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『残留農薬分析の意味とは』
東海コープ事業連合商品安全検査センター  斎藤 勲
 3月11日に発生した東日本大震災での状況を見ていると、「食品中残留農薬の意味とは」などと悠長なことを言っている時かといわれそうな気もするが、区分して考えていきたい。それにしても、原発事故の対応は、まるで悪夢のシナリオを見ているような感じがする。日本という特殊事情もあるだろうが、原発は安全ですというゼロリスクに近い形で話を進めてきているので、まさかの対応時にリスク選択が制限され、小手先の対応で結果としてスリーマイル島事故を超える状況となっている。この悲惨な状況を二度と繰り返さないためにも食品に関わる色々な客観的データを丁寧に収集評価していってほしい。
 さて、2002年中国産冷凍ホウレンソウからクロルピリホスが検出される事件が起こった。冷凍ホウレンソウは生鮮品ではなくブランチング(ゆでる、蒸すなどの加熱処理)後冷凍処理した簡易な加工食品である。「そもそも論」として、残留基準は一部を除いて農産物を対象に設定されており、農残物そのものを検査した時食品衛生法の規格基準に適合した食品かどうかが判断できる。簡単な加工食品なら水分含量等を補正して原料の基準で評価することができる。
 問題の発端は、冷凍ホウレンソウが保存性や調理の便利さから業務用としての需要が伸びて、当時外食レストランなどでも広く使用されていた。その冷凍ホウレンソウから基準を超える有機リン剤クロルピリホス等が民間団体の検査で報告され始めた。日本の残留基準では、リンゴ、モモ、ブドウ、ハクサイは1.0ppm、かんきつ類、コマツナは1ppm、ナシ、トマト、ピーマン、コムギは0.5ppm、エダマメ0.3ppm、イチゴ0.2ppm、レタス0.1ppm、キュウリ、カボチャ0.05ppm、ホウレンソウ、シュンギク、パセリ、カキは0.01ppmと、主に果樹害虫用に開発された薬剤である。日本ではホウレンソウには使わないので一律基準と同じ0.01ppmが割り付けてある。
 しかし、隣の中国では葉物に使用する場合は残留基準は1ppmである。実に100倍違い、この基準の差があの大きな問題を引き起こした原因でもある。02年2月から03年2月までの日本への輸入1212件に対して約半分の658件を検査したところ、47件(違反率7.1%)が違反(残留基準0.01ppm超過)であった。 国内流通品で見つかった違反事例36件の内訳を見てみると、中国の基準1ppmを超過した検体は2検体、中国の基準の10分の1未満のものが実に75%であり、彼らにしてみれば中国の残留基準値1ppmからみれば充分安全な量だし、商品としても良いではないかと内心思っていただろう。しかし、日本の基準から見れば、180倍、250倍、10倍の違反となる。違反の実際のところをみてみると、自分達の思っていたこと、知らされていたことと違う印象を持たれた方も多かっただろう。
 クロルピリホスのADI(一日摂取許容量)は0.01mg/kg/dayである。よく農薬の違反報道があるときに使われる、どれだけ食べても健康に影響がないかという計算をすると、体重50kgの人ならば、100倍の違反品で1日に0.5kg、10倍の違反品で1日に5kg食べると「毎日食べていても大丈夫でしょうという量」にやっと到達する。健康影響という面では日本国内で流通している商品ではほとんど起こりえないのが現状であり、そういった恵まれた状況をこの40年位かかって私たちは作り上げてきたのである。
 今はどうだろうか?最近の違反事例を見てみる。
 3月2日厚生労働省は輸入食品に対する検査命令の実施について〜メキシコ産アボガド、その加工品〜基準値を超えるアセフェートを検出したことから検査命令を実施するものとの報道発表をした。ご存知のようにアセフェート(代表的商品名オルトラン)は、家庭園芸でも良く使用されている有機リン剤である。アボガドには基準が無いので、一律基準0.01ppmが適用され、2社が輸入した生鮮アボガドから基準値の2倍の0.02ppmが検出され、8030カートン、49トンの内、3035カートンは回収したとのこと。21年度にも1件基準超過があり、2月7日にモニタリング検査頻度を30%に強化していたもので、今回の違反で命令検査(輸入届出ごとの全ロットについての検査の義務づけ)に移行したものである。アセフェートはご存じのように、分解物として脱アセチル化してメタミドホスを生成するが、動物実験の急性毒性・半数致死量はメタミドホスより約40倍弱い毒性の低い農薬である。しかし、餃子事件以降メタミドホスのADI設定に伴い、アセフェートの安全性評価も見直しとなり従来のADI0.03mg/kg/日から0.0024mg/kg/日と10倍近い厳しい毒性評価見直しとなり、それぞれの作物への残留基準値の割り振りが厳しくなり、それに伴い柑橘類への適用削除等使用が制限されてきている。アセフェートというと身近で使用する安全性の高い農薬のイメージがあったが様変わりしている。身近であっただけに、かんきつ類の5.0ppmの基準がなくなると一律基準0.01ppm適用となりドリフトや前作の土壌残留など微量の残留が基準超過として問題となってくる可能性が高い。
 今回述べたかったのはこのアセフェートの安全性評価ではなく、先の厚生労働省のアボガドの命令検査実施の際の説明である。注1と注2で健康に及ぼす影響はありませんと説明してある。注1では、厳しくなったADI0.0024mg/kg/日でも、体重60kgの人が0.02ppm残留したアボガドを毎日7.2kg摂取したとしてもADIを超えることはなく、健康影響はありません。注2で、セロリには10ppm、みかんには5.0ppmの基準値が設定されており、たまたまアボガドは基準がないため一律基準0.01ppmが適応され、0.02ppm、基準の2倍超過違反として回収指示がなされたとの説明。
 毎日7.2kg、しかも根からの吸収でない限りアボガドは皮をむいて食べるので更に残留濃度はかなり低くなると毎日何十キロも食べる?等という意味のない説明や、摂取量が同程度の場合セロリで10ppmを認めるなら、せめて基準のないものは1%の0.1ppm程度に抑えておくとか、このどうしようもない元気の出ないコンプライアンスを私たちは何時まで繰り返すのだろう。すでに、この議論は行政府の問題(リスクマネジメント)では何ともならず、法律文改正の立法府の問題に以前からなっているのではないだろうか。
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