一般財団法人 食品分析開発センター SUNATEC
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常若の精神と食品の安全・安心を考える

一般財団法人食品分析開発センターSUNATEC
理事長 庄司 正

平成25年、伊勢神宮第62回式年遷宮という20年に一度の記念すべき年を迎えました。
 小生はこれまで腸炎ビブリオ食中毒及びカキのノロウイルス食中毒の原因究明の調査から、海から河川、そして河川流域の森林へと遡って行きました。特に森と海の接点である河川河口部(汽水域)の重要性に気づいたとき、宮川や神宮林を源流とする五十鈴川には広大な汽水域が存在することが解りました。
 式年遷宮関係の書籍が店頭に並び始めて、神宮と森の関係を学ぶと、神宮の食に関する儀式に関心が高まり、今回は神様のお食事(御饌)を通して食品の安全・安心のあり方について考えてみました。
 ※式年遷宮については、伊勢神宮HPで次の様に説明されています。
 「遷宮(せんぐう)とは、神社の正殿を造営・修理する際や、正殿を新たに建てた場合に、御神体を遷すことです。式年とは定められた年という意味で、伊勢神宮では20年に一度行われます。第1回の式年遷宮が内宮で行われたのは、持統天皇4年(690)のことです。それから1300年にわたって続けられ、昭和48年に第60回、平成5年には第61回が行われ、平成25年に第62回を予定しています。 神宮にとって永遠性を実現する大いなる営みでもあるのです。」

http://www.isejingu.or.jp/shikinensengu/shikinen-index.html

※伊勢神宮(神宮)は三重県伊勢市、SUANTECは三重県四日市市にあります。

 

【常若の精神】

小生が「常若(とこわか)、常若の精神・思想」という言葉を初めて知ったのはまだ6年前、野呂昭彦三重県知事(当時)の職員訓示でした。「平成25年に神宮は式年遷宮を迎える。社殿や御装束神宝などが20年に一度、全て新しく造りかえられることになるが、そこには、「常若」という考え方がある。常若は、常に若々しく美しいということを意味しているが、造りかえることで新しくよみがえる、1300年にわたって式年遷宮を繰り返すことでいつも若々しい。三重県庁が進めている行政、経営品質、率先実行など様々な取組みにもこの考え方を取り入れて行きたい」ということでした。
 ISO9001や経営品質向上活動を職場で展開する中で、職員が活き活きといつも輝いている姿を目標としてきた小生にとって、「常若」はまさに心に響く言葉でした。「人は誰しも、常に若々しく、瑞々しく、元気でありたいと思っている。従って、職員のその思いを引き出し、時代が求める価値を創造し続けるマネジメントがトップのリーダーシップである。」とは、小生が学んだ教訓でした。
 先輩から引き継いだ「仕事は楽しく、職場は明るく、志は高く」のモットーにも魂が入った気がしたものです。

※その後、『常若の「美味し国三重」』など、産業や観光など三重県の地域政策に「常若」が広く使われていきました。

 

【組織と人の常若】

ISO9001は組織にPDCAサイクルの仕組みを求めていますし、各種のマネジメントツールも同様です。しかし仕組みを動かす力がなければ改善ツールも絵に書いた餅となってしまいます。その原動力となるのが一人ひとりの思い、常若の精神といえるのかもしれません。
 時代の変遷とともに変わらなければならないこと、でも変えてはいけないこともあると言われます。どの組織も、職員の活発な意見が飛び交い仕事に活かされるという若々しい成長過程があったはずです。しかし、組織が大きくなり安定してくると、組織は硬直化に向かっていく。縦割りや垣根ができると小さなミスが見逃されやがて大きなミス、重大な事故に繋がっていく。まさに失敗学の教えですが、それを防止するには、顧客本位に基づいた喧々諤々の議論がいつも組織内で起こっていることが重要とされています。まさに常若の精神が脈々と根付いている組織と言えるのでしょう。
 産地偽装や表示の改竄などの事件が続発し「食品偽装列島」と報道されたのはまだ数年前のこと。消費者から信頼されるために、食品関係の組織には、まさに「常若」の精神が満ち溢れたマネジメントを期待したいものです。

 

【式年遷宮と人びとの思い】

式年遷宮の年とその翌年は、新しい社殿の神様にお参りするために、全国から神宮参拝者が激増するそうです。しかし、平成22年の末には、昭和48年第60回式年遷宮年の最高記録859万人を更新し860万人を超えたこと、式年遷宮以外の年で記録を更新したのは異例のことと神宮から発表されました。
 神宮の深い森の中を、玉砂利を踏みしめて御正宮に進んでいくと、次第に何ともいえない清々しい気持ちになっていきます。新しい御正宮に参拝する多くの人びとの常若の姿が見えるようです。平成17年の山口祭から始まり8年間にわたり準備されてきた式年遷宮行事も、本年10月、新しい神殿に大御神が遷御されます。いったいどんな年になるのでしょうか。

 

神様のお食事、御饌(神饌)から学ぶ

神宮には皇大神宮(内宮)と豊受大神宮(外宮)の両正宮があります。外宮の豊受大御神(とようけおおみかみ)は、内宮の天照大御神(あまてらすおおみかみ)にお食事を司るために迎えられたとされ、神々に供える食事(御饌:みけ)を司る御饌都神(みけつかみ)として、また衣食住の守護神としても広く知られています。豊受大御神は、食品事業者には非常に縁のある神様といえます。
 外宮では、毎日朝夕の2回、食事を司る日別朝夕大御饌祭(ひごとあさゆうおおみけさい)が行われています。小生はこの祭儀に関心をもち年末何回か外宮にお参りを重ねました。大御饌祭の時間に合わせての外宮参拝、せんぐう館、神宮徴古館・農業館を訪ね、御饌について学びました。特に驚いたのは、日別朝夕大御饌祭がこれまで1500年以上にわたり365日、毎日2回欠かさず続けられてきたということを知ったときでした。毎回続ける、繰り返すことでいつも新しい、ここにも常若の精神を感じたのでした。

(1)神宮の御饌(神饌)は、自給自足が原則
 毎日、神様に奉る御饌として、土器に盛られた御飯三盛、御塩、御水、乾鰹、鯛、海藻、季節の野菜・果物、清酒三献が「せんぐう館」に展示されています。上記日別朝夕大御饌祭の食事は、火鑽具(ひきりぐ)を用いて火を熾すところから始まり、毎回新しく用意されていること、そして食材は自給自足が原則で、そのための神供品調進所が設けられていることが分かります。
 ※神宮神田(米)、御塩殿(塩)、神宮御園(野菜・果物)、神宮土器調製所(食器)、御料干鯛調製所(干鯛)、神宮御料鰒調製所(熨斗鮑)が知られています。
 お米は神宮の神田で作られます。鰒や鯛の漁場も特定の場所ですし、熨斗鰒(のしあわび)や干鯛(ひだい)の加工も伝統的な作法に基づいて行われています。
 小生も米と野菜・果実の一部を自給していますが、旬のものをいつも瑞々しく味わうことができます。熟れた果実を木から採って食べる幸せはまさに自給の賜物で、虫食いなど見てくれが悪くても気にすることもなく「安心して食す」こと、安心感がどんなものかよく分かります。
 もちろん自給できなくても、小生のような素人ではなくプロが作った高品質の食品を手に入れることができます。しかし、安心するには、産地・表示偽装を許さない信頼できる情報提供に基づいて、生産や加工のプロセスが確認できる仕組みを手に入れることが不可欠です。そう言った意味では、自給自足の原則は、究極のトレーサビリティーを備えた安心システムと言えるかもしれません。

(2)新鮮なもの、安全なもの
 御饌は、やはり特別なものであったとしても、直会(なおらい)として儀式の終了後に神官など人がいただいてきたものです。季節の野菜・果物に見られるように新鮮で瑞々しいもの、鯛も夏は干魚に代わるなど腐敗や食中毒予防の備えがなされています。
 また神嘗祭(かんなめさい)の御饌(由貴大御饌:ゆきのおおみけ)など特別のお祭りでは日別の食品だけでなく、鰒などのご馳走が供えられるそうです。具体的な食品の入手場所やそのつくり方が、伊勢市倉田山にある神宮徴古館と農業館で紹介されています。1500年以上にわたって神様に供えられてきた食品の数々を見渡すと、あの食品が入っていない、こんな食品が・・・様々な思いが凡人の頭を駆け巡ります。

(3)自然と人の共生のあり方
 現在の私達は、高度な農業技術を手に入れ、また世界各地から多くの食品や食文化を輸入し、本当に豊かで贅沢すぎるほどの食生活を送っています。豊かな食生活をますます「足らす」ために、日本の食糧自給率はエネルギー換算で約40%になってしまいました。
 しかし、御饌は、1500年以上にわたり自給自足を原則とし、地域で自給される特定の食品に限られ、それを今日まで守り続けられてきたことに驚きます。
 しかも基本的な御饌は、御水、御飯、御塩で、明治以前ではこれらを中核とした質素なもので、人の食生活が豊かになるにつれ今日の御饌になったと聞いています。
 御饌がこのように承継されてきたことは、これらの食品を生産する自然と人の営みが今日まで維持されてきたことを物語っています。欲を程々にして満足する、つまり「足りる」ことを旨とする食生活・生き方、それは稲作を中心とした地域で生産できる作物を食料とする人の営みであれば、それはずーと永続されていくこと。日本や日本人がいのちを永遠につないでいけると教えているのではないでしょうか。水稲は連作ができます。高温多湿の日本では、人の営みが続く限り、水田は永遠に米の生産を約束してくれます。

(4)式年遷宮とトキの羽根
 他方、式年遷宮も、回を重ねる度に材料の入手が難しくなってきたと聞きます。例えば、新しく作られる御神宝、須賀利御太刀(すがりのおんたち)の柄に美しいトキの羽が使われてきましたが、それが今日では非常に入手が難しいことを、私たちも簡単に理解できます。絶滅の危機に瀕しているトキやコウノトリを野生で復活させようという今日の人々の取組を見ると、かつての日本における自然と人の営みがどのようなものであったかを窺い知ることができます。
 ほんの半世紀前までは、日本各地に森、里山、川、小川(水路)、水田の流れがあり多様な生物が生息していました。しかし、高度成長期以降に生まれた人にとって、トキやコウノトリが棲むそのような環境は、もはや童謡歌「どじょっこふなっこ」「ふるさと」の歌詞の世界でしか知ることができなくなりました。トキの羽根の入手困難は、自然と人の営みについて、このままでいいのか、何かを警鐘しているのではないかと思えてなりません

 

日本人の誇り

昨年4月、外宮にオープンした「せんぐう館」では、外宮正殿の一部原寸大模型の美しさに目を見張ります。式年遷宮及び神宮に関する数々の素晴らしい展示とナレーションは、日本や日本人の原点を考えさせてくれます。森と神殿の関係、古代の建築様式を伝える技術や御神宝の製造工程は、まさに「ものづくり大国日本」の原点を見る思いがします。
 松阪に住む小生にとって神宮は、小さい頃から何度もお参りしてきた存在ですが、改めて神宮や式年遷宮について勉強すると、とてつもなく長い歴史を感じるだけでなく、日本人が大切にしてきた営み、これからの厳しい国際社会にあっても日本人が守り続けなければならない誇りのようなものに気づくことができました。特に今回は、食品関係者として日本人の食の原点についてあれこれ考える幸せな機会を神様から授かったようです。
 堺屋太一さんが提唱されたという「還暦伊勢参り構想」。小生も中学の同窓会で揃って還暦伊勢参りをしました。初めて御神楽を奉納し特別参拝(御垣内参拝)を経験しました。凛とした清々しい精神の高揚、これまで経験したことのない豊かな気持ち、素晴らしい常若に気づくお参りでした。

 

参考文献

・「水と森の聖地、伊勢神宮」 稲田美織著 日経印刷(株) 2011年
・「永遠の聖地伊勢神宮」 千種清美著 (株)ウェッジ 2010年
・月刊誌「ひととき」 (株)ウェッジ
・ホームページ
 ・伊勢神宮       http://www.isejingu.or.jp/
・検索キーワード 「伊勢神宮&矢野憲一」
※矢野憲一さん(元神宮奉職員、NPO法人五十鈴塾塾長)の著作多数

 

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