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生食用食肉の新しい衛生基準と牛肝臓の生食禁止の経緯
及び今後の対応
岩手大学 品川邦汎

はじめに

わが国の一部の地域では、食肉(鶏肉を含む)の生食として馬刺し、鳥刺しなどが食されていた。しかし近年では、種々の動物(牛、豚および野生動物:鹿、猪など)の肉、および内臓(肝臓、胃など)の生食が一般化してきている。さらに、食肉や内臓(心臓、胃、腸管など)の焼肉は全国的に広く喫食されるようになってきている。それに伴い、これらの食肉(内臓肉を含む)による食中毒も増加しており、その主な原因物質としてはカンピロバクター(Campylobacter jejuni/coli)、サルモネラ属菌(Salmonella spp.)、および腸管出血性大腸菌(Enterohemorrhagic Escherichia coli : EHEC)などによるものが多い。特に、牛ユッケやレバー刺しなどの生食によるEHEC食中毒、および食鳥肉(鳥刺し、鳥のタタキなど)、牛レバー刺しによるカンピロバクター食中毒発生が多く見られる。
 平成23年4月〜5月に掛けて、同一焼肉チェーン店で「牛ユッケ」によるEHEC食中毒が発生し、これらの生食用食肉の安全性に関して社会的に大きな問題が提起された。また、本菌食中毒は「ユッケ」より「牛レバー刺し」で多く発生しており、生食用牛レバー(肝臓)についても早急に衛生対策を確立する必要があるとの意見が出された。
 本稿では、生食用食肉の安全性確保をするための新しく設定された規格基準、および生食用牛肝臓中のEHEC O157、大腸菌・大腸菌群の汚染実態調査結果と牛肝臓の生食禁止となった経緯、さらに今後、生食用食肉(肝臓を含む)の安全性確保対策について紹介する。

 

1.牛肉(レバーを含む)によるEHEC食中毒

厚生労働省の食中毒発生統計によると、平成19〜23年に発生したEHEC食中毒のうち原因食品が究明(または推定)された事件数は130件で、その内訳は飲食店等の食事によるものが58件(48.3%)と最も多く、次いで焼肉、肉料理が24件(20.0%)、牛レバーが13件、牛生肉(ユッケ、牛刺身など)が6件であった。
 また、生食用食肉による食中毒は平成10〜22年の13年間で148件発生し、この内カンピバクターによるもの(牛レバーと他の食品の複合による6件を含む)が最も多く96件(64.9%)、次いでEHEC (それらの多くはO157, O26) によるものが31件(20.9%)で、その他サルモネラ16件(10.8%)、病原大腸菌(EHEC以外)2件であった(表1)。
 一方、感染症の届け出によるEHEC事例では、感染者(菌検出者)数は毎年3,000〜4,500人で、この内、何らかの症状を呈した発症者(患者)数は1,500〜3,000人である。一方、食中毒患者数は年間数十人〜数百人と少ない(図1)。届出された感染症例の中には、食品(食肉)の喫食による散発食中毒(患者1人)も見られると考察されている。
 さらに、平成24年7月1日から飲食店(焼肉店)で牛レバー刺しの提供が禁止されるとの発表後、レバー刺しの喫食者が急増し、マスコミもこのニュースを頻繁に取上げた。しかし、牛レバーのリスクは以前と全く変わっておらず、食中毒の発生が危惧されていた。その結果、6月の終わりから7月初めに掛けて、生レバーによる食中毒事件が例年に比べ突出して多く発生し、厚労省への届出によると、6月28〜30日の間に事件数6件(東京都5件、秋田県1件)、患者数25人の発生が見られた。さらに7月初めにも患者発生がいくつか報告された。これらはいずれもカンピバクター・ジェジュニー(C.jejuni)で、幸いにもEHECによるものは見られなかった。一方、この時期届出された感染症の中には、EHEC感染者(患者数)も増加していると推察される。
 一方、生食・加熱用の牛肝臓の食中毒菌汚染実態調査では、EHEC O157汚染は1012検体中25検体(2.5%)、カンピバクターは7.0%(71/1012検体)が陽性であったと報告されている。また、牛肝臓のカンピロバクターの汚染調査では、肝臓の内部から12.8%検出されているが、肝臓の葉別(左葉、方形葉、尾状葉)の汚染率(6.4〜10.0%)には大きな差異は見られなかった。また、肝臓総胆管内の胆汁から21.8%、胆嚢内胆汁から25.4%検出された(表2)。これらの結果から、本菌は胆管内に汚染しており、また胆管は肝臓の各葉に繋がっているため、基本的には葉別の汚染の差異はなく、肝臓全体を汚染していると考えられる。また、本菌の肝臓への汚染経路としては腸管内に生息している菌が総胆管を経由し、胆嚢内に侵入後、胆汁中で増殖して肝臓内の胆管を経由して毛細胆管に汚染していると推察される。牛の肝臓・胆嚢の部位を写真1に示す。

 

 

2. 生食用食肉牛ユッケによる食中毒と規格基準の設定

昨年4月〜5月に掛けて富山、石川、福井県、横浜市において、同一焼肉チェーン店で牛ユッケの喫食により腸管出血性大腸菌(EHEC )O111およびO157の単独または混合血清型による食中毒(患者数181名、死亡者5名)が発生した(表3)。原因食品の牛肉(ユッケ用肉)は、加工・調理前にトリミング、調理器具やまな板・ナイフなどの消毒は行われておらず、平成10年厚労省生活衛生局長から通知されていた「生食用食肉の安全性確保について」の衛生基準に基づいて取扱いが行なわれていなかった。これに対し、マスコミおよび消費者から「本基準には罰則規定が定められていなかったため、罰則の伴った基準が必要では」等の意見が噴出した。また、飲食店、食肉処理・販売業者(19,856 店)を対象に、本基準の認知度および実施状況についての調査でも、基準が守られていない不適施設は48%で、その内訳は飲食店が52%、食肉販売業者が36%であった。また、基準の中で不適の多い項目としては、大腸菌検査をしていない施設が85%、器具の洗浄消毒に83℃以上の温湯を使用しいていなが51%、トリミングを適切に行なっていなが33%であった。これらの現状から、厚労省は急きょ罰則を伴う生食用食肉の規格基準(加工・調理基準、保存基準、および成分規格等)の作成を行い、平成23年10月1日から施行した(表4)。加工・調理基準の設定に当たって、牛肉のEHEC汚染は肉の表面であり、また牛のと殺・解体後、肉の熟成が進むにつれて肉の深部に浸潤(接種した菌は1時間後には表面から1cmの部分まで侵入)する。そこで加工基準の加熱殺菌は、肉塊表面から1.0 cm以上の部分まで、60℃,2分間以上処理することと規定された。本加熱処理により、汚染菌数を1/10,000以下(10,000cfu(個)の菌を1cfu(個)以下)に低減することができる。これらの作業は、衛生的設備を備えた施設で行い、調理・加工には専用の器具・器材などを用いて行うこと。保存基準として、冷蔵は4℃以下、冷凍は−15℃以下とすること。また、加工基準に基づいて処理された肉の規格としては、腸内細菌群(Enterobacteriaceae)が陰性と規定された(表4)。本検査法としては、ユッケ用肉塊25gを1検体とて検査を行い、これを25検体を検査して、これらが全て陰性であること、と定められた(表4)。この他、消費者庁は食肉の生食は食中毒発生リスクがあること、子供、高齢者などの抵抗力の弱い者は生食を控えることなどについて、「生食用食肉の表示基準」を定めた。なお、本基準にはEHECだけでなくサルモネラ属菌も対象とすることと定められている。

表3 ユッケ・焼肉などによる腸管出血性大腸菌(PDF:44KB)
表4 生食用食肉の規格基準(PDF:74KB)

 

3. 生食用レバーのリスクと取扱いについて

他方、生食用牛レバーによる食中毒発生状況およびEHEC汚染状況から高齢者や幼児・子供など抵抗力の弱い者は喫食を控えるように厚労省は平成10年各自治体へ通達を行った。また平成19年には、生食用食肉の衛生基準に適合する牛肝臓でも生食用として提供は控えるよう関係事業者に指導した。さらに平成23年7月には、生食用として牛肝臓を提供しないよう飲食店等に対して周知徹底すると同時に、消費者へ注意喚起を行うよう都道府県・市に通達している。
 しかし、食用牛レバーのEHEC O157やカンピロバクターの汚染、食中毒の発生状況、さらに生食用食肉(ユッケなど)の衛生基準設定において、牛肉のEHEC汚染は表面汚染であるのにもかかわらず、厚生労働省は厳しい加工・調理基準を設定した経緯を考慮すると、生食用レバーの規制について検討する場合、EHECの汚染(肝臓の内・外部の汚染)実態を明らかにし、衛生対策を立てる必要がある。平成23年〜24年に掛けて牛肝臓のEHEC汚染調査を行なった。

 

4. 牛肝臓のEHECおよび大腸菌・大腸菌群の汚染実態調査

今回の調査は、牛腸管内(糞便)のEHEC O157保菌、肝臓(内・外部)、胆嚢胆汁中のO157およびベロ毒素(VT)遺伝子の有無、胆汁中でのO157の増殖性、さらに肝臓および胆嚢内の胆汁中の大腸菌、大腸菌群汚染および汚染菌数を調べた。
 全国16カ所(秋田市、山形県内陸、埼玉県食検センター、さいたま市、東京都芝浦、神奈川県、静岡県西部、岐阜県、大阪市、兵庫県食検センター、岡山市、鳥取県、徳島県、愛媛県食検センター、大分県、宮崎県都城)の食肉衛生検査所および秋田県環境保健センターの協力により、と畜場での牛と畜処理後、糞便(各1g)、胆嚢中の胆汁(5ml)、肝臓内部(25g)および肝臓表面(100cm2またはそれ以上)の拭き取り材料について、EHEC O157およびVT遺伝子検査した(検査法:厚労省食安監発第1102004号)。また、大腸菌および大腸菌群の測定は、ペトリフイルムやDHL平板培地等を用いて行った。
 各検体からのEHEC検出状況を表5に示す。肝臓内部からは173検体中3検体(1.75%)が陽性(その内2検体からO157 検出)、VT遺伝子は13/148検体(8.8%)が陽性であった。また、肝臓表面では13/193検体((6.7%)その内O157は5検体)が陽性であったが、肝臓を衛生的に取出した直後のものでは汚染はほとんど見られなかった。しかしその後、内臓処理室で整形・胆嚢処理、洗浄して冷蔵後の出荷前の製品ではEHEC汚染を示すものが多かった。今回の調査では、胆嚢胆汁からEHECは検出されなかったが、Jeong,K.C.らの牛へのEHEC O157投与実験では、投与9日、36日後には胆嚢胆汁から高率に検出されている。また、腸管内保菌と胆汁汚染は一致しないことも示されている。
 さらに、今回行った牛胆汁中でのEHEC O157増殖試験では、個体の異なる8頭の胆汁に各々EHEC O157を102cfu/ml程度接種し、37℃, 一夜(約16時間)培養した後では、いずれの胆汁でも106cfu/ml以上(菌数測定したものでは5.4I107cfu/ml)に増殖を示した。同様にEHEC O26も増殖することを認めた(表6
 一方、肝臓内部からはEHECと同一菌種である大腸菌、および食品の汚染指標菌である大腸菌群が高率(13〜30%)に、また菌数も多く検出された。多いものでは104cfu/g 以上を示すものも認められた(表7)。

表5 腸管出血性大腸菌(EHEC)汚染状況(PDF:10KB)
表6 肝臓(内部、表面)、胆汁の大腸菌群および大腸菌数(PDF:28KB)
表7 胆汁中の腸管出血性大腸菌増殖性試験(PDF:10KB)

 

5. 牛レバーの生食禁止と今後の復活に向けて

牛レバーの生食について、肝臓内部および外部からEHEC O157およびVT産生遺伝子が検出され、また内部からEHECと同一菌種である大腸菌も高率に、菌数の多いものも認められた。本調査結果と生食用食肉の衛生基準設定経緯を考慮すると、牛肝臓の内部にEHEC O175汚染しており、厚労省が生食(レバ刺し)を禁止したことは止むおえない措置であったと考えられる。また、本設定に当たって肝臓の調理は中心部まで63℃、30分間(または同等以上)の加熱を行うことが必要であること、さらに消費者庁に対しても飲食店のメニューや商品などに適正な表示を行うよう依頼することが付け加えられた。さらに今回、牛レバーの生食が禁止されたが、牛肝臓の安全性が確保できる新たな知見が得られた場合、生食を復活することもあり得ることが示された。
 牛肝臓内部へのEHECの侵入・増殖については、カンピロバクターの汚染と同様に、腸管内に生息する菌が胆管を経由し胆嚢内に侵入・増殖し、さらに肝臓内の総胆管、毛細胆管に汚染する「上行性汚染」を示すと考えられる。今後、牛レバーの生食を復活するためには、生産農場でEHEC(特にO157 O26、O111など)を保菌しない、または保菌の少ない牛の生産を行うことが重要であり、この為には飼養・衛生管理マニアルなどを作成し、飼育することが必要である。さらに、衛生的に飼育され動物はと畜場で危害分析重要管理点(HACCP)方式に基づいてと畜処理することも大切である。
 なお諸外国では、食品(食肉・食鳥肉)中の病原微生物の防除対策として放射線殺菌を行っているところも見られ、わが国においても有効な殺菌方法の開発について積極的に検討する必要がある。
 最後に、生食用食肉(内臓肉を含む)による危害発生防止については、喫食を法的に規制する前に食肉関連業界・事業者また焼肉店を含む飲食店は十分な自主衛生管理に取り組み安全なものを消費者に提供すること。また、消費者自身も食肉・食鳥肉などの喫食に当たっては十分に注意し、健康被害を起こさないようにすることも最も大切である。

 

参考文献

  1. 品川邦汎:カンピロバクターをめぐる最近の話題 ―牛の内臓肉(肝臓)の汚染とその防止― JVM,60,895-899(2007)
  2. Reinstein,S. et al. :Prevalence of Escherichia coli O157 :H7 in gallbladdeers of beef cattle Appl.Environ.Microbiol., 73,1002-1004(2007).
  3. Jeong,K.C. et al. : Isolation of Escherichia coli O157 :H7 from gallbladder of inoculated and naturally-infected cattle. Vet.Microbiol., 119,339-345(2007).
  4. 重茂克彦、品川邦汎:日本国内における腸管出血性大腸菌保菌状況と分離菌竃薬剤感受性  JVM,62,807-811(2009).
  5. 食品安全委員会:食品健康影響評価のためのリスクプロファイル ー牛肉を主とする食肉中の腸管出血性大腸菌―, 2010年4月.
  6. 食品安全委員会 : 鶏肉中のカンピロバクター・ジェジュニ/コリ, 微生物・ウイルス評価書,2009年6月.
  7. 伊藤 武:カンピロバクタ―、HACCP:衛生管理計画の作成と実践、改訂データ編(熊谷 進ほか編)、中央法規出版、東京、(2003).
  8. 甲斐明美、小西典子:病原大腸菌, HACCP:衛生管理計画の作成と実践 改訂データ編(熊谷 進ほか編), 中央法規出版, 東京、(2003).

 

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