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食品防御(フードディフェンス)の考え方と企業の取り組み
国際食問題アナリスト(コーネル大学終身評議員)
松延 洋平

はじめに

不確実性をます食の安全;
――グローバル化の中のリスク・危機管理の鍵は「フードディフェンス」――

食の安全に対しての関心は、強まりこそすれ弱まることはない!これが世界共通の現象です。わが国では特に2011年3月11日に放射能汚染事故が発生してから市民・消費者の間で安全問題は強い願望となりました。それが月を重ねるごとに、ますます複雑化した深刻な要請となって表れています。当分この放射能汚染の問題は解決の方向すらさだまらないままの状況が当面続いていくものと覚悟しなければなりません。食品企業にとってもこれは深刻なリスク・危機管理の課題となって来つつあります。別途の機会で深く議論したいと願っています。
最近の「食の安全」に係る国内・海外の政治経済情勢は激動し、複雑な事態の変化をますます加速させている姿など食品防御(フードディフェンス)という課題を取り巻く幅広い背景をまず理解頂きたいと思います。
「フードディフェンス」という課題は、日本の食品企業経営では「まずは国民性の問題だ」とか「伝統的な労使関係や職場の風土から日本経営になじまない」などと片づけてしまう傾向がありました。本来自ら理解に努めさらに普及にも率先して取り組むべき官庁・団体自体もそれに甘んじてきている状況が続いて来ました。
しかし欧米の工場・事業所などを訪問する機会を得た日本の企業人が難しい手間を克服しつつ既に現場に確実に浸透している姿を見てそれから段々と真剣に検討し始めている過程にあります。
さて、最近の農産物の需要が新興途上国を中心として拡大し、気候不順、投機マネーなどによる需給と価格の不安定さの食料の安全保障の課題が注目を集めています。不安定な国際政治と経済情勢さらに放射能汚染問題も加わり食の安全問題に種々の影が投げかけられてきていることもフードディフェンスの課題がわが国でも遅ればせながら関心が高まってきていることの背景にあります。
思い起こせば、中国冷凍ギョウザ事件は当然市民や消費者にとっては恐怖の事件でありました。既に国際会議等で警告をたびたび聞かされていた大手食品流通企業トップにとってもともと関心を高めつつある課題でした。さて今や食品企業等にとって消費者へ安全な食品・食料を安定的に届けていくことはますます重大な社会責任と逃れられない企業責務と受け止められています。
一方むしろ事柄の性格上、企業戦略やビジネス機会ともなっている戦略課題です。

[ I ]遅れてきたわが国「フードディフェンス」とその経緯と背景

――求められる「官民連携の強化」――

これは職場・雇用をあるいは生活を護る上での大きな鍵になる課題ですが同時に多様なビジネスチャンスに溢れる領域として興味深い経営課題・テーマです。そもそもわが国で今までにグリコ・森永事件、中国冷凍ギョウザ事件ほど世界に名の通った大事件でないにしろ多くの悪意の食品事件が発生しています。それにも拘らず肝心のこの問題の認識は低いままで推移していることに不思議さを感じる海外の専門家は少なくありません。最近やっと諸官庁や自治体、食品産業、消費者団体、農業団体などもが、世界の流れに遅れていないのかと大変懸念し始めている状況にあります。
あれは特別な事件だからとして失敗から十分学ぶ前に、すぐに忘れ去りたいとする傾向が他の国と対比して強いといわれます。しかし、日本の社会でも実は潜在的に強烈に消費者に記憶が残っていて従って数年前の中国冷凍ギョーザ事件などは類似の事件を起こした企業は消費者からの厳しい負の反応に一挙に直面させられることになります。
雪印食中毒事件からでさえもっと多くの教訓を学べた筈ですがこの事件の本質は何だったのかは行政課題としても、産業的実際的教訓としても、まだまだ残されたままだという感じを私は持っています。食の安全の世界でまさに大変な変革が起きつつあるものと痛感し続けて私はここ20数年間、国内・欧米の現場などに足を運んで参りました。現場の実情を自分の目で見た上で、さらに産官学即ち産業界や企業のリーダーや政策担当者と交流をつづけて議論を重ねて来ました。
しかし特に食品への意図的な異物や毒物混入が「フードディフェンス」あるいは食と農へのテロの脅威として盛んに論じられて来たのは、9.11事件以来のことです。そこでそれからどのような大変革が起きているかということの概略を以下、要約します。
9.11事件に大衝撃を受けた米国政府・議会は、以来産業・社会・生活を護るための重要インフラとはなにかを徹底的に分析・点検しました。その結果、食品・農業・水その他情報、金融などの十数の分野を認定して徹底的な防衛対策を講じることにしました。米国でも毒物や異物の意図的な混入事件はもともと多くそのための研究も対策も実は相当進んでいたのです。しかしどうしても今までの対策の範疇に入らなかった毒物や毒性生物などへの防御に取り組まざるを得なくなりました。食品企業の製造・加工・流通過程などにも今までにないシステムを構築し、より厳しい視点から厳重な対策を講ずる必要性に迫られたのです。
世界保健機構WHOなどでも同時並行的にこの課題に取り組みガイドラインを発表しました。そこでは、世界的に農産物貿易が拡大している現代では食安全や食品衛生に係る分野・領域でも従来型の発想や対策では、とても間に合わない事態が起きつつあることを強く指摘しています。特に食品・農業の悪意の汚染・テロまでの脅威が現実化しつつあり其の被害が甚大となることを強調し、これに対応する難しさも認識する必要が指摘されました。
以来、食品の安全性の確保する方法を、「フード セキュリティ;(FOOD SECURITY:食品安全保障)」、フード セイフティー(FOOD SAFETY;食品安全)」、フードディフェンス;(FOOD DEFENCE;食品防衛)」の3つの概念に大別されるとされています。

[ II ]これからどうする?!

――「安全」の構築には透徹した目配りと確実な実行体制を――

自然に発生する食品中毒問題へ対処する課題については、手法としては国際基準であるHACCP等があります。わが国でもその導入普及により幸いにもフードチエーン全体の食品衛生管理水準は向上してきています。しかしその米国ですら加工食品・生鮮食品にも最近数年間に広域にわたり食中毒が多発しておりオバマ大統領が食品安全に係る制度を抜本的に改革することを公約し制度改正が70年ぶりに行われました。テロ対策はもとより食の海外からの輸入食品/産品の増大を受けてその検査制度の大改正などが含まれています。当然日本その他の諸国にも大きな影響が出てくるものと思われます。重要な課題ですが別の機会に詳しくお話いたしたいと考えます。
食料の海外依存度の高いわが国では最近のわが国を取り巻く周辺国や輸送海域の事情も懸念すべきこととして重要性を増しています。食料の量的な確保の懸念が市民や国民の間に高まると国の安全保障の根幹問題となり同時にそこで確実に社会全体の不安定さパニックに繋がる問題となります。ところで、食安全の重要な柱であるフードディフェンスについては、わが国では経済構造や雇用労働関係、情報手段などが急激に変化しつつあるだけにまずは幅広い視点での検討から始めて行く必要があります。即ち内外の原料生産現場・農場から製造工場、貯蔵・流通施設、中食お惣菜の販売の場さらに物流の現場など上流から川下まで従来の常識にとらわれない目配りをする必要があります。
さらに実行体制も重要です。諸作業の現場や製造加工の場での不祥事対策や職場環境での不満不服の処理、日常のコミュニケーションの円滑化や内部通報、外部委託先への意図的な妨害行為や厳しいクレーム・苦情申し入れ等にまでますます多様化する局面に対応する必要から手法も柔軟かつ創造的なシステムを弾力的に採用したけばなりません。 動機分析も重要ですがわが国ではその理解も経験も充分でありません。今や産業界でも不注意、事なかれ主義による不作為や「未必の故意」などから発生する事件・事故、さらにアウトソーシング先や委託先も含めた総合管理の面で不備であることが指摘されています。無防備な状況で放置すればそれを見て部外者が誘発される事例も指摘されておりさらに動機が多様化しつつあることへの配慮が必要です。
一方、先端的技術の普及も早くなり最近特に研究所や教育機関などでの研究管理の不十分さや、研究者等の複雑な動機などへの配慮が国際的に活発に議論され始めています。予防防御が困難なこともあり海外の動向に絶えず目を配ることが大事です。
感染性の強いウイルスなどは経路や原因の究明が著しく困難であるので感染症的な現象が発生した場合、必ずバイオテロの疑いが伴います。その代表例が口蹄疫ウイルスを家畜や牧場などに散布された場合の巨大な経済被害など米国では最も警戒されているアグロテロの脅威です。
これから我々は健康・身体の損傷などの直接被害に加えて経済活動の障害・停滞や一般市民・個人への社会心理などの生活の影響等の間接被害・損害も含めた「フードディフェンス」に目を向ける必要が高まっています。最近は海外からの警告のメッセージはますます声が大きくなっておりその警告のための訪日チームの頻度も高まっているのが現実ですがわが国の産官学メディアなど反応は極めて遅く鈍感・無責任と言う声さえ挙がっています。
この12月には、極めて衝撃的な鳥インフルエンザの開発方法の発表をめぐり産官学とメディアとの間で、国際的な世論を巻きこむ騒ぎがおきていますが、じつはこれと類似の事件が、数十万人被害者を予想した市乳への毒物混入の方法の研究成果をめぐって数年前乳業界・行政・学会挙げて大論争になっています。

[ III ]食品企業が自らを護る「フードディフェンス」

――「想定を超えて」危険の予測と弱点の分析に始まる企業防衛の姿――

グローバル化が急進展する現代!激動する政治・経済や流動化する社会!十分検証し尽くせない科学技術!食品におきる災害の要因や加害の形態は激しい変化や事件の影響をうけ、今までにない形の対策や備えを突然に構築することが求められるようになってきています。いつ起きるかも知れない加害や被害を幅広く予測し徹底した分析の上でそれを未然に防ぐあるいは最小限に止めるためには、現場等でどこが攻撃を受け易いかなどを点検し食品の加工等の脆弱性を克服するための効果のある手法開発に全力を挙げることが要求される時代となりました。まさに「想定外」が許されない事態となった感があります。
先に述べたように連邦議会が食と農業に係る重要な防衛対策として必要と指摘してきた事柄はあまりにも幅広いものでありかつ未経験のものが多かったため、FDA(連邦食品医薬品局)等は従来の食品行政を担当する省庁としてはとても対応しきれないものと判断せざるを得なかったのです。そこで軍で開発され用いられてきたメソッドを導入する途を選択して対応せざるを得なかったとその厳しい経緯を担当責任者は私に述懐していました。
これを基に後に食品産業自体が企業防衛策として開発しさらに経済・心理的影響という被害者側の衝撃(ショック)の評価を加えて活用しているものです。それが「CARVER PLUS SHOCK分析」です。
このように食品企業は従来の所管官庁に加えて、連邦疾病管理・予防センターCDC,や連邦捜査庁FBI、軍などいくつかの組織と新たに密接に連帯をしなければならない事態が生まれてきているのです。残念ながら、安全への防衛意識がまだまだ低いわが国食品企業にとってはこのシステムのような悪意の行為へ自ら率先して施設等の弱点を評価し、前向きに対策を講じることは容易ではないことは当然です。
米国食品企業の幹部にとっても、今まで接触がなかったFBIのような異質な官庁とは当然のことながら初めから円滑に連帯に入れたわけではありません。官庁サイドも食品の加工流通など初歩から相当の勉強もし、企業活動への理解を深める努力を開始してこの種の連帯が段階を踏んで堅固になっていった経緯があります。
米国においても当初企業にとっては 負担が増えることへの拒否感がありました。しかし安全が総合的に確保されることが如何に重要なことかを消費者も実感してきてそれが食品流通などにも反映してきたためビジネス継続のための必要コストとして受け止められてきています。しかしより大事なことは、この人為的な食品汚染への対策「フードディフェンス」の視点をも加えることにより食品全体の安全性や衛生水準は従来の食安全水準よりはるかに向上してきたという現実です。

[ IV ]新しい脅威の克服のために必要な連帯とガバナンス

一方これからわが国でも特に農産物原料確保と価格の両面で今後は食の供給事情が急速に変わる可能性もあり大手食品加工流通企業等が海外の動向に敏感にならざるを得ません。同様に消費者や市民の国際情勢への意識も変化しつつあります。食の安全問題を取り巻く新しい事態に適合出来るよう絶えずやり方を見直し必要に応じてシステムを変えていく必要があります。確かにフードディフェンスを導入するには従来の慣行的な作業や施設の管理のあり方を相当変更することも必要になります。日本では特に点検チェックや監視などの強化が伴うと長年続いてきた労使間の信頼関係が損なわれるのでないかという経営者側の懸念が強いことは否定できません。しかしこれは海外の食品工場などでも日本以上に同じ様な困難に直面しながらも、むしろ職場環境を積極的に改善したり、多様化する従業員などとのコミュニケーションを一層配慮するなど懸命の努力を払って対応し克服してきている事例が少なくありません。
もう一つの組織的な困難さとして指摘されるのは、今までより多くの分野の専門家の協力を得ることや異業種間の共同作業――例えば輸送や原料分野との「絆つくり」(アライアンス)などが必要になることです。しかし、わが国の食品企業を取り巻く諸環境に危機管理を強めなければならない事態が進行しつつあります。その現状を理解しその危機感から経営全体の改革への努力を始めている企業経営者も少なくありません。同時に消費者・市民などの動向が極めて重要であるので教育分野の協力もますます必要です。
フードディフェンスで大前提となるのは、まず経営側での企業ガバナンスの問題です。「セキュリテイー」と同時に「透明性」、そして「風評被害」などは相互矛盾性の高いあまりにも重大な課題です。例えば核心的な内部情報等を把握しさらにより厳しい情報管理の強化が図られているか否です。また一方企業の透明性への信頼を確保するためどのように官側へも消費者へも情報公開を徹底出来るかが問われます。官側にも同様の機密情報が的確に移転されるために格段の体制整備と意識改革とが求められます。企業が必要な情報の外部提供や対外発信をするに当たってその仲介的役割を団体や第三者的機関が果たす役割はなにか等産官学の連携の上に前例のないタイプの対策を積み上げていく海外の姿特に欧米企業がどのような努力をしたのか是非参考にすべきです。

[ V ]加速化するグローバル化と技術革新

――破壊的被害を防ぐリスク管理と危機管理の融合――

グローバル化に伴う経済環境や国際貿易、環境破壊、国際紛争や所得格差や外国人労働者問題などの要因はそれ自体インパクトを強めています。さらには技術革新の加速化などで発生する諸々の危険因子も複雑に絡み合い想像を超える状況を作り出しています。それよりも深刻なことは被害規模も大規模・広域化し、より破壊的になる恐れがあることです。
あらかじめ充分多面的にリスク分析評価をしておくことが大事です。しかしその周到なリスク分析の予測を超え「予想外」の事象が発生する事態を無視できなくなっているという主張が強まっています。
米国では予兆の段階からの探知の必要性の認識が高まっています。すなわち、前兆・予兆の段階から把握するため今まで無縁と思われてきた諸々の専門分野の力をも駆使してより多方位的な監視感知のアンテナを巡らす探知監視を継続実行するネットをつくる動きです。しかしその成果を直ちに「警報・予告」に載せていくシステム整備を図る防禦戦略もさらに 必要です。リスク管理と危機管理をむしろ相互に関連性が強い連続したものとして受け止めるべき事態が多くなってきています。自然災害や感染症被害であろうと食中毒や作為的な混入や悪意の攻撃であろうと、緊急事態の対応策を事前に十分検討しそれを地域毎に地理空間システムGISとして構築しておく事が大事です。
ある程度のリスク管理が進むことが一方で滅多に起きるはずのないことへの備えを弱める結果となりうることは当然なことです。国家や自治体レベルでの危機管理体制がどこまで進んでいるのか確認することは企業・個人レベルでの危機管理にとっては重大な現実問題です。

[ VI ]最後に:食品企業が直面するこれからの食品防禦の課題

―― 予知 ―― 事前措置から緊急時対応 そして事後処理・救済まで

これから我々がこれらの対策を考えるのに特に留意すべき重要な課題点があります。
第1に、最悪のシナリオを想定しそれを前提とした対策でなければならないこと;
第2に、これと併せて、発生を完全に防止できなかったときにも損害・被害を可能な限り軽減し最小化するにはどうしたら良いのかという視点からあらかじめ検討し尽くした内容でなければならないこと。
第3に、グローバル化時代ではこれらは、国際基準を意識した形まで整備していくことが求められることなどです。
生活の基盤たる「食の事業」は出来るだけ早く打撃から立ち直ることが地域の消費者からも取引上の顧客・需要先からも求められます。サプライ・チェーンがますますグローバルに広がる現代ではなおのこと再建計画は、食の安全を脅かす最悪の事態をあらかじめ予測して、「事業継続計画BCP」に沿ったものとする必要があります。このような考え方は今や国際基準に近い形まで成熟しつつあります。
とすれば、かつてないほど広範囲な学際と異業種の業際間も協力を進めるためには、新たな産学官(政)連帯の基盤作りが必要であります。緊急事態が起きてからの応急の緊急時対応の重要性はもとより事後処理・復旧対策を行うことの重要さがますます強調されつつあります。これからの「食の安全対策」とはどこまで広げて考えるべきかまさにこれからの食品防御「フードディフェンス」とはその問題意識の中心に位置つけられる課題ではないかと感じさせられています。
著者

松延 洋平(まつのぶ ようへい)
国際食問題アナリスト

略歴

・1960年に東京大学法学部卒業、農林水産省に入省。
その後フルブライト奨学金を得てコーネル大学経営学大学院留学。

・「食品・農業バイオテロへの警告」(日本食糧新聞刊、2007年)を出版。

・欧米の数多くの現場訪問による先進的システムとその厳格な実践の観察をもとにして食と農の安全保障と農産物・食品の貿易・加工・流通、知的財産権、新型感染症の影響等に関して講演、論文多数。日本食品衛生学会学術講演会にて『食品衛生と危機管理のグローバルシステム構築への課題』として特別講演。

・中国餃子事件発生の事態を受けて、新しい食安全の枠組みを巡る海外国内の諸情勢を分析した成果を発表特に具体的な食品防御対応方策を学術的に裏付けた。

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