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生食用食肉による腸管出血性大腸菌による食中毒とその予防)

岩手大学特任教授・名誉教授
日本食品衛生学会会長
品川邦汎

はじめに

わが国で市販・消費されている食肉は、と畜場法によってその動物種(家畜:牛、馬、豚、緬羊および山羊の5種)が規定されており、と畜場において専門検査員(獣医師)により、一頭ごとに疾病の有無の検査、および安全な食肉の生産のための衛生監視・指導が行われています。これに対し、猪肉や鹿肉などについては狩猟者自身の責任おいて喫食することとされています。
 疾病に罹っていない健康な動物(家畜)でも、その腸管や内臓などには、ヒトに食中毒を起こす腸管出血性大腸菌(EHEC:Enterohemorrhagic E.coli),カンピロバクター(Campylobacter jejuni), サルモネラ(Salmonella Spp.)などを保菌している場合があります。これらをと殺・解体すると畜場では、食肉への食中毒菌の汚染を防ぐため衛生的なと殺・解体処理に努めていますが、しかし、汚染の全くない食肉・内臓肉を生産することは困難です。これらの食肉および肝臓、胃・腸管などの内臓を、不適切な加工・調理や不適当な温度で長時間保存を行うこと、または、これらを生食すること、および不十分な加熱処理で喫食すること、などによって食中毒の発生が見られています。
 本稿では、食肉(内臓肉を含む)の生食によるSTEC食中毒発生とその予防について紹介します。

1.腸管出血性大腸菌(STEC)の特徴

大腸菌はヒトや動物の腸管内に正常菌として棲息〔糞便中105〜106個(cfu)〕しており、その多くは非病原性です。しかし、一部の大腸菌にはヒトや動物に病原性を示すものがあり、これらは病原性大腸菌(腸管病原性、腸管組織侵入性、腸管毒素原生、腸管出血性および腸管凝集性大腸菌の5種類に分類)と呼ばれています。これらの中で特に、腸管出血性大腸菌は志賀赤痢菌の産生する毒素と同様な毒素(Stx)を産生し、志賀毒素産生大腸菌(STEC:Shigatoxin-producing E.coli)とも呼ばれており、牛(牛に対しては病気を起こさない)などが保菌し(表1)、牛関連食品(牛肉・内臓肉)による食中毒発生が多い。
 本菌は、菌体抗原O(1〜185)と鞭毛抗原H(1〜57)を有し、これらの組み合わせによる血清型別が行われており、これらの中で、特に血清型O157:H7 、O26:H11、O111:H−(鞭毛保有しない)による食中毒が多く見られる。
 本菌の産生するStxは腸管組織の細胞壊死などを起こし、ベロ(Vero)毒素とも言われ、ベロ毒素産生大腸菌(VTEC)とも呼ばれています。また、本菌は腸管内で増殖・毒素産生し、出血を伴う下痢、重症になれば溶血性尿毒症候群(HUS)、脳症などを起こします。
 STECは8℃から44〜45℃(発育の最もよい至適温度は35〜40℃)で発育し、10℃以下の低温でも緩やかに増殖する。加熱により容易に死滅し、一般的には75℃、1分間の加熱処理で死滅します。

2.STEC 食中毒

(1)発生状況
STEC O157の汚染した食品を喫食し、3日から長い場合2週間の潜伏期を経って腹痛、下痢(大量の血液を混えた水様性下痢、激しい場合は血液のみの)を呈し、重度の場合HUSや脳症を呈し死亡(O157で死亡者が最も多い)する場合が見られる。特に、小児・子供や老人、または免疫低下を示している人などの基礎疾患を有す者は感染・発症し易く、また重症となる場合が多い。本菌のヒトへの発症最少菌量は、10〜100個(cfu)/ヒト程度の少ない菌数で食中毒を起こすことが報告されています。わが国では1996年、大阪府堺市の小学校で発生した集団給食による大規模食中毒事件(患者数5,591名、死者12名)は、社会的に大きな問題になりました。
 わが国における本菌食中毒は毎年10〜25件(患者数39〜928名)発生しているが、本菌による感染症者数(感染して菌の検出者:感染症法により全数把握)は、毎年3,000〜4,600名と多く、この内発症者は1,600〜3,100名程度(感染者の内約65%)で、その感染者数は増加傾向を示しています(図1)
(2)原因施設と原因食品
近年、わが国で発生が見られるSTEC食中毒の原因施設としては、焼肉店が最も多く、次いで飲食店です(表2)。また、原因食品としては焼肉(これらの内容については、十分明らかでない)によるものが最も多く、次いでレバー刺し、ユッケなどで(図2)、牛刺し、内臓肉の生食に因るものもみられます。焼肉が多い理由としては、加熱不十分による喫食および生肉との交差汚染に因ることが多いと考えられています。この他、ローストビーフや牛タタキなどの表面加熱したもの、および結着肉(一口ステーキ)やハンバーグなどで、これらはいずれも中心部まで汚染を有し、その加熱不足に因るものであると報告されている。
(3)焼肉チェーン店によるSTEC O111食中毒事件
発生状況:本年4月27日〜5月11日に掛けて、富山県・市をはじめ3県2市において焼肉チェーン店でユッケ、焼肉を喫食し、患者169名(男性87名、女性82名)、死亡:子供2名(いずれの6歳)、大人2名(43歳、70歳)計4名(これらは4名は、いずれもユッケを喫食していた)(表3)。患者からSTEC O111またはO157の単独、およびO111とO157の両方が検出され、原因食品には複数のSTEC血清型菌の汚染があったと推察される。また、溶血性尿毒症などの重症を呈した者は28名で、これらのほとんどの者からはSTEC O111の単独菌の検出であった。
 原因食品のユッケ:焼肉店で出されたユッケは、厚生労働省から「生食用食肉の衛生基準:成分規格と加工基準が設定(表4)」が定められていたが、罰則の規定が無かったため守れていなかったと報告され、社会的にも大きく取り上げられました。
 そこで現在、罰則規定の伴う「生食用食肉の衛生基準:成分規格と加工基準」の設定が進められています。

3.生食用食肉による食中毒の予防

細菌・ウイルスなどによる食中毒の発生要因は、(1)病原微生物の汚染源または病原巣の存在すること、(2)汚染源・病原巣から病原微生物が食品を汚染すること。(3)汚染した微生物がヒト発症菌量・ウイルス量存在(または増殖)することです。これらの要因が重なった時、食中毒は発生します。
 食中毒予防としては、これらの要因のうちいずれかを排除または防止することであり、微生物食中毒予防の3原則は、(1)食品への汚染防止(食品に付けない)、(2)食品中での増殖防止(食品中で増やさない)、(3)食品を加熱する食品中の病原菌を殺す)、です。
 今回発生したユッケなどの食肉(内臓肉を含む)の生食による食中毒防止としては、次のことが重要です。
(1) 牛の腸管内や肝臓などにはSTECやカンピロバクターが生息しており、と殺・解体処理おいて全く汚染ないものを生産することは困難です。そのため、食肉の調理・加工段階において、十分な衛生的取り扱いを行うこと。喫食に当っては、子供や老人、病気に罹っている人、基礎疾患を有する人など、は十分に気をつける。または食べないことが重要である。
この他、焼肉などにおいては
(2) 食肉・内臓肉を喫食する場合、中心部まで十分に加熱(75℃、1分間以上)して食べること。生焼けを喫食しないこと。
(3) 生の肉や内臓と加熱済みのものは分けること。使用する容器(皿など)、箸やトングを区別すること。
などを守ることが大切です。
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