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ポジティブリスト施行後6年経過して
東海コープ事業連合商品検査センター
技術顧問 斎藤勲

「食品衛生法等の一部を改正する法律」で、ポジティブリスト制度が平成15年(2003年)5月30日公布され、公布後3年以内に導入することとされました。その結果、ぎりぎりの平成18年(2006年)5月29日に施行されました。ちょうど3年以内でした。
 食品中に残留する農薬等については、これまで食品衛生法に基づき残留基準を設定していましたが、従来のネガティブリスト規制(原則規制なし、規制するものには基準値設定)では残留基準が設定されていない農薬等を含む食品に対する規制は、高濃度汚染を除いて困難であるという問題がありました。本来、農薬は生産現場で使用されるものであり、農産物管理は食品衛生法の範疇ではありません。農林水産省が適用作物を決めて、生産者が適正に使用するならばほとんど問題の起こることはありませんし、毎年農水省が実施している農薬使用状況、それにともなう残留農薬検査の結果(国内産農産物における農薬の使用状況及び残留状況調査結果について:http://www.maff.go.jp/j/press/syouan/nouyaku/110411.html)を見ても、そういった状況は確認できます。しかし、全員が意識が高いわけではなく、一部の理解が低い方のところで生産された農産物が検査に引っかかり問題となる事例は発生しています。通常でも起こりうることとして、他山の石としていきたい事例です。
 ネガティブリスト制度で問題となるのは、海外から輸入するものです。1980年頃問題となったのは、海外からから輸入される玄麦に、収穫後倉庫保管時や輸送時に使用されるいわゆるポストハーベスト農薬の残留でした。収穫後の使用でかつそれなりの効果を期待しますから有機リン系殺虫剤マラチオン、フェニトロチオンがppmオーダーで検出されます。当時の食品衛生法の残留基準は有機塩素系、有機リン系農薬を中心に26農薬、59対象食品しかなく、しかも国内での主たる使用を対象に設定された基準のため、当然小麦に基準はありません。お米などは0.1ppm、0.2ppmという基準があり、即基準違反で回収です。当時、地方衛生研究所で農薬分析を担当していた私は、行政検査で収去されてくる米国、オーストラリア、カナダ、国産の玄麦を検査していて、それぞれの国の使用状況、残留実態の違い等勉強になる面も多かったですが、行政上対応できない矛盾も実感したものです。
 消費者の間にも、輸入食品の増大や食品中への農薬等の残留に関する不安が高まり、署名活動や規制強化が求められ、それらの背景も受け、平成7年国会で食品衛生法改正の際に、ポジティブリスト制度の導入の検討をする旨の付帯決議がなされ、厚生労働省の懸案となりました。
 この状況を決定的に変えたのは、2002年の中国産冷凍ほうれん草からクロルピリホス(生ほうれん草の基準は今の一律基準と同じ0.01ppm)等残留問題と国内での無登録農薬使用問題です。従来輸入時の残留農薬検査は農産物を中心に行われており、ブランチング等簡易な加工処理をした食品は主たる検査対象とはなっていませんでした。原料管理がされていれば良いとの考え方もあったのでしょう。輸入食品への不安を増大し、更に、国内では、登録失効した農薬等を海外から輸入して使用していた事件が、西洋梨の残留農薬検査などから発覚しました。農薬は使用できるようになるまでに、安全性や代謝分解、環境動態など多くのデータを使って評価されたものだけが使うことができます。主成分は同じ名前でも他にどんなものが入っているかわからないものを農薬として使用するのは、かなり危険なことです。
 2003年急遽、食品安全の基本となる食品安全基本法が制定され、それに伴い食品衛生法、農薬取締法も厳しく改正されました。そして、平成18年(2006年)5月ポジティブリスト制度の施行です。カタカナ文字がそのまま法律文に使われるのは珍しいことですが、良い日本語訳が無かったのでしょう。
 ポジティブリスト施行後6年、800を越える動物用医薬品を含む農薬などに残留基準が制定され、当時国内に基準が設定されていなかった部分は海外で安全性を担保して設定された基準をそのまま準用して暫定基準として採用したものも、国内で評価が行われ順次本基準に移行しつつあります。
 この6年間で、生産現場ではドリフトなどによる一律基準0.01ppmを超えないような、散布技術の改良、農薬の適正使用と記帳など進んでいます。しかし、適用作物でない限り農薬残留には一律基準が適応されますので、基準値の違いによる後作残留の問題も含め国内でも件数は多くはありませんが基準超過事例は発生しています。
 海外では規制が異なるせいや、生育環境がいまいちよくわからない状況もあり、特に一律基準違反は発生しています。コーヒー豆(生)の残留農薬(多くが一律基準超過、焙煎すれば検出されなくなるものも多い)では、一時期ある銘柄のコーヒー豆が品薄になるような事態もありました。生産現場というよりもそれ以降の移遷などの問題が大きく関与しますが、食品衛生法上はどこから来ようと最終食品に農薬と同様のものが残っていればそれは処分対象となります。
 昨年の3月11日以降の福島原発による食品の放射性物質による汚染問題に多くの国民の関心事が移ってしまっている中、食品の残留農薬問題は一見落ちついているような様相ですが、改善されているとはいえ無くなったわけではありません。絶えず何かが食の不安の対象として必要ということでしょうか。
 生産段階、流通段階での努力は、基準違反をすれば即回収、信用失墜など被害として返ってきますから、この6年間で相当品質レベルが上がったと思います。しかし、食品衛生法第11条の3項には、「農薬、飼料添加物、動物用医薬品が、人の健康を損なうおそれのない量として厚生労働大臣が薬事・食品衛生審議会の意見を聴いて定める量(一律基準)を超えて残留する食品は、これを販売の用に供するために製造し、輸入し、加工し、使用し、調理し、保存し、又は販売してはならない(成分規格のあるものは除く)。」(一部変更)と書いてあります。この文言は、想定外のことがこれからも起こりうるわけで、それが改善されるまでは、その商品を捨てて供給が出来ない事態は続くわけですから、重い法律ではあります。
 特に一律基準超過は、11条3項違反ですが、それは決して安全が損なわれたわけではなく、もしその食品を腹いっぱい食べて体調が悪くなればそれは恐らく食べ過ぎのためでしょう。基準超過による法律違反=信頼が損なわれたために、コンプライアンス上、回収など措置がとられているということを、もう一度肝に銘じて理解し、はたしてこのままで良いのか、今後の運用についても考えていきたいと思っています。

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