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食品の安全を担保する最新の分析技術
(独)農業・食品産業技術総合研究機構
食品総合研究所
食品分析研究領域長 吉田充

1.はじめに

食品に含まれる有害物質の分析には、ガスクロマトグラフ(GC)法や高速液体クロマトグラフ(HPLC)法が使われてきたが、最近の質量分析(MS)の高精度・高感度化により、GC-MSやLC-MS法が威力を発揮し、数十種類の残留農薬を一度に分析できる一斉分析法も開発されている。MSを検出器として使用するこのような分析法は、GCやLCでの保持時間が重なる物質が共存しても分子量によるフィルタリングを選択イオンモニタリング(SIM)でかけることができ、またSIMでも分離できない分子量が同じ物質についてはMS/MSなど多段階MS(MSn)で分離できる。この技術を分子量を小数点以下4桁まで測定可能な高分解能MS装置と組み合わせれば、分子量だけでなく分子式の推定も可能で、検出選択性は非常に高くなっている。また、感度についても、MSはナノモル(nmol, 10-9)の千分の一であるピコモル(pmol, 10-12)、さらにその千分の一のフェムトモル(fmol, 10-15)、それより3桁小さいアトモル(amol, 10-18)の分子の検出が可能になっている。
 しかし、MSは装置が高価で操作も複雑で、一般の食品製造・販売の現場で品質管理を担当する者が使用することはなかなか難しい。また、GC-MSやLC-MS分析にいたる前の試料の抽出や精製などの前処理も必要で、試料を手にしたその日に分析結果が得られるとは限らない。そこで、詳細な安全性評価やリスク管理のための高精度・高感度分析法開発の一方で、現場で簡易・迅速に分析ができるスクリーニング分析法の開発が望まれている。
 本記事では、食の安全に関わる簡易・迅速分析法に関する最近のトピックスの中で、将来性が展望される蛍光指紋法によるかび毒の分析と、多くの高温加熱食品に生じていながらこれまでGC-MS法やLC-MS/MS法でしか分析できずに分析が比較的難しかった発がん物質アクリルアミドのEIA検出キットを紹介する。

2.蛍光指紋法による小麦のかび毒分析

2.1 麦類のかび毒について
麦類の赤かび病はFuzarium属菌の感染によって引き起こされ、麦の収量や品質の低下のみならず菌が生産する毒素による健康被害も問題になる。デオキシニバレノール(DON)やニバレノール(NIV)などのFuzarium属菌の生産するトリコテセン系かび毒の毒性としては、消化器系の障害(嘔吐や下痢)や造血系の機能低下(白血球減少症,食中毒性無白血球症)が知られており、飼料作物の汚染による家畜での同様な中毒症状も報告されている。このため、平成14年に厚生労働省は市場に流通する小麦の安全性を確保するためにDONについて小麦における暫定的な基準値として1.1 ppmを定め(厚生労働省,2002)、また農林水産省では、生後3ケ月以上の牛を除く家畜等に給与される飼料で1 ppm、生後3ケ月以上の牛に給与される飼料では4 ppmの基準値を定めている(農林水産省,2010a)。
 マクロライド化合物のゼアラレノン(ZON)もFuzarium属菌の生産するかび毒で、女性ホルモン様活性を有し、内分泌かく乱物質のひとつである。高濃度に飼料に含まれた場合、特に感受性が高い豚において、死流産など繁殖障害等の有害作用を生じる可能性があり、これも農林水産省が家畜等に給与される飼料について1 ppmの暫定許容値を定めている(農林水産省,2010b)。
 これらのかび毒の分析に関して、DONについてはUV検出のHPLC(HPLC-UV)法が我が国における公定法として推奨されており(厚生労働省,2003)、NIVに関してもDONの手法に準じた分析法が使用される。ZONは、蛍光検出によるHPLC(HPLC-FL)法が公定法に採用されている(厚生労働省,2005)。なお、これらのかび毒については、同時汚染が認められるので、個別分析ではなく、主にGC-MSによる同時一斉分析法が使用されることもある。
2.2 蛍光指紋について
蛍光指紋とは、連続した励起波長ごとに計測された蛍光スペクトルを励起波長、蛍光波長、蛍光強度の3次元空間座標に示したスペクトルデータ群であり、それぞれの化合物が特徴的なスペクトルパターンを有することから「指紋」という言葉が使用される。2次元のスペクトルである近赤外スペクトルに比べると3次元情報の蛍光指紋は情報量が多く、様々な成分が混在する食品の系においても、検出対象化合物特有のパターンを利用して、複数のかび毒の同時検出法としての可能性が期待される。さらに、蛍光指紋計測に用いられる分光蛍光光度計は、質量分析装置などよりも安価であることも、スクリーニング手法としての普及において強みとなる。
2.3 蛍光指紋を利用したかび毒の検出
藤田ら(2012)が行ったかび毒の分析においては、汚染小麦を粉砕して得た粉240 mgを計測用セルに充填し、分光蛍光光度計(日立ハイテクノロジーズ F-7000)を用いて、励起波長、蛍光波長ともに200〜900 nmの範囲を、スリット幅、計測波長間隔をともに10 nmとし、波長走査速度30,000 nm/min、レスポンスを0.002 secで計測し、励起71波長×蛍光71波長で5041の強度データを取得した。その中から、励起光の散乱光および散乱光の2〜4次光やラマン散乱の領域、またホトマルの感度の低い波長領域などを除いた1345データを解析に使用した。主に蛍光が見られたのは、励起波長200〜340 nmの蛍光波長300〜400 nm付近および励起波長200〜340 nmの蛍光波長600〜740 nm付近であった。
 この1345波長条件の蛍光強度を説明変数、HPLC-UV法やHPLC-FL法で求めたDONの濃度(2.47〜26.20 ppmの4汚染濃度)やZONの濃度(0.16〜0.71 ppmの3汚染濃度)を目的変数としてPLS回帰分析によるDONやZONの濃度推定を実施した結果、交差検証法でDONについては6つ、ZONについては3つの潜在変数が選択された。この潜在変数によるキャリブレーションデータ群の濃度推定におけるHPLCを使用した化学分析値との相関は、DONでR2=0.992、ZONでR2=0.993と非常に高かった。また、推定式における標準誤差は、それぞれ1.80 ppmと0.02 ppmで、低濃度の汚染の推定が可能であることが示唆された。バリデーションデータ群においても、化学分析値との相関は、DONでR2=0.980、ZONでR2=0.974とキャリブレーションデータ群の場合とほぼ同じで、推定誤差もそれぞれ1.44 ppmと0.04 ppmであり、得られた蛍光指紋によるこれらかび毒の推定式は堅牢であると考えられた。藤田らはまた、かび毒汚染濃度推定に寄与する波長を明らかにするために、PLS回帰推定式の回帰係数も算出している。その結果、DONとZONとでは濃度推定における寄与が大きい波長領域に差が認められ、同時定量の可能性が裏付けられた。
2.4 蛍光指紋分析の将来性
このように蛍光指紋とPLS回帰分析によりかび毒の同時定量が可能であることが示され、新しい分析原理に基づくスクリーニング法として期待される。蛍光指紋は、食の安全に関する分析だけでなく、そば粉と小麦粉の混合割合の推定(杉山ら,2010)のような原材料や、マンゴーの産地判別(中村ら,2011;蔦ら,2011)のような産地の表示の正当性の検証など食の信頼性担保のための分析にも利用が試みられ、広い分野での利用の可能性が示されている。

3.アクリルアミド検出用EIAキット

3.1 アクリルアミドについて
アクリルアミドは、還元糖共存下でアスパラギンが高温加熱されると熱分解によって生じ、揚げる、焼く、焙煎するなど、120 ℃以上の高温で調理された食品中に、数十から数百μg/kg、場合によってはmg/kgレベルの濃度で検出されることがある(FAO and WHO, 2005)。動物実験で発がん性を示すことから、人においても食品中に含まれるアクリルアミドの摂取による健康への悪影響が懸念され、WHOは食品における含有量低減を勧告している。アクリルアミドの主要な経口摂取源として、フライドポテトやポテトチップスのような高温で加熱したじゃがいも加工品、パンやビスケットなどオーブンで調理された穀類加工品、及びコーヒーが挙げられている。日本においては、コーヒーと同様に焙煎物を浸出した飲料のほうじ茶や麦茶もアクリルアミドの摂取源と考えられる(Mizukami et al., 2006; 吉田ら,2002)。
3.2 アクリルアミドの分析
アクリルアミドは加熱により生じるため、その生成量は食品の製造過程における加熱温度や加熱時間によって左右される。また、原材料のアスパラギンや還元糖の量も、加熱時のアクリルアミド生成量を決定する要因である。すなわち、同じ食品であっても原料や加工条件が異なれば、アクリルアミド量は10倍以上異なる場合がある。そこで、加工食品のアクリルアミド低減のためには、工場に入荷する原材料や製造ラインにおける原材料の前処理や過熱温度や時間の調整により、製品の品質低下をもたらさないようにしてアクリルアミドの生成を抑制することになる。工場ラインでの製造条件検討のたびに製品のアクリルアミドを分析して、低減できる条件を見出す必要が生じるが、これまでアクリルアミドの分析は、誘導体化してGC-MSで測定するか、誘導体化せずにLC-MS/MSで測定する場合がほとんどであり、簡易迅速な検出法が望まれてはいたものの開発できていなかった。アクリルアミドは水溶性で分子量が71と小さく、アミノ酸と同じ位の大きさで、食品に含まれる低分子の水溶性成分との分離が難しいということがその原因と考えられる。
3.3 アクリルアミドEIAキット
このような状況の中で、農林水産省の「レギュラトリーサイエンス新技術開発事業」の「食品中のアクリルアミドを簡易・迅速に測定できる分析技術の開発」において開発された技術を用い、2011年10月に森永生科学研究所がアクリルアミドのEIA検出キットの発売を開始した(森永生科学研究所,2011)。この検出キットでは、検出対象のアクリルアミドを誘導体化することで、抗原抗体反応を利用した特異的検出を可能にしいている。
 分析操作としては、粉砕した検体1 gに水19 mLを加えてホモジェネートし、その遠心上清を孔径0.45 μmのフィルターでろ過したろ液1 mLを固相抽出で精製して検体抽出液を得る。この検体抽出液に含まれるアクリルアミドを3-MBA (3-mercaptobenzoic acid)と37 ℃で2時間反応させ、3-CTBA (3-[(2-carbamoylethyl) thio] benzoic acid)に誘導体化する。この誘導体溶液を3-CTBAを固相化したマイクロプレートのウェル内に入れ、ウサギ抗3-CTBA抗体を加え、検体中のアクリルアミド由来の3-CTABと固相化3-CTAB間の競合結合反応を起こさせる。これがEIAの1次反応で、室温で1時間静置して行う。次に、ウェル内の液を洗い出し、酵素標識抗ウサギIgG抗体を加え、固相化3-CTBA−ウサギ抗3-CTBA抗体複合体に結合させる。これが2次反応で、室温で30分静置して行う。余剰の酵素標識抗ウサギIgG抗体を洗い出した後、ウェルに酵素の基質を加え、プレート上に固定された複合体に結合した酵素により室温で30分静置して呈色させる。誘導体溶液中の検体のアクリルアミド由来の3-CTBA濃度が高いほど固相化3-CTBA−ウサギ抗3-CTBA抗体複合体の生成量は少なくなり、その結果、酵素による呈色も弱くなる。この呈色による吸光度と検体溶液のアクリルアミド濃度の関係をアクリルアミド標準液で作成した検量線から求め、吸光度から元の検体中のアクリルアミドを定量するという手順を取る。本キットでは最大24検体を一度に測定でき、アクリルアミドの検出下限は0.9 ng/mLで、測定範囲は3〜200 ng/mL(180〜12,000 μg/kg食品)である。
 加熱調理・加工食品中に広くアクリルアミドが存在することが2002年に見出されて10年近くが経過し、やっとアクリルアミドの簡易分析法が完成した。このEIAキットが発売されたことで、MSを使用せずにアクリルアミドの定量が可能となり、大がかりな設備を有する分析所でなくとも、食品加工の現場での検査が可能になった。食品中の検出濃度範囲の下限が180 μg/kgとやや高いものの、日常の食生活におけるアクリルアミドの摂取に寄与の大きい食品中のアクリルアミド低減加工条件の検討には充分利用できる性能のものと思われ、加工食品からのアクリルアミド摂取の抑制に大きな効果を与えるものと期待できる。
参考文献
FAO and WHO, Acrylamide (2005) In “Joint FAO/WHO Expert Committee on Food Additives, Sixty-fourth meeting, Rome, 8-17 February 2005, Summary and consultations,” pp. 7-17.
 Mizukami, Y., Kohata, K., Yamaguchi, Y., Hayashi, N., Sawai, Y., Chuda, Y., Ono, H., Yada, H., Yoshida, M. (2006) Analysis of acrylamide in green tea by gas chromatography-mas spectrometry. J. Agric. Food . Chem., 54, 7370-7377.
 厚生労働省(2002)小麦のデオキシニバレノールに係る暫定的な基準値の設定について,食安第0521001号
 厚生労働省(2003)デオキシニバレノールの試験法について,食安発第0717001号
 厚生労働省(2005)食品衛生検査指針 理化学編2005,日本食品衛生協会,pp.585-598.
 杉山武裕,藤田かおり,蔦瑞樹,杉山純一,柴田真理朗,粉川美踏,荒木徹也,鍋谷浩志,相良泰行(2010)励起蛍光マトリクスによるそば粉と小麦粉の混合割合の推定,日本食品科学工学会誌,57(6), 238-242.
 蔦瑞樹,中村結花子,藤田かおり,柴田真理朗,吉村正俊,粉川美踏,杉山純一(2011),蛍光指紋と多変量解析によるマンゴーの産地判別,日本食品科学工学会第58回大会講演集,p. 114.
 中村結花子,藤田かおり,蔦瑞樹,柴田真理朗,吉村正俊,粉川美踏,杉山純一,鍋谷浩志,荒木徹也(2011)蛍光指紋計測によるマンゴーの産地判別,日本食品工学会第12回年次大会講演要旨集,p.48.
 農林水産省(2010a)飼料中のデオキシニバレノールについての一部改正について,22消安第1968号
 農林水産省(2010b)飼料中のゼアラレノンの暫定許容値の改正について,22消安第5365号
 藤田かおり,杉山純一,蔦瑞樹,小澤徹,柴田真理朗,吉村正俊,粉川美踏,久城真代(2012)蛍光指紋を利用したコムギ中のカビ毒の非破壊簡易検出法の開発,農業情報研究,21(1), 11-19.
 森永生科学研究所(2011)モリナガアクリルアミドEIAキット
 吉田充,小野裕嗣,亀山眞由美,忠田吉弘,箭田浩士,小林秀誉,石坂眞澄(2002)日本で市販されている加工食品中のアクリルアミドの分析,日本食品科学工学会誌,49(12), 822-825.
略歴

1981年    東京大学大学院 農学系研究科 修士課程修了 (農芸化学専攻)
 1981-83年  農林水産省 農業技術研究所 病理昆虫部 農薬科 農薬物理化学研究室勤務
 1983-98年  農林水産省 農業環境技術研究所 資材動態部 農薬動態科 殺菌剤動態研究室勤務
  この間 1988-89年 カリフォルニア大学 サンフランシスコ校 薬学系大学院留学
       1991年 東京大学(論文)農学博士
       1993-95年 国際半乾燥熱帯作物研究所(インド・ハイデラバード)留学
 1998-2000年 農林水産省 食品総合研究所 食品工学部 流通工学研究室勤務
 2000-2009年 農林水産省 食品総合研究所 分析評価部 状態分析研究室長
          (現農研機構 食品総合研究所 食品分析研究領域 状態分析ユニット長)
 2009年〜   農研機構 食品総合研究所 食品分析研究領域長

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