物量−ゲル浸透クロマトグラフ法
  (Polymerized Triacylglycerol-Gel Permeation Chromatography)(基準油脂分析試験法 2.5.7-2013)
分子量の大きさで分離するゲル浸透クロマトグラフィーによって油脂中に含まれる重合物を定量する方法である。なお、油脂重合物は、トリアシルグリセロールより先に溶出するものをすべて指し、百分率で算出する。本法は、基本的には高速液体クロマトグラフィー(HPLC)であり、検出器に示差屈折計を用いる。本法は、操作時間が短いことから各国で用いられている。なお、EU諸国では、重合物量が10〜16%を使用限界としている。

3−7 その他

油脂の劣化度を評価するその他の方法として、粘度、着色度などがある。これらの評価方法は、油脂の種類の影響を受けるので、異なる種類の油脂同士を比較することはできない。また、油脂の揮発性成分をガスクロマトグラフィーで分析する方法を用いることがある。油脂をバイアルに入れ、その中のヘッドスペースを分析する方法で、油脂の匂いを分析する方法として有効である。
 最近では、油脂の誘電率を測定することで、フライ油の劣化度を簡易的に測定する方法が用いられている。油脂(トリアシルグリセロール)自身は誘電率が低いが、フライ加熱で生じるカルボニル化合物や遊離脂肪酸は誘電率が高い。そのため、誘電率の大きさから極性物質量を求めることができる。

4.油脂食品の劣化度評価法

4−1 抽出油の評価法

油脂食品は、溶剤で油脂を抽出してから、油脂の劣化度を測定することで、油脂食品の品質を評価することが多い。
 評価法としては、油脂の劣化度評価法に準じて行われるが、PVやAV、CVを用いることが多い。ただし、油脂と違って、試料油の量が少ないことから、場合によっては、PVが測定できないことがある。この場合、共役ジエン量を測定しても良い。油脂の自動酸化で生じるヒドロペルオキシドは共役ジエンの構造を有するため、間接的にヒドロペルオキシドを定量することが可能である。試料油をヘキサンまたはイソオクタンに溶かして233 nmの吸光度を測定し、共役ジエンの吸光係数を用いてヒドロペルオキシド量を算出する。ただし、タイプIIの光増感酸化の影響が大きいと考えられる場合には共役ジエン量は適当ではできない。
 なお、油脂食品から溶剤で抽出するため、抽出中に油脂の劣化が進行する恐れがあるので、操作は短時間で行い、かつ光が試料に当たらないようなどの注意が必要である。

4−2 油脂を抽出しない評価法

油脂食品の品質評価には、官能検査が最も有効である。実際、PVやAVが低い場合でも、官能検査で劣化臭を認めることがある。官能検査は感度の点で、化学分析や機器分析よりも優れていることがある。しかし、官能検査には、熟練したパネラーが多数必要である他、劣化度を客観的に数値化することが困難である。そのため、化学分析や機器分析による数値化が求められているが、油脂食品は多種類にも及ぶため一律に評価する方法は無い。ただし、溶剤を用いて油脂を抽出することは、操作上手間がかかるし、時間も要する。そのため、油脂を抽出しないで油脂食品の酸化劣化を評価するいくつかの試みがなされている。
 (1)ヘッドスペース法
 バイアルに油脂食品を入れた後、加熱しながら固相マイクロ抽出装置によってヘッドスペース内の揮発性成分を捕集する。その後、ガスクロマトグラフィーによって揮発性成分を定性・定量する。捕集剤の種類によって捕集できる成分が異なるので、その食品に適した捕集剤を用いることが必要である。
 (2)蛍光法
 いくつかの油脂食品では、タンパク質が多く含まれている場合がある。油脂の劣化によって生じるカルボニル化合物がタンパク質(アミノ基)と反応して蛍光物質を形成することがある。そこで食品の表面の蛍光強度を測定することで、乾燥卵黄や乾燥畜肉などの油脂食品の劣化度を評価する方法が提案されている。
 (3)化学発光法
 油脂の酸化反応で、極微弱な化学発光が生じることが知られている。同様にポテトチップスやインスタントラーメンのような油脂食品でも化学発光が観察されている。化学発光種は、活性酸素(一重項酸素)や励起カルボニルと考えられているが、いくつかの油脂食品では、化学発光とPVとの間に相関性があると報告されている。

5.おわりに

油脂や油脂食品の劣化度評価法として、食品衛生法では、PVやAV, CVが用いられているため、これらを測定するのが一般的と思われる。ただし、自動酸化を含め、油脂の劣化反応は複雑で、生成する化合物も多種多様である。とくにフライ調理では顕著である。従って、油脂および油脂食品の劣化度を評価する場合は、一つの指標だけを用いるのは望ましくない。必ず2つ以上の指標を評価する(できれば、酸化一次生成物と二次生成物の両方を測定する。)ことが必要である。また、その指標の測定原理を理解していないと、劣化度を誤って評価する危険性がある。油脂および油脂食品の劣化機構を把握することはなかなか難しいが、上記のことに注意しながら、油脂および油脂食品の品質管理をしていただきたい。

参考資料

1) 日本油化学会制定「基準油脂分析試験法 (2013年版)」
2)金田・植田編、「過酸化脂質実験法」医歯薬出版、1987年
3) 五十嵐 修・島崎弘幸、「過酸化脂質・フリーラジカル実験法」学会出版センター、1994年
略歴
遠藤 泰志(えんどう やすし)
東京工科大学応用生物学部(教授)
1981年3月 東北大学農学部卒業
1986年3月 東北大学大学院農学研究科後期博士課程修了(農学博士)
1987年2月 東北大学農学部・助手
1998年4月 東北大学大学院農学研究科・助教授
2007年4月 東京工科大学バイオニクス学部(現 応用生物学部)・教授
賞罰
1990年4月 日本油化学協会進歩賞
1998年7月 日本食品科学工学会奨励賞
2003年2月 (財)油脂工業会館油脂優秀論文賞
現在の研究テーマ
食用油脂の劣化機構の解明と、その評価・防止法の開発
健康機能油脂の開発
生物学的手法による脂質の修飾
食品有害物質の除去法の開発
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