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官能評価の信用性と適切な活用法
味覚と食嗜好研究所 代表
山口静子

1.はじめに

食はグローバル化し、新製品、高級品、低価格品が氾濫し、天然食品まで人の欲望に合わせて改変可能になっている。一方、地産地消や伝統食品の重要性も叫ばれ、健康、安全性、環境、倫理などを含め、人は何を如何に食べるべきかが問われている。食の選択・摂取を大きく支配するのは人の感覚や好みであり、食品の感覚特性や好みを人の感覚を用いて測定する官能評価の役割と責任はますます重くなっている。官能評価は誰でも実施すれば結果が得られるので、安易な方法と思われがちであるが、正しく用いるのは難しい。生兵法は大怪我の基、結果に責任を持とう、は官能評価の草創期に先人たちが繰り返し唱えていた警句である。誤用や乱用は官能評価の信用性を下げるのみでなく食の方向性まで左右する。官能評価では、何(試料とその特性)を、どういう人(パネル)が、どのような条件(環境)で、どのように味わい(評価方法)、得られたデータをどのように解析(統計的方法と結果の解釈)するか、のすべてがいかに周到に配慮されたか、に結果の妥当性と信用性がかかっている。その基礎知識を原点から学ぶには今なおバイブル的な文献1-3)を参照されたいが、知識だけでなく経験が重要である。ここでは筆者の経験から見た食品に関する官能評価で留意すべき点について述べる。なお、実験の進め方は齋藤 希氏、データ解析については内田 治氏の論文が同時に掲載されるのでそれら参照されたい。

2.測定の対象

食品の官能評価が特に難しいのは食品が複雑系であることと五感のすべてが関っていることである。実験者は無数の特性を考慮しつつ、目的に合わせて限られた数の的確な質問項目を設定しなければならない。それには評価に際して少なくとも以下の特性が瞬時に脳裏に浮かぶようでなければならない。
2−1.質的な特性
 外観には、色、形、大きさ、つや、キメ、透明感、組織などがある。外観は食べる前に品質を予測する手掛かりを与えるが、他の特性を評価するときはそれに支配されないようにする。
 香りは無数の種類がある。鼻孔から直接嗅いで感じる香り(前鼻腔性嗅覚)と口腔を通して感じる香り(後鼻腔性嗅覚)があり、後者は味と一体となって風味として感知される。
 味は、甘、塩、酸、苦、うま味が5基本味とされ、辛み、渋み、えぐ味なども広義の味に含まれる。同じ基本味でも物質によって微妙に質が異なり僅差が問題となる。弱くて曖昧な味成分も無数に存在しそれらが総合された味はこくや広がりなどと関連して成分の豊かさや基本味だけでは構成できない食品らしさを与える。その中にはアミノ酸、ミネラルビタミンなど身体に必要な無数の微量成分が含まれている。油脂にはっきりした味はないが、加熱香気が風味に寄与する。
 テクスチャーは食感ともいい、かたさ、粘性、弾力性、付着性などの物理的物性、粒子の形や大きさ、方向性などの幾何学的性質、水分、油脂などが引き起こす感覚が含まれる。
2−2. 強度 
 閾値:感覚を引きおこす最小の刺激量(濃度など)で、検知閾と認知閾が区別される。前者はコントロール(例えば水)と区別できる最少の刺激量、後者は質(例えば、甘い)まで認知できる最少の刺激量をいう。閾値は測定法によって値が大きく変るので、結果は方法とセットで見る必要がある。
 弁別閾:閾値より高い濃度で、違いが感知できる最小の刺激量の差をいう。弁別閾は刺激量に比例する(Weberの法則)。食品の微妙な味を鋭敏に味わい分けられるためには味付けは強すぎないことが肝要である。
 閾上感覚強度:刺激量の対数に対して直線的に増大する(Fechnerの法則)。マグニチュード推定法(どちらがどちらの何倍強いかを答える)の場合は濃度のベキ乗に比例する(ステーブンスのベキ法則)。
2−3.相互作用
 2種以上の味物質を同時または継時的に味わったとき、いろいろな相互作用が引きおこされる。レモンの酸味が砂糖で弱められるのはマスキング、ショ糖の甘味が少量の食塩で強められるのは対比である。最も顕著な例はグルタミン酸とイノシン酸の間の相乗作用で、共存するとうま味は著しく増強される。これは前者を多く含む植物性食品と後者を含む動物性食品の間でも引き起こされ、単独では閾値よりはるかに低い濃度でもうま味が発現するので、組み合わせは重要である。うま味物質や出汁の添加によって相乗作用のために食材の評価が大きく変ることがある。味は固形物中では溶液より弱くなるがその程度は物質によって異なる。食品は1つの成分のみで成ることもなく、それだけで味あわれることも少ない。食のすべてが関係の中で成り立っている。
2−4. 時間的特性 
 感覚は時間軸にそって展開する。例えば酸味は口に含むと速やかに発現し急速に消失することによって口腔をすっきりとさせ、うま味は長く持続し余韻を楽しませる役割をする。甘味物質でもグリチルリチンやソーマチンは持続性が大きい。固形物では咀嚼から嚥下にいたるまで破壊と唾液の混合によって構造が変化し、味や風味もそれに伴って刻々と変化する。麺類も食べ始めと終わる頃では食感が大きく異なるが、終始同じならいいわけでもない。即席麺の麺だけの改良に5年もかけたという話もあるが、生き残る商品というのはそういうものである。喉越しのよさと飲み込んだ後の後味のよさも重要である。口に含んでから後味までの感覚の変化を刻々記録し、時間-強度曲線(T-I曲線)として捉える方法もある。
2−5.快・不快、おいしさ
 甘味、塩味、うま味は生得的に快、酸味、苦味は不快とされ、後者への嗜好は学習によって獲得される。香りへの快・不快はほとんど後天的とされる。どの特性も食品によって最適な強度があり、それを測定するのも官能評価の重要な課題である。おいしさは上記のすべてが関わって引き起こされる快い感覚であるが、食べる人の体調、好み、経験、食文化、さらに言えば品格、まで関ってきて個人差が大きい。JISにはおいしさとは、摂取したとき快い感覚を引き起こす食品の性質、とされている。これは工業規格の見方であるが、実際は食品に確定できる特定の性質が備わっているわけではなく、人の意識に生ずるものである。しかし食品にはおしいしさという特性があると考えている人も意外に多く、それを直接測る機械を開発するための予算が通ったので何を測ればいいのかと質問されたこともある。
2−6.学習、慣れ、飽き
 官能評価の導入期(当時は官能検査と呼ばれていた)、コーラやクサヤの干物などは官能検査の対象外とされた。今でいえばブルーチーズなども同様で、新しい食品に対する嗜好を形成するには学習期間が必要である。しかし、新製品や新食品が次々に開発されている現代、食べなれたものとそうでないものの境目をどこに置くかは難しい。官能評価は万人が食べなれたものしか評価できないとして、識別試験や特性の強弱大小の比較ばかりやっていればすむわけではない。名曲でも繰り返し鑑賞することによって、はじめてよさが理解できるものが多いが、ワイン、ブランデー、伝統ある食品はほとんどである。反対に、最初から口当たりがよい食品は、飽きやすい場合が多いことも注意すべきである。しかし短期で繰り返しテストを行なっても飽きなどは簡単には捉え難く、現在の官能評価では難しい問題である。

3.試料の調製

試料は正確かつ公平に調製されなければならないが、それを実行するのは想像以上に難しい。
3−1.水溶液での評価
 呈味成分などを溶液やモデル系でテストする場合、濃度はモルか、重量または容量%(w/w,w/v、v/v)のいずれかに決める。分子や化学構造との関係を考えるときは前者がよいが、食品においては直感的に摂取量に結びつく後者の方が実用的である。試薬や溶媒の水の純度はとくに重要である。硫酸キニーネは1.5ppmまで識別でき、相乗作用を引き起こせばグルタミン酸ナトリウムもほぼ同じくらい識別できる。感度のよいパネルなら食塩水では1%差、つまり100mlの水溶液を調製するとき水の量が1ml違っても差がつくのである。
3−2.調理をする場合
 呈味成分の評価では適切な料理に添加し無添加との比較を行なう。比較するものは同じ条件で同時に調理し、正確に秤量し呈味成分が均一に混ざるようにする。天然食材の場合は同じ食材でも脂肪含量や組織の状態などによって煮え方が異なり、個体差、部位差もあるので場合に応じた工夫が必要である。水分の蒸発量、調味料の浸透具合、煮汁の量、調理器具に付着する調味料の量なども管理し記録する。味噌汁などは、お椀に盛りつけてから常温になるまでに、6%程度水分が蒸発する。盛りつけも、比較する物どうしが同じ温度になるように配慮する。言うは易いが実行は難しい。正解試料の溶液を入れたビーカーの位置が空調機に最も近かったために僅かな温度差で全員正解になったこともあった。予期せぬ誤差にも細心の注意が必要である
3−3.調理の必要性 
 野菜などは調理が面倒で、生で評価すれば素材そのものを純粋に比較できてよいと思われるかもしれないが、調理すべきものは調理して素材のポテンシャルを発揮させて評価しなければならない。筆者らはあるタマネギを生で評価したら、辛みや刺激が強く、それらが弱い方が好まれたが、調理したときは辛味も刺激もなくなり本来の持ち味が生かされて大差がついた。ある人参の比較では生では差がつかず、市販のコンソメで煮た場合と鰹出汁で煮た場合では僅かではあるが評価が逆転した。そこで0.01%のイノシン酸を加えて煮ると、鰹出汁で高く評価されたものが大差で高く評価された。分析値で見るとその方がグルタミン酸の量が0.01%ほど高かった。一面だけで評価すると価値を見損なう恐れがある。これは天然食品だけでなく、調味料などの加工食品でも同様である。

4.用語と尺度

4−1.評価用語
 3で述べた質的な特性は単に甘い、苦い、などばかりでなくそれを形容する言葉によって評価される。同じ甘味でも、すっきりした、くどい、まろやか、など微妙に差がある。言葉の選定には文献や業界独自の用語もあるが、大切なことは実際の試料を的確に表現できる言葉を選ぶことである。複数の人が実際に試食して集められた言葉を整理し、パネルに分かりやすい言葉に集約する。みずみずしいと水っぽい、あっさりしたと味気ないなど、似て非なる言葉は使い方によって評価を逆転させるので慎重に扱う。水っぽいきゅうりがみずみずしいという言葉のために高く評価されたこともある。食品では特に重要なうま味は、グルタミン酸ナトリウム、イノシン酸ナトリウムなどを代表とする物質によって引き起こされる味覚(JIS Z8144:2004)とされているが、食品中ではうま味物質そのものの味として感じられるわけではなく、出汁や肉汁様の味として感じられる味で、こく、広がり、まろやかさを伴うことを体得していなければならない。また油脂によるこくやまろやかさと混同されやすいことにも注意が必要である。
4−2.評価尺度
 特性の強弱大小は5段階、7段階、場合によっては10段階以上の評価尺度や、目盛りのない直線尺度などで評価される。試料間の差の大きさ、パネルの能力など、回答しやすさなどを加味して設定する。

5.官能評価でいえること

5−1.再現性 
 経験的にも保障できるのは、もし実験の条件が同じならば、再現性(ある信頼限界のなかで)のある結果が得られることである。例えば、筆者は試薬、水、試飲カップはじめ試料の提示方法や実験環境などの条件を厳密に揃えて3点識別試験法で日米で味覚の閾値(検知閾)の比較を行なったが結果は驚くべき一致をみた。一般に分析型の評価は実験法が適切ならば信用性の高い結果が期待できる。
5−2.よいものはよいと評価されるか
 しばしば誤解されるのは、官能評価によって物の価値が測れると思われることである。例えば、1万円のワインと千円のワインを一般人が評価し、後者の方が有意に好まれたとしても、評価者がどう感じるかを知る目的ならば間違いとはいえない。しかしワインの価値を問題にするならば妥当性は問われる必要がある。科学的に証明することは難しいが、食品には素材、製造技術などから見て自づから優れたものとそうでないものがある。しかし必ずしも優れたものが高く評価されるわけではない。例えば蒲鉾、ソーセージなどでも高級品と大衆品を一般人で評価すると、むしろ大衆品の方が高く評価されることが多い。音楽や演技も同様であるが大衆受けするものとそうでないものは着眼点と価値観が違うので同列に扱うことはできない
5−3.多数決原理の限界
 昔ながらの栄養価の高い人参と大量生産の人参を比較すると前者は人参臭く、クセがあるために評価の平均値は低いが、人参を好む人には高く評価された。普通の人参の比較で、評価の低かった方に砂糖を加えて評価すると同等な平均値が得られた。多数決原理で行くと食べなれて初めておいしくなるものや、真に優れた品質のものは生き残っていくことができない。
5−4.感覚的な快と認知的な快
 市販の野菜果物ジュースに砂糖を5%添加して比較したら、甘すぎるとは評価されながらも、より好ましいと評価された。甘味の強さの異なるものを少量を味わえば、甘味はそれ自身が快の感覚であるために、その食品としての味のバランスや実際に食する場合は考慮せず、感覚的な快感で判断されるのは当然で、メーカーはそういったことも加味して味を決定しているのである。しかしなお、世の中の食品は押しなべて甘味化や高脂肪化が進行していることには官能評価も若干加担しているのではないかと思われる。この節に関しては文献4以下も参照されたい。

6.評価者と実験者

原則的には誰でも消費者であるから食品を評価する資格があるが、官能評価では分析型と嗜好型に大別され、嗜好型パネルには感度は問わないが、分析型では少数でも選定と訓練を受けた人が用いられている。酒類、お茶、コーヒーなどそれぞれの分野では高度の訓練を受けた品質鑑定能力の高い専門家パネルもある。評価の質の向上のためには専門パネルの育成も重要である。分析型パネルは味覚感度テストなどで選ばれ、若干の訓練を施されるが、百戦錬磨を受けた専門家パネルほど鍛えられるわけではない。しかし、食べるのは消費者であるからナイーブな人の評価も必要である。パネルによって結果が違うのは当然である。重要なことは、その結果はどういう人が評価したものであるかを明示することである。しかし最も重要なのは官能評価を計画し、実行を指揮し、得られたデータを解析し、結果の解釈をして意思決定に繋げる実験者である。実験者は優れた感度、品質鑑別能力、そして結果の解釈には、データの統計学的解釈のみならず、現実に即してすべてを総合して読み取る技術的判断ができなければならない。官能評価はやる人によって結果が違うから信用できないという人もいるが、名医も藪医者もいるから医学は信用できないというのと同じである。

7.おわりに

官能評価はやらなくても自らの感覚を磨いて独自の商品を開発し、材料を吟味し、分に合った量だけ作り、客が絶えない巷の店もある。大企業には商品作りのベテランもいる。いずれにせよ優れた食品は鍛え上げられた感覚によるものである。官能評価もやるからにはプロフェッショナルでなければならない。
参考文献

1.日科技連官能評価委員会(編):新版官能検査ハンドブック、日科技連出版社、1973.
2.佐藤信:官能評価入門 日科技連出版社 (1978)
3.佐藤信:統計的官能検査法 日科技連出版社(1985)
4.うま味の基本特性とおいしさへの寄与. 日本味と匂学会誌, 15, 145-158 (2008)
5.官能評価から野菜のおいしさを考える. 日本醸造協会誌 103,163-171 (2008)
6.官能評価の信用性に関する一考察. 日本調理科学会誌, 42, 1-8 (2009)
7.官能評価の現代的役割と責任. 日本官能評価学会誌, 13, 3-8 (2009)
8.官能評価とは何か,そのあるべき姿. 化学と生物, 50, 518-524 (2012)

略歴

山口静子(Shizuko Yamaguchi)
日本女子大学家政学部(現理学部数学科)卒業後30年余り味の素株式会社研究員/ 1997年東京農業大学応用生物科学部栄養科学科教授/2008年味覚と食嗜好研究所代表.現在に至る.この間1987年米国カリフォルニア大学デービス校客員研究員, 1970東京大学農学博士

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