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食の安全・安心確保に関する最近の話題

実践女子大学名誉教授
西島基弘

1.食の安全・安心

食の安全・安心の問題は非常に難しいテーマである。これらを確保することは一見当然のようにも思えるが、とても難しい。
 食の安全は動物試験等の毒性学が進歩し、安全性が科学的に担保されるようになった。しかし、安心の確保は極めて難しい。安心は科学の問題というより、むしろ心の問題である。したがって、いくら毒性実験を行なって、安全性を証明しても「でも、私は心配だ!でも怖い!」等いわれると如何ともし難い。
 消費者に食品の安全性等の事実を伝えることはなかなか難しい、曖昧な表現は誤解を招き、いらぬ不安を与えることになりかねない。

2.「ただちに」

最近のテレビは食品の放射性物質による汚染に関して、原子力の専門家が「東北・関東地方の各都県の農作物について***ベクレルで暫定基準値の10倍出ました。出荷停止を指示した。食べてもただちに健康に影響はない。」というような報道をこれでもかと繰り返している。
 これを聞いた消費者はとても心配になる。さらに内閣府から県名を揚げて、「回収命令を指示した!しかし、食べてもただちに影響はない」という。
 これでは消費者は全く分らないし、怖くなる。風評被害の原因は消費者でなく内閣府やただ事実を解説する専門家にあるのかも知れない。「ただちに影響はない」のただちに意味を消費者は「食べて直ぐには症状は出ないが、何ヶ月か、あるいは何年か経って何か症状が出るのではないか」と心配をする。
 「ただちに」の意味は難しいが、明確にしてから報道して欲しい。これを1年も飲み続けなければ大丈夫。10回程度なら・・と説明する専門家もいるが、消費者の耳に入らないし、入ってもいつ汚染が無くなるのか分らないという不安もある。
 ともかく人に伝える言葉は気を付けないと風評被害の元になる。

3.「基準値の何倍」

この言葉も多くの誤解を消費者に与える。
 中国産の食品が安全性に問題があると思っている消費者が少なからずいるが、そのきっかけとなった事件は2002年の冷凍ほうれんそうなのではないだろうか。
 当時の新聞をみると、中国産の冷凍ほうれんそうから基準値の倍のクロルピロホスを検出した。しばらくすると基準値の5倍検出した、基準値を50倍も上回ったものや100倍も上回ったものも新聞の見出しを飾っている。これでは消費者が心配になるのも無理はない。テレビに出演した方々も、基準値の何倍ということと、クロルピリホスを大量に摂取したときの毒性について話をしていた。皆、有機リン系に共通する毒性の話であったので、特に内容には間違いがなかったが、ほうれんそう以外の基準値を話した解説者は、当時見当たらなかった。
 クロルピリホスは害虫駆除等に使用される有機リン系殺虫剤で、速効的かつ残効性があることから広範囲の農作物に許可されている。
 ほうれんそうの他にしょうがやにんにく、ねぎ、しゅんぎく、こんにゃくいも、などその他にも幾つかの野菜に対しては0.01ppm以下との基準値がある。しかし、セロリやタマネギは5倍の許可量である0.05ppmが、レタスやえだまめ、などには10倍の0.1ppmとなっている。さらに、なすは20倍の0.2ppmが、トマトやピーマン、にんじんなどは50倍の0.5ppm、キャベツ、はくさいなどは100倍の1ppmが残留基準となっている。
 残留基準値が違うために何百倍基準値違反だけを話すと、消費者は“基準値を何倍も上回った違反のほうれんそうを食べたら当然病気になる”、“とんでもないほうれんそうを食べてしまった。心配だ!”と真剣に考えてしまった消費者も少なからずいた。違反の食品を食べて良いとは誰もがいうことは出来ないが、せめてほうれんそう以外の農産物の基準値についても話して、心配を和らげる工夫をして欲しいと思った。
 多くの機関でほうれんそうの検査を行い、報告されていたが、最も高濃度の物を検出した物は検疫所のデーターで2.5ppmであったと記憶をしている。今回の違反ほうれん草の最高値2.5ppmはほうれんそうの基準値の250倍であるが、大根であれば違反にならない量である。
 また、クロルピリホスの一日摂取許容量は0.01mgであるので、成人の体重を50Kgとすると5mgとなる。したがって、最高の2.5ppmのほうれんそうだけを毎日食べたとすると、毎日2Kgを食べ続けて一日摂取許容量ということになる。安全性の観点からは問題にならない。少なくとも筆者の周りには毎日2Kg以上もほうれんそうを食べる人は見当たらない。
 検疫所や東京都健康安全研究センターは大量に農薬の検査を実施している。その検査結果を見ても、該当する冷凍ほうれんそう以外のほうれんそうを含めて、他の農作物もクロルピリホスはほとんど検出されていないことから当時危険視されたほどには安全性の点からは問題にはならない。
 この事例を発端に、中国製の野菜等については危険、危ない、嫌だ!と考える人が圧倒的に多くなり、学校給食に対して“うちの子には中国産の野菜を食べさせたくない”と注文を付ける父兄も出てきた。このように安全な農作物に対しても意味無く不信感を植え付けてしまった。
 それに加えてメタミドホスによる餃子事件である。これは完全な犯罪であり、それを元に中国の製品は・・と考えるのはいかがな物かと考える。本年3月に起きた地震・津波に加えて福島第一原子力発電による事故により、日本は危ないと日本にいる自国民を退去させた国、日本のかなり遠方の地域で生産された農産物や加工品を輸入禁止にした国、海が繋がっているからといって、食塩の買いだめをした国、風上にある国であるにもかかわらず、雨の中に放射性物質が汚染していると幼稚園などを休講にした国を過剰防衛だと思うが、中国製品は安全でないということとは似ているのかも知れない。
 輸入の野菜等農作物の食品衛生法違反件数の率は少ないが、よく見ると中国産が多い。しかし、これは中国産の輸入量が圧倒的に多いためであり、違反の内容を問わず、単なる違反率からすると米国やEU諸国の違反率と大差はない。
新聞もテレビも、単なる違反事例を消費者に知らせるだけでなく、冷静な判断を加味して報道して欲しいと考える。

4.トランス脂肪酸

食用とする脂肪酸の大半はシス型であるが、食品によっては元来少しのトランス脂肪酸を含有する物もある。また、食品によっては不飽和脂肪酸に水素を添加することにより、物性を変えていろいろ利用してきた。
 しかし、欧米でトランス脂肪酸の過剰摂取により、血液中のLDLコレステロールを増加させ、このことも冠動脈性心疾患のリスクを高めるということが問題となり、食品によっては表示を義務付ける国も出てきた。
 しかし、欧米と日本では食文化が異なる。日本は諸外国と比較して食生活におけるトランス脂肪酸の平均摂取量は少なく、相対的に健康への影響は少ないと主張する説もある。食品安全委員会の調査報告では、日本人が1日に摂取するトランス脂肪酸は全カロリー中0.3%(食用加工油脂の国内の生産量からの推計で0.6%)で、米国では2.6%であることを報告している。これはWHO勧告にある1%未満を下回っている。
 厚生労働省、食品安全委員会、農林水産省、消費者庁などもそれぞれのホームページで多くのデーターを公開している。
 ここでも行政は食品という物を十分に見据えて、単に欧米に準ずるのでは無く、食品ごとの摂取量も勘案して行動するようにお願いしたい。
 重箱の隅をつつくような考えで安全性を論議するのではなく、食べる常識、いわゆる食育と言うことも考慮しないと、いたずらに企業に負担をかけて、強いては消費者に負担と心配を与えるような施策は無いようにして欲しい。 
 安全性を判断する方々は、全ての食品は定性的に見ると何らかの毒性を有する成分を持つことや、どんな成分でも大量に摂取すれば人にとって有害であるということを把握していると信じている。
 現在、食の安全性で最も留意しなければならないことは、食塩と油脂の過剰摂取の2点に集約されると考える。これは毒性学者というよりは、は管理栄養士や栄養士の方々が脂肪の摂取とトランス脂肪酸の含有量を十分に配慮し、考慮し考え方を普及することが必要と考える。調理師やレストランではおいしさを追求するため、ややもすると食塩や総脂肪酸の摂取量をあまり考慮しない人もいるが、日々贅沢なフランス料理ばかりを食べている人や、ファーストフードばかりを好んで食べて、ふくよかになっている人などが留意すべきであり、たまに食べる人まで配慮する必要はない。
 それには小さい子供に何でも食べるような食習慣を付けることが健康・安全にも繋がることと考える。それらを食育の重点施策としても良いのではないだろうか。
 トランス脂肪酸を完全に排除することを標榜しているメーカーや小売店は、消費者に“安全な物をつくっている。または売っているという宣伝にすぎず、科学的ではない”単に差別化と見せて売り上げを伸ばそうとしているに過ぎない。
 経営者は十分に考えて行動して、消費者を惑わすような行動は慎んで欲しいと考える。

5.アクリルアミド

アクリルアミドは紙力増強剤(紙の強度を高め破れにくくする)、繊維加工(繊維の性質を改良し、シワを出来にくくする)、接着剤(ガラス繊維等の接着剤の原料に利用する)、塗料(アクリル系塗料の原料に利用する)など幅広く使用されている。このアクリルアミドについては2002年、スウェーデン政府とストックホルム大学との共同研究でジャガイモのようなデンプンなどの炭水化物を多く含む食材を高温で加熱した食品に、遺伝毒性や発がん性懸念される化学物質である「アクリルアミド」が生成されるということを発表した。国際がん研究機関(IARC:International Agency for Research on Cancer)も動物実験の結果から、発がん性の分類で、アクリルアミドは、人に対しておそらく発がん性があるものとして分類した。
 その後、世界各国で研究が進み、高温により食品中のアミノ酸の一種であるアスパラギンがブドウ糖、果糖などの還元糖と反応してアクリルアミドへ変化することが明らかになった。
 加工食品中では、じゃがいものような炭水化物が多い食材を高温で焼いたり揚げたりした食品に、わずかながら含有されていることが知られている。これは、アスパラギンとブドウ糖などの糖類が加熱によって反応することが原因とされている。
 加工食品中のアクリルアミド含有量に関して、多くの報告が見られるようになったが、ポテトチップス、フライドポテト、ビスケットやクラッカーなどに比較的多く含まれているとの報告が見られた。
 その後、各メーカーは加熱時間や温度の調整や原料を検討すること等により食品本来の色や風味を保ちつつ、アクリルアミドの低減化を図り、効果を上げている。
 ここで気を付けなければいけないことは、油脂は我々の身体を構成する細胞膜の主要な成分であり、主要なエネルギー源でもあることである。
 しかし、脂肪が多い食品を中心とする食生活は、飽和脂肪酸やトランス脂肪酸の摂取量を増やすことにもなる。さらに血液中のLDLコレステロールを増加させ、このことも冠動脈性心疾患のリスクを高めることになる。しかし、 一方で、炭水化物が多く油脂が少なすぎると、食後の血糖値及び血液中の中性脂肪値が増加し、血液中のHDLコレステロール値は減少する。このような状態が長く続いた場合にも冠動脈性心疾患のリスクを高めるといわれている。
 また、極端に摂取する脂肪が少ないと脂溶性ビタミンの吸収を悪くし、エネルギー不足に陥る可能性もある。油脂を構成する成分のうち、リノール酸、α−リノレン酸などの必須脂肪酸は生命の維持に不可欠である。
 国民健康・栄養調査によると、日本人の男性の約2割、女性の約3割が脂質(脂肪)をとりすぎている現状にあり、脂肪のとりすぎに気をつける必要がある。しかし、アクリルアミドを気にするあまり、アクリルアミドが含まれている可能性がある食品を食べるのを極端に減らすと栄養バランスを崩して体調を崩す原因にもなる。
 食品の安全性は極端に神経質にならず、小さいときから好き嫌い無くいろいろの物を美味しく食べることが良い。それが美容にも健康にも最も良いと考えて良いのではないだろうか。
略歴

昭和38年   東京薬科大学 薬学部薬学科 卒業

昭和38年   東京都立衛生研究所 勤務

平成 3年   農工大学農学部獣医学科(兼任・非常勤講師 平成18年3月まで)

平成 8年   東京都立衛生研究所 生活科学部 部長

平成 9年   東京薬科大学生命科学部 (兼任・非常勤講師 平成18年3月まで)

平成11年  東京農工大学農学部応用生物科学科(兼任・非常勤講師 平成18年3月まで)

平成13年  実践女子大学女子大学 教授

平成14年  城西大学薬学部 (兼任・非常勤講師)

平成15年  茨城大学農学部 (兼任・非常勤講師)

平成20年  実践女子大学 生活科学部 部長(平成22年3月まで)

平成23年  実践女子大学名誉教授


【学会など】

日本食品衛生学会 会長(平成18,19年),現在理事

日本食品化学学会 会長(平成19年)、現在評議委員

日本学術会議連携会員

東京都食の安全審議会会長   など

著書

食品の安全性評価と確認(サイエンスフォーラム)

食品添加物を正しく理解する本(工業調査会)

食品安全学(同文書院)

管理栄養士のための食品衛生学(建帛社)

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