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細菌性赤痢による感染症・食中毒

岩手大学・盛岡大学
日本食品衛生学会会長 品川邦汎

1.はじめに

赤痢菌は、1897年志賀潔により発見されその名に基づいてShigella(S.dysenteriae)と命名されその後、他の赤痢菌3菌種も発見者に基づいてS.flexneri, S.boydii, S.sonnei と名付けられた。本菌は遺伝学的には大腸菌と同一菌種に属すが、歴史的背景およびヒトの感染症起因菌であることから独立したShigella 属に分類されている。

2. 細菌性赤痢の疫学

赤痢には細菌性赤痢とアメーバ―赤痢があり、前者は赤痢菌によって発生し、世界的に蔓延しており、特に栄養不良および衛生環境の悪い発展途上国では重要な感染症の一つである。細菌性赤痢の主な感染源はヒトであり、患者や保菌者の便またはこれらに汚染した手指などを介してヒトへ感染する。また、動物の中ではサルなどの霊長類が感染し、サルからのヒト感染症例もみられる「人獣共通感染症」でもある。
 ヒトの感染菌量は極めて少なく10〜100個(cfu)で感染・発症し、ヒトからヒトへの直接伝播を示し、家族内での二次感染も多くみられる。また、本感染症は食品や飲水による代表的な「食水系感染症」であり、特に、上水道が十分普及していない発展途上国では重要な消化器感染症である。 過去、わが国では感染者の多くは10才未満の小児であったが、近年では東南アジアなどで感染をする青年層の患者が増加している。

3.赤痢菌

1)分類
 赤痢菌(Shigella )は、Enterobacteriaceae (腸内細菌)科の独立した菌属として分類されているが、生化学的および血清学的性状は大腸菌(Escherichia coli )に近似し、両者のDNA間の相同性は高く、分類学的には大腸菌と同一菌種に属すことを示している。
 Shingella 属は下記の4菌種に分けられており、これらはそれぞれA群、B群、C群、およびD群とも呼ばれる。
(1)Shigella dysenteriae (A群:志賀赤痢菌)マンニトール非醗酵性。
(2)Shigella flexneri (B群:フレクスナー赤痢菌)マンニトール醗酵性。
(3)Shigella boydii (C群:ボイド赤痢菌)マンニトール醗酵性。
(4)Shigella sonnei (D群:ソンネ赤痢菌)乳糖、白糖を遅延醗酵。
2)生化学的性状
 本菌は、グラム陰性短桿菌の通性嫌気性菌であり、ブドウ糖からのガス非産生、乳糖および白糖は非醗酵(S. sonnei は遅延発酵)で、リジン、オルニチン陰性を示す。また、鞭毛を保有せず非運動性菌で、鞭毛保有(一部、保有しない菌あり)の大腸菌と区別するための重要な性状の一つである。
3)血清学的性状
 Shigella は、O(菌体)抗原による血清型に分けられているが、これらのO抗原はE.coli と密接に関連している。S.dysenteriae は1〜13血清型に区分(このうち、志賀赤痢菌は血清型1に属す)、S.flexneri は1a,1b,2a,2b,3a,3b,4a,4b,5a,5b,6,XおよびYの13血清型に、S.boydii は1〜18血清型に分けられている。他方、S.sonnei は1つの血清型しか認められないが、S〜R変異に類似する抗原変異が高頻度に見られる。なお、S型はT型、R型はU型と呼ばれる。
4)病原性
 赤痢菌は、ヒトおよびサルなどの霊長類だけに感染する宿主特異性を示し、他の動物への感染例の報告はみられない。経口摂取された赤痢菌は大腸上皮細胞内に侵入し、隣接細胞へ再侵入を繰り返しながら上皮の壊死、脱落を起こし血性下痢を呈す。A群赤痢菌(S.dysenteriae )の一部は、感染後腸管内で菌体外毒素(志賀毒素)を産生し、細胞毒性を示す。ヒトに対する病原性は、A群赤痢菌が最も強く、次いでB群(S.flexneri )であり、D群(S.sonnei )の病原性は弱い。国内での感染症・食中毒事例はS.sonnei によるものが圧倒的に多く、70〜80%を有している。
5)環境的特性
 本菌の発育温度は6.1〜44.1℃(至適発育温度は32〜37℃)で、発育pH域は4.9〜9.3(至適pH 6.8〜7.2)、生残性はpH4.0〜4.5で約4時間、pH3.0で30分間である。また、本菌は乾燥状態に弱く、この他の物理的抵抗性も高くない。一定量の水分を含む食品(牛乳、卵、エビ、カキ、ハマグリなど)中では25℃で50日間以上の生残性を示す。また、酸性食品(オレンジジュースなど)中では1〜6日間、マヨネーズサラダ、ホワイトチーズなどでは13〜92日間生残し、さらにバターやマーガリンなどでは、脂肪を含まない食品に比べて2倍以上の生残性を示す。食品中での赤痢菌増殖性は、雑菌の多少により大きく異なり、雑菌汚染のない食品では22℃、2日間保存によって106〜107cfu(個)/gに達する。

4. 感染症(食中毒)臨床症状

赤痢菌に感染(または汚染食品を摂取)し、1〜7日(通常4日以内)の潜伏期後、腹痛、水様性下痢、嘔吐、悪寒を伴う発熱、全身倦怠感などを呈し急激に発症する。発熱は1〜2日間続き、重症例ではしぶり腹(テネスムスを伴う頻回の便意)を呈し、膿粘血便のみを少量ずつ排出する。通常、S.dysenteriaeS.flexneri は典型的な赤痢症状を起こすことが多いが、S.sonnei は軽度な下痢、あるいは無症状に経過することが多い。

5. 赤痢菌感染症

1)感染症・食中毒の届け出規制、基準
 感染症法では、細菌性赤痢の患者・疑似症患者および無症状赤痢菌保菌者を診察した医師は最寄りの保健所への届け出が義務付けられていた。しかし、平成18年12月の感染症法の改正により、細菌性赤痢は消化器感染症であるコレラ、腸チフス・パラチフスと共に2類から3類感染症に変更された。これにより、疑似患者の届け出は対象外となり、また勧告による入院もなくなった。さらに、平成年16年10月から本菌に感染しているサルを診断した獣医師は、保健所への届け出が義務付けられた。
 他方、平成11年食品衛生法施行規則が改正され、これらの消化器感染症菌による食中毒の発生において、本菌が原因と判明した場合、これを原因物質として届け出することと定められた。それ以後、厚生労働省食中毒統計には、赤痢菌による食中毒事件の項目が区分けして掲載されるようになった。
2)わが国での感染症の発生状況
 わが国では平成14年以降、赤痢菌の感染者数は毎年699〜181名と増減を示しながら減少してきている(表1)。季節的な患者発生数については差違はみられない。また、感染者の半数は東南アジア、アフリカなどで感染した人であったが、平成19年6月以降、空港などの検疫所では下痢者の検便を行わなくなり、有症者でも症状の軽い人はそのまま入国し、その後も医療機関に受診しない者もいると推察されており、そのため国外感染者の報告事例も減少してきている。平成21年の感染者(181名)の内、国外からの感染症例は126名で、この内アジア(インド、インドネシア、ベトナム、カンボジアなど)での感染者102名、アフリカ11名、その他13名であった。
 わが国で分離された赤痢菌の菌種(血清群別)について、各自治体の衛生研究所(検査所)と検疫所からの報告された菌種を図1に示す。S.sonnei が最も多く79.0% (各年で68〜90%)、次いでS.flexneri が17.2% (各年9〜26%)で、その血清亜型は2aが多かった。この他、S.boydii (2.5%), S.dysenteriae (1.3%)であった。
3)諸外国の発生状況
 米国では細菌性赤痢は法律による届け出感染症(Nationally Notifiable Infectious Disease)に指定されており、症例については報告時(7日以内)に電子媒体により報告することになっている。CDCサーベイランスデータによる発生状況を表2に示す。2006年〜2010年の発生数は13,882〜21,357名である。
 また、欧州のECDC(European Center for Disease Prevention and Control) でもサーベイランスの対象にされており、そのデータによると2005〜2008年では、毎年6,513〜8,258名である(表3)。
 この他、豪州、ニュージーランドも細菌性赤痢を届け出対象感染症としている。
 FAO/WHO合同微生物学リスク評価専門委員会の会議で、葉野菜やハーブに関連する危害要因の中で、高いものとして赤痢菌があげられている。また2007年、デンマークとオーストラリアでタイ産のベビーコーンによる本菌食中毒事件も報告されている。
4)サルの感染例
 赤痢菌感染サルを診察した獣医師からの保健所への届け出数を表4に示す。 これらの動物は下痢など何らかの症状を呈し、それらを獣医師が診療し発見されたもので、その多くは輸入される前に感染(保菌)していたと考えられている。
 また、サルから分離(2000〜2009年)された菌種については、ヒトからの分離菌種に比べて明らかに異なりS.flexneri が圧倒的に多く、96%以上を占めており、この他の菌種はS.boydii (2%)、S.sonnei (1%)、S.dysenteriae (1%)少なかった。また、S.flexneri の血清型は2a(18.7%)、3a (13.4%)、3b(17.1%)によるものが多くみられる(図2)。

6. 赤痢菌食中毒

1)わが国での発生件数と患者数
 平成12〜20年、わが国で発生した赤痢菌による食中毒事件とその患者数を表5に示す。全体的に発生件数は少なく、全く見られない年から年3件以内であり、その患者数も10〜103名と、1事件あたりの患者数は数名〜10数名程度の小規模事件が多い。しかし、平成13年11月下旬から西日本を中心に30都道府県において159名の赤痢菌患者が発生し、この内カキ喫食者は110名であたとの事例が報告されている。
 これら食中毒の原因食品は不明のものが多く、また原因判明した事例でも単に「食事」と報告されている。平成20年福岡市で発生した食中毒3事例について原因食品の究明が行われ、事例1では「コース料理:23/35名(喫食者35名中患者23名)、事例2.「居酒屋料理:3/5名」および、事例3. 「出前料理:105/855名」であったと報告されている。また、事例1の「コース料理」では、その原料に用いられた食品の中の「輸入冷凍鮮魚介類:ベトナム産冷凍アオリイカ」が原因であった可能性が高いと示唆されている。さらに、その後発生した事例2の「居酒屋料理」の事件も「ベトナム産冷凍アオリイカ」の輸入冷凍魚介類の関与が疑われている。
 赤痢菌食中毒の原因施設(発生場所)については、飲食店での発生が比較的多くみられる。
2)外食チェーン店による食中毒
 本年8月20日〜24日(感染症発生動向調査第34〜36週)に東北地方(福島、山形、宮城、青森および神奈川県)を中心に同系列外食チェーン店で赤痢菌(S.sonnei )による食中毒(患者52名)が発生した(表6)。その原因食品(共通食品)は「漬物」であったと推定されているが本菌は検出されなかった。これらのチェーン店に食品および原材料を納入していた仙台Aセンター(工場) は営業を休止し、原因究明および施設内の衛生対策(施設の改善、徹底した消毒など)が行われた。また、これらの症例(患者)から分離された菌株の分子疫学解析(MLVA)では全て一致したと報告されている。さらに、本事例に引き続いて福島県において37週後に2例、第38週後に5例の感染者発生が報告されており、これらの症例からの分離菌株も外食チェーン店の事例菌株とMLVAは一致していた。これらのことからS.sonnei に汚染された食品を介して複数での広域感染、またはそれらに関連した二次感染が継続していたことが疑われた。これらの感染源・感染経路については引き続き喫食調査や食材の遡り調査や分子解析などの疫学調査が必要であるといわれている。
3)赤痢菌食中毒の関連食品の汚染調査
 カキによる食中道事件の発生がみられることから、2005〜2007年に生食用カキによる食中毒菌調査が行われた。しかし、赤痢菌の汚染(181〜187検体/年検査)は全く見られなかった。また、2007年10月デンマーク、オーストラリアで発生した「タイ国産ベビーコーン」による赤痢菌食中毒に伴う検査、および2008年7月福岡市での「ベトナム産冷凍イカ」による事件に伴う検査で、わが国への輸入時の検査では総て陰性であった。

7. 治療および予防

本菌感染症(または食中毒)患者の治療は、輸血、食事療法などの対症療法により全身状態を回復させつつ抗菌薬投与(除菌)が行われる。フルオロキノン系のシプロフロキサシン、ノルフロキサシンなどが有効である。しかし、S.sonnei 感染症の多くは48〜72時間で自然治癒し、抗菌薬療法はあまり必要としない。一方、発展途上国などでは、特に幼児などでは重篤になることが多く、注意が必要である。また、患者の2〜3%が粘液性潰瘍、直腸出血、HUS溶血性尿毒症症候群などを呈すことも知られている。
 感染防止対策として、個人レベルでは食品を十分に加熱調理して喫食すること、また石鹸などを用いて手洗いを十分に行う。家族内の二次感染例も多いことから、十分に注意することを家族人に認識させること。日本では発展途上国での感染者が多く、国外では生水、生ものの飲食を避けることが重要である。また、国外感染については、帰国時に感染の疑い(下痢、発熱、腹痛などの症状を呈する者)がある場合、検疫所、保健所で健康相談を受け、また早期に医療を受け、治療することが大切です。
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