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食品工場の微生物制御へのヨウ素系殺菌剤の利用技術
食品・微生物研究所 所長 内藤茂三

1.はじめに

ヨウ素は古くから外傷用消毒剤・ヨードチンキ(ヨウ素のアルコール溶液)として使用されてきた。食品工場で一般に使用されているヨード製剤はヨードホールでグラム陽性細菌、グラム陰性細菌及びカビ類に対して強い殺菌力を有する。ヨードホールの特性としては速効性があり、低温域でも抗菌力の低下が少なく、水質の影響も受けにくい。しかしヨウ素はでん粉と反応して紫色を呈し、また、鉄、銅、アルミニウム等の金属に対して腐食性を有するので、食品工場における機械器具の殺菌消毒には注意が必要である。最近ではスープ等の循環ビニールパイプの洗浄・殺菌に用いられている。環境殺菌剤としてとしてヨード系の殺菌作用力の特徴は第1級に属するハロゲン系殺菌剤であり、アメリカなどの諸外国で広く食品業界に利用されている。また逆性せっけんに比べて殺菌力が強く、塩素系殺菌剤の持っている欠点が少ない。さらに世界の主要ヨード生産国でありながら食品工場での環境殺菌剤としての認識が少なかった。
 塩素系殺菌剤と同様に遊離型と結合型のヨウ素製剤があり、それぞれの特徴に応じて用いられてきた。ヨード系殺菌剤はこれまでヨウ素の不快臭、皮膚の染色性、デンプンとの反応、鉄その他の金属との反応、溶液の不安定性等の使用上の多くの問題点を抱えてきた。ヨードホールの出現により多くの問題点は解決された。ヨードホールはポリビニルピロリデンとある種の界面活性剤によってヨウ素は可溶化され、殺菌力を保有した複合体である。これを水で希釈すると除々にヨウ素の大部分を遊離する。
 これまでヨウ素と微生物の関係は食品工場では主に殺菌との関係であった。最近、ヨウ素を積極的に取り込む細菌、ヨウ素を酸化する細菌、ヨウ素を還元する細菌、ヨウ素の存在下で増殖が促進される細菌が出現している。

2. ヨウ素系殺菌剤の種類

 1830年にはすでにアメリカ薬局方に記載されており、次亜塩素酸ナトリウムとともに最も古くから知られている殺菌剤である。塩素系殺菌剤と同様に遊離型と結合型のヨウ素系殺菌剤がある。さらに環境用殺菌剤として用途拡大されたヨードホールがある。
  1. 遊離型ヨウ素系殺菌剤
    ヨウ素水溶液(2%)、ヨウ素化フェノール(ヨウ素1:フェノール4)、ヨウ素グリコール(ヨウ素のプロピレングリコール)、ヨウ素グリセロール、
  2. 結合型ヨウ素系殺菌剤
    ヨードホルム、ヨウ化ギ酸ビスマス、オキシヨウ化没食子酸ビスマス、ヨードサリチル酸エチル、ヨウ化チモール、ヨウジウム化合物、ヨードクレゾール
  3. ヨードホール
    ポリビニルピロリドンとある種の界面活性剤とによってヨウ素を可溶化して複合体を形成する。これを水で希釈すると除々にヨウ素を遊離する。ヨウ素は非イオン界面活性剤である担体中でミセル凝集体内に結合しており、水の希釈によりミセルは分散し、非イオン界面活性剤とヨウ素の結合が弱くなり、最小ミセル濃度以下に希釈されると、ヨウ素は水溶液中に分散する。担体は中性の重合体、ポリビニルピロリデン、ポリエチレングリコール、ポリビニルアルコール、ポリアクリル酸、ポリアミド、ポリオキシアルキレン等が用いられている。

3.ヨウ素系殺菌剤の殺菌特性

ヨウ素は水溶液中ではpHにより変化して6つの形態となり殺菌効果が著しく異なる。
  1. 酸性水溶液下での形態
    二原子ヨウ素(I2):殺菌効果も最も強い。
  2. 中性水溶液下での形態
    二原子ヨウ素(I2):殺菌効果も最も強い。
    次亜ヨウ素酸(HIO): 殺菌効果強い
    次亜ヨウ素酸イオン(IO):殺菌力やや強い
  3. アルカリ性水溶液下での形態
    次亜ヨウ素酸イオン(IO):殺菌力やや強い
    ヨウ素酸イオン(IO3):殺菌力なし
    ヨウ化物イオン(I):殺菌力なし
    三ヨウ化物イオン(I3):殺菌力なし

ヨウ素は塩素や臭素と同様に生存菌と反応するばかりでなく死滅菌、溶解たんぱく質とも反応する。しかし、塩素、臭素よりも反応は遅い。従って実際の殺菌過程では、食品、食品原材料(肉、魚等)等のような溶解たんぱく質存在下でも、塩素よりも殺菌効率はよい。ヨウ素は主として分子状のヨウ素の形で速やかに微生物の細胞壁を通過することができ、このヨウ素分子によって殺菌作用が発現するものと考えられる。

4.ヨウ素系殺菌剤の殺菌機構

ヨウ素系殺菌剤の殺菌機構は以下のように考えられている。
  1. リジン、ヒスチジン、アルギニン等のアミノ酸の塩基性窒素―水素と反応して相当するN−ヨウ素誘導体を生成する。この反応によって水素結合のための重要な位置が封鎖されたんぱく質等の致死的な変性が生成し、連続して同様な反応が核酸塩基についても変性が生成する。
  2. 微生物の生育に必須のSH基の酸化が行われSH酵素の不活化が生成する。チロシンのようなアミノ酸のフェノール基とヨウ素が反応してモノあるいはジヨウ素誘導体を生成してオルト位のヨウ素原子がフェノール性水酸基の水素結合における立体障害を生成する。
  3. 不飽和脂肪酸の二重結合との反応によって脂質、細胞膜の流動性等の物理的性質を変化させる。

ヨードホールの殺菌機構は塩素程検討されていないが一般的に今までSH酵素の酸化とたんぱく質のチロシル基、ヒスチディル基をヨウ素置換して不活性化すると言われてきた。SH酵素としてはグルコースー6−リン酸脱水素酵素、乳酸脱水素酵素、コハク酸脱水素酵素、アルコール脱水素酵素があり、解凍系やTCAサイクルの進行が妨げられる。

5. ヨウ素系殺菌剤の殺菌効果

一般の環境殺菌剤と同様に無芽胞形成細菌に対しては、グラム陽性細菌、グラム陰性細菌に殺菌効果を示す。界面活性剤、ピグアナイド誘導体、フェノール系殺菌剤と異なりカビや酵母に対しても殺菌効果を示す。細菌芽胞に対しては高濃度(500ppm)処理で長時間の接触が必要である。ウイルスや原虫に対しても不活化効果がある。

表1に乳酸菌と酵母の次亜塩素酸とヨードホールの殺菌効果を示した。
表1 乳酸菌と酵母の次亜塩素酸とヨードホールの殺菌効果

  殺菌剤 溶液のpH 殺菌条件 
      濃度(ppm) 作用時間(秒)
Lactococcus lactis        
  ヨードホール 6.9〜7.1 6 60
    5.0 6 30
  次亜塩素酸 8.4 6 60
    5.0 6 15
Lactobacillus plantarum        
  ヨードホール 6.7〜7.0 6 60
    5.0 6 120
  次亜塩素酸 8.4 12 15
    5.0 3 15
Pediococcus        
  ヨードホール 6.9〜7.2 6 120
    5.0 6 120
  次亜塩素酸 8.4 12 30
    5.1 3 15
Saccharomyces cerevisiae        
  ヨードホール 6.8〜7.1 6 15
  次亜塩素酸 8.5 6 120
    5.2 6 120

乳酸菌に対してはいずれの溶液中でも次亜塩素酸の方が、酵母に対してはヨードホールの方が、殺菌効果が強い。食品業界で最も多い食品変敗原因菌であるLactobacillus fructivoransの各種殺菌剤の殺菌効果を表2に示した。
表2 Lactobacillus fructivoransの各種殺菌剤の殺菌効果

殺菌剤 最小殺菌濃度(μg/ml)
次亜塩素酸ナトリウム 7.5〜20
ヨードホール 4〜6
アルキルジメチルベンジル  
アンモニウムクロライド 30〜60
ポリオクチルジアミノ  
エチルグリシン 60〜100

ヨードホールがLactobacillus fructivoransの殺菌に最も効果が認められた。
また食中毒原因菌の一つであるCampyrobacter jejuniの殺菌効果は次亜塩素酸ナトリウムと同様にヨードホールが強く作用する。
カビに対してはヨウ素と次亜塩素酸ナトリムとの殺菌効果の差はほとんどない。Aspergillusniger(黒カビ)に対する実験ではいずれの殺菌剤も溶液のpHとハロゲン濃度により殺菌力は決定する。黒カビを1分以内で90%死滅させるにはいずれの殺菌剤も15ppm以上の濃度でpH3.0での処理条件が必要である。

6.ヨウ素系殺菌剤の殺菌効果に及ぼす因子

1 作用温度
それらの因子の中で第1にあげられるのは作用温度である。多くの殺菌剤では作用温度の上昇とともに殺菌作用が上昇する。殺菌剤の種類及び対象菌の種類により適用温度域に差異がある。 E.coliに対しては20℃、45℃に比べて5℃では著しく低下するが、Pseudomonasに対してはこれらの温度間ではほとんど差異がない。
 グルタールアルデヒド、クロルヘキシジン、両面界面活性剤、逆性石鹸、有機酸、陰イオン界面活性剤等の環境殺菌剤の殺菌作用に対する温度の影響は大きい。しかしヨードホールの殺菌作用は温度の影響を受けない(4℃、20℃、40℃)。このため食品工場の温度の低温域でも濃度調整や作用時間調整をする必要はない。
2 作用pH
ヨードホールの殺菌作用はpH2.0〜5.0が最適である。ヨードホ−ルの殺菌作用は酸性側が適し、中性からアルカリ性のpHで殺菌力が低下する。その場合製剤中の界面活性剤の影響が大きい。ヨードホールの殺菌剤に及ぼすpHの影響は無機物や有機物の影響もある。しかし塩素系殺菌剤に比較すると無機物や有機物の影響ははるかに少ない。ヨードホールでは担体組成の影響が顕著であってpHにかかわらず非イオン性湿潤剤を担体としている製剤では無機物の影響を大きく受け、殺菌力が低下する。

7.ヨードホールの特徴

ヨウ素の殺菌作用は古くから知られており、現在ではヨウ素の刺激性を低減するために界面活性剤を結合させたヨードホール製剤が使用されている。ヨウ素系殺菌剤は比較的広い範囲の微生物に対して殺菌力を有し、カビや酵母に対しても効果がある。一般にヨードホールは最初にShelanski(1949)がポリビニルピロリドンあるいは界面活性剤がヨウ素と複合体を形成することを認め、これが殺菌力を有することから製剤化したものである。ヨードホールを希釈すると複合体から除々にヨウ素が遊離するが、これはヨウ素が非イオン性界面活性剤である担体のミセル集合体の中に結合していて、水で希釈することによりミセルが分離してヨウ素の界面活性剤に対する結合が弱まり、希釈によって最小ミセル形成濃度以下になるとヨウ素が遊離し、このヨウ素が殺菌作用を示す。
 ヨウ素とグリシンとの複合体からなるヨウ素系殺菌剤はイセフォールと呼ばれる。これは非発泡性、低粘性で使用後の水洗により速やかに除去される特徴を持っている。主に大型タンク類を設備にもつ醸造、発酵工業あるいは飲料関係のCIP洗浄に用いられている。

8.ヨウ素系殺菌剤を資化する微生物

ヨウ素は原子力施設から環境中に放出される長半減期の放射性ヨウ素(129I:半減期160万年)の環境中での挙動は安全性を評価する上でも重要である。環境中のヨウ素は主として-1価のヨウ化物イオン(I)、+5価のヨウ素酸イオン(IO3)、+1価の次亜ヨウ素酸(HIO)、0価の分子状ヨウ素、ヨウ化メチル(CH3I)の形で存在する。大気中に揮発する有機ヨウ素の化学形態としてはこれまでにヨウ化メチル、ヨウ化エチル、ジヨードメタン、クロロヨードメタンが報告されている。これらの化合物は微生物により生産されることも分かってきた。種々の研究により有機ヨウ素の生成はカビや酵母のような真菌ではなく細菌に由来するが明白となった。細胞内にヨウ素を蓄積する細菌Arenibacterium troitsensisは0.1μMのヨウ化物イオンと共に培養すると24時間以内にその80〜90%を蓄積する。ヨウ素の蓄積は細胞表面への物理化学的な吸着ではなく、たんぱく質との結合である。昆布は海水中のヨウ化物イオンを細胞膜のハロパーオキシダーゼによって次亜ヨウ素酸又は分子状ヨウ素に酸化して細胞膜に存在するたんぱく質と結合して細胞内に取り込んでいる。細胞内に取り込まれたヨウ素は再び還元されてヨウ化物イオンに戻り、昆布の細胞内に蓄積されている。1968年イスラエルの研究者はボラが大量死した試験水槽内が茶色く変色し、強いヨウ素臭がすることを発見した。ヨウ化物イオンを分子状ヨウ素へ酸化する細菌を分離し、これをPseudomonas iodooxidansとした。その他の研究者によりヨウ素酸化細菌はヨウ化物イオンの高いかん水に広く生息し、海水に高濃度のヨウ化物イオンを添加するとヨウ素酸化細菌が増殖することが分かっている。ヨウ素化細菌はヨウ素化物イオンを酸化して殺菌性の高い分子状ヨウ素を生産することが考えられ、分子状ヨウ素は強い酸化力があり、疎水性のため細菌の細胞膜を通過して細胞内に進行する。細胞内で分子状ヨウ素はたんぱく質のSH基や核酸、脂質を酸化して微生物を死滅させる。またヨウ素を還元する細菌も検出されている。硝酸還元酵素を有する海洋細菌にはヨウ素還元作用があり、硝酸還元酵素を有する大腸菌の無細胞抽出液にヨウ素酸の還元作用がある。

9.ヨウ素系殺菌剤の食品工場での利用

1 製造用水の殺菌
これまで緊急時の水の殺菌にヨウ素、ヨードホールが利用されてきた。ヨウ素を長期間、飲料水の殺菌に用いて色の変化、味の変化、臭気の生成、健康への悪影響がないことが明らかにされている。食品製造用水の殺菌にも検討されてきた。また水の殺菌を目的にヨウ素の利用方法として三ヨウ化物を強塩基性アニオン交換樹脂に結合させた固定化殺菌剤の研究も行われた。食品製造用水や飲料水以外にプール、工業用水、排水の殺菌にも検討されてきたが塩素やオゾンに比べて高価格となる。
2 空気の殺菌
密閉区域内の噴霧によってグラム陰性細菌等の空気中浮遊病原菌、乳酸菌や酵母の食品変敗微生物やウイルスに対してヨウ素蒸気は有効である(1.0〜3.5mg/m 2)。

3 乳業工場
乳業工場で利用される装置の洗浄、殺菌に25ppm有効ヨウ素が利用されるが、リン酸を含むヨードホール製剤では他の殺菌剤に比べて乳石の除去に有効である。乳石は装置の表面に生成し易く、硬い析出物であって、特に高温、高pHで生成し易い。乳石はたんぱく質とマグネシウムやカルシウム塩とからなり、細菌生育の好適培地となる。強い酸によって厚い析出物を除去できるが、ヨードホールで薄い層を除去するとともに、析出物生成の防止にも役立つ。乳石はヨウ素により黄色になるので洗浄の目安にすることもできる。ヨードホールの洗浄力により装置・機械より脂質が除去し易くなる。

4 一般食品工場の洗浄
ヨードホールは床面、作業台表面、側溝、食品製造装置表面の洗浄・殺菌に有効で、特に高速作業に優れている。乳酸菌や酵母は低温条件下でも発育可能なものが多く、このため食品変敗の原因菌となる。これらの菌に対して低温下で速効のあるオゾンに次いで効果がある。ワイン醸造所での樽の処理にヨードホールの有効性がニュージランドで確認されている。仕込み前の空の樽は乾燥状態にしておくと樽の収縮が起こるので125ppmのヨードホールを入れておく。これにより野生酵母や乳酸菌の増殖が阻止され、ワインを仕込んでも正常に発酵ができる。
 発泡性の好ましい作用がある一方、発泡性が過剰なときに洗浄作用が妨げられ、殺菌後の残液の洗い流し作業で洗浄が不十分となる。食品への混入に注意する必要がある。低発泡性のヨウ素とグリシンの複合体が実用化されている。ポンプ、パイプ、タンクのCIP洗浄・殺菌、製造機械の充填部の洗浄・殺菌、工場の床及び側溝の洗浄・殺菌に効果をあげている。

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