|
![]()
食品業界を取り巻くISOマネジメントシステムの動向
その4:品質管理大国がゆえに誤解されてスタートした日本のISO9001 ![]() 湘南ISO情報センター
代表 矢田富雄 1.はじめにISO9001の改定作業が始まっている。2015年9月改定が目標である。今回の改定は大改定だという人がいる。一方、本質的には変わらないという人がいる。規格の構成としては大改定であることは間違いない。しかしながら、大改定といわれる部分はマネジメントシステムとしての共通部分の配置及び表現に関するところであり、その部分にしても、ISO9001にとっては、構成や表現は改定されるが、本質的には変わらないと考えられる。マネジメントシステムとしての共通部分とは、例えば、現在のISO9001でいえば“4章”、“5章”、“6章”、あるいは“8章”の部分である。ISO9001の本質的要求事項である“7章”は変わるとは考えられず、筆者は本質的には変わらないという意見に賛成する。 なぜ、マネジメントシステムの共通部分の構成や表現が変わるのかといえば、実は、マネジメントシステムが自己増殖を起こしてしまい、組織にとっては部分的な要求事項を次々とマネジメントシステムとして策定し、そのシステムを自己完結型にすることを目指したからである。マネジメントシステムの本来のユーザーは組織なのである。組織全体を運用するISO9001以外は、組織活動の一部なのである。ところが、それらのマネジメントシステムを自己完結型のマネジメントシステムとすることを目指したために、ユーザーである組織にとっては、同じ人が同じように実施する内容がAマネジメントシステムとBマネジメントシステムとでは構成や表現が異なるという状態になり、ユーザーを悩まし始めたのである。そのためISOは難しいとなるのである。実はISOは難しくないのである。 筆者は2015年改定で、ISO9001に関して、構造は大幅に変わるものの、本質的には変わらないと述べた。その根拠はISO9001に求められている役割期待にある。後ほど詳しく述べるが、ISO9001制定の目的は組織の主たる業務の標準化なのである。 今回のシリーズでの第2回(2013年2月号)で述べたように、筆者はISOマネジメントシステムを、大きく二つに別けて考察している。組織全体の運営を統括するマネジメントシステムと特定のリスクの管理を目的とするリスクアセスメント型マネジメントシステムである。前者はISO9001であり、後者はISO14001やISO22000などである。リスクアセスメント型マネジメントシステムは組織全体の運用に活用されることはなく、組織における固有のリスクを効率よく運用するためのものであり、固有のシステムを持っている。ISO14001における著しい環境側面の摘出であり、ISO22000のハザード分析である。 ISO9001は、ISOにおけるマネジメントシステムの先駆けとして1987年に導入された。その考え方は、先に述べたように組織業務の標準化なのである。その後、1994年、2000年、2008年と改訂されてきたが、その本質は変わらない。しかしながら、実は、日本においては、この本質がよく理解されていないのである。それは、日本がISO9001を始めて導入した時点において受け止めた誤解に由来している。
2.役に立たないとの誤解からくるISO9001への不満ISO9001はISOが始めて導入したマネジメントシステムである。既に26年の歳月にわたって組織運営に活用されてきた。 “ISOマネジメントシステムは役に立つのか”と問われれば、筆者は自信を持って答える。“大変役立つものである” と。何事もそうであるが、世の中に存在するものにはそれぞれの目的がある。目的に対して役立つのか、役に立たないのかを判断しなければならない。 ISO9001には“継続的改善”という要求事項がある。日本ではこの要求事項を常に改善を目指すことである、すなわち改善の要求事項であると考えている人がいるが、それは違うのである。これは、例えばミスが発生したとき、それを契機にして改善をするようにというものである。 注1)「現場視点で読み解くISO9001:2008の実践的解釈,2009/11/20
3.ISO9001とTQCとの違い実は、日本を見違えるように発展させた改善活動の代名詞であるTQC(現在はTQM;この後もTQC)とISO9001とはまったく別ものなのである。TQCには“悪さ加減”という言葉があるように、基本的には悪いところを直して良くしていく活動であり、改善のシステムなのである。一方、ISO9001は顧客の信頼を得るための組織が実施すべき活動内容を規定しているのであり、標準化のシステムなのである。その規格要求事項に沿って自社の業務を標準化し、実行することで、顧客との契約内容に適合する製品を安定して供給できるものなのであり、顧客にとっては大変信頼できる組織となるのである。 よく聞く話であるが、そんな当たり前のことに金を使うのかという者がいる。そんな当たり前のことを適切にできていない組織が多いのである。
4.ISOマネジメントシステムに対する日本での誤解の由来日本がISOの規格であるISO9000シリーズを正式に導入し、JIS化したのは1991年10月1日である。しかしながら、ISOによって世界最初のISOマネジメントシステムであるISO9000シリーズが制定されたのは1987年3月15日である。貿易立国である日本がなぜ4年6ヶ月強も世界標準を受け入れなかったかというと、世界の品質管理大国としてのプライド及びその自信とISO9001に対する誤解があったからである。実は、現在でも、その時の誤解に引きずられて、日本におけるISO9001規格の運用が歪められているのである。 注2)標準化と品質管理 Vol.46、1993 No.7 財団法人日本規格協会 その雑誌から幾つかの記述を拾ってみると下記のようなものがある。以下の用語は、最初は当時のもので記載し、()内に現在のISO9001:2008のものを明記するが、以降は現在のISO9001の用語で記載する。 「わが国の品質管理活動の主流は供給者(以下組織)の立場でその製品の仕様を決めているので優れた製品を提供できる。一方、ISO規格は購入者(以下顧客)の立場からの規格を基盤とする品質管理である。これではよい品質の製品を供給できないおそれがある」 「日本的品質管理活動は単に顧客の検査や監査に合格すればよいとするものでなく、もっと積極的なものである。顧客の要求事項を先取りして、顧客の満足する製品を積極的に開発し、提供していくことにより市場を獲得し、企業を発展させていこうとするものである。顧客の要求する仕様に適合すればよいとするような規格からはよい製品はできない。ISO規格による認証登録制度は、どちらかというと日本の品質管理活動とはあまりなじまない」 「これまでは日本としては、ISO規格に対する取組にはあまり積極的ではなかった。しかしながら、世界的な工業製品の輸出国である日本としては、ISO規格に取り組まねばならない。そのためには、ISO規格とTQCとを折り合いをつけながら取り組んでいきたい」 「ISO規格には、何をするかは要求されているが、どうするかを示してない。そのためにどうしたらよいかに関して組織や審査員によってバラツキが出るおそれがある」 これに対して当時、既に、ISO規格の審査を始めていた審査機関からは次のような発言があり、反論している。 「TQCというものは正式な規格ではなく、標準化もされていない。一方、ISO規格は正式な品質システムであり、手順を文書化し、マニュアルを作り、記録を残しておく。このシステムは企業の中のすべての人が利用できるものであり、すべての人が利用しなければならないものである。これまでの日本の品質活動は職人的に処理されている部分がある。個人の財産となっており、企業の財産になっていない部分が沢山あった」
5.ISOマネジメントシステム誕生の経緯そもそも、ISO9000シリーズを導入したISOの狙いは国際貿易の自由化にあった。 一方、ISOが世界初のISOマネジメントシステムであるISO9000シリーズを検討していた1970年〜1980年代は、日本ではTQCが花盛りであり、品質管理大国として世界に君臨していた。その時代は、日本の成功を背景にして製品の品質が大切だという意識が世界中に広まっていた。そのために、欧米の大会社を中心にベンダーオーディット(Vender Audit:顧客が自社に原材料を供給する製造組織を定期的に訪問して、契約どおりの方法で原料を製造し、供給しているかを監査すること。いわゆる第2者監査)が定期的に実施されていた。 ISOが制定した品質管理の世界標準は「品質システム〜〜〜における品質保証モデル」と命名された。この規格は“外部品質保証に用いることができる規格である”とされ、“顧客”と“組織”との契約締結をする際の標準として適したものを示したのである。すなわち、顧客からみて、このISO規格を取り入れて運用している組織はベンダーオーディットを実施しなくてもよい信頼できる組織であると受け止められるようにしたのである。 この品質管理の世界標準は以下の5分冊にまとめられて、発行された。すなわち、下記のとおりである。このうち最新版の2008年版(ISO9004は2009年版)に引き継がれているのはISO9000、ISO9001及びISO9004のみである。 ISO9000(品質管理及び品質保証の規格−選択及び使用の指針)
6.SO9001とTQCとの両立これまでに、ISO9001は“安全で良質な製品を妥当なコストで安定供給すること”を目指す仕組みであり、通常の組織業務の約90%を占めると述べた。これがISO9001システムの基本思想であり、組織の業務の約90%を確実に運用させてくれるものであり、大変役に立つものなのである。 確かに、日本のTQCというものは大変優れたものであったことは事実である。先の注2)に示した「標準化と品質管理」に出てくる“組織の立場でその製品の仕様を決めているので優れた製品を提供できる”との主張は“現代のマーケットインの考え方”から見るとやや誤解を生む表現であるが、実態は、日本のTQCでは、常に、顧客のことを考え、明示された、あるいは暗黙の要求事項に対して、継続して、それを超えた良品を提供しようと取り組んでいたのであり、それが、商売上の強い競争力となっていた。また、日本の品質管理の基本には“品質は工程で作りこむ”との思想があり、過剰な検査を不要にしていたのである。 実は、“改善”は、ISO規格の推進活動の中にもある。受身の“改善”ではあるが、例えば、ISO9001:2008の中の「8.5.1」継続的改善である。さらに、「8.5.2」是正処置という要求事項がある。しかしながら、この要求事項における改善はISO規格の運用が“計画どおりの目的”の達成ができなかったときに目的を達成できるようにするためのマネジメントシステムの“改善”である。ここでは、日本の誇るQC7つ道具なども活用して改善を進めていけば、システムは着実に改善され、不具合は着実に減少していくのである。しかしながら、これらは基本的には受身の“改善”である。そのため、ISO9001が革新をもたらせてくれるとの淡い期待を抱く日本人にとっては、ISO9001は役に立たないとの声になって現れてくるのである。 もう一つ、ISO9001に対する不満があらわれるのは、その組織で適切な標準化がなされていないところにもその原因がある。ISO9001の要求事項の“組織”という言葉を単に“当社”と置き換えただけの標準では、認証を取ることできたとしても“安全で良質な製品を妥当なコストで安定供給する活動”すら順調に行われるはずもなく、2本立ての標準が作られるという事態につながるのである。本当は、このような組織に認証を与えてはいけないのである。
7.まとめ冒頭で、ISO9001マネジメントシステムは、その目的に対して大変役立つものであると述べた。その基本思想は2015年改訂でも変わらないと考えられる。その基本思想とは、組織の日常業務をISO9001マネジメントシステムに沿って標準化し、その標準により“製品を妥当なコストで安定供給すること”なのである。この“製品を妥当なコストで安定供給すること”が、実は、組織の業務の約90%を占めるのである。 その日本人のISO9001に対する不満をどう解いていくかを次号以降では、ISO9001の標準化と改善活動に関連する情報を豆知識として述べていく。
サナテックメールマガジンへのご意見・ご感想を〈e-magazine@mac.or.jp〉までお寄せください。 |
![]() |
Copyright (C) Food Analysis Technology Center SUNATEC. All Rights Reserved. |