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中国における農産物安全確保の取組み
−CHINAGAPの動向に焦点をあてて−
九州大学大学院農学研究院・教授 南石晃明
上海海洋大学・副教授 陳 廷貴

1.はじめに

人々の健康を脅かす食品の安全性は、どの国でも国民の大きな関心事である。こうした背景の中、食品の原材料となる農産物の安全確保に対する取組みとして、GAP(Good Agricultural Practice)とういう考え方が世界的な広がりを見せている。本稿では、CHINAGAPの動向に焦点をあてて、中国における農産物安全確保の取組みを紹介する。なお、GAPは文字通り訳せば、例えば「適正農業実施」となるが、日本では「適正農業規範」が定着しているので、本稿でもこれに従う。中国では、「良好農業規範」と訳されている。

2.GAPの概要

 農業・食料・環境に関わる種々の問題解決を目指すための取組みの一つとして、農場リスク管理を実践するGAP(Good Agricultural Practice)という考え方が世界的に普及している。GAPの目標は広義には、食品安全確保、環境保全、労働安全確保、動物福祉維持と考えられている。推進主体によって重視する目的や推進方法が異なり、多様なGAPが存在している。
 主に食品安全確保に焦点をあてたものを「食品安全GAP」,主に環境保全に焦点をあてたものを「環境保全GAP」とよぶことがある。前者の代表例はCodex委員会が策定した食品汚染防止のための国際規範「食品一般衛生原則」に含まれるものである。この原則は、WTO(世界貿易機関)のSPS(standards and safety)協定上の国際規格とみなされるため、貿易上も重要な意味を持つことになる。後者は,EUにおいて農業者に対する直接支払のためのクロスコンプライアンス条件として用いられている。また、こうした区分とは異なり,EUの小売業団体が中心となって策定したGLOBALGAP(旧EUREPGAP)は、生産者・流通業者間の農産物取引のための農場認証制度である。中国政府が推進しているCHINAGAPやわが国で普及しつつあるJGAPは、GLOBALGAPの影響を強く受けている農場認証制度である。

3.CHINAGAPの現状

中国政府は、2005年12月に「CHINAGAP」認証の国家基準、2006年1月に「CHINAGAP認証実施規則」を公表した。CHINAGAP認証は2006年5月から始まり、2011年11月現在、発行された有効な認証証書は642件(うち632は自治体区分が明確)に上っている。地域別に見ると、天津、貴州、青海を除いてCHINAGAP認証企業が中国28の自治体(省、自治区と直轄市)に分布している。図1は上位15位の地域を示す。中には、浙江省、福建省と山東省が上位3位に入り、それぞれ88、68と54件の認証証書を取得している。上位15位の地域が大きく三つに分けることができる。それは浙江省、福建省なの沿海経済先進地域、安徽省、江西省など中部地域、四川省と新疆自治区など内陸地域である。明らかに沿海先進地域が多くの上位を占めている。


図1 CHINAGAP認証企業の地域分布
資料:CACNホームページ

認証品目から見ると、CHINAGAP認証が青果物や穀物など作物、畜産と水産に広がっている(図2)。野菜、果物など複数の品目が記載されている認証証書では、品目別に分類されており、642の認証証書のうち認証品目が明記されているのは370である。果物は81と最大で、全体の22%を占める。野菜がそれに次いで多く、79証書で全体の21%になる。青果物が全体の四割強に達している。そのほか、牛(47件)、茶(36件)、水産物(30件)、豚(21件)、穀物(17件)、鶏(12件)などの品目別認証がある。なお、牛には乳牛、子牛と肉牛が含まれる、豚には養豚と繁殖用の豚が含まれる。鶏にはブロイラーと卵鶏が含まれる。他の畜産にはカモとガチョウが含まれる。他の作物には豆類、葉タバコとヒマワリの種が含まれる。


図2 CHINAGAP認証の品目分布
資料:CACNホームページ。

4.CHINAGAPの政策的推進

GLOBALGAPやJGAPは、民間団体が推進する農場認証であり、その基準である管理点と適合基準は、民間団体が定めている。これに対して、中国では、国家基準として作成される点が、CHINAGAPの大きな特徴となっている。また、GLOBALGAPが対象とするのは、主に輸出向け農産物である。つまり、CHINAGAPは、中国政府によって、農産物輸出促進政策の一環として推進されている面がある。
 2008年、国家認証認可監督管理委員会(CACN)は、GAP普及を推進するため、青島において「GAP応用と発展フォーラム」を開催した。さらに2009年7月にCACNと政界銀行グループ国際金融会社(IFC)との共催で、「2009GAP国際フォーラム」を開催された。また、2010年11月には、「2010GAP国際フォーラム」が開催された。
 これらの国際フォーラム開催は、中国政府がCHINAGAPを政策的に推進していることを表している。例えば、「2010GAP国際フォーラム」では、CACNをはじめ、中国環境保全部、中国商務部、中国農業部、中国供銷合作総社など政府機関から開会の挨拶があった。このフォーラムでは合計24の報告があり、これらは三つに大別できる。第1は、CACN、CHINAGAP事務局、中国合格評定国家認可センター(CNAS)及び中国認証認可協会からGAP認証に関するマクロ的な紹介である。第2は、GLOBALGAP事務局、日本JGAP協会、タイのThaiGAP、および外資小売業者と食品安全検査会社の報告である。第3は、中国国内の研究所、大学、認証機構、地方の検査検疫局、生産者組織などからの報告であった。

5.CHINAGAPとGLOBALGAPの同等性認証

GLOBALGAPをベースにして、農場認証としてのGAPは、事実上国際標準化されている。そのため、輸出促進を目指すCHINAGAPにとって、GLOBALGAPとの同等性認証は、重要な意味を持っている。CHINAGAPの青果物と穀物は、2009年2月にGLOBALGAPのそれらとの同等性認証を実現している。GLOBALGAPホームページには完全にGLOBALGAPの同等性をもつ基準(Fully Approved Standards)として、CHINAGAP青果物と穀物の管理点と適合基準(CPCC)がリストアップされている。
 中国国内には五つの認証機関(CBs)がGLOBALGAPに認められ、CHINAGAPとGLOBALGAPの同時認証を行うことができる。認証取得企業の情報はGLOBALGAPホームページを通して、世界中の小売業者に公表され、国際市場進出・拡大に寄与し、国際競争力の向上が期待されている。
 しかし、CHINAGAPのGLOBALGAPとの同等性認証は完璧でもないし、メリットばかりでもない。世界的なハーモニゼーション(harmonisation)を図るため、GLOBALGAPはFBC(Full Benchmarked Standard)とAMC(Approved Modified Checklist)二種類の同等性認証のカテゴリを用意している。前者は総合規則(GR)及び管理点と適合基準(CPCC)を両方審査し、同等性検査(benchmarking)をクリアすることが要件である。それに対して、後者は管理点と適合基準のみが同等性検査の要件になっている。CHINAGAPのGLOBALGAPとの同等性認証は後者である。そのため、中国の農業会社がCHINAGAPとGLOBALGAPを同時に取得するために、GLOBALGAP のGRとCHINAGAPのCPCCでGLOBALGAPに認められるGBに審査しなければならず、後述のようにやはり高い認証コストが避けられない。また、GLOBALGAPとの同等性を保つため、GLOBALGAPの更新につれてCHINAGAPが絶え間なく更新しなければならず、多大な費用が生じる。現在CHINAGAPはGLOBALGAPのバージョン3(GLOBALGAP IFA version 3.0 / Crops / Fruit and Vegetables and Combinable Crops)と同等性認証を実現している。なお、GLOBALGAPは2012年からバージョン4に更新されている。

6. CHINAGAP認証企業の事例

2010年7月14日までに上海では15の企業がCHINAGAP認証を取得している。そのうち野菜が11社、一級認証が14社である。CHINAGAPとGLOBALGAPとの同等性認証が青果物と穀物に限定されているため、ここでは4社の野菜認証ケースを事例分析対象として取り上げる。事例AとBは共に会社でありエリンギとシメジを生産している(写真1、表1)。事例CとDが専業合作社会社で、Cはカリフラワー、アスパラガス、ブロッコリー、Dはアスパラガスのみを生産している。CHINAGAP以外に、全員が緑色食品A級認証を取得している。事例AとBがISO22000認証、事例BがHACCPとISO9001認証も取得している。


写真1 作業風景

 

表1CHINAGAP認証企業の概況

 

事例AとBはヨーロッパ、アメリカ、カナダなどに輸出しており、うちヨーロッパへの輸出が一番大きい割合を占め、GAP認証が重要な意味を持つ。特にA社が40%の農産物を輸出し、うち30%がヨーロッパ向けであるため、GAP認証を非常に重視している。GAP認証の目的も国際市場の拡大と食品安全イメージの強化を明確にし、決して政府から要請されたわけではない。CHINAGAPとGLOBALGAPとの同等性認証実現後、A社が第一号としてCHINAGAP認証とGLOBALGAP認証を同時に取得しており、このことは、GLOBALGAPホームページで公表されている。また、A社の輸出品の包装にはGLOBALGAPのロゴが印刷されている(写真2)。GLOBALGAP認証により、A社の輸出量が20%増加し、GAP認証の輸出促進効果は明らかといえる。


写真2 GLOBALGAPロゴ

一方、事例CとDは国内向け生産を行なっており輸出していない。しかし、国内販売のGAP認証農産物は、販売量及び販売範囲は拡大していない。これは、CHINAGAPでは、国内市場で認知度が低く、関連業者や消費者からの需用が少ない現状がある。

7.おわりに

本稿では、CHINAGAPの動向に焦点をあてて、中国における農産物安全確保の取組みについて述べた。一般に、GAPの目標は、食品安全確保、環境保全、労働安全確保、動物福祉維持であり、農産物安全確保はその一つに過ぎない。しかし、農産物安全確保は、農産物貿易上も有用なテーマである。わが国は中国から多くの農産物を輸入しており、また、わが国から中国への農産物輸出拡大への期待もある。今後も、CHINAGAPの動向には目が離せない。なお、本稿の詳しい内容については、参考文献を参照されたい。
参考文献
南石晃明[編著](2010)東アジアにおける食のリスクと安全確保、農林統計出版、287pp.
南石晃明(2011)農業におけるリスクと情報のマネジメント、農林統計出版、448pp.
陳廷貴・徐忠・陳林生・南石晃明(2011)GAP の動向と課題〔7〕−CHINAGAP の新動向−、農業および園芸、86巻4号、pp.458-465.
略歴
南石 晃明 (なんせき てるあき)
1957 年,岡山県生まれ
九州大学大学院農学研究院・教授
農学博士(京都大学)
専門領域は,農業経営学および農業情報学.
米国コーネル大学留学,岡山大学大学院修了後,農林水産省入省.農林水産省農業研究センター研究室長,独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構研究チーム長などを経て,2007年4月から現職.農業情報学会学副会長,日本農業経営学会副会長,日本農業経済学会常務理事,福岡県農業・農村振興審議会会長,特定非営利活動法人農業ナビゲーション研究所代表理事などを務める.
主要編著書
「東アジアにおける食のリスクと安全確保」(編著,農林統計出版),「食料・農業・環境とリスク」(編著,農林統計出版),「農業におけるリスクと情報のマネジメント」(単著,農林統計出版),「次世代農業と企業経営―家族経営の発展と企業参入―』(責任編集,養賢堂),「不確実性と地域農業計画─確率的計画法の理論,方法および応用─」(単著,大明堂),「確率的計画法─不確実性に挑む知恵と技術─」(単著,現代数学社),その他分担執筆多数.
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