食品乳化の基礎コロイド・界面科学
千葉科学大学薬学部生命薬科学科
製剤/化粧品科学研究室 山下 裕司 はじめに食品は水、油脂、炭水化物、タンパク質、空気やミネラルなどが混合された複雑系であり、多くの食品がこれらの分散系を構築しており、空気と接している界面(表面)の他、食品内部に多くのミクロ的あるいはマクロ的界面を有している。界面物性は、各々の食品の色調、光沢、滑らかさや粗さ、形状などを決定しており、その食品の食感や風味を想像させるうえで大変重要な意味を持っている。ここでは、食品分散系の例としてエマルションの物性制御における、界面の重要性と界面状態の制御の可能性などについて概説する。
食品と界面食品プロセスの制御や品質管理を行う場合、食品の粘性や粘弾性、流動特性、破断特性などの機械的物性が、成分組成や処理条件によってどのように変化するかを把握しておく必要がある。これらの物性は食品表面の見かけだけでなく、内部の成分間の界面の特性が密接に関係しているものと考えられる。しかし、食品の多くは多成分からなる不均一構造の分散系であり、複雑な食品物性の解析のなかに界面の観点をいかに取り入れるかが課題となっている1。 …式(1) 上式で表されるように、ΔGは分散相と連続相の界面張力(γ)と表面積の変化分(ΔA)の積で表される。分散質のサイズを小さくすることはΔGを増加させることになり、同じΔGを保つにはγを低下させる必要がある。ここで利用されるのが乳化剤(界面活性剤)であり、乳化剤が界面に吸着しγを低下させて界面を安定化するということである。
食品の形態と機能性図2に示すように、食品の機能や嗜好性に応じて様々な状態が用いられている。本報では割愛するが、固体や液晶状態では多形構造が食品の機能性と安定性を左右することを付記しておく2。ここでは、乳化剤がもたらす液−液分散系について説明する。
溶液に付与される名称は、一般に溶液中に含まれる分散粒子のサイズで規定するのが明瞭である。図3に示すように、エマルションの分散粒子サイズはサブミクロンから数十ミクロンの範囲にある。それ以下の粒子を含む溶液はマイクロエマルションやナノエマルション、可溶化ミセルなどの種々の名前で呼ばれている。以下に記すが、粒子サイズは分散安定性と強く関係しており、平衡か非平衡かの観点でも各々の分散系を大別することが可能である。
エマルションの物性と界面現象エマルションのような分散系の物性は、分散粒子内部(バルク)の性状よりは、粒子界面の状態と界面特性に起因する粒子間相互作用に大きく依存している。このことを考えると、エマルションの物性を界面特性とそれに関与する因子との関係から検討することが可能である。エマルションの物性に関係する諸因子を表1に示す。 表1.エマルションの物性を規定する諸因子1
エマルションを理解するために、まずエマルションが非平衡系であることを認識しなければならない。エマルションは不安定なものであり、最終的にはエマルションが崩壊し、混ざり合わない二つの液体に分離する(図4)。このような過程には、重力に加えて粒子界面の状態が大きく影響する。不安定化の1過程にクリーミングがあり、粒子自体は安定で合一にいたらない場合でも、粒子が大きなエマルションはクリーミングを起こす。クリーミングの基礎となるStokesの式(式2)で表されるように、分散媒の平均粒子径(D)、分散相と連続相の密度差(po−p)、連続相の粘度(n)によって、分散粒子の浮遊速度(vs )が決定される。粒子径が小さくなると、ブラウン運動が支配的になるが、浮遊距離が上回るとクリーミングが生じる。 …式(2) 図4のとおり、クリーミング以外に凝集、合一、オストワルド熟成が不安定化機構に関与する。乳化剤を含む分散粒子周りの吸着層の特性は凝集や合一に関係しており、また分散媒の連続相への分子溶解度がオストワルド熟成に影響する。これらの因子ひとつひとつを制御することがエマルションを安定化する上で重要であり、それぞれに対処法を考案しなければならない。
エマルションのような液−液分散系の食品では、上記のように分散粒子の安定化が特に重要となる。一般的に、エマルション粒子の安定性は粒子間のvan der Waals引力と静電的反発力を考慮したDLVO理論で説明されてきた。これに加え、界面吸着層の存在とその状態を考慮した界面制御の方法が知られている1,3,4。これは、食品の中で代表的なエマルションである牛乳の乳化滴(脂肪球)の安定性から理解される。脂肪球の中心には、トリグリセリドを主成分とする中性脂質が存在し、その周囲をリン脂質や糖脂質などの天然乳化剤が覆い、さらにカゼインタンパク質が界面に吸着することで脂肪球の安定化を向上している5。一般的に、タンパク質は嵩高い高分子であり、界面活性を有することから、油水界面に吸着して界面膜を形成し、界面膜に機械的な強度を与え、エマルションの水和に寄与すること、さらに、立体的・静電的な反発によりエマルションの凝集を抑制することで乳化安定化にとって主要な役割を果たしている6。食品に含まれるタンパク質と乳化剤との相互作用を理解し、それらのコンプレックスをどのように界面に吸着配向させるかが系全体の安定化の鍵となる。
食品用乳化剤の種類食品に用いられる乳化剤は食品添加物であるため、安全上、法律上の制約から、指定されたものだけが使用できる。すなわち、化粧品や医薬品、トイレタリー分野などで使用されている多種多様な乳化剤には優れた機能を持つものもあるが、食品では未認可のため使用することはできない。表2に日本で認可されている食品用乳化剤を示す。日本で使用が許可されている食品用乳化剤には、主に合成乳化剤と天然由来乳化剤がある。合成乳化剤は脂肪酸と多価アルコールが結合したエステル化合物であり、多価アルコールとしてポリプロピレングリコール、グリセリン、ソルビトール、ショ糖が認められている。一方、天然由来乳化剤には、レシチン、サポニン、ステロール類がある。 表2.日本で認可されている食品用乳化剤5
乳化剤の基本概念とエマルションタイプ乳化剤の性質を表す指標として親水性−親油性バランス(HLB: Hydrophilic-Lipophilic Balance)値がある。名前のとおり乳化剤の水または油への親和性を示す数値であるが、1950年頃にGriffinが提唱したものである7。GriffinのHLB理論では、あらゆる乳化剤に0〜20を割り当てている。この数値に基づき、所望のエマルションタイプ、例えば、油中水型(W/O)や水中油型(O/W)、に適した乳化剤を選定することが可能である。ただし、系の組成(油水比)や物理的環境変化(温度など)によって、乳化剤のHLB値は変化する場合があるので注意しなければならない。 食感とレオロジー1食品におけるレオロジー研究は大きく二つの方向性があるように思える。一つは、食品の食感要素のうち、物理的要因を客観的に評価するためのツールとしてのレオロジー(サイコレオロジー)的研究である。他方は、食品の調理、加工の工程管理、品質管理として、レオロジーパラメーターを利用しようとする立場である。レオロジーは合成高分子領域で学術的に発展してきたが、食品におけるレオロジーは実学的な面が大である。
おわりに食品は多成分系からなる複雑系である上に、様々な物質の状態が混在する極めて学術的に取り扱い難い分野である。その中で、本報は液−液エマルションを中心に基本的な概念を紹介し、できる限り包括的な内容を盛り込んだ。本報を通じて、エマルションを勉強する契機を持って頂き、研究の発展や製造トラブルの解決などに役立てて頂ければ幸いである。
参考・引用文献1.鈴木寛一(辻井薫、澤田嗣郎、梅澤喜夫、岩澤康裕監修):界面ハンドブック 略歴氏名: 山下 裕司 (やました ゆうじ) 学歴 学位 職歴 教育・研究歴 専門分野 サナテックメールマガジンへのご意見・ご感想を〈e-magazine@mac.or.jp〉までお寄せください。 |
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