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食品業界を取り巻くISOマネジメントシステムの動向
その6:役立つISOマネジメントシステム文書化の考え方
湘南ISO情報センター
代表 矢田富雄

1.はじめに

ISO9001は役に立たないといわれて久しい。その原因が2つあると書いた。その原因の一つは、そもそもISO9001の役割をよく理解していないことにあると述べた。この場合は、実は、ISO9001は大変役立つものなのに、その役割を誤解しているために、誤った期待があり、その期待にあわないので、役に立たないと思い込んでいるだけなのである。前号で述べた。
 ISO9001の目的(役割)は“安全で良質な製品(サービスを含む。以下同じ)を妥当なコストで安定供給すること”にある。組織にとってはこのことが業務の90%を占める。この観点から考えるとISO9001は大変役に立つものなのである。さらに、ISO9001には継続的改善が求められている。その目的が達成できなかったときには、原因の改善が求められている。Continual improvement(階段を上っていくような改善)である。

しかしながら、日本で期待されている改善とは、組織の仕組みの抜本的な改善であり、このような改善を途切れることなく実施されることである(Continuous improvement)。これは本来のISO9001の役割ではない。このような期待から考えるとISO9001は役に立たないといわれる危険性はある。これは誤解なのである。
 とはいえ、前号で述べてように、ISO9001におけるプロセスアプローチの仕組みを活用すればこのような改善も確実に進めていけるのも事実である1)。そのためには、それなりの道筋を明確にして、その計画に沿ってISO9001を運営することによって組織の抜本的な改善が進むのであり、ISO9001は大変有用なものなのである。

ISO9001を役立たなくしているもう1つの原因は、ISO9001の仕組み作りの不備にあると前々号で記した。この場合は本当に役に立たないのである。本号の主題はこのことにある。
 審査で遭遇する「品質マニュアル」には、ISO9001に記述された規格要求事項の“組織”という文字を“当社”と書き直しただけのものが見られる。このようなものでは“安全で良質な製品を妥当なコストで安定供給すること”が達成できるはずもないのであり、結局は、組織の仕事はISO9001とは別の仕組みで運用され、組織内には2本立ての仕組みが存在することになるのである。このようなことになるのは、そのISO9001の意義を考えることなく、認証取得のみを目的にしていることから生じるものである。このようなことでは、お金と時間の無駄使いがいつまでも続く。これではISO9001が組織に役立つはずもない。担当責任者も不適合を指摘されることが自らの成績につながるというような状況になり、指摘を極端に恐れる。このような組織にISO9001の認証を与えてはならないのである。

これは筆者の年来の主張であるが、品質管理システムが体系的に実施されていようがいまいが、あるいは、業務の標準が文書化されていようがいまいが、適切な製品を提供して生業(なりわい)を立てている組織には、立派な標準があるのである。さもなければ、そのような会社は生業を立てていけるはずがない。そのような状況にあれば、この組織にはISO9001の基本的な考え方は立派に存在する1)。すなわち、“安全で良質な製品を妥当なコストで安定供給すること”を達成できる仕組みがその組織に存在する。したがって、このような組織がISO9001の求めている全ての仕組みを取り入れて完全なISO9001マネジメントシステムを構築するには、自組織の業務内容をISO9001の要求事項と比較して足りないところを補っていけばよいのである。

ところで、ISO9001のマネジメントシステムを組織に取り入れていくと何が良いかというと、その経営者が変わっても、要員が変わっても、その組織の良さが確実に維持されて、改善されていくことにある。それにより、組織はその良さを維持して、永続的に発展していけるのである。

注1)現場に視点で読み解くISO9001:2008の実践的解釈;矢田 富雄、2009年11月20日 初版第2刷 幸書房

2.ISO9001に適合する組織の特徴的な要求事項

ISO9001の目的は、“安全で良質な製品を妥当なコストで安定供給すること”にあると述べた。製品を適切に提供して生業を立てている組織には、立派な標準があると記した。
 ここでは、ISO9001の目的を支える特徴的な要求事項を述べてみる。

@標準化と文書化の大切さ
 ISO9001とは、基本的には、世界中で適切な業務運用をしている組織における“安全で良質な製品を妥当なコストで安定供給すること”に関する基本要素と必要な要求事項が規定されているものである。
 組織が永続的に発展していくためには、その経営者が変わっても、世代が変わっても組織の良さが確実に次世代に伝えられ、引き継がれ、改善されていかねばならないと述べた。しかしながら、口伝えでは、短期間に、その良さを適切に次世代に伝えていけない。そのため、ISO9001では、基本的には文書化した標準の導入が求められており、そのことによって、短期間にその内容が次世代に正しく伝わり、引き継がれ、適切な業務の標準が維持されていくと考えられているのである。すなわち、文書化された手順書が求められている。もちろん、全ての標準が文書化できるわけはなく、そのためには、標準化された教育訓練の手順により力量を維持向上させ、業務の標準の維持向上を図っているのであり、そのような手段も大切なのである。

A記録保持の大切さ
 ISO9001では仕組みを実施した結果の記録が強く求められる。その目的は、仕組みを手順どおり実施したことの証拠を求めているのである。しかしながら、この記録は、組織の目的である“安全で良質な製品を妥当なコストで安定供給すること”が達成できなかったときの原因追及及びその仕組みの改善に大いに役に立つのである。

B経営者の責任の大切さ
 ISO9001には経営者の責任という要求事項がある。組織の運営は、経営者の示す方針が基本をなす。これは、マネジメントシステムであるISO9001の中心をなす要求事項である。組織が1つの方向に向かって進むという観点からはすばらしいものである。
 かつて、まだ、日本に審査員制度がなかった頃、筆者が、英国のISO9001審査員資格を取得しようとして、講習を受けたときのテキストの中に、“経営者が関心を示さない業務を真剣に取り組む従業員はいない”と書かれていたが、まさに真実であろう。

C内部監査の大切さ
 ISO9001には、内部監査という仕組みがある。自らの組織の仕組みを、直接、その業務を担当しない要員が監査するというものである。人はついうっかりとミスをする動物である。組織のなかで、その仕組みの実施状況を監査することにより、そのようなミスを発見して必要な改善をしていくことができ、大変適切なものである。

D体系化された改善の大切さ
 ISO9001には、継続的改善、是正処置及び予防処置という仕組みが要求されている。問題が発生したときには、それを改善するという考え方は、当然のことながら、組織には存在する。しかしながら、ISO9001には、改善はどのような場合に求められるのか(継続的改善)、改善はどのようにして進めるのか(是正処置)、問題が顕在化する前に、予め改善をすすめるのにはどのようにしたらよいのか(予防処置)が示されており、改善を体系的に進められる適切なものである。

これまでに述べてきた仕組みは、一般的に、日本の組織においては、不足している部分である。ISO9001の仕組みを構築していく際にはこれらの仕組みを意識して取り入れていくことが求められる。その中でも、業務の標準を文書化することは、特に、重要である。ただ、すべての標準を文書するのは困難であり、文書化する必要もない。以下、標準の文書化に関して述べていく。

3.ISO9001マネジメントシステムの文書化

標準の文書化が必要であるというと、膨大な手順書の山を連想するかもしれない。しかしながら、それは違うのである。ISOマネジメントシステムにおける文書とは“情報及びそれを保持した媒体”のことであるとされている。その媒体からの情報を読み取って仕事をする対象となるものは全てが文書である。紙にかかれたもののみが文書ではない。フロッピーディスクに保持されている情報を読み取りながら機械が仕事をする場合は、このフロッピーディスクでの記録内容は文書である。他の例を述べてみると、データを記入する前の“記録の様式”は文書なのである。すなわち、“記録の様式”は、その該当する箇所にデータを書き込むことが求められているのであり、データ記入を求める“指示書”であり、文書である。

ISO9001の「4.2.2 b)」に「品質マニュアル」作成の要求事項がある。そこには品質マネジメントシステムについて確立された“文書化された手順”又はそれらを参照できる情報を含む「品質マニュアル」を作成して、維持しなければならないと書かれている。この要求事項は文書化された手順制定に関する適切なヒントを提供しているのである。すなわち、文書化された手順というものは、1つの文書の中に必要な手順を全て収録してもよいし、他の文書の中に記載されているものを引用してもよいと記載されている。

現在のマネジメントシステム審査における登録審査では、ファーストステージ審査とセカンドステージ審査の二段階にわかれて行われている。その両審査の結果に基づいて適合性が判定される。ファーストステージ審査では不適合を指摘することなく、“懸念事項(セカンドステージにおいて不適合となる懸念がある事項)”を摘出して、被審査先に示し、組織に改善の機会を与えているのである。その結果を受けて対応された内容をセカンドステージ審査で評価し、登録の可否を判定するのである。
 ISO9001の94年版が使用されていた頃にはこのような2段階審査というシステムはなかったが、予備審査という制度があった。予備審査では不適合を摘出するが、その不適合は最終判定にはまったく影響を与えることはないのである。すなわち、現在のファーストステージ審査のようなものであった。

筆者は当時も審査員であったが、ある会社の予備審査を担当することになった。そこでは膨大な手順書が制定されていた。当時、ISO9001の94年版では、規格は20章からなっており、そのうち19章では“文書化された手順書”制定が求められており、残りの1章も、“手順がなければ品質に有害な影響を及ぼす可能性のあるものについては、〜〜〜手順書を作成すること”と求められていた。そのため、この組織としては、一生懸命、“文書化された手順”を制定したものと考えられた。
 その時、筆者は、その組織に規格の解釈の説明をした。すなわち、文書化された手順制定が求められているが、「品質マニュアル」は立派な文書化された手順であり、さらに記録の様式も立派な文書化された手順であると述べたのである。そのことを受けて、この組織では、もう一度、予備審査を実施して欲しいとの申し出があり、再度、予備審査が実施されることになった。
 次の予備審査に行ってみると、「品質マニュアル」は組織のマネジメントシステムの大枠を示したものになっており、その具体的な内容は、記録の様式を引用していた。記録の様式であるから、当然のことながらデータの記載欄が設けられていたが、その記録の様式には関連する業務の実施内容が写真入りで制定されており、まさに、“簡にして要を得た文書化された手順書”であった。
 筆者は、早速、この内容はすばらしいものであり、これで登録審査に臨んだらどうかと申し上げて、登録審査に臨んでもらった。その結果、立派な成績で認証取得ができたのである。

この例でわかるとおり、“文書化された手順”というものは、膨大な文書を作ることではなく、業務を進める要員に必要な業務内容が伝えられるものであればよいのである。

4.組織における文書化された手順の要件

前節で述べたとおり、組織における業務の標準である“文書化された手順”とは業務を進める要員に必要な内容が伝わるものであればよいのである。ここでは、その“文書化された手順”に必要な要件について述べてみる。

@「品質マニュアル」はISO9001の章立てどおりに構成しなければならないのか
そのような要求事項は、少なくとも、ISO9001にはない。ISO9001の序文には、“この規格(ISO9001の規格)は、品質マネジメントシステムの構造の画一化又は文書の画一化を意図してはいない”と記載されており、「品質マニュアル」をISO9001の章立てどおりに並べなければいけないなどとは求められていない。したがって、審査登録機関が要求していなければ、自組織で使いやすいように並べればよいのである。他の文書化された手順も同様であると考えればよい。
A「品質マニュアル」にはどのような内容を書けばよいのか

前述したように「品質マニュアル」の要求事項には品質マネジメントシステムについて確立された“文書化された手順”又はそれらを参照できる情報を含むと規定されている。要求事項はこれだけであり、それ以上の要求事項はない。ということは、該当する組織が必要な品質マネジメントシステムについて、その内容を記載すればよいということである。ISO9001の項番どおりに書いてもよいし、その組織の仕事の順序に合わせて書いてもなんら問題はない。
それであれば、一番有利なのは、その組織の仕事の順序に記載することであると考えられる。その上で、「品質マニュアル」には、自組織の品質マネジメントシステムの要点のみを書き、具体的な内容は、他の文書を引用すればよいのである。

ISOマネジメントシステムの中には「〜〜マニュアル」制定の要求事項がないものもある。例えば、ISO22000にはその要求事項はない。しかしながら、ISO9001には「品質マニュアル」制定の要求事項があり、絶対に必要なものである。その内容は、「4.2.2」に下記3項目が規定されている。この項目に関しては記載が必要なのである。それ以外の内容はその組織の業務を記述し、その細部は他の文書を引用すればよいのである。

品質マネジメントシステムの
a)適用範囲。除外がある場合はその正当性
b)文書化された手順又はそれらを参照できる情報
c)プロセス間の相互関係

B文書化された手順は、ISO9001で記載されている文体で書かねばならないのか

上述の記載内容から考えれば、内容さえ要求事項に合致しておれば、文体は組織が通常使っている言葉で書けばよい。
  ただし、「品質マニュアル」は審査で使われる基本的な文書であり、自社の用語で記載されている場合、審査員が容易に理解できないことがあり、その都度、聞き返されて説明するのはわずらわしいことである。自組織の言葉は、定義を制定しておくのがよいと考えられる。

   

5.自組織で使いやすいような文書化された手順とはどのようにして作成すればよいのか

ISO9001規格を始めてみる人には何を書いてあるのか意味がよくわからないと考えられる。このわかりにくいISO9001を使って、上述のような“自組織で使いやすいような文書化された手順を作る”ことあるいは“自組織で通常使っている文体で書く”ことを実施していくのは容易なことではない。そのためにはどうしたらよいかに関して、以下にその手段と方法を述べてみたい。

@自組織の者を審査員養成講座に参加させISO9001規格の意味を理解できるように育成する

最も良いことは、自社で規格をよく理解できる人を養成することである。そのためには自社の有能な要員を審査員養成講座に参加させることである。若干の費用はかかるが、ISO9001を有用に使いこなせるようになれば、講習費用を取り返せるというような小さなことではなく、“安全で良質な製品を妥当なコストで安定供給すること”を大変有利に進められ、組織の発展に大きく寄与するはずである。
 この場合は、形だけの審査員養成講座では意味がなく、本当に有能な講師がいる講座に参加させないと費用の無駄遣いになる。また、審査員養成講座を終了したら、その日から、ISO9001を有用に使いこなせるようになるはずはない。本当の意味では審査員養成講座を修了していないのである。その後、ISO9001を自分の言葉で人に伝えられるように、常に、研鑽を積ませなければならない。
 実は、このことは、審査員にも、コンサルタントにも言えることである。審査員やコンサルタントは、ISO9001を自分の言葉で人に伝えることができるような研鑽を積むまでは、業務をさせてはいけないのである。審査員やコンサルタントに業務をさせる組織はしっかりした考え方を持って要員を育成しなければならない。筆者は、審査員養成講座の主任講師をしていたが、講座を終了したばかりの審査員やコンサルタントは、殆ど、マネジマントシステムを理解して使いこなせる状態ではないというのが実態であると理解している。

Aコンサルタントに指導してもらう

これは、いかに良いコンサルタントを選べるかにかかる。上述したように、お金を払ってお願いできるコンサルタントは大勢いるわけではない。費用が安いからといって、審査員養成講座を終了した直後のコンサルタントを選ぶようでは、まったくの、金を溝に捨てるようなものである。そのようなコンサルタントの制定した仕組みでは、いつまでたっても、“安全で良質な製品を妥当なコストで安定供給する”状態にはならないであろう。
  最初に、ISO9001の規格を組織にわかりやすく説明した上で、組織のメンバーと一緒に仕組みを構築していくようなコンサルタントでないと役に立たない。いきなり自らのモデルシステムを与えて、そのとおり仕組みを作ることを求めてくるようなコンサルタントは、多分、規格が殆どわかっていないと考えたほうが良い。

B自社の有能な人にISO9001の自習をさせ、審査の中で育てていく

これは一つの手である。まず、いかに有能な人を選べるかが勝負になる。その上で規格の研鑽を積ませ、経営者はその人を適切に評価し、その経験が将来の自組織のマネジメントをリードする要員の一人になっていくとの考え方をもって育成することが大切である。
  担当者は、審査の場で、不適合をもらわないというような、矮小な考え方に囚われることなく、“安全で良質な製品を妥当なコストで安定供給すること”を達成するという思想を持って、自ら納得できるまで審査員と徹底的に論議をすることを繰り返していけば自組織の仕組みを素晴らしいものに発展させていけるのである。その過程で後進を育成し、自らは、組織のマネジメントを運営していく立場で貢献できるようになれるのである。

      

 

6.まとめ

「食品業界を取り巻くISOマネジメントシステムの動向」のシリーズは今回で終了する。

今回の第6回は、ISO9001が役立たない原因の一つである組織における不適切なマネジメントシステムの文書化とその課題に焦点を当てて述べてきた。実態は、不適切な文書化が多いのである。何故そのような不適切な文書が発生するのかといえば、規格内容をよく理解してない状況で文書化を行うことがその原因であり、組織の担当者、コンサルタント及び審査員に焦点を当てて、その課題と改善の方向を述べてきた。これは、ISO9001のみの課題ではない。食品の場合はISO22000も含まれるマネジメントシステム全体の課題である。

今回のシリーズ全体を通してまとめてみると、ISOマネジメントシステムは組織の運営に対して非常に有用なものである。しかしながら、特に、日本では、その有用性が正しく理解されていないという課題があり、そのため、マネジメントシステムが本来の目的どおりに使いこなされてなく、システムが役立っていないという問題意識があり、その状態を改善したいという願いから今回の連載はスタートしたのである。

何故そのようなことになったのかをISO9001、ISO22000、ISO/TS22002-1及び国際規格ではないがFSSC22000を題材にとりあげながら、そのマネジメントシステムが導入された初期に遡り、原因を考察してきた。

ISO9001の和訳は国際規格である。IDT(国際規格と一致していること)である。しかしながら、日本においては、いまだに、正しい理解がなされてなく、正しく使いこなされているとはいえない状況にある。それは、ISO9001を改善のツールであるとの誤解からきている。
 このISO9001の役割の誤解の原因は、世界で始めてのマネジメントシステムであるISO9001が日本に導入されたときに遡るのであり、本来の目的を誤解して取り組んだことに由来する。
 ISO9001の役割は“安全で良質な製品を妥当なコストで安定供給すること”なのであり、このことは、世界でISO9001が初めて導入されて以来、変わることはないのである。

日本が世界をリードした改善活動は素晴らしいものである。しかしながら、世界のISO9001はこのことを広めるために導入されたものではない。改善活動のためには、日本が開発し、世界が発展させてくれた素晴らしいシステムは数多くある。これらのシステムはISO9001と共に運用はできるが、運用しなければならないものでもない。組織は、改善のために事業をしているのではない。組織にとって、最も大切なことは“安全で良質な製品を妥当なコストで安定供給すること”であり、組織の活動の90%はこのことで占められているのである。そのところをしっかり認識しないと、日本におけるISO9001は適切に活用できない。ISO90001を改善の手段と誤解することが、審査を歪めている。組織がそれを求め、審査機関やコンサルタントがそれに応えようとすることから生じる歪みである。

マネジメントシステム審査員の養成講座では当然のことながら、日本が誇る改善手法の指導は行われない。そのような要求事項はISO9001にはないからである。また、そのような経験のない指導者がそのようなことが教えられるはずもない。
 ところが、そのような講座を終了した審査員やコンサルタントは、顧客の要求にこたえようとして、付焼刃の審査をしようとし、コンサルティングをしようとする。そのようなことをすれば、深く知りもしないことをあたかも知っているかのごとく言葉を並べ立て、顧客に誤解を与えるのみである。すなわち、中途半端な審査やコンサルをして、ISO9001を歪めてしまうのである。
 “いわゆる抜本的な改善”に関しては、経験豊かなコンサルタントに任せ、“審査”に関連する場では“安全で良質な製品を妥当なコストで安定供給すること”の運用に全力を投ずればよいのである。

一方、ISO22000について考察してみると、この規格の英文は国際規格である。しかしながら、日本におけるその和文は正規の国際規格ではない。単なる英文国際規格解釈の参考資料なのである。国際規格が制定されて7年8ヶ月にわたってこの状態が続いている。この影響をうけて、日本におけるISO22000の解釈がバラバラな状態にある。

このISO22000はHACCPを審査規格とするために導入されたものである。FAO/WHOの下部機関であるCodex委員会がガイドラインとしてまとめたHACCPは、世界の各国が自国の規格を制定して初めて審査ができるものとなる性格を持っている。逆にそのことが禍となって、各国が自国固有のHACCP規格を制定して活用したために、国家間の取引に非関税障壁を作り、世界の貿易自由化を阻害するようになった。その障壁を除くことを求めて国際標準化機構(ISO)は、世界の統一HACCP審査規格を制定したのである。

HACCPに関してはISO22000が制定される約40年もの昔にその概念が構築され、使用されてきたために、世界の国々では、独自のシステムが蔓延していた。そのため、折角、ISO22000を構築してHACCPの審査規格を統一したのであるが、昔のシステムから抜けきれない状態が続いている。
 日本でも、HACCPは30年の歴史を持っている。そこへもってきて、日本語の国際規格がないことが原因となり、ISO22000の解釈がばらばらになって使われている。これらの状態を改善して、本当に、組織に役立つマネジメントシステムにして欲しいという願いが今回の連載に込められている。

マネジメントシステムを活用するときには、最低限、規格要求事項は、必ず、実施しなければならない。したがって、規格を正しく理解することは絶対に必要なのである。それに加えて各組織が実施したいことを上積みすることはなんら問題ない。しかしながら、この規格の正しい解釈に関しては、統一が取れていないのである。

一方、連載の第2回で述べたのであるが、ISOのマネジメントシステムは大きく2種類の仕組みに別けられることを認識しておかねばならないのである。
 ISOのマネジメントシステムは組織の主たる事業を円滑に推進する業務推進型マネジメントシステムと特定のリスクに対応するリスクアセスメント型マネジメントシステムとがある。その関連を、筆者が、背骨肋骨説と呼んでいるものである2)。すなわち、その関連構造は、人に喩えれば背骨にあたる業務推進型マネジメントシステムのISO9001と、人に喩えれば肋骨にあたるリスクアセスメント型マネジメントシステムから構成されているのである。後者はISO14001やISO22000などである。しかしながら、このことに関する理解の実態は適切とは考えられない。

注2)食品業界を取り巻く国際規格の動向とその活用の考え方 矢田 富雄;
     「食品産業新聞社 創立50周年記念誌(2001年)」

組織の本来の目的はサービスを含めた製品の提供にあり、業務推進型マネジメントシステムで達成される。これは組織経営の常識である。組織運営は、常に、リスクと隣り合わせになっている。そのリスクを効率的に対応してくれるのがリスクアセスメント型マネジメントシステムである。これらシステムは、例えば、環境関連トラブルや食品安全トラブル発生の危険性を効率的に、低減させてくれるのである。

このリスクアセスメント型マネジメントシステムには、業務推進型マネジメントシステムとは異なる共通のシステムを持っている。それぞれのマネジメントシステムによって呼称は異なるが“リスクアセスメント”というシステムである。ISO22000を例にとれば「ハザード分析」と呼ばれているものである。

マネジメントシステムを活用するときにはそれぞれの役割をよく理解して活用しなければならない。そのような考え方を正しく理解することが求められる。

実は、このことが、GFSI が、ISO22000を前提条件プログラムの規定が十分でないとの理由から世界の食品小売業界で使用するシステムとして承認しなかった理由1つであるとも考えられる。ISO22000のみでは、安全な食品は作れても良質な食品製造は保証できないからである。前提条件プログラムとして追加されたISO22002-1や、FSSC22000の追加要求事項には、食品安全のみでなく、良質な食品製造の保証も加えられているからである。

マネジメントシステム国際規格は大変有用なものなのである。この有用なシステムを本当に役立たせていくには、マネジメントシステムをリードする委員、審査機関や審査員、コンサルタントあるいはマネジメントシステムのユーザーである組織の人たちの間で規格の正しい理解を深めていくことが大切である。そのことにより、正しい規格解釈が定着され、そのような状況が確立された暁にはマネジメントシステム国際規格が真の意味で役立つものになると考えられる。

以上

 

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