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![]() 放射性物質の新基準値が施行されて〜注目される点や今後の課題など〜
![]() 静岡県立大学 食品栄養科学部
米谷民雄 (国立医薬品食品衛生研究所名誉所員) 1.はじめに放射性物質の新基準が今年4月1日から施行され、2カ月が経過した(本文は4月末に執筆)。当然予想された事態がすでに起きている。そこで、現時点での注目点や課題などを整理してみた。新基準値の内容も記載しているが、よくご存じの方は、前半部分は読み飛ばしていただきたい。
2.新基準値設定の経緯 旧暫定規制値は、原子力安全委員会が平成10年に設定した「飲食物摂取制限に関する指標」の数値をそのまま採用したもので、基になった年間被曝線量は放射性Csで5 mSvである。「指標作成の考え方」の中には、これは「飲食物中の放射性物質濃度の安全基準ではなく、災害対策本部等が地域住民に対して飲食物の摂取制限措置を講ずることが適切であるか否かの検討を開始する目安である」と明記されており、厚生労働省も暫定規制値はあくまで緊急時の基準であることを強調してきた。
そのため、いずれ正式な基準値が設定されることが予想されていたが、2011年10月28日に厚生労働大臣が記者会見で、目安とする年間被曝線量を1 mSvに引き下げた新基準値を2012年4月から適用することを表明した。緊急時に内部被曝として5 mSvであったため、おさまった時期(こう考えられるかは疑問もあるが)の被曝線量限度としては国民にもよく知られている数値である1 mSvを採用するしかないのであろう。 3.食品安全委員会による食品健康影響評価実はその前日(2011年10月27日)に、食品安全委員会が「食品中に含まれる放射性物質の食品健康影響評価」の結果を厚生労働省に通知している。(1)一般生活で浴びる放射線量を除き、生涯累積線量が100 mSv以上で健康影響が見られる、(2)小児では、より放射線の影響を受けやすい可能性がある、(3)100 mSv未満の健康影響については言及困難、という内容であった。また、規制値設定等のリスク管理に関しては、この評価結果が生涯における追加の累積線量で示されていることを考慮し、食品からの放射性物質の検出状況、日本人の食品摂取の実態等を踏まえて行うべきとした。そのため厚生労働省としては、生涯累積線量を考えると年1 mSvを採用せざるをえず、また、乳(幼)児食については特段に注意を払う必要があった。
4.新基準値の設定法 図1に暫定規制値と新基準値を示す。食習慣の違いによる影響をなるべく少なくするためには、食品カテゴリーは少ない方がよいとの考えに基づき、食品カテゴリーは従来の(1)飲料水、(2)牛乳・乳製品、(3)野菜類、(4)穀類、(5)肉・卵・魚(魚介類)・その他から、(1)飲料水、(2)牛乳(乳製品は除く)、(3)一般食品に減らし、特別に考慮した(4)乳児用食品が加わった。
![]() 図1.食品中放射性セシウムの暫定規制値と新基準値 厚生労働省ホームページ 新しい基準値の設定(ダイジェスト版)リーフレットより抜粋 (http://www.mhlw.go.jp/shinsai_jouhou/dl/leaflet_120329_d.pdf) 規制する放射性核種としては原発からの放出量が試算され、かつ半減期が1年以上の核種すべて、具体的にはCs-134、Cs-137、Sr-90、Pu、Ru-106とした。しかし、これらを個別に測定するのは負担が大きすぎるため、それらの寄与をすべて含めて考慮するが、基準値は放射性Cs(Cs-134+Cs-137)の数値のみで示すこととされた。今年度から、放射性Cs以外の核種を含めた食品中放射性物質の精密測定が予定されており、その結果で新基準値の妥当性が検証されるであろう。 最初に飲料水の基準値として、WHO飲料水水質ガイドラインで示されている10 Bq/kgが採用された。これは年間線量レベル約0.1 mSvに相当する放射性Csのレベルである。 ついで、一般食品に割り当てる線量につき、年齢区分別の食品摂取量や食料自給率(50%を採用)などを基に試算された。その結果、最も数値が低く出たのは13〜18歳男性での120 Bq/kgであったため、切り下げた100 Bq/kgを全年齢での一般食品の基準値とした。牛乳と乳児用食品はほとんど国産であるため自給率を100%とし、基準値を半分の50 Bq/kgとすることで、食品安全委員会の答申に対応した。 施行は2012年4月1日からであるが、流通期間が長い米と牛肉では2012年10月から、大豆は2013年1月から切り替わる。海外の基準(コーデックス、EU)では一般食品の放射性Csの限度値が1,000〜1,250 Bq/kgであるのに対し、わが国では100 Bq/kgと1桁厳しい値である。これは汚染食品の割合を海外では10%としているのに対し、わが国では50%としていることが最大の理由である。自国で事故が発生するとこうなってしまう。 5.製造・加工食品における基準値適用法 新しい基準においては、一般的な製造・加工食品では原材料と製造・加工食品の、両方で基準を満たすことが原則である。しかし、2011年に大きな問題となった下記の2つの食品群については、最終的に食する(使用する)形で基準値が適用される。大騒動の教訓である。
1)茶、こめ油など(実際の食品形態が原材料と大きく異なる) これらは原材料の状態では、基準値は適用されない。 茶は飲む状態で飲料水の基準値10 Bq/kgが適用される。飲料水の代替となる役割を考慮したためである。なお、茶とはチャノキの茶葉のものに限定され、かつ発酵工程を経た茶葉は除かれている。また、抹茶や粉末茶のように粉末で販売されるものは、粉末そのものを摂取するとして、粉末状態で一般食品の基準値が適用される。 食用サフラワー油、食用綿実油、食用こめ油、食用なたね油については、油脂の状態で一般食品の基準値が適用される。 2)乾燥食品で水戻し後に食する食品(乾燥きのこ類、乾燥海藻類、乾燥魚介類、乾燥野菜など) 乾燥前の状態と食する状態(水戻し後)において、一般食品の基準値が適用され、乾燥した状態では適用されない。なお、水戻し後の測定については、乾燥品で測定し重量変化率を用いて換算してもよい。ただし、「のり」や「干しぶどう」など、乾燥状態でそのまま食する食品には、原材料と乾燥食品状態のそれぞれで一般食品の基準値が適用される。 6.監視のための検査方針(食品中の放射性物質に関する
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年・月 | 品目 | 生産国 | 検出値 | 担当検疫所 |
20・8 | 乾燥カバノアナタケ | ベラルーシ | 401 | 成田空港、行政検査 |
20・10 | 生鮮アンズタケ | ベラルーシ | 450 | 成田空港、行政検査 |
21・8 | 原料用果汁 (BLUEBERRY JUICE CONCENTRATE) |
ポーランド及びウクライナ | 440 | 川崎、自主検査 |
21・9 | 生鮮まつたけ | スウェーデン | 496 | 関西空港、行政検査 |
21・11 | 乾燥きのこ(YELLO TRUMPET) | スウェーデン | 776.7 | 成田空港、行政検査 |
21・11 | 乾燥きのこ(TRUMPET CHANTERELLE) | スウェーデン | 543.3 | 成田空港、行政検査 |
21・12 | オーガニックブルーベリージャム | フランス | 500 | 国内流通品 |
24・4 | ブルーベリージャム3種 | オーストリア | 140,180,220 | 千葉、自主検査 |
(原産国はポーランド) |
1) 厚生労働省:食品中の放射性物質に関する「検査計画、出荷制限等の品目・区域の設定・解除の考え方」の改正について
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000024vrg.html
2) 寺田 宙ら:基質〜キノコにおける放射性セシウムの移行性 日本衛生学雑誌67(2) 316 (2012)
3)農林水産省:茶についてhttp://www.maff.go.jp/j/kanbo/joho/saigai/cha_situmon.html
4):Translocation and depuration of 137Cs in tea plants. J. Radioanal. Nucl. Chem., 218, 263-266 (1997)
5)厚生労働省:「緊急時における食品の放射能測定マニュアル」に基づく検査における留意事項について http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000019v70-img/2r9852000001a0nj.pdf
京都大学薬学部卒、同博士課程修了(放射性薬品化学専攻)。環境庁国立公害研究所を経て、国立医薬品食品衛生研究所に勤務。食品部でチェルノブイリ原発事故後の輸入食品に対応。その後食品添加物部室長・部長および食品部長として、既存添加物制度や農薬等ポジティブリスト制度の確立に研究サイドの中心として対応。2008年4月同研究所名誉所員。現在、静岡県立大学食品栄養科学部・食品栄養環境科学研究院特任教授。
(e-mail:maitani@u-shizuoka-ken.ac.jp)
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