財団法人 食品分析開発センター SUNATEC
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新しい年を迎えて
愛知学泉短期大学食物栄養学科 内藤茂三
1.はじめに
 漬物は副食物として、そのまま摂食させる既製食品であって、野菜、果実、きのこ、海藻等を主原料として、塩、醤油、みそ、かす(酒かす、みりんかす)、こうじ、酢、ぬか(米ぬか、ふすま等)、からし、もろみ、その他の材料に漬け込んだもの」と定義されている。「漬物の衛生規範」が漬物製造業者のために制定されている。この規範の目的は漬物に係る衛生上の危害の発生を防止するため、その原料の受け入れから製品の販売までの各過程における取り扱い等の指針を示し、漬物に関する衛生の確保及び向上を図ることである。
 千枚漬は京阪神地方を本場とするカブの漬物の一種であり、最近は各地で漬けられているが、材料は京都の聖護院カブ、大徳寺カブまたは大阪の天王寺カブが名高く、これは古く光州(滋賀県)に発達した尾花カブの系統をひく。直径10〜15cmの優良なカブを横に3〜4mmくらいの厚さに切り、これを容器に1枚ずつ並べて食塩を加えて重しをかけ、下漬けした後、本漬を行なっている。
 千枚漬を小袋詰した後、1〜2週間で青白色に変色し、さらに粘ちょう物質が生成した。市販品について、このような現象が経過日数に伴い増大するところから微生物的な変質によるものと考えられたので、その原因微生物の同定、汚染源及び防止対策について検討した。
2.原材料及び製造工程の微生物の変化
 千枚漬の原料であるカブは若採りの「ス」の入っていないものがよいとされ、下漬けには食塩を用いる。カブからの、糖の浸出に時間を要するので、適度な乳酸量を得るためには、カブから漬液への糖の浸出工程(本漬)が必要である。本漬けには板昆布、とうがらし、砂糖、酢、ミリン、クエン酸を用いて乳酸発酵を行なっている。これらの原材料の微生物菌数を測定した結果、生カブは2.5×103/g、食塩300以下/g、ミリン300以下/g、酢300以下/g、砂糖300以下/g、板昆布3.7×103/g、とうがらし5.7×104/g、クエン酸300以下/gであった。カブは水洗し、表皮を厚めにむき、3〜4mm程度に薄切りにしてあるため比較的付着微生物は少なかった。原材料はとうがらしにやや多くの微生物が付着している以外は付着微生物は少なく、青白色及び粘ちょう物質の生成は、本漬工程で著しく微生物が増殖したことによる可能性がつよいので製造工程別の生菌数を測定した。その結果、輪切りにしたものを漬け込み槽の中へ、食塩をふりこみながら漬け込み、押し蓋をして原料の1/2の重石をのせ、2〜3日後に漬汁があがってきたら、漬汁を捨てて下漬け終了となる。この時点での微生物菌数は4.3×105/gとなった。本漬けは水に浸した板コンブを一面に施き、その上にカブを並べ、食塩と調味料をまき、時々、板コンブと赤トウガラシの輪きりをはさみながら、交互に漬け込む。容器が一杯になったら押し蓋と重石をのせ、2〜3日経過後には可食状態となるが、本漬け終了後は5日後としている。本漬けの進行に伴い微生物菌数は増加し、2日後で6.7×106/g、3日後で3.2×107/g、5日後で1.7×108/gとなった。小袋詰して包装する時点での微生物菌数は1.7×108/gで殆どが乳酸菌であった。
3.保存中における微生物及び色調に及ぼす包装材料の影響
 漬物保存中における品質劣化は外的因子である酸素、光、温度による変色或いは微生物による変質、変色、袋の膨張などがある。微生物対策として加熱殺菌、低温保存、保存料の添加、酸素の遮断など種々あるが、漬物の種類によって著しく異なる。千枚漬けのように加熱殺菌できない製品については調味液のpH調整、保存料の添加及び酸素バリアー性の高い包装材料を使用する必要がある。そこで酸素透過度が異なる3種類の包装フィルム(OPP/PE、NY/PE、PET/PE)を用いて千枚漬けを包装し、10℃で14日間の保存試験を行なった。その結果、包装フィルムによる微生物菌数はいずれも1.5〜6.8×108/gの範囲に入り差異は認められなかった。検出された微生物はいずれも乳酸菌でpHは4.7〜4.9であり、変色による変敗は認められなかった。また3種類の包装フィルムによる色調の差異も認められなかった。しかし、千枚漬は保存日数の経過とともに変色、変味しやすいので市販の小樽に取り分けたものは、酸素を遮断するためにたんねんに目張りがしてある。
4.千枚漬の微生物
 千枚漬は変敗と気温の関係から11月から翌年の3月までの冬の間にのみ製造されているので比較的変敗は少ないが、今回発生した変敗品と正常品には微生物の差異があると予測される。正常品より9菌株を分離し、そのうちEnterococus feacalisLactobscillus plantarumが圧倒的に多いことを認めた。変敗品からは7菌株が分離されたが、正常品に多いEnterococus feacalisLactobscillus plantarumは検出されなかった。その代わりに標準寒天培地上で淡ピンク色を呈し、粘ちょう性のあるFlavobacterium peregrinumを多く検出した。本菌はグラム陰性の通性嫌気性の桿菌で周鞭毛を有し運動性があり、淡いピンク色の色素(非水溶性のカロチノイド色素)を特に低温下でよく生産した。また本菌は土壌、海水に広く分布し、野菜、乳製品にも常在し、肉表面の着色、魚介類、家禽類、卵、バター、牛乳等の変敗に関与する。
 千枚漬製造段階の下漬及び本漬開始時、食塩を散布することによりカブから水が出てくるが、一時的に高濃度の食塩環境下におかれるので、微生物は耐塩性の差異により増殖速度が大きく異なる。変敗品に多いFlavobacterium peregrinumは全く耐塩性が無く食塩濃度2.0%で生育不能となる。一方千枚漬の主要菌株であるEnterococus feacalisLactobscillus plantarumは食塩濃度6%まで生育可能である。
 食塩濃度が、一定濃度である本漬では、pHの変化により微生物菌数が決定される。本漬けのpH範囲4.0〜5.0で生育を検討すると、正常品から検出されたEnterococus feacalisは増殖できず、Lactobscillus plantarumはpH4.6で生育し、pH5.0で増殖良好であった。また変敗品から検出されたFlavobacterium peregrinumはpH5において生育可能であった。千枚漬の製造直度の総酸量は約1.5%であるが、保存期間の延長に伴い減少し、pHが上昇する(表1)。正常品のpHは4.48で乳酸が大部分で他に酢酸、コハク酸が認められ、変敗品は総酸量が1%以下に減少し、pHは4.90となった。ギ酸及び酪酸が検出され、酢酸が増加し、乳酸が減少した。
表1 千枚漬の有機酸組成
有機酸 有機酸組成(%)
正常品(pH4.48) 変敗品(pH4.90)
ギ酸 0.4
酢酸 1.8 21.8
酪酸 29.7
乳酸 97.0 47.7
コハク酸 1.2 0.4
5.原因究明と防止対策
 小袋詰千枚漬が青白色に変色し、さらに粘ちょう物質が生成した原因を検討した結果、この変敗品には優先乳酸菌であるEnterococus feacalisLactobscillus plantarumが死滅して存在せずpHが上昇し(pH4.9)、淡ピンク色をしたFlavobacterium peregrinumが増殖し、さらにBacillus属細菌が増殖して増加して変敗現象を生成させた。千枚漬の製造には乳酸の原料ともいえる糖を十分漬液の中に浸出させる必要がある。そのため下漬後、本漬けを行なっているが、発酵管理、特に温度、食塩濃度、pHの調整を誤ると乳酸生成量が少なくなりFlavobacterium,Bacillus,Saccharomyces属が増殖して変敗の原因となる。通常低温下で約1週間本漬を行なったものを室漬にしたものが良質の発酵漬物ができるが、本漬期間を短期間あるいは長期間行なった場合には、酸濃度の低い発酵漬物となる。この原因として本漬が短期間の場合は、糖の浸出が不充分な状態下で、次の室漬(発酵工程)に移行するため、乳酸の生成量が不足し、酵母の増殖が活発となり、その結果、酵母による乳酸の消費が進行し、十分な酸量を得ることができないことによる。小袋詰千枚漬より9菌株の微生物を分離し、その内訳はEnterococus feacalisLactobscillus plantarumの乳酸菌2菌株、Flavobacterium peregrinumBacillus5菌株、Zygosaccharomyces rouxiiであった。低pH下で増殖可能な菌株はZygosaccharomyces rouxii(pH4.0〜5.0生育可能)、Bacillus cereus (pH4.2〜5.2生育可能)、その他のBacillus (pH4.4〜5.0生育可能)であった。Zygosaccharomyces rouxiiは酸に耐性がないので小袋詰の中では増殖せず、Bacillus cereusが増殖した。
 Flavobacterium peregrinumがはpH4.6以下では増殖せず、乳酸菌以外のその他の菌株が増殖してpHが5.0前後となった後に初めて急激に増殖して色素を生産した。なおBacillus cereusは食塩濃度6%まで生育するため、千枚漬の変敗に関与する役割は大きい。
 漬け液の塩分が13%以上になると、乳酸発酵を阻害して褐変の原因となる。またBacillus cereus等の二次汚染菌を防止するためには塩酢漬は衛生的な場所で行なう必要がある。ソルビン酸を用いる場合は、酢酸の添加後では溶解し難いためムラが生じ、基準違反の原因となる。
 重要なことは漬込み条件の検討であり、主原料であるカブと副原料及び調味液の混合割合、温度、時間が品質管理に重要な役割を果たす。また管理上は漬け込み程度の確認が必要であり、酸度、pH、塩分等をこまめに測定する。
 漬物の衛生規範では、製品の要件として次のことをあげている。(1)カビ及び産膜酵母が発生していないこと、(2)異物が混入していないこと、(3)容器包装に充填後、加熱したものにあっては、カビは陰性であり、酵母は検体1gにつき、1000個以下であること。(4)一夜漬(浅漬)は、大腸菌と腸炎ビブリオは陰性であること。
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