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食肉及び食肉製品の微生物汚染による腐敗・変敗防止
食品・微生物研究所 所長 内藤茂三

1.はじめに

食肉の製造規準や保存規準に示されている殺菌条件やpH、水分活性の数値は、食肉製品のHACCPシステムにおいても管理規準となる。食肉製品における腐敗・変敗は主として微生物によるものと化学的なものとに分けられる。前者であれば、外観的にも明らかなガス発生による膨張やネト発生、あるいは微生物が原因の変色がある。膨張品やネト発生品では同時に異味や異臭を伴う場合が多い。化学的な変敗としては、まず変色、退色があげられる。その他サラミソーセージのように水分活性が低く、かつ脂質含量が多い製品では脂質が酸化され、酸敗(油やけ)臭が発生することがある。好塩性細菌や耐浸透性酵母を除いて、ほとんどの腐敗細菌や酵母は増殖できず、カビのみが制御対象の微生物となる。加熱の有無や加熱条件も、その後の微生物の挙動に大きく影響するが、今日生産されている食肉製品においては、加熱食肉製品が圧倒的に多い。加熱食肉製品は包装後加熱と加熱後包装に分けられるが、生産量は加熱後包装がはるかに多い。加熱食肉製品の保存規準は10℃以下となっているが、保存温度がまた腐敗変敗に大きく影響する。

 

2.食肉の微生物腐敗及び化学的変敗

食肉の腐敗・変敗現象は次の5つがある。ガス膨張、ネト、変色、脂質酸化、亜硝酸焼け
@ガス発生による膨張
 ガス膨張の原因となる菌は、乳酸菌である。ハイバリアー包装材料で真空包装され、あるいはガス置換包装されたハム・ソーセージにおいては、包装系内はやや嫌気状態であり、このような環境は乳酸菌の生育には好適である。
 低温(0〜5℃)で保存した場合、乳酸菌が優勢になるので、冷却工程から包装工程までにおける乳酸菌の汚染を防止する必要がある。工程を無菌化することにより膨張変敗を防止できる。ヘテロ型乳酸菌がガス発生による膨張の主原因である。加熱食肉製品の加熱条件は63℃、30分間である。加熱後の残存菌はほとんどがBacillusである。食肉のガス膨張菌は二次汚染菌である乳酸菌である。初期はPseudomonas, Brochothrixが優勢となり、貯蔵中にこれらの菌が減り、その後、乳酸菌であるLactobacillus,Leuconostocが優勢となり炭酸ガスを生産して膨張する。ガスを生産するヘテロ型乳酸菌が優勢となる。
Aネト生成
 ハム、ソーセージや蒲鉾、生肉などの表面に生じる粘液をネトと呼んでいる。発生の原因は微生物で、主に細菌であるが、時には酵母も含まれる。これらの原因菌を総称して粘液菌といい、Staphylococcus, Streptococcus, Lactobacillus, Micrococcus, Pseudomonas, Achromobacter, Gaffkya, Alkaligenes, Corynebacterium, Leuconostocなどである。ネトはこれらの菌体集合によるもの、またこれらの微生物の分解物、又は両者の混合物である。ネト自体は透明なもの、白濁したものなど種々がある。ハム、ソーセージの真空包装品などでは、ネトの原因菌は乳酸菌である。そのため防止対策は工程のクリーン化と無菌充填である。
B変色
 緑変は生肉においてもみられるが、ハム、ソーセージの緑変は、その原因菌や発生メカニズムも異なる。ハム、ソーセージの緑変は乳酸菌に由来し、嫌気的条件下で生育する。増殖しただけでは緑変化しないが、包装を開いて空気に触れると酸素が水素の受容体となって過酸化水素ができ、これがハム、ソーセージのピンク色のニトロソヘム色素を反応してそのポルフィリン環を酸化させ、緑変させる。最終的にはポルフィリン環の鉄がはずれて環の開裂に至る。緑変原因菌は過酸化水素を分解する酵素であるカタラーゼをもたず、また肉自身がもつこの酵素もハム、ソーセージに加工する工程での加熱により失活している。防止対策は原因菌が乳酸菌であるので、充分加熱殺菌することと、無菌化である。クウクドハムや塩漬け肉の緑変は中心部の緑変と表面の緑変の2種類がある。1つは中心部の緑変で中心部の残存した乳酸菌が生産する過酸化水素と肉のニトロソヘム色素の反応による緑変である。この現象が検出されたら加熱工程が不十分であったことが認められる。
 もう1つは表面の緑変である。これは原因となる乳酸菌が加熱後に二次汚染されたことを意味する。乳酸菌の生産する過酸化水素と肉のニトロソヘム色素の反応による緑変である。
C化学的な変敗
退色
 ハム、ソーセージにおいてみられる化学的な変敗で最も問題となるのが退色の現象である。退色はハム、ソーセージのニトロソヘム色素が酸素によって酸化されることによる。酸化は光によって促進される。
 退色防止対策として包装内から酸素を除去する必要がある。長期の保存を考える場合は真空包装又はガス置換包装(脱酸素剤包装を含む)を考える必要がある。ガス置換包装は窒素と炭酸ガスの比が80:20、70:30、60:40のものが使用されているが退色防止のうえで重要なのは空気の置換率である。包装空気内の99.0%以上、望ましくは99.5%まで置換する。
脂質酸化
 ロースハムやウインナーソーセージのように冷蔵されるハム、ソーセージにおいても酸素によって脂質が酸化されるが、冷蔵下では酸化の速度はかなり低下し、従って実際上、脂質の酸化のおこる例は少ない。ただし酸素による酸化的な退色は脂質の酸化を伴うところからひどく退色したハム、ソーセージでは脂質の酸化によるフレーバーの劣化も問題とある。実際的に脂質酸化が問題となるのは室温で保存されることもあるドライソーセージ(サラミソーセージ)である。保存温度だけではなく、ドライソーセージは豚脂などの配合割合も高く、水分活性も低いことなどから、酸化されやすい。従って冷蔵保存した場合でも長期間の保存中には脂質が酸化して変敗することがある。この種の変敗は油焼けといい,不快な臭いが発生する。同時にソーセージの色も変わる。一般的には褐色化する。ニトロソヘム色素の退色、脂肪自体の褐変、メイラード反応などが同時に起きている。水分活性が0.87以下のサラミソーセージでは脂質酸化速度が極めて大きく、メイラード反応速度も極めて大きい。ハム、ソーセージの退色はニトロソヘム色素が酸素によって酸化されることによる。光が酸化を誘起する説、酸素が存在しなくても光のみで退色する説、光のみでは退色せず、光で誘起される説等がある。完全な暗所でも退色し、光照射下でも酸素を完全に遮断した状態では退色しない説がある。
 脂質酸化防止には原料の鮮度の問題がある。冷凍保存で酸化した肉の使用は避ける。サラミには豚脂がブロック状にして加えられるが、このような貯蔵組織の脂肪は脂肪酸の不飽和度も低く、酸化には比較的安定である。むしろ酸化されやすいのは、筋肉組織中の脂質である。これにはリン脂質などが含まれ、不飽和度の高い脂肪酸よりも多い。したがってサラミの原料の鮮度においては豚脂よりも赤肉の方に注意するべきである。
 製造工程での一つの対応は塩漬けである。塩漬けで用いられる主な添加物は、りん酸塩、亜硝酸塩、アスコルビン酸、食塩である。リン酸塩、亜硝酸塩はそれぞれ本来の機能のほかに、抗酸化剤として重要である。亜硝酸塩はミオグロビンと反応し、ニトロソミオクロモーゲンになって抗酸化力を示す。この反応にはアスコルビン酸も関与する。アスコルビン酸はこのような発色助剤として、またフリーな状態では還元剤として抗酸化的に作用するが、過剰に存在すると酸化を促進する。食塩も酸化促進的に作用する。特に亜硝酸塩とアスコルビン酸の量については過不足なく使用する必要がある。
亜硝酸やけ
 食肉製品の加工工程の塩漬け時に亜硝酸塩が過剰な場合に、肉色が褐変ないし緑変する現象である。亜硝酸塩の量が0.05%以上、原料肉のpHが5.9以下の時に起こりやすく、従って発酵ソーセージのような酸の多い状態で作られる食肉製品で起こりやすい。
 いずれにしても亜硝酸やけは製造工程での問題である。

 

3.食肉の微生物腐敗及び化学的変敗防止技術

@微生物的変敗防止
 食肉加工製品の腐敗・変敗細菌を表1に示した。グラム陽性菌には乳酸菌が多い。ガス膨張の原因菌は乳酸菌である。乳酸菌は食肉工場の常在菌であるので工場を適切な殺菌剤で殺菌する。ガスの発生量は乳酸及び保存期間によりガス膨張の程度が決定する。このことは乳酸菌の汚染を避けることができないことを示している。保存温度をできるだけ低く、保存期間を短くする。
 ネトには2種類があり、1つのネト生成現象は食品中の糖類から粘り状の物質が生成され、その成分は「デキストラン」で透明で臭いがない。水産練製品に多く発生する。もう1つは食品中のたんぱく質やアミノ酸から生成される粘性物質であり、強烈な臭いがある。焼き豚やハム等の食肉加工製品に多く発生する。生肉表面の保存温度とネト発生期間を表2に示した。食肉加工製品のネトは食肉加工製品の外表面に生じるたんぱく質やアミノ酸からのネバネバであるので菌体が多く、菌数は多く107 〜108/gとなる。原因菌はグラム陽性細菌、グラム陰性細菌、酵母、カビである。汚染源は製品に付着した水分、汚染手指、器具、作業台、空中浮遊菌、加熱後の残存菌である。
 焼き豚には古くからネトが多く発生してきた。焼き豚にはソルビン酸カリウム、亜硝酸塩が含まれている。製造工程は肉解凍、整形、ピックル注入、タンブリング、焙焼、蒸煮、冷却、包装、再加熱、保管である。
 ほとんどの場合、乳酸菌であるLeuconostoc mesenteroidesが工場より二次汚染して有機酸やデキストランを生成したことによる。その原因はスモークハウスで蒸煮(規定63℃、30分)を行っていたが加熱不足である。
 燻製豚肉の変敗過程は包装形態により著しく変化しない。5℃、48日保存した場合に真空包装では初発はFavobacterium, Arthrobacterium, Pseudomonas, Corynebacteriumで菌数 102/g保存後107/gとなりほとんどが乳酸菌となる。炭酸ガス包装でも、窒素ガス包装でもすべてほぼ同じ結果となる。これは低温下で増殖する微生物は乳酸菌であることによる。
 食肉工場では油脂が多く床や壁に分散している。この油脂が微生物の汚染源である。豚肉加工工場の油脂量を拭き取りキットで分析し、同時に生菌数を拭き取りキットで分析すると油脂の量に比例して生菌数が増加する。つまり油脂量の増大により生菌数が増大する。これは食肉工場には油脂を分解するPseudomonas fluorescensが多いことに由来する。工場に床等に付着した油脂をPseudomonas fluorescensが分解して環境が変化して、乳酸菌等の他の微生物が増殖する。その結果、これらの菌が食肉製品に二次汚染して製品を変敗させる。一般的に肉を扱っている工場では、現在では油脂が工場に分散している場合は少ないが昔は多くあり、製品の腐敗・変敗の原因となっていた。
A化学的な変敗防止
 退色原因は酸素の存在が大きいので酸素に触れないように、酸素を除去することが大切である。真空包装やガス置換包装が有効である。ハイバリアー性の包装資材を用いる。肉の鮮度のよいものを用いる。古いものは酸化されており、特に冷凍品には注意が必要である。塩漬に用いられるリン酸塩、亜硝酸塩、アスコルビン酸、食塩の配合に注意する。

表1
 食肉加工製品の変敗・腐敗細菌

グラム陰性細菌
Pseudomonasa、 Flavobacterium,
Acromobacter, Enterobacter,
Moraxella, Acinetobacvtetr

グラム陽性細菌
Lactobacillus,Leuconostoc,Streptococcus,
 Micrococcus,Microbacterium,
 Corynebacterium,Brochothrix,Bacillus

表2
 生肉表面のネト発生期間

温度(℃) 時間(日)
0
1
3
5
10
16
10
7
4
3
2
1

 

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