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「クロコウジカビAspergillus nigerとその近縁菌、
黒麹菌の安全性について」
国立医薬品食品衛生研究所 橋治男

1.Aspergillus nigerと黒麹菌の分類、同定について

クロコウジカビ(アスペルギルス ニガー、A. niger)は、夏季に食パンなどを汚染する食品汚染カビとして身近な存在ですが、一方、クエン酸などの有機酸やアミラーゼ、ペクチナーゼなど各種酵素剤の製造1)に用いられるなど、食品産業の分野でも極めて重要なカビです。特に、わが国では古くから沖縄などで焼酎の醸造に用いられている黒麹菌が知られています。黒麹菌とA. nigerとの系統関係については、欧米の研究者はその(異名)同種(シノニム)、あるいはその変異種のA. foetidusとしています2)。カビの分類同定は主として形態学的な形質の差異に基づいているため、どの形質を 重くみるか、あるいは菌株間に存在する多少の変異をどう見るかなど、観察者にお ける主観的差異は避けられません。特に、古来から醸造に用いられてきた黒麹菌は、分類学者により、A. luchuensisA. awamoriA. kawachiiなどいくつもの種名が冠され、このグループの系統関係は極めてわかりにくくなっています。

 

 

2.A. nigerの安全性

一方、A. nigerの安全性については、これまで、この菌がクエン酸製造などの発酵生産や、酵素剤など食品工業の分野で長く用いられて来たことから、米国USDAは、その利用条件下では安全と見られる(GRAS=Generally Regarded As Safe)と評価しました3)。また、日本の厚労省もA. nigerにより製造される各種酵素剤について、添加物として認知しました。
 しかしながら、A. nigerに、1994年にはオクラトキシンの産生が4)、次いで2007年にはフモニシンB2産生が認められ5)、相次いでカビ毒産生性が報告されました。フモニシン産生は、A. nigerの全ゲノム解析により、フモニシン生合成遺伝子が発見され、その後、培養により産生確認されたものです。オクラトキシンAは、ヒトへの健康危害が想定され、FAO/WHOコーデックス総会において基準値が設定されています6)。また、フモニシンB2は、脂質代謝阻害を引き起こし7)、ヒトへの発がん性が疑われる同族体のB1よりも細胞毒性が高いとされています。A. nigerのオクラトキシン産生の報告を受けて、小野ら8)が1995年に、A. niger群の発酵研究所(IFO=NBRC)保存株についてオクラトキシン産生性を調べました。その結果、A. awamoriA. usamiにオクラトキシン産生が認められたことを報告しました。このため、A. nigerだけでなく、その近縁種である黒麹菌の安全性についても、確認する必要性が生じました。
 この様な背景から、A. nigerと黒麹菌について、最近の分子生物学的手法を用いた系統分類とカビ毒産生について、私たちのグループの調査結果9,10)と最近の知見に触れながら、このトピックについて紹介したいと思います。

 

 

3.A. nigerの菌学的検討

A. nigerは、分類学的にはAspergillusNigri節(旧A. niger群)に属します。この群の中には、カビ毒のオクラトキシン産生菌種のA. carbonariusも含まれています。クロコウジカビと呼ばれるのは、無性的につくられる胞子(分生子)が、一般に黒いのでそう呼ばれていますが、実際には、褐色、オリーブ色など、必ずしも黒色だけではありません。この白色変異種(実際には、淡褐色)が、白麹菌(A. kawachii)と呼ばれ、主として九州南部で焼酎の醸造に用いられています。作業場を黒く汚すことがないなどの利点などがあり普及しました。日本酒など醸造に、通常、麹菌として用いられるのが黄麹(Aspergillus oryzae)であるのに対して、本邦南方地域で黒麹菌が用いられるのは、この菌がクエン酸などの有機酸の産生に優れ、細菌類による腐敗防止効果があるためです。
さて、近年、分子生物学的手法により、A. niger群は次第に再分類されつつあります。海外でのβ-tubulinなどを用いた遺伝子解析結果11)では、これまでのA. nigerについては、A. acidusA. tubingensisなどとの種複合体(species complex)と報告されています。特に、A. tubingensisは、形態学的はA. nigerと同定されるものの、遺伝子解析の結果が異なるため、A. nigerとは異種とされました。
 私たちは、これまでアフラトキシン産生菌のAspergillus flavusなどを含むFlavi節(旧A. flavus群)の系統分類に有効であった12)チトクローム(402 bp)に加え、今回、26SrDNA D1D2領域の遺伝子解析も用い、A. niger群の系統分類を行いました。
 供試株群としては、@ 食品や畑土壌から得たA. niger分離株やA. nigerのタイプカルチャー(株)A A. awamoriA. usamiなどIFO保存株、B A. kawachiiなど実用黒麹菌、の3群について調べました。
 その結果、チトクローム遺伝解析では、グループ@のA. niger群は、D-5、D-7、D-8の3つの遺伝子型に分かれましたが、ほとんどがA. nigerのタイプ株に同じD-5型でした。A. tubingensisは、これまでの報告同様に、タイプ株と異なり、D-8に位置しました。グループAのIFO保存株などを含むA. awamoriA. usamiA. foetidusなどは、D-5、D-7のグループに属し、A. awamoriA. usamiのタイプ株は、A. nigerのタイプ株と同じD-5型となりました。つまり、黒麹菌の代表とされるA. awamoriA. usamiのタイプ株は、実はA. nigerだったと言うことになります。これが、黒麹菌とA. nigerの分類同定の上で混乱を招く大きな要因の一つとなったとも言えます。これに対して、A. luchuensisA. kawachiiなどの実用黒麹菌は、ほとんどがD-9型に位置し、D-5に属する株はなく、明らかに、グループ@、A菌群の遺伝子型とは、明確に異なりました。また、D1D2領域の遺伝子解析でもこれを支持する結果が得られました。

section Nigri と黒麹菌の系統関係(PDF:15KB)

 

4.カビ毒産生

遺伝子型が明確になった株について、オクラトキシンとフモニシン産生性を調べました。その結果、カビ毒産生が確認された菌株の遺伝子型は、菌種名に拘わらずD-5の遺伝子型に集中しました。他方、A. luchuensisなど実用黒麹菌では、オクラトキシン、フモニシンを産生する株は1株も認められませんでした。
 発酵研究所の山田らは、チトクロームに加えhiston 3やβ-tubulinなどをコードする2,500塩基対の遺伝子解析とオクラトキシン産生性について検討しました。その結果13,14)は、われわれが得た結果と一致しています。すなわち、実用黒麹菌とA. nigerでは明確に遺伝子型が異なりました。また、オクラトキシン産生性は、黒麹菌では全く認められませんでした。山田らは、さらに、実用黒麹菌のオクラトキシン合成に必須であるポリケタイド合成酵素(PKS)遺伝子について調べ、PKS遺伝子ホモログが欠損していることを明らかにしました。すなわち、黒麹菌がオクラトキシン合成能を有しないことを、遺伝子レベルで明らかにしました。恐らく、黒麹菌としての選抜淘汰の中で、この遺伝子を喪失したと思われます。また、同様に、フモニシン合成能もその淘汰の中で欠損したと言えましょう。
 以上の結果から、山田らは、A. nigerといわゆる黒麹菌は、別種にすべきと提唱し、黒麹菌の種名については、菌学的な優先性から、1901年、乾が命名したA. luchuensisとすべきとしています。われわれの検討結果も、この提唱を支持していると言えます。

 

5.黒麹菌と黄麹菌

黒麹菌は、A. nigerを祖先とし、有機酸の生産力やデンプン糖化力など麹菌として必要な形質に優れた株が人為的に選抜淘汰され、一つの菌群をなしたものと言えます。すなわち、A. nigerを野生型とし、家畜化された菌群と言えます。同じ様な選抜淘汰の流れに、黄麹(A. oryzaeA. sojae)があります。アフラトキシン産生菌種であるA. flavusあるいはA. parasiticusを、それぞれ野生型とし、麹菌として淘汰された菌群です。黄麹もその選抜淘汰の中で、野生型が有していたアフラトキシン産生性を喪失したと思われます15)A. flavusA. oryzae、また、A. parasiticusA. sojaeは、チトクロームやβ-tubulinなど通常の遺伝子解析では容易に分けることができないほど密な系統関係にあります13)。しかしながら、現在、発酵生産面での麹菌の重要性やアフラトキシン産生性を持たないという形質の重要性から、国際的にも、ほぼ、それぞれ別種としての評価を得ています。
 黒麹菌、すなわちA. luchuensisも、国内外にアピールし、A. nigerとは別種としての位置を高めていく必要があると思われます。先ほども少し触れました様に、A. awamoriなど本邦の黒麹菌は、欧米では、これまでほとんど認知されていませんでした。しかしながら、最近、欧州の研究者が、醸造に用いられているA. awamoriについて遺伝子解析を行ったが、A. awamori(すなわちA. niger)とされる遺伝子型に属する株は1株も認められなかったとし、次第に黒麹菌の安全性に目を向け始めています16)。一方、クエン酸や各種酵素剤などの製造に用いられているA. niger株については、その安全性の確認が必要であると報告しています17)
 また、一方、A. nigerは食品汚染カビとして、広範な食品類を汚染しています。A. nigerにおけるフモニシン産生株の比率が高いことや17)、加塩や加糖により浸透圧を高めるとフモニシン産生が高まる結果5)が得られていることからも、今後、分析結果を積み重ね、正しい評価を行う必要があると言えます。
 終わりに、A. nigerとその関連菌種をとりまく系統分類は、これまで紹介致しました様に、近年の遺伝子解析の手法を用いた結果の積み重ねにより次第に整理されてきているものの、カビにおける種をどう考えるか、これまでの種を認めるかどうかについて、研究の間での意見の相違があります。その混乱の中ではありますが、黄麹につづき、日本の麹文化を支えてきた黒麹菌の安全性は確認されたと言えます。

 

引用文献

1) 高田正樹、日本金学会会報、36, 170-179 (1995)
2) Raper, K. B., et al. ”The Genus Aspergillus”, 1965. Williams & Wilkins. Baltimore, U.S.A
3) Schuster, E., et al. Appl. Microbiol. Biotechnol., 59, 426-435 (2002)
4) Abarca, M.L., et al. Appl. Environ. Microbiol., 60, 2650-2652 (2004)
5) Frisvad, J. C., et al. J. Agri. Food Chem., 55, 9727-9732 (2007)
6) 小西良子、生活衛生、54, 285-297 (2010)
7) Merill, Jr., A.H., et al. Enviromental Health Perspectives, 109, 283-289 (2001)
8) Ono, H., et al. Mycotoxins, 41, 47-51 (1995)
9) Yokoyama, K., et al., FEMS Microbiolgy Letters 200, 241-246 (2011)
10) Takahashi, H, et al. International Union of Microbiological Societies 
     2011 Congress (IUMS) 2011, Sapporo (Abstracts)
11) Nielsen, K. F., et al. 2009. Anal. Bioanal. Chem. 395:1225-1242.
12) Yokoyama, K, et al.: In "Proceedings of The International Symposium
    of Mycotoxicology in Kagawa 2003", 123-131 (2004)
13) Yamada, O., et al. J. Bioscience Bioengineering, 112, 233-237 (2011)
14) 山田修、黒麹菌小話、RIB15 (2009)
15) 山田修、日本醸造協会誌、103, 665-669 (2008)
16) Perrone, G., et al. Fungal Biology, 115, 1138-1150 (2011)
17) PLoS One. 2011; 6(8): e23496: PMCID: PMC3154942

略歴

橋治男 (たかはし はるお) 農学博士
1946年 山形県鶴岡市生まれ
1969年 茨城大学農学部卒業
1971年 東京教育大学農学研究科修士課程修了
1971年 農林省食品総合研究所入所
1973年 千葉県衛生研究所入所
2010年 千葉県定年退職
      国立医薬品食品衛生研究所 客員研究員
      千葉大学非常勤講師

1993年 東北大学より学位授与

「役員等」
日本マイコトキシン学会副会長

 

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