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パンのシンナー臭生成は製造工場の空中浮遊菌から二次汚染したPichia anomalaに起因するものであった。パン製造工場では従来からロープ菌やカビの変敗が多く発生するために、工場の殺菌の多量のエタノールを使用してきた。エタノールは細菌や多くのカビの生育阻止の効果を上げてきた。しかし、長期間エタノールを散布してきたためエタノールを資化して酢酸エチル(シンナー臭)を生成する酵母、Pichia anomalaが工場に生育してパンの異臭生成現象を発生させてきた。 |
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Pichia anomalaはエタノールに対して親和力が強く、これを炭素源として発育し、また強く酸化する特性を有する。エタノールは酵母の呼吸作用を促進するばかりでなく、酵母による酢酸エチル生成を増進する。酵母はブドウ糖を基質として生育する場合も、エタノール酸化能を有する。またこの場合、エタノールはアセトアルデヒド、酢酸、
アセチルCoAに酸化される。
工場より分離した5菌株の洗浄Pichia anomala菌体のみを20日間培養しても、ヘッドスペイスガス中には揮発性成分は検出されなかったが、糖の添加により酢酸エチル、アセトアルデヒド、エタノールが検出された。その3成分間の量と比は使用菌株と糖の種類、培養時間により異なった。グルコースを炭素源とした場合はNo2とNo4株で大量の酢酸エチルの生成を認め、いずれも最大生成量を示した培養期間は48時間後であった。またエタノールが生成され、3日後に最大生成量を認めた。シュクロース、ラフィノースもグルコースとほぼ同様の傾向を示した。マルトースは酢酸エチル、エタノールの生成量はグルコースの約1/10であった。またいずれの菌株もラクトースを炭素源とした場合は酢酸エチル及びエタノールの生成は全く認められなかった。 |
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酢酸エチルが生成されると必ずエタノールの生成が認められるところから酢酸エチル生成にはエタノールが関与する。そこでエタノールから酢酸エチル生成能を検討するため5菌株の洗浄Pichia anomala菌体にエタノールを添加して酢酸エチルの生成を検討した。No培養48時間後の結果を表1に示した。培養24時間後にヘッドスペイスガス中の3〜26.4%が酢酸エチルとなり、48時間後ではさらに増加して24.3〜55.1%となった。しかし、培養を継続しても酢酸エチルの生成の増加は認められず、むしろ減少傾向を示した。エタノールは酢酸エチルの生成に伴って減少した。アセトアルデヒドは培養初期の24時間後に1.4〜4.5%認められたが、培養時間の経過とともに減少した。 |
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表1 Pichia anomala菌体によるエタノールからの酢酸エチルの生成(48時間培養) |
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エタノールから酢酸エチルの生成は酵母菌体に含まれる酵素によるものであるから酵母菌体数の差異により酢酸エチル生成の変化が考えられる。今回、5菌株の洗浄Pichia anomala菌体を105〜109/mlに調整し、エタノールから酢酸エチル生成能を検討した。
酢酸エチルは109/mlの酵母菌体が含まれる場合にのみ大量に発生したが、105〜108/mlではわずかしか認められなかった。いずれの菌株も同様の傾向を示し、エタノールの減少に伴い酢酸エチルが生成し、エタノールの減少傾向と酢酸エチルの増加傾向をよく一致した。 |
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供試酵母菌体には糖からピルビン酸、アセトアルデヒド、エタノールを経て酢酸エチルが生成される生合成経路が予測される。そこでこの経路の中間物質であるピルビン酸を5菌株の洗浄Pichia anomala菌体に添加してアセトアルデヒド、エタノール、酢酸エチルの生成能について検討した。この3成分はいずれの菌株においてもピルビン酸から生成された。3成分の生成様相は菌株により大きく異なり、2つの様相を示した。一つのタイプはNo1菌株に見られるようにまずアセトアルデヒドが生成され(48時間後で44%)、除々に減少するに伴いエタノールが生成し増加する(144時間後で47%)。酢酸エチルはエタノールが除々に減少しはじめるに伴い生成量が増加した(480時間後で49%)。もう一つのタイプはNo5菌株に見られるようにまずアセトアルデヒド(48時間後で13%)、エタノール(48時間後で18%)、酢酸エチル(48時間後で32%)の3成分が同時に増加し、アセトアルデヒドは48時間培養以降減少した。しかしエタノールと酢酸エチルは144時間培養後で最大の生成量を示した。 |
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表2 Pichia anomala菌体による酢酸から酢酸エチル生成(48時間培養) |
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エタノールから酢酸エチル生成には酢酸が関与していることが予測される。そこで5菌株の洗浄Pichia anomala菌体に酢酸塩(ナトリウム)及び酢酸を添加してアセトアルデヒド、エタノール、酢酸エチルの生成能について検討した。いずれの菌株も酢酸塩(ナトリウム)添加によりアセトアルデヒド、エタノール、酢酸エチルの生成を認めた。特に酢酸エチルの生成は顕著であった。酢酸を添加するとpHが低下して酵母の生育が遅延して3成分の生成速度が遅延した。酢酸塩添加によるアセトアルデヒド、エタノール、酢酸エチルの生成を表2に示した。 |
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