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低線量放射線の健康リスク
大分県立看護科学大学教授
甲斐倫明

1.被ばくとは

東日本大震災に伴う福島第一原子力発電所の事故は大気、土壌および海洋河川の放射性物質の汚染によって人への健康影響が社会的な関心事となった。これを受けて、ネット上では、「放射能被爆」といった言葉が使用されていたりする。放射線に関連する基本的な用語である「被曝」は正体がわかりにくい代表的なものである。「被曝」とは、Exposureという英語を翻訳したもので、化学物質のExposureであれば「曝露」と訳される。そのため、放射線特有のニュアンスが「被爆」(原爆に被災すること)との誤解から生まれ、物理的に正しく理解することを妨げている。法律ではこの誤解や誤用を避けるために「被ばく」という用語が利用されている。本稿ではこの表記を用いる。
 放射線には様々な種類があるが、福島の事故で問題となっているのは放射性物質から放出される放射線である。元素には不安定なために別な元素に壊変するものがあり、その際に放射線を放出する。ベクレル(Bq)はこの元素の壊変が1秒間に1個の元素が壊変するときに1ベクレルと呼ぶ。放射性物質の壊変によって放出される放射線の数はベクレルの大きさに比例することになり、ベクレル数が大きいほど、多くの放射線が放出されていることを意味する。ベクレルは放射性物質を重さではなく、放射線の放出量に注目して表記した放射性物質の量を表すと考えるとわかりやすい。
 放射線の被ばくには、外部被ばく(External exposure)と内部被ばく(Internal exposure)がある。外部被ばくは、放射線を身体外部から受けて透過する放射線のうちの一部が身体内の組織に衝突することである。医療でのX線撮影は外部被ばくの例である。これに対して内部被ばくは、放射性物質を呼吸によって吸い込んだり、食べ物と共に取り込むことで体内に入り、組織に一定時間滞留している期間に放出される放射線が細胞に衝突することである。2つの被ばく様式は明らかに異なるが、その被ばくから受ける放射線の量を線量で評価することで、被ばくの様式によらず健康リスクを扱うことができる。

2.放射線の線量

放射線被ばくとは、物理的には放射線が身体の組織に衝突することでエネルギーを与えることである。そのとき、組織に吸収されるエネルギー(J)を質量(kg)あたりで見た量(J/kg)は吸収線量と呼ばれる。吸収線量の単位はグレイ(Gy)である。放射性物質から放出される代表的な放射線には、電磁波の仲間であるガンマ線、高速エネルギーをもった電子であるベータ線、ヘリウムの原子核であるアルファ線がある。アルファ線の1グレイとガンマ線の1グレイとでは生物的な影響が決定的に異なることが実験的に古から知られている。グレイをそのままでは異なる放射線同士の健康影響の比較には使えない。そこで、生物学的効果比(RBE)と呼ばれる生物影響の相対値を考慮して補正した線量が用いられてきた。この量は放射線防護の上で使用する場合、シーベルト(Sv)という単位で表記される。ガンマ線とベータ線の場合、1ミリグレイは1ミリシーベルトとなるが、アルファ線の場合は、1ミリグレイは20ミリシーベルトとなる。
 福島事故で問題となっている放射性セシウム(Cs-134,Cs-137)は、ガンマ線とベータ線を放出する。ストロンチウム(Sr-90)はベータ線のみを放出し、プルトニウム(Pu-239)はアルファ線を放出する。外部被ばくの場合、ベータ線とアルファ線は身体の透過能力が小さいために、身体組織の被ばくの原因にならない(ただし、ベータ線は皮膚と水晶体の被ばくの原因となる)。内部被ばくの場合は、放射性物質から放出される放射線の種類を考慮して線量計算が行われる。
 内部被ばくの線量は、放射性物質が体内に滞留している間に放出される放射線のエネルギーに注目して計算が行われる。例えば、放射性セシウムは体内に取り込まれると、ほぼ全身に広がり、成人では110日の生物学的半減期(体内量が半分になるまでの時間)で排泄され減っていく。この間に放出される放射線からの累積の線量が計算され、その被ばくは放射性物質を摂取した時点に受けたと仮定される点で外部被ばくとは異なる。その点からは長く体内に滞留する放射性物質ほど線量は過大な評価になりがちである。

3.健康影響に関する分類とリスク

放射線の健康影響は線量との関係で理解される。放射線の高い線量を短時間に受けて組織・臓器の大量の細胞が死ぬと臨床的な症状が現れる。組織反応あるいは確定的影響と呼ばれる影響はしきい線量が存在する。しきい線量を超えない限り影響は生じないことになる。福島事故後、環境で問題となっている線量はしきい線量よりも小さい低線量領域(200ミリシーベルト以下)である。この線量領域で問題となるのは確率的影響と呼ばれるがんと遺伝的影響である。この影響はしきい線量がないと仮定され、発生する可能性(確率)をリスクと呼んでいる。しかし、実際に生物的にしきい線量が存在しないのかどうかは科学的な論争があり、不確定な点である。この点は低線量の健康影響を論じる上で注意が必要であるので後述する。

4.がんに関する疫学的知見

放射線被ばくに伴う人への健康影響を調べた疫学調査の中で、最も世界的に重視されているのが広島長崎の原爆被爆生存者に対する調査である。この調査は、1950年から開始され10万人に及ぶ多様な年齢と様々な線量を受けた被爆者を60年以上に渡って追跡している。その調査結果は定期的に報告され、最新は2003年までの結果が報告されている1)。放射線に被ばくしていない集団(対照群)に比べて、白血病を除く過剰のがん死亡率は線量に比例して増加している。過剰がん死亡率は、30歳に被ばくした集団で70歳のときに対照群に比べてシーベルトあたり42%の増加を示し、その傾向は被ばく年齢が10歳あがるごとに約29%低下する。過剰な増加が統計的に有意に観察されている最低の線量は0-200mSvの範囲にあるが、しきい線量はゼロと推定される。白血病の場合、被ばく10年後に発生のピークをもち、急性骨髄性白血病は線形二次モデル、急性リンパ性白血病と慢性骨髄性白血病は直線モデルの線量反応関係が統計的に最もよく適合すると報告されている2)
 国連科学委員会は、原爆被爆生存者の疫学データを基礎にしたリスク計算で、100mSvの生涯過剰がん死亡確率(全集団の平均)は、固形がん(白血病以外のがん)が0.36〜0.77%、白血病が0.03〜0.05%と報告している3)
 原爆での放射線被ばくは瞬間的に被ばくしたもので、少しずつ長期間に渡って被ばくした場合(低線量率被ばく)には、総線量が同じでも同じリスクとなるのかどうか(線量率効果という)がリスク評価上の中心課題となっている。線量率効果は、生物実験で観察されている現象で、一度に放射線を受けるよりも少しずつ分けて受けたほうが放射線の損傷による修復が効果的に働くために生物効果が減少する。原爆データをそのまま実際の被ばくの影響を推定するのに適切かどうかである。

5.低線量率被ばくの疫学

原爆データもそうであるが、100mSv程度以下の低線量被ばくの影響を検出することが困難とされている。なぜなら、線量が少なくなると過剰がんリスクが低下して、自然に発生するがん死亡率の統計的に変動の中に収まってしまう。そのために、統計的に有意でない、検出できないといった表現が使われる。これは、放射線被ばくによる過剰がんリスクは被ばくしていない集団のがんの原因に比べて小さいことを意味している。必ずしも影響がゼロを科学的に意味しないために、放射線防護ではゼロを仮定しないリスクを扱うのはこのためである。
 それでは低線量率の疫学データはないのか? 国際的に進められてきたのが原子力産業(軍事利用も含む)に従事する作業者の健康調査である。15カ国で実際された調査をまとめた解析では原爆データのリスクと近い数値が示唆されたが4)、喫煙と関係する肺がんの影響とカナダのデータが大きく外れていることが指摘されていて、データの見直しを行われている。その中で英国の調査は、17万人あまりの作業者を長期にわたり追跡調査を行い、がんの死亡率が有意に増加したと報告した5)。このデータにおいても、線量の増加と共にリスクが有意に増加することが示されているが、原爆データと同様に200mSv程度以下の線量では被ばくしない集団と比べて有意な増加が認められていない。この調査は低線量率でも線量が200mSv程度以上の比較的高くなるとがんの増加を観察したことが注目される。しかし、インドのケララ地方では自然放射線レベルが高く、生涯の被ばくが200mSv以上でも有意な増加が観察されていない6)
 低線量で低線量率の被ばくの影響を調べるためには大きな集団を長期間に渡って追跡調査しなければならない上に、喫煙などの交絡因子の補正や被ばく線量の正確な推定など難しい課題を克服して初めて科学的なデータとして扱うことができる。もし、放射線の健康リスクが現在推定しているものよりも大きいとすれば、多くの疫学調査でもっと明確に増加を観察することができるはずである。しかし、実際には放射線以外の要因によるがんの発生が大きいために、放射線の影響はこれよりも小さいために観察することが困難であることが確からしい。低線量のリスク推定は直接測定することの困難さを抱えており、そのため、間接的に高線量における観察からのモデルによる外挿で推定するしか現在方法がない。そのモデルとは、しきい値のない直線(LNT)モデルであり、少しの被ばく線量でもリスクが存在するとして推定し、線量に応じた放射線防護対策が行われる。福島事故後の様々な線量基準(20mSv, 1mSvなど)はこのLNTモデルを前提にしたリスク推定から判断しているものである。

6.チェルノブイリ事故の健康影響

チェルノブイリ原発事故後に、食品規制が十分に行われなかったことで放射性ヨウ素を含んだ牛乳を小児は摂取しつづけた。高い甲状腺の被ばく線量を受けた小児は甲状腺がんに罹患したことが国際的に確認されている。2008年の国連科学委員会報告によると、ウクライナイやベラルーシで1万人以上の小児が500mSv以上の甲状腺被ばくを受けていた。線量反応関係から推定される線量あたりのリスクは、原爆データや医療のX線被ばくから推定される外部被ばくのリスクとほぼ同等であり、内部被ばくが外部被ばくと違って危険性が高いという一部の科学者の主張は確認されていない。原爆データでも確認されていたことではあるが、チェルノブイリ事故では小児の感受性が高いことを改めて実証したことは科学的に重要な証拠となった。放射性ヨウ素による甲状腺被ばくは、内部被ばくのリスクが外部被ばくのリスクと線量あたりのリスクが同じとして扱うことの妥当性を示した。動物実験においても、X線を外部被ばくした場合と放射性ヨウ素を内部被ばくした場合で甲状腺がんの発症率は同じであることが検証されている7)
 内部被ばくは線量推定をすることが通常難しい。そのために線量推定に不確かさを伴うことが多い。放射線防護では内部被ばくの線量評価を重視し、科学的な線量評価モデルの開発に力点を置いてきた歴史がある8)
 チェルノブイリ事故で放射性ヨウ素以外の内部被ばくでがんの増加を有意に検出したという信頼できる報告はない。国連科学委員会は「チェルノブイリ事故による被ばくの研究は長期被ばくの晩発影響を明らかにする可能性があるが、被ばくのほとんどが低線量の場合には、がんの罹患あるいは死亡は疫学的に検出することは困難であろう。」と述べ、低線量被ばくによる健康リスクの推定の難しさを強調している。

7.生物的知見

放射線が組織・細胞に衝突すると、電離現象を通して生成されるラジカルによって、遺伝子を構成するDNAの損傷を起こす。とくに、DNAの二重鎖切断は重要な生物影響であるが多くの損傷は修復される。修復が正しく行われない場合にはDNAの塩基配列が変わり変異をもった細胞となる。修復が困難であったり、修復が行われなかったりした場合には細胞死をたどる。細胞の遺伝子が変異しても、組織ががん化に進展するためには、アポトーシスや免疫などの働きによる生体の防御機構を破る新たなステップが必要であり、遺伝子損傷が容易にがん化に結びつくわけではない9)。そのため、放射線被ばくによる初期の損傷からがんのリスクを推定することは困難である。
 青森県にある環境科学技術研究所は世界的にも数少ない低線量率の動物照射装置を保有している。そこでは、0.05mSv/日、1.0mSv/日、20mSv/日の各線量率で400日間連続照射し、それぞれ蓄積線量が20mSv、400mSv、8000mSvとなる実験を行い、放射線を照射しない動物群との比較から、20mSv/日では顕著な寿命短縮があったが、1.0mSv/日では雌のみでわずかな有意な短縮を観察した以外は、0.05mSv/日でも寿命短縮を認めなかった。このような実験研究における低線量・低線量率(0.05mSv/日を400日間で20mSv)でも、非照射群との違いを認めなかったからといって、科学的にはリスクが存在しないと断定できない理由は、放射線で増加するがんと被ばくしないで発症するがんの区別がつかないために統計的な議論しかできないためである。
 多くの動物実験あるいは生物実験が実施されてきたが、低線量での影響を明らかにするに至っていない。その理由は人の場合とほぼ同じで、放射線以外の発がん要因よりも影響が小さくなるところでは観察することができないためである。このことをもって影響がないと断定できない理由は、極少ない放射線被ばくでもDNA損傷を起こすからである。少ないDNA損傷数ががん化に発展する可能性はあるかないかは、放射線発がんの仕組みが解明されない限り明言できないであろう。現在、低線量特有の現象が発見されるなど、生物の複雑さを示唆している。しかし、明らかなことは放射線のリスクが他の発がん要因に比べて小さいために、線量が少なくなるほど観察することが困難であり、影響の重要性は小さいことを示唆している。

8.おわりに

福島の事故後の対応は、リスクを前提にした放射線防護の考え方が適用されている。そのため、食品の規制においても、低線量・低線量率のリスクを想定した対策がとられている。リスクの正体は多くの疫学研究や生物研究からの推定によるものであり、がん確率で表現できる1個の数値で説明できるものではない多面的な情報が隠されている。国際的にも放射線防護上の慎重な仮定にたったリスク推定が重視されている。この考えは被ばくを低減するためには効果的であるが、社会の不安を増長する負の側面があり、そのために、しきい線量のような存在を示唆することで安全性を強調する専門家もいる。一方で低線量の被ばくの影響を科学的な根拠なく過大視する研究者もいる。科学的データとそれを解釈するプロセスは一般社会には理解しにくい現状がある。そこで、社会と科学が普段からリスク対話をしていくことのできる土壌を、放射線を含めたすべての有害物質で構築していく必要がある。
参考文献
1) Ozasa K, et al. Studies of the Mortality of Atomic Bomb Survivors, Report 14, 1950-2003: An Overview of Cancer and Noncancer Diseases. Radiat Res 177, 229-243,2012.

2) Richardson D, et al. Ionizing Radiation and Leukemia Mortality among Japanese Atomic Bomb Survivors, 1950-2000. Radiat Res 172, 368-382,2009.

3) UNSCEAR: Report of the United Nations Scientific Committee on the Effects of Atomic Radiation 2010. United Nations, New York, 2011.

4) Cardis E et al. Risk of cancer after low doses of ionising radiation: retrospective cohort study in 15 countries BMJ. 331 77?80, 2005.

5) Muirhead C R et al . Mortality and cancer incidence following occupational radiation exposure: third analysis of the National Registry for Radiation Workers Br. J. Cancer 100 206-12, 2009.

6) Nair, R R K, et al. Background radiation and cancer incidence in Kerala, India ? Karunagappally cohort study. Health Phys 96(1), 55-66,2009.

7) Lee W, et al. Thyroid tumors following I-131 or localized irradiation to the thyroid and pituitary glands in rats. Radiat Res. 92, 307-319, 1982.

8) ICRP国内メンバー (2011)、放射性物質による内部被ばくについて、Isotope News No.690, 33-43.

9) 佐渡敏彦、放射線は本当に微量でも危険なものか? 直線しきいなし(LNT)仮説について考える、医療科学社、東京,2012

10) Tanaka,S.et al. No lengthening of life span in mice continuously exposed to gamma rays at very low dose rates. Radiat Res. 160, 376-379, 2003.
略歴
甲斐倫明(かい みちあき) 
1955年生まれ。1981年東京大学大学院工学系研究科修士課程修了、日本原子力研究所環境安全研究部研究員、東京大学大学院医学系研究科助手、米国フレッドハッチンソンがん研究センター客員研究員などを歴任。

現在、公立大学法人大分県立看護科学大学理事/人間科学講座環境保健学研究室教授、工学博士。国際放射線防護委員会(ICRP)第4専門委員会委員、文部科学省放射線審議会委員、放射線審議会基本部会長。

専門は、放射線保健・防護、リスク解析。発がん数理モデル、医療被ばくのリスクベネフィット、リスク論などを研究。
著書に、「放射線健康管理学」(共著、杏林書院)、「放射線および環境化学物質による発がん」(共著、医療科学社)、「リスク学入門5科学技術からみたリスク」(共著、岩波書店)、「看護実践に役立つ放射線の基礎知識」(共著、医学書院)など
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