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自助努力
北海道大学大学院 水産科学研究院 フードチェーン保全学領域 教授 一色賢司
 新年を迎え、皆さまのさらなるご清祥とご繁栄をお慶び申し上げます。
 本年も、食品安全対策においては、我が国の食生活の特徴である「生食文化と少ない食中毒」を維持し、次世代に伝達していただきたいと願っています。食品取扱い現場の皆さまが、安全な食品を提供するのは食品取扱者の当然の責務として、自助努力を続けていただくことを重ねてお願いいたします。
 英国人医師Dr.Samuel Smilesの一文「Heaven helps those who help themselves. 天は自らを助くるものを助く」は、平常時にも、困った時にも支えになる言葉であると思われます。我が国は、牛海綿状脳症(BSE)等で混乱を極めた食品安全問題への対策として、全世界の経験と英知を集約して「リスク分析」と「フードチェーン・アプローチ」の併用を採用しました。2003年7月食品安全基本法が施行され、我が国の食品の安全性確保は、リスク分析手法を用いて科学的に行われることとなりました。
 その後、2009年9月に消費者庁と消費者委員会に関する法律が制定されましたが、この二つの組織はリスク管理機関であり、リスク評価機関ではありません。現在においても、食品の安全性の確保に関する施策の決定・改廃は、原則として、リスク分析手法に基づき実施されなければなりません。原則を守れない時には、国民に対して科学的な説明がなされ、透明性が確保されるべきです。リスク分析は、透明性を持つプロセスとして下記の原則を順守する事がルールであり、国際的にはルールベース、サイエンスベースとして尊重されています。
@リスク評価
  ・リスク管理を行う関係省庁から独立した行政機関において実施
  ・評価は、最新の科学的な知見に基づき実施
Aリスク管理
  ・リスク評価の結果を踏まえ、消費者等の関係者の意見も聴いて基準の設定等を実施
  ・予防の観点から特に必要がある場合には、迅速かつ適切に暫定的なリスク管理措置を実施
Bリスクコミュニケーション
  ・食品の安全性に関する情報の公開
  ・消費者等の関係者が意見を表明する機会の確保
 現在の我が国における食品安全上の脅威の一つとして、低温増殖性食中毒菌Listeria monocytogenes(Lm)があると思います。生食文化を持ち、コールドチェーンに頼った食品調達や供給ならびに消費をしている我が国にとっては、トランス脂肪酸による脅威よりもはるかに大きな健康被害をもたらす脅威だと思われます。国等の指導や広報がなくても、食品取扱い者の責務として、Lmに関する情報を入手し、対策を取り、顧客や消費者にもリスクコミュニケーションを行って欲しいと思います。自らの取扱い食品でLm食中毒を出したり、リコール・製品回収に奔走したりすることにならないように自助努力を続けて欲しいと願っています。
 欧米諸国からはLmによる食中毒や、Lmを原因とするリコール製品回収が頻繁に報告されています。我が国ではほとんど報道されていませんが、2008年にはカナダでRTE(そのまま食べられる、Ready To Eat)食肉製品で大きな食中毒がLmによって引き起こされています。57人の患者のうち、なんと23人が死亡しています。カナダは、CFIA(Canadian Food Inspection Agency)等の行政機関を食品安全対策として設立し、世界でトップの安全性を誇る食品を生産しているので輸入して欲しいと言っていた国です。トランス脂肪酸の表示等の細かい規則も制定されています。2008年のLm食中毒はカナダの食品安全行政にも深刻な影を落とし改善策が模索されています。Lm対策として、バクテリオシン産生菌の乾燥粉末やバクテリオファージの添加が検討されていますが、やはり「リスク分析」と「フードチェーン・アプローチ」の併用が重要視され、再点検が行われています(1)。
 Lmは我が国にも存在します。潜伏期が2〜3週間と長く、感染初期はインフルエンザ様症状を呈することからか、原因食品の特定も困難であり、食中毒事例の報告はありませんでした。厚生労働省の研究班により、2001年に北海道でチーズによるリステリア食中毒事件が発生していたことが、後年、確認されています。同班の全国の病院への調査では、リステリア症は毎年平均で83件治療されており、人口100万人当たりの患者発生人数は0.65人でありオランダと同程度であったことも報告されています(2)。
 Lmは高い致死率を持つ感染症状をもたらし、広範な食品から検出されることから、我が国においても食中毒の予防に積極的に取り組むべき食中毒菌です。健康人では多量の菌数を摂取しなければ発症することは少ないと考えられていますが、病人や妊婦にはハイリスクな食中毒菌です。Lmは低温増殖性、耐塩耐酸性という特徴を持っています。我が国の生食用魚介類からも菌数は少ないもののLmが検出されることが報告されています(3)。ネギトロと魚卵製品においては高率に検出されています。現在のところ、検出される菌数が少なく、購入してすぐに喫食すれば食中毒を起こす危険は高くないと推定されています。臨床から得られた毒性株と同じ血清型を持つLmも検出されています。免疫細胞への侵入性も示すLmも報告されています。
 食品としての基本的な衛生管理が悪い場合、特に温度管理が悪い場合には、Lmは急激な増殖挙動を示すことがあります。冷蔵庫内おいても時間を要するもののLmは低温下でも増殖する能力を有しています。リステリア食中毒への予防的取り組みが遅れ、我が国の生食文化に疑問符が付けられることのないように願っています。政府等の行政組織に対しても、現場の疑問や意見を投げかける努力もリスクコミュニケーションであると考えていただきたいと思います。冷蔵庫は、食品安全の魔法の箱ではないことも関係者や消費者に伝えることもリスクコミュニケーションによる食品安全への自助努力だと考えられます。
参考文献

1)Government of Canada: Report of the independent investigator into the 2008 Listeriosis outbreak (2009), http://www.listeriosis-listeriose.investigation-enquete.gc.ca/lirs_rpt_e.pdf
2)五十君靜信ら:食品由来のリステリア菌の健康被害に関する研究、平成15年度厚生労働科学研究費報告書(H13-生活-026)、p.4-5 (2006)
3)宮聡子、木村凡:日本におけるリステリア食中毒の危険性、化学と生物、48,799-803(2010)

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