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海洋性カロテノイドの健康機能
北海道大学大学院水産科学研究院・細川雅史

1.はじめに

カロテノイドは、黄-橙-赤色を呈する脂溶性色素化合物であり、これまでに天然物から750種類以上が同定されている。代表的なものにニンジンなどに含まれるβ-カロテンがあげられ、ビタミンAに開裂して栄養素として働く。このようなカロテノイドは、野菜や果物などの陸上植物に加え、海藻や微細藻類、シアノバクテリア等によって生合成される。その一方で、動物では生合成されないため、我々は食品によってカロテノイドを生体内に取り込んでいる。また、海洋環境では、植物プランクトンが生合成するカロテノイドが海洋動物に移行し、蓄積や代謝がなされている。
 海洋生物が持つカロテノイドの中には、陸上生物とは異なるものがみられる。代表的なものとして、サケなどに含まれるアスタキサンチンやワカメなどの褐藻に含まれるフコキサンチンが上げられる(図1)。これらは、他のカロテノイドと同様に優れた抗酸化作用を有するばかりでなく、近年社会的な問題にもなっている肥満を基盤としたメタボリックシンドロームに対して予防効果を示すことが報告され、サプリメントの開発も進められている。本稿では、それら海洋性カロテノイドの健康機能について紹介する 。

2.アスタキサンチン

2.1 構造と食品含量

アスタキサンチンはイソプレン骨格の両端にあるβ-イオノン環にヒドロキシル基とケト基が結合した深赤色のカロテノイドである(図1).特に、分子内に酸素原子を含むためキサントフィルに分類される.天然界には、エビやカニなどの甲殻類、サケ、マダイなどの魚類をはじめ水産生物中に広く分布するため、我々が日常的に摂取している食品成分といえる。ベニザケには魚肉100 g当たり約3-4 mg、甘エビでは0.4 mg程度含まれている。一方、工業的なアスタキサンチン生産に用いられているヘマトコッカス藻では、1000〜4000 mg/100 gと他に比べ含量が極めて高いことが特徴である。ヒト試験において多くの健康機能がみられるアスタキサンチンの摂取量は6mg/日と推定され、それを摂取するための食品量の目安は表1のように算出される。

2.2 吸収と代謝

アスタキサンチンを経口摂取した場合、血中に検出されることから、一部はそのままの形でリンパ中に放出されると考えられる。また、アスタキサンチンのエステル体を経口投与した場合においても、遊離のアスタキサンチンに分解され血中で検出される。吸収されたアスタキサンチンは、血漿のみならず赤血球でも検出され、肝臓や腎臓、肺、心臓、腓腹筋などの末梢組織にも移行する。 一方、カロテノイドの吸収性は油脂の共存により促進されることが報告されている。アスタキサンチンとオリーブ油またはコーン油から調製したエマルジョンをラットの12指腸に強制投与した場合、リンパ液中に検出されたアスタキサンチン回収量はコーン油群で13%であったのに対し、オリーブ油群では約20%と高い値であった(1(文献リスト参照))。これらの結果は、油脂の共存に加えその構成脂肪酸の違いによってもカロテノイドの吸収効率が変化することを示している。

2.3 抗酸化作用

組織や細胞内の脂質やタンパク質の酸化は、細胞障害へとつながり様々な疾病発症と密接に関わる。その原因となる一重項酸素やラジカルに対する消去活性は生体の健康機能を守る上で極めて重要な活性と考えられる。

  アスタキサンチンの一重項酸素消去活性は、非極性溶媒中においてβ-カロテンやゼアキサンチンと同程度であるが、α-トコフェロールと比較した場合では数百倍におよぶ。また、極性溶媒中ではアスタキサンチンの消去活性がβ-カロテンやゼアキサンチンよりも高いことが報告されており、カロテノイドの中でも高い抗酸化活性が特徴である(2,3)。更に、生体膜モデルであるリポソーム中でもアスタキサンチンは強い一重項酸素の消去活性を示し、トコフェロールと比較して6倍程の高いことが報告されている(4)。

  アスタキサンチンのラジカル捕捉作用に関しては多くの研究が見られる。2,2’-Azobis(2,4-dimethylvaleronitrile)(AMVN)によって引き起こされるリノール酸メチルのラジカル連鎖反応に対するカロテノイドの抗酸化活性を溶媒中で調べたところ、β-カロテンに比べ4,4’位にオキソ基を持つアスタキサンチンやカンタキサンチンの活性が高いことが明らかにされている(5)。また、生体膜モデルを用いた場合においてもアスタキサンチンのラジカル捕捉作用はβ-カロテンより優れていたが、トコフェロールとは同程度の活性であった(6)。
B 低密度リポタンパク質(LDL)の酸化防止効果
  活性酸素によりLDLの酸化変性がおこると、マクロファージに貪食され泡沫細胞を形成するとともに、平滑筋細胞の遊走や血管内皮細胞に損傷を与え血栓形成し、アテローム性動脈硬化につながる。オキアミより精製したアスタキサンチンをサプリメントとして健常人に経口摂取してもらい、摂取前と14日後にそれぞれLDLを分離し薬剤によって誘導される酸化を評価した結果、3.6 mg/日以上のアスタキサンチン摂取により摂取前と比べ有意に抑制されることがex vivoの実験で明らかにされている (7)。

2.4 メタボリックシンドローム予防効果

肥満を基盤として糖尿病や高脂血症、高血圧症を併発するメタボリックシンドロームは、脳梗塞や心筋梗塞のリスクファクターとなることからその予防法の開発が大きな課題である。そのため、肥満やメタボリックシンドロームの予防に有効な食品成分の探索は社会的にも注目されている。
  高脂肪食を投与し食事性肥満を誘導したマウスに対し、6または30 mg/kg/dayのアスタキサンチンを投与することにより、体重および脂肪組織重量の増加抑制がそれぞれ見られた(8)。2型糖尿病モデルマウスであるdb/dbマウスに対して0.02%アスタキサンチン含有飼料を6週齢から12週間投与した結果、糖負荷後のインスリン分泌量の増加と2時間後の血糖値の有意な低下も認められている(9)。併せてアスタキサンチン投与によるDNA酸化障害マーカーである8-OHdG (8−hydroxydeoxyguanosine)の抑制と腎糸球体におけるメザンギウム領域の面積比が低下していた。これらの結果は、アスタキサンチンによる酸化ストレスの軽減が糖尿病の進行過程でみられる腎症の進展を抑制する可能性を示している。
  ヒト臨床試験では、メタボリックシンドローム予備軍の男女17名がアスタキサンチン8 mg含有カプセルを2回/日、3ヶ月間摂取することにより、インスリン抵抗性を改善するアディポネクチン濃度の上昇とインスリン抵抗性を誘導するTNF-αが低下した(10)。また、血清トリセリド(TG)が高めの被験者(120-200 mg/dl)にアスタキサンチン12または18 mg/日を12週間投与することによって血清TG濃度の低下に加え、HDL-コレステロールおよびアディポネクチン濃度の上昇が確認されている(11)。健常人73人にアスタキサンチン4 mg/日を4週間投与した試験においても、空腹血糖および収縮期血圧が高値を示す被験者に対しそれぞれ減少傾向および有意な低下が見られている(12)。更に、アスタキサンチンを6 mg配合した飲料を12週間摂取したBMI25以上の男女では、皮下脂肪面積がプラセボ群と比較して有意に低い値を示し、体脂肪減少効果が示唆されている(13)。このように、アスタキサンチンのメタボリックシンドローム予防機能にはアディポネクチンが重要な役割を担っていることが推察される。

2.5 潰瘍性大腸炎および大腸癌予防作用

近年、増加の一途をたどる潰瘍性大腸炎は炎症性腸疾患の一つであり、20-30代での発症率が高いことが特徴である。クローン病とともに特定疾患に指定されており、その発症原因が特定されていないため有効な治療法がないのが現状である。更に、炎症性腸疾患が大腸発癌のリスクファクターであることが明らかにされ、増加の一途をたどる大腸癌の予防をはかるうえでも、潰瘍性大腸炎の予防や炎症抑制による緩解が重要といえる。
 アスタキサンチンを200 ppm含有飼料を用いて4週間マウスを飼育後、1.5%デキストラン硫酸塩(DSS)含有水を1週間与え、大腸炎を誘発した(14)。その結果、アスタキサンチン200 ppm投与群では大腸の炎症スコアーがDSSのみを与えたコントロール群と比較して有意に低い値となり、予防効果が推察された(図2)。更に、発癌剤であるAOMとDSSの併用処理によって誘発する炎症を基盤とした大腸発癌系においてもアスタキサンチンは予防効果を示した(14)。このようにアスタキサンチンは大腸炎やそれによって誘発される大腸癌に対して予防効果を示すカロテノイドとして期待される。

2.6 視覚に対する作用

アスタキサンチンの視覚に対する効果として、目をよく使うvisual display terminals(VDT,視覚的表示端末)作業者に対する眼精疲労などの視覚障害の軽減効果が調べられている。ヘマトコッカスより分離したアスタキサンチンを5 mg/日でカプセルとして4週間内服しながら作業に従事した被験者13人は、アスタキサンチンの投与前後で視覚の調節力に有意な改善が認められている(15)。眼精疲労を訴える健常人に対してアスタキサンチン6 mg/日を4週間投与した試験においても自覚的な改善効果が認められている(16)。

2.7 抗疲労効果

運動による疲労は、末梢性疲労と中枢性疲労に大別される。末梢性疲労の原因としては、糖や脂質などのエネルギー物質の枯渇と乳酸などの疲労物質の蓄積が上げられる。アスタキサンチンをマウスに4週間投与した後、ランニングによる筋肉中のグリコーゲン量を測定した結果、コントロール群と比較してその高値を示し、乳酸値は低値であった。更に、アスタキサンチン群では呼吸交換比がコントロール群と比較して低くなっており、より多くの脂質がエネルギーとして消費されていた。これらの結果は、グリコーゲンの消費に伴うエネルギー基質不足による筋疲労をアスタキサンチンが遅延化することを示唆している(17)。
  一方、中枢系や視覚の疲労度の指標として用いられるフリッカー値がアスタキサンチン摂取により改善したことが報告されており、中枢性疲労の改善効果も期待される(15)。

3.フコキサンチン

3.1 構造と食品含量

海藻は伝統的な水産物であり、我々日本人の食生活にとってなじみの深い食品である。このような海藻の主要成分は糖質であり、乾燥重量当たりで全体の60%−80%を占める。ついで、タンパク質やペプチドを主体とする含窒素化合物が15%程度含まれており、脂質成分は0.5-3%程度である。海藻中に含まれる健康機能成分としては、ミネラルや食物繊維が広く知られている。また、粘性多糖やタンパク質の消化物による血圧降下作用も明らかにされている。
 一方で、海藻脂質中にも陸上植物とは異なる特徴的な成分や組成が見られる。その一つに挙げられるフコキサンチン(図1)は、海藻の中でも褐藻に含まれるカロテノイドであり、アレン結合や共役カルボニル基、エポキシ基などの構造的特徴をもっている。代表的な食用褐藻であるワカメやコンブを購入してフコキサンチン含有量を測定した結果、乾燥藻体当たりでそれぞれ0.5-1.0 mg/g、0.3 mg/gであった。また、函館近郊で採取できる褐藻中のフコキサンチン含有量を測定した結果、最も含有量が多かったのはアカモクであった(図3)。アカモクは、東北地方を中心に一部が食用とされている海藻であることから、フコキサンチン資源としての活用が期待される。

3.2 吸収と代謝

フコキサンチンをマウスに経口投与した場合、生体内ではフコキサンチンは検出されずアセチル基が脱離したフコキサンチノールとその酸化物であるアマロウシアキサンチンAが検出される (18)。一方、ヒトに31 mgのフコキサンチン含有コンブ抽出物を単回投与した場合では、血漿中においてフコキサンチノールは検出されるもののアマロウシアキサンチンAは検出されていない(19)。動物実験と比較して投与期間が短いことや動物種によるカロテノイドの代謝活性の違いが考えられることから、今後より詳細な検討が必要である。

3.3 抗肥満作用

ワカメから精製したフコキサンチンを飼料中に0.2%加え、5週齢の糖尿病/肥満マウス(KK-Ay)に4週間経口投与した結果、その体重増加が抑制された(図4(A))(20)。一方、健常マウス(C57BL/6J)に対する影響はほとんど見られなかった。また、フコキサンチンを投与したKK-Ayマウスの白色脂肪組織(WAT)重量はコントロール群と比較して少なく、その増加が抑制された(図4(B))。フコキサンチンの抗肥満作用に特徴的な機構としてとして、WAT中でのミトコンドリアタンパク質である脱共役タンパク質1(uncoupling protein 1, UCP1)の発現誘導が挙げられる。UCP1は、通常、褐色脂肪組織に高発現して脂肪酸を熱へと変換するタンパク質であり、WATでの発現量は極めて低い。フコキサンチンは、このUCP1を白色脂肪組織において発現誘導することができる。これによって、WATをはじめ生体でのエネルギー代謝が亢進し、抗肥満作用を発現することが考えられる(21)。
 フコキサンチンを2.4 mg含む海藻脂質を16週間摂取することによって、ヒトでの体脂肪の減少とエネルギー代謝の亢進が確認されており、抗肥満成分としての利用が期待されている(22)。

3.4 血糖値改善効果

フコキサンチンを飼料中に0.1%および0.2%添加し、糖尿病/肥満KK-Ayマウスを4週間飼育したところ、血糖値の改善がみられた(図5)(20)。高脂肪食によって食事性肥満を誘導したマウスでも血糖値の低下が確認された(23)。このように、フコキサンチンは抗肥満効果に加え、糖尿病に対しても予防や改善効果が期待できる海洋性カロテノイドである。フコキサンチンの抗糖尿病作用に関わる作用機構として、インスリン抵抗性を惹起させ糖尿病発症の原因となるTNF-αやIL-6のmRNA発現をWATにおいて抑制することがあげられる。更に、生体内において最大のエネルギー消費器官である骨格筋組織において、フコキサンチンは糖取り込み機能を担うグルコーストランスポーター4(GLUT4)を活性化した(24)。血糖値改善効果に関しては、ヒト試験の結果がないことから今後の機能解明が期待される。
参考文献
 各リンク先をご参照ください。
略歴
細川 雅史
北海道大学大学院水産科学研究院
生物資源化学分野 准教授
1992年     北海道大学水産学部 助手
2000年     北海道大学水産学部 助教授
2007年     北海道大学大学院水産科学研究院 准教授
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