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官能評価の概論と実際
金沢工業大学情報フロンティア学部心理情報学科 教授
      感動デザイン工学研究所 所長
神宮英夫

1.官能評価の実際

新製品としてペットボトルの緑茶を開発した。もちろん、既存の緑茶よりもおいしいものをと、開発者は工夫を凝らした。特に風味にこだわったとのことである。既存品よりもおいしくなっているかどうかは、飲み比べて調べるしかない。この調べ方が、客観的でなければ、得られた結果は信用されない。これには、いくつかの方法が考えられる。他社品を例えば4品準備したとする。
 まず最初に考えつくのは、1品を飲んで、どれくらいおいしいかの得点を付ける方法である。5点満点でも10点満点でもよいが、計5品を順次飲んで得点を付けることになる。5品を飲む順番や、それぞれを飲む間隔、1品を飲んだ後に口の中をリフレッシュする手立てなど、考えるべき手順は多々ある。次に考えつくのは、5品にわずかの差しかなく1品ごとに得点を付けるのは難しい場合である。2品の対を構成して、どちらがどれくらいおいしいかの得点を付けることが考えられる。この方法でも、組み合わせの方法など、考えるべき手順は多々ある。他に、5品を一通り飲んで、おいしさの順番を付けたりすることも考えられる。
 おいしさだけを考えたが、この新製品は風味にこだわっているので、風味の違いを明らかにすることも求められる。この場合には、おいしさ以上に考えるべきことが多々ある。単に風味の良さでは、緑茶の風味をよくわかっている専門家であれば問題はないであろうが、一般の消費者であれば、風味の良さではなかなか得点を付けることが難しい、そこで、風味を規定するもう少しわかりやすい言葉を考える必要がある。これは、通常評価用語と呼ばれている。この評価用語の選定によって、結果の解釈が大きく異なることになる。このように、評価用語は、専門家と素人との違いを考慮すべきである。
 ここまでは、新製品開発のコンセプトが、本当に満足された製品となっているかどうかを調べるという視点である。どのようなコンセプトで、今後新製品を開発すべきかという視点も重要である。このためには、現在市販されていて、売り上げ上位の既存緑茶を何品か選定する。複数の人で、各製品を飲んでもらい評価してもらうことになる。評価用語は、この場合複数準備する必要がある。これらは、緑茶を飲んだときに人が感じる特性を念頭に選定することになる。複数の側面の関係の中で、選定された製品がどのような位置関係になるかを、多変量解析を使用して分類し、今後の進むべき方向として新たなコンセプトを設定することになる。

 

 

2.官能評価の基礎

官能評価(sensory evaluation)は、人がものと接したときに感じたことを言葉で表現することで、成り立っている。人が感じるのは、視聴触味嗅の五感を通してであり、ものから得られた五感情報が処理された結果である。この結果は言葉を介して表現されるが、評価実験としては、例えば良し悪しのように、良悪をわける基準に基づいて表現される。この基準は、人が心の中に持っている内的な基準(internal criterion)であり、種々の経験を通して形成された五感情報に基づいたものである。
 このように、ひとものと言葉としてのこととによって、官能評価結果は構成されている。何人もの評価者が、例えば前述の緑茶であれば、苦みなどの複数の評価用語で、他社品を含めた複数の緑茶を飲み比べることになる。このような3次元データは、図1として表現される。複数のひとと、複数のこと、そして1つの場合も複数の場合もあるもの、である。

 


   図1 官能評価の3次元データ

もう一つの重要な側面は、接するという行為である。評価実験として、官能評価が実施されるので、どうしてもコントロールされた実験状況が設定されることになる。実験者が知りたいことが結果として得られるように、状況が設定されるため、消費者が日常ものとしての製品と接する接し方とは異なる状況になることが多々ある。例えば、複数の緑茶の苦みの違いを明らかにしたいと実験者が考えていれば、緑茶を口に含んで吐き出して、苦みの評価を行うことになる。これを何品も繰り返す。しかし、よく考えてみると、このように緑茶を飲んでいる人は、普通はいないであろう。一口二口飲んでおいしいというのであり、いちいち苦みの程度を意識しながら飲むことはない。つまり、通常の官能評価事態は、非日常的であると言わざるを得ない。しかし、必要な結果を得るためには致し方ないというジレンマが、常に官能評価にはつきまとっている。

 

3.ものがもたらす五感情報とひとの特性

ものとしての製品からもたらされる五感情報は、その製品が持っている品質要素が基本となる。甘みの量からもたらされる甘みの強さ、室内灯からもたらされる光量による明るさの程度、などである。五感情報によって評価結果が左右される以上、品質要素の上手な組み合せが、よい評価をもたらす基本である。ここで問題となるのは、各五感情報が相互に独立で、それぞれの単純な組み合せで評価がもたらされるわけではないという点である。例えば、塩分の量によって甘みの評価が大きく変化することがある。味覚の中だけでも、複雑な関係性が存在しており、五感の間ではもっと複雑な関係性の下で、評価がもたらされる。
 人の心の働きを、図2のような知情意の3つの側面から考えることができる。知は、五感や記憶などの働きであり、過去と現在に関わる働きである。五感の間だけではなく、五感と記憶などの間にも密接な関係が存在する。意は、もっとこうなりたいやこうしたいというような未来に関わる意思や態度を表している。情は、知と意へのエンジンのような働きであり、嫌な臭いからはと遠ざかろうとするし、やりたくないことはやらないでおこうとする。この知情意のバランスのとれた関係性が、心の働きには必要である。

 


図2.知情意の三位一体

評価を行うためには基準が必要であり、五感という官能による評価には、過去の五感情報からもたらされた経験が、その基準を構成している。この内的な基準は、経験の違いによっているので、個人差が存在する。そして、性格や感情など、人の内的特性によっても異なる。高額な化粧品を買っている人と、毎月わずかな金額でしか化粧品を買わない人とでは、化粧品に関わる経験が異なる。このような違いを揃えるために、毎月化粧品に出費する金額で人を分類して、化粧品の評価結果を別々に分析することが行なわれる。これは、金額によるフェイス項目による分類である。また、ある化粧品会社に対する、あるいは化粧品に対する態度の違いによっても、評価結果は異なる。このような内的特性で、個人差を揃える必要がある。内的特性には、態度や性格そして経験などが考えられる。経験は記憶の違いをもたらし、態度や性格は情意の特性に影響している。

 

4.こととしての評価用語

評価として使用する言葉の問題が、重要である。一般に官能評価を実施している人は、ほとんど意識せずに、図3のような評価の階層性を念頭において、評価用語を考えている。品質要素としての甘みの量の物理的属性が、甘さの評価をもたらし、甘さや苦さの評価が組み合わさって、おいしいという総合評価がもたらされるという、下から上の階層性である。


図3 評価の階層性

ところが、一般の消費者は、先にも述べたように、いちいち物理的属性を意識することはない。ビールを一気に飲み干し、おいしかったという。そして、喉越しのいいビールだと思う。つまり、官能評価を実施する専門家とは異なり、おいしさという総合評価を先に意識して、その原因として「どうして・なぜ」ということで、喉越しを意識することになる。このように、日常的には、上から下の階層性が基本である。
 さらに、評価用語の問題として、官能評価の専門家と一般の消費者との間の受け止め方にはズレがある。緑茶で述べた風味やビールの喉越し、布の風合い、自動車の操安感など、何となくわかるが明確には理解できない、あるいはその物理的属性を特定できない、多様な言葉が通常使われる。これらは、図3の評価の階層性で考えれば、個別評価と総合評価との中間に位置する評価用語ということになる。
 評価用語は、個別評価から総合評価まで、多様な階層性の下で存在している。官能評価の実施に際しては、どの階層の言葉で評価実験を行なう必要があるのか、さらに、使用している評価用語が同じ階層に位置しているのか、を考える必要がある。異なった階層の言葉が混在していると、評価者は何らかの違和感を感じてしまい、適切な評価データが得られないことになる。

 

5.官能評価で統計がなぜ必要か

官能評価手法(JIS Z 9080)は、評価者の何を知りたいのかということと、評価すべきものの数によって分類することができる。評価者の問題は、感覚上の感受性の問題とものの受け止め方の問題とに大別できる。感受性の問題は、ものの物理的側面についてどの程度までわずかな違いが識別できるかということである。受け止め方は、物理的属性につながる個別評価か好みなどの総合評価かということであり、評価用語の問題とも関係してくる。ものの数は、1つでの評価の場合と2つでの比較の場合と3つ以上の区別が必要な場合である。
 緑茶の例では、最初は識別試験法であり、次に述べたのは一対比較法や順位法である。新製品のコンセプトに関しては、QDA(quantitative descriptive analysis:定量的記述的試験) 法となる。官能評価の目的が何かによって、どのような方法をとるべきかが決まる。単なるものの違いを人がどのように受け止めているのかということなのか、設計品質化のための情報を得たいのか、さらには、専門家の受け止め方なのか一般の消費者を対象としているのかによっても、その方法は異なる。そして、評価の階層性の問題から、どのレベルでの評価結果を得ようとしているのかによっても、方法は異なってくる。評価者が、素人であればあるだけ、個人差の問題を考える必要があり、必然的に統計を使って、評価結果を分析して、結論を導き出す必要が出てくる。
 官能評価では、必ずといってよいほど、統計を使う。これは、評価データに個人差が反映しているためである。得られた評価データをr とすると、個人差によってもたらされる誤差をe とすることができる。そして、本来求まるべき真の値を定数a とすると、r = a + e となると考えることができる。誤差としてのe は、多くの結果の平均を取ると0となるので、複数回のデータの平均を取れば、a の値が求まることになる。つまり、官能評価データに潜んでいる誤差の主要因が個人差であり、統計によって真の値を求めようとしていることになる。個人差のどのような側面が誤差をもたらしているかの見極めが、どのような統計を使うかを決めることになる。

官能評価実験によって正確な結果を出そうとすると、実験条件を厳格にする必要が出てくる。そうすればするだけ、日常生活で消費者が製品と接する状況とはかけ離れてしまうことになる。日常性をどこまで担保して、良い結果が出せるかが重要であり、このために、方法の工夫や分析の工夫したがって統計の工夫が必要である。

 

参考文献

大越ひろ・神宮英夫 編著 2010 食の官能評価入門 光生館
神宮英夫 1996 印象測定の心理学‐感性を考える‐ 川島書店
神宮英夫編 2011 感動と商品開発の心理学 朝倉書店
日本官能評価学会編 2009 官能評価士テキスト 建帛社
日本工業標準調査会 2004 官能評価分析‐方法 (JIS Z 9080) 日本規格協会
日本工業標準調査会 2004 官能評価分析‐用語 (JIS Z 8144) 日本規格協会

略歴

1977年  東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程(心理学)修了
1977年  東京都立大学人文学部助手
1980年  東京学芸大学教育学部助手
1981年  東京学芸大学教育学部講師
1984年  東京学芸大学教育学部助教授
1998年  明星大学人文学部心理学科教授
2000年  金沢工業大学工学部教授
2007年  金沢工業大学感動デザイン工学研究所所長
2012年  金沢工業大学情報フロンティア学部学部長
1985年  文学博士(東京都立大学)
現 在  金沢工業大学情報フロンティア学部学部長、同学部心理情報学科教授、感動デザイン工学研究所所長
学会 日本官能評価学会理事 日本感性工学会会員、日本人間工学会会員、日本心理学会会員 他

 

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