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「「農薬」という言葉で評価する疑問」その2.
 釈迦に説法かもしれませんが、農薬取締法で「農薬」とは、農作物を害する薗、線虫、だに、昆虫、ねずみその他の動植物(雑草含む)又はウイルス(以下「病害虫」と総称する。)の防除に用いられる殺菌剤、殺虫剤その他の薬剤(除草剤含む)及び農作物等の生理機能の増進又は抑制に用いられる成長促進剤、発芽抑制剤その他の薬剤と規定されています。 また、前項の防除のために利用される天敵は、この法律の適用については、これを農薬とみなす、 と規定され、具体的には殺虫剤、殺菌剤、殺虫・殺菌剤(同時に防除する薬剤)、除草剤、殺そ剤、植物成長調整剤、誘引剤、忌避剤、展着剤等の名前で知られています。当然のことながら、科学的なデータに基づいて厳格な審査を行い認可され登録されたものだけが「農薬」という名前を使用できます。
 実は農産物を収量よく安定的に生産するために、いろいろな用途で使われている農業資材の一つが農薬ですが、最近では農薬と聞くと化学合成農薬特に神経毒性のある殺虫剤をイメージされる方が多く、他の物が農薬だとは思って見えない場合が多くあります。重曹、食酢、でんぷん、炭酸カルシウムでも農業用資材として使用されれば立派な農薬です。しかし、最近ホームセンター等でも売っていますが、植物抽出液や漢方薬などが農薬と同等の効果があるものとして使われることがありますが、これらは農薬的効果は謳っていますが農薬登録されていないので農薬とはみなされません。変な話ですが。
 前回、殺虫剤として神経毒性作用を有するものを紹介しましたが、虫と哺乳類の選択毒性の差は、作用点の違いだけでなく、哺乳類の高い代謝活性により速やかに分解するため選択毒性が異なるものもあります。
 また、殺虫剤の作用機作で面白いのは、昆虫の生育を制御する昆虫成育制御剤IGRである。昆虫はさなぎや脱皮、変態を経て成虫になります。ホルモンの微妙なバランスを崩し、その仕組みを阻害することにより成虫になれないというもので、当然ながら哺乳類には毒性の低い農薬となります。昆虫の表皮成分のキチン(N−アセチル-D‐グルコサミンのポリマー )合成を阻害する薬剤は、ヒトを含め哺乳類は甲羅(キチン)がないため毒性は極めて低く効果的な薬剤ですが、環境中に放出され川や海に流れると表皮をキチン質で作っているエビ、カニといって甲殻類には当たり前ですが影響を与えるので使用の際、環境への影響が要注意です。神経系に作用する殺虫剤のような即効性がないのが欠点でもありますが、昆虫の特徴をうまく利用した薬だと思います。こう言った農薬なら食品残留とヒトの健康影響等考える必要もないでしょう。
 作物の病気にもうどんこ病、いもち病、べと病、赤かび病などいろいろあり、殺菌剤も菌の細胞膜、細胞壁合成阻害やメラニン生合成阻害など特徴を出して殺菌効果が表れてきます。糸状菌の細胞膜脂質のエルゴステロール生合成を阻害するトリフルミゾール等のイミダゾール系殺菌剤があります。同系統の化合物としてルリコナゾールという化合物があり、それが糸状菌を良く抑えるので、農薬としてではなく「ルリコン」という商品名で水虫菌(糸状菌)の治療薬(軟膏)として良く使用されている。かくいう私も昨年皮膚科に行ったとき処方された薬がそれでした。1%軟膏剤(殺菌剤濃度では10000ppm!)を足の患部に塗っても文句は言われませんが、もし、それが農薬として使用された場合、果物に0.2ppmでも残っていたら嫌がられるのでしょう。食べ物と足を一緒にするな!と言われればそれまでですが、正直なところ同じような化合物を合成しても、農薬と名がつけば少しの残留でも嫌がられ、あまり儲からない上、化学合成の農薬なんか作ってと言われるのが関の山に対して、医薬品ならば何倍も何十倍も儲かるし、良い薬を作ってくれたねと褒められます。農薬研究者とは因果な商売だと思います。
 除草剤も色々な作用機作をもったものがありますが、光合成、カロチノイド合成、アミノ酸合成など代謝のポイントを押さえて結果として草が枯れる仕組みから成り立っています。従来日本では人力による除草が主であり、夏の炎天下での作業は大変なものがありましたが、今ではこの除草剤の有効活用で作業時間は20分の1以下に軽減され、3K労働から脱却しています。
 除草剤の中で健康影響上問題とされたのはパラコートでしょう。20年くらい前だと思いますが、医学系の学会でパラコートによる自殺が問題となり、医療側からの意見は使用を制限、中止、禁止すべきという意見に対して、農薬メーカー側は適正使用すれば問題はなく、むしろ有用な除草剤である、管理を強化すればいいというかなり激論になった記憶があります。当時の製剤では50ml程度自殺目的で飲んでしまうと、発見が遅いとその場は胃洗浄、血液還流などの処置で一時的に回復しますがその後肺線維症などが進行し死にいたる事例が多発しました。それらを受けて、現在では5%製剤となり、着色、催吐剤、苦味剤等が混入され致命的にならないように改善され、ジクワットとの合剤が使用されています。しかし、自殺願望の方は色々信じられないことを考えられます。
 以上述べてきたように、農薬という言葉の中身を区別してみていくと、それぞれの問題を抱えながも、それなりに改善されてきていることは理解していただけたかと思います。
 本年6月内閣府が3000人を対象に行った「身近にある化学物質に関する世論調査」によると、 (http://www8.cao.go.jp/survey/h22/h22-kagakubusshitsu/index.html)化学物質という名前を聞くと70%くらいの方が危ないものと感じ、どんなものの内容に関心がありますかとの質問には「農薬・殺虫剤・防虫剤」、「飲み水・食品」が夫々60%位、「工場などの排ガスや排水」、「家の内装や建築材料」等が50%余との回答でした。まだまだ漠然とした不安はなくなりません。色々な場で農薬の中身、残留の現状等を継続して伝え語りあっていく必要があるでしょう。
 日本でも海外でも近年まで環境を人為的に単一・人工的なものに変えて人間のための農業生産を行うやり方は、自然の摂理に合わない面もあり、時には害虫の大発生や植物の病気により大飢饉になるということもあったことは歴史が証明しています。しかし、この100年、種々の農薬が開発されるようになり食糧生産が安定して行えるようになってきているのも事実です。当然農薬には功罪がありますが、歴史的には大きな功と限られた罪と言えると思います。それは、数々の罪(環境汚染等)が発生するたびに人間は対応し改善し新たな発生を防いできているからです。完全ではありませんが、人間は学習してきているのです。
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